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笑う魔女 13

 次の日、前日の晩にクラスチェンジの()()をなんとか終えた礼二は、慎重に森の中を進んでいた。今日同行しているのは、めでたくヴァンパイアとなったドードーとべべだ。


「誰と会うんだっけ?」


「こら、べべ、静かに。レージ様の協力者のかたですよ。出発前に話したじゃないですか」


「覚えてられない。脳まで腐ってるから……あ、このネタもう使えない?」


「使えません」


 動く死体(レヴァナント)からヴァンパイアになったとはいえ、別に性格が変わるわけではない。いつもどおりのコントのようなやりとりに、礼二は苦笑しながら答えた。


「今日会うのは、冒険者ギルドの()()()()()やつだ。トランピジャスっていう男さ。差別主義者だらけの人間どもの中で、一握りの信頼できるやつっていうことだ」


「人間ども」などという表現も差別的ではあったが、今の礼二にはささいなことだった。差別を受けている者は、そうでもしなければ心が負けてしまう。


「で、なんの用だろう?」


「さあ……。レージ様、先方はなんて言っているんです?」


「渡したい物があると言っていたな。詳細は行くまでわからん。ただ、お前たちが食った魔石の一部も彼から提供を受けている。おそらく今回もそんなところじゃないか?」


 そう答えて、「だとするとありがたいんだが」と心の中でつけたす。実はクラスチェンジには課題があって、それを解決する手段がより多くの魔石だったからだ。


 課題というのは、クラスチェンジをさせた分だけ「自分が疲れやすくなる」ことだ。生命力の上限値が、クラスチェンジした仲間の分だけ減っている。これはチュートリアルで学んだステータス魔法を使えば簡単にわかった。そこにあるのは格闘ゲームの体力ゲージのような横長なバー。傷を負った時にゲージが減る部分とは別に、右端の上限からいくらかの部分が灰色で塗りつぶされてしまっている。


 これを元に戻すには、自分も魔石を摂取すればいい。フェフェがフェンリル種になった後に気づいたことだが、自分も魔石の摂取が可能だ。しかし手持ちはもうないし、魔石を内包するモンスターというものが無尽蔵に見つかるわけでもない。


(やつには事情を話してあるが……)


 トランピジャスはなかなかおもしろい男だった。「スリルと冒険心の中毒者」を自称するだけあって、亜人との交流を楽しんでいるようだ。とくにヴィヴィを気に入ったらしく、2回目に会った時にはプレゼントまで用意していた。まあ無碍にあしらわれているのだが……それはそれで憎めない一面だ。


 そんな彼を信頼している理由のひとつは、彼がたびたび体制への不満を打ち明けていたからだ。既得権益を持つ国王や教会や大商人に対し、「持たざる者」の怒りを代弁する、そんなふうに思えた。実際、彼は亜人たちの差別されている一面に深く同情し協力してくれている。魔石や有益な情報なんかを無償で持ってきてくれるのだ。


「俺は正しいと思ったことをやるために、冒険者になったのさ」とはにかむ彼の表情は嘘ではないだろう。そうでなければ、魔石の産地プラドリコの存在を教えてくれることもなかっただろうし、早めに始末すべき冒険者の拠点——先日滅ぼした村の情報を持ってくることもなかっただろう。


 もうひとつは、彼は他の人間と違って亜人たちとある程度意思疎通ができるようになったこと。本来の意味での会話は不可能なようだが、亜人の言葉の調子や身振り手振りを注意深く観察し、あたかも会話できているかのように返答したのだ。はたから見ているとコミュニケーションが成り立っているのだから驚かされた。あれにはさすがのヴィヴィも大喜びだった。


 もちろん、一番喜んでいたのがトランピジャス本人だったのはいうまでもない。


(いいやつも悪いやつもいる)


 この世界には「いいモンスター」も「悪いモンスター」もいる。同じように「いい人間」も「悪い人間」もいる。もしかしたら、いい人間というものはごく少数で、いいモンスターよりも数が少ない希少種なのかもしれない。そういう意味では、トランピジャスもこの世の少数派なのだろう。


 どうせ人生で出会う全員と仲良くすることなどできないのだ。なら自分の手の届く範囲、心の許す範囲に境界線を引き、高い壁と門を用意してすごすのが賢明というもの。


 そう思いながら森を進む。落ちた枝を踏んで「パキッ」という音など立てないように、少し慎重に。


「レージ、人の気配」、べべの声に3人は茂みへ身を隠す。警戒する視線の先にいるのは、武装して周囲を警戒する冒険者の男。


 トランビシャスだ。どうやら無事に合流できた。


「噛みつくなよ、べべ。あいつがそうだ」


「なんだぁ、残念。……ね、ちょっとだけなら噛んでもいいってことは?」


「ない。やめてやれ。……トランピジャス!」


 声をかけると、彼はウサギのようにはねた。そして照れくさそうに、ゆっくりこちらへ振り返る。


「よ、よおレージ。もう少し穏やかに声かけてくれや。心臓が口から飛び出さないようにさ」


「じゃあ次は背後から肩を叩こうか?」


「あ……いや、今回のでいいや」


 とりあえず茂みから出て、再会の握手を。ぐっと握り返された手へ、力強い信頼感が伝わってきた。しかし——


「人間発見です!」


「血の塊、発見!」


 あらわれたふたりのヴァンパイアにおどかされ、彼は再び追い詰められた小動物のように身を震わせるのであった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 トランピジャスがみんなのところへ案内され、彼がヴィヴィへなんどめかの告白と失恋をした後、礼二は今回の支援物資を受け取った。それはどうやって成形されたのか8面体で、面のひとつに文字が刻まれたおおきな魔石だった。


「すごい形ですね、レージ様。こんなものもあるんですか?」


 フェフェが目を丸くしてのぞきこむ。いつもは魔石を見て「おいしそう」という感想をもらすのだが、今回はめずらしいという感情が優先したようだ。


「いや、はじめて見た。トランピジャス、これは?」


「俺の仲間の盗賊が、教会からくすねてきた物に混ざってたんだ。そいつに協力してやった見返りにくれたのさ。めずらしいだろ?」


「ああ。……この文字は?」


「ルーン文字らしいぜ? 意味は、ええと、なんだったかな。呪術師に聞いてきたんだが……。ああ、そうそう。読みは『ダガズ』で意味は『日中』だ」


 ポケットから走り書きの紙を出して、どこか得意げな顔をして。とはいえルーン文字の意味はわかっても、それがどう作用するかはわからないのだろう。正直、そこまでを期待するのは酷というものだ。


「レージ様、これはとびっきりのやつなのかな?」


「そうかもしれん」


「だろう?」


「……これも食べられるのかな? なんかすごく強い力がありそう」


「フェフェはそう感じるのか?」


「感じるだろう⁉︎」


「……ううん、なんとなくそう思っただけ。食べるにしては、ちょっと手ごわいかなって」


「手ごわい、か。それってどんな——」


「手ごわいだろう⁉︎」


「——ちょっとトランピジャスさん! さっきからフェフェたちの会話に割って入らないで!」


 得意満面の過ぎた冒険者が、狼少女に怒られる。礼二は「すまん」としょげる彼を少し申し訳なく思い、1分ほど過剰にほめてやった後、魔石に話を戻した。


 フェフェのいうには、おおきすぎる獣を口に入れるような感覚があるという。魔石から強い魔力を感じているのだろうか。他のみんなも同様だ。豪胆なヴィヴィですら「いや、なんかうまくなさそうだ」と拒否の反応を見せた。


 しかし自分はそう感じない。


「だとすれば、これを摂取するのは俺がいいか」


「フェフェは賛成。みんなは?」


 問いかけに、みんな首を縦に振る。自分としても失った生命力の上限が元に戻したい。


「なら食おう」


「おいおい、マジで口に入れるのか?」


「そうだ」、短く答え、そのまま口へ。ぽいっと放られた魔石が悲鳴をあげる暇もなく、礼二はそれを飲みこんだ。


「本当に食いやがったよ……。大丈夫か? なにか変化は?」


「今のところは。……いや、これは」


 重機の機動スイッチを入れたかのように、心臓がドクン! と強い鼓動をはじめた。血流が全身を駆け巡り、それに乗って魔力の感触が血管という血管をなんども脈動させる。自分の体が都市ならば、環状道路も大通りも、地元民しか知らないような裏道ですら、一斉に拡張工事を行なわれているような感覚だ。しかし同時に破綻する予感はない。あくまで事前に取り決められた都市計画にのっとった、正しい作業が行われている。


「レージ様、大丈夫?」


「ああ、よさそうだが、もう少し待ってくれ」


「うん」


 3、4分くらいたっただろうか。重機たちはどこかへ消え去り、残されたのは見事なまでの広い道路。そしてそこをのびのび走る車のような魔力。スーパーカーのように高速で走りまわるのに、決して信号無視もコースアウトもしない。すべての車両に自動運転機能が搭載されて、都市インフラもすきなく対応しているようだ。


 どうやら完成したようだった。とはいえ現状の確認が必要だろうと、礼二は魔術をひとつ唱える。


「——<魔力よ、輝く(オープン・)未来を見せろ(ステータス)>!」


 彼はステータス画面を開き、そして驚いた。下がった生命力の上限値が元に戻ったどころか、1.5倍ほどに膨れ上がっていたのだ。手早く他の能力値も見てみるが、そちらもおおむね10パーセントから20パーセントほど強化されている。過去、こんなにステータスが上昇したことなど1回もない。


「ふぅ……。すさまじいな。今まで食べた魔石とは全然違う」、熱くなった息を吐き、彼にしてはめずらしくうわずった声を出した。


「よかったぁ。フェフェ、レージ様が巨人になっちゃうかと、ちょっと心配だったんだ」


「いや、それは……ないとも言い切れなかったか?」


 白い歯を見せて、彼は自身の観察を続ける。上昇した能力値の他に、なにか変化はあるだろうか。そう注意深くステータス画面を見ていると、「その他の属性」という欄にルーンが一文字刻まれていることに気づいた。


(これが(ダガズ)か……)


 日中という意味が、どのような恩恵をもたらしてくれるかはわからない。しかし自分が仲間を照らす陽光になるのであれば、そんなによいことはないだろう。


 レヴァナント姉妹あらためヴァンパイア姉妹がどう思うかはわからないが。


「レージよ。つまりは強くなったってことか?」


「ああ、間違いなくな」


「ならよかった。実は今回持ってきたのはその魔石だけじゃないんだ。まあ、いわゆる『悪い知らせ』ってやつさ」


 トランピジャスがもう一枚のメモを出す。おどけていた時とは別の、ぐっと引き締まった戦士の顔をしながら。


「それは?」


「エル・サントバコロの教会と冒険者ギルドが、あんたらの討伐を決めた。どうやら魔王へ協力を要請したらしい」


「魔王だと?」


「ああ、正真正銘の『魔王シニッカ』だ。聞いたことくらいあるだろ? あいつはお前みたいなやつと敵対している。特別な力を持った『勇者』とな」


 差し出された紙には、簡潔にまとめられたいくつかの情報。エル・サントバコロから出立した魔王たちは、オークロード・ヴィヴィの故郷のあたりへ立ち寄った後、そのまま東進を続けプラドリコへ入ったという。その上、すでに先遣隊が組織され、この森にむかっていることが書いてあった。


 先遣隊なる連中が、いつどこらへんにくるかについても書いてあったので、礼二の心へ戦いの予感が姿をあらわす。先手を打つべきだろうと思ったのだ。「感謝する。大物が出てきたのは悪い知らせだが、この情報があれば先遣隊を本隊に先んじて撃破できる」


「ああ、気をつけてな。それと同じような魔石がないか確認してみる。他の文字のルーンが刻まれているやつもあるはずだから」


「ありがたいが、あてはあるのか?」


「『教会』さ。あいつらも一枚岩じゃないからな。つけ入るすきなら()()()()ある」


「いくらでもある」と言わなかったのは、危険な行為だからなのだろう。「お前も無理はしないでくれ」という言葉に続き、礼二は「俺たちにとってお前は貴重な人間の仲間なのだから」、そう言おうとしてやめた。希少価値で彼をはかるのが適切と思えなくなったからだ。だからかわりにこう言った。


「俺たちの大切な仲間だからな」


「ありがとうよ」


 再度の握手を交わし、彼と別れを告げた。それが最後の別れとなることもなく、くわえて彼が再びすばらしい仕事をしてくれたのは、それからわずか1か月後、先遣隊を撃破した直後のことだった。

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