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笑う魔女 12

 魔石の産地、プラドリコ地方。温暖でおおきな森林があり、地方名と同じ名前のおおきな街もある。


 2022年2月8日、「勇者レージ」はそこにいた。穏やかに吹く風のもと、木幹に背中をあずけて座り、片手に開いた本を持って。


(やはり異種族連合の土壌はこの世界にもあるんだな)


 その本を読むと必ず、この感想が真っ先に出てくる。『青い羊皮紙(ブラー・スキンナ)』、人間種の英雄がさまざまな種族をまとめ上げ、災害をもたらしていた悪王の討伐をするお話だ。冒険者ギルドに所属していた時、この話を知らない者などいなかったように思う。彼自身も人づてにブラー・スキンナを聞いて気に入り、高い金を払って本を購入したのだった。もちろんテレビもスマートフォンもないこの世界で娯楽に飢えていたのもあったが。


(主人公は王になって国家を立ち上げた。俺にもできるかな?)


 物語の終盤、悪王を倒した彼はその国の王座を手に入れて平等な国家の成立を宣言した。そのシーンがとくに好きで、なんども読み返している。だからページを止めていた親指を放してやると、頬をなでる温かい風が紙をパラパラとめくり、紙に癖のついた最終章のはじまりへいざなってくれた。


 王となった英雄は、そこでもさまざまな問題に立ちむかうこととなる。戦乱時代の外交は戦争を呼び、内政では内乱に対応しなくてはならなかったのだ。それほど多くのページが割かれている章ではないものの、悪王なき世界でも混乱が続くことに対する主人公の苦悩がつづられていた。


 それでも彼はあきらめない。100年という長い統治(さすがに誇張だろうが)の中で各地を平定し、ついに自分の国を大国として安定させた。そして彼が達成感と多くの家族に囲まれ幸せのままに亡くなるところで、物語は幕をおろすのだ。


 文句なしの大団円、ハッピーエンド。だからこそ礼二は安心して読めるこの物語が好きだった。


(……でもこの話、別の結末もあるんだよな)


 そう思い出して少しだけ表情を曇らせる。礼二の手元にない別の結末が記された本もこの世には存在していた。


 聞くところによると、ブラー・スキンナはもともと上下巻だったそうだ。上巻では悪王に対する戦いが、下巻では国家運営とその破綻が描かれていたらしい。下巻はさまざまな組織の利権や出身地差別など、重苦しく複雑なテーマがたっぷりと書かれており、しかも主人公はついにそれを解決できないまま暗殺されてしまう。そんな大衆受けのよくない下巻はいつしか歴史から姿を消して、上巻の最終章にハッピーエンドとして形を変え残された。


 もしそれを「歴史の改ざん」という意見があるなら、礼二の答えは「No」だ。これは物語が人々の求める形に変化しただけであり、そこに是非を問うものではないと感じている。とはいえ、その失われた物語を読んだかつての仲間――冒険者ギルドのロペという男から聞いた、本当の最終章が頭にこびりついて離れない。


 元仲間だった悪魔種の女。悪王討伐後に隠居していた彼女は、破綻寸前の国家にきて王を詰責する。


「なぜ私の忠言を聞き入れなかったの? なぜそれほどまでに国土拡張にこだわったの? 戦乱で流れた血は決して乾かない。多くの血で大地を洗えば、あなたはいつまでもぬかるみの国に住むことになるのに」


「それはな、私が治める平等な国を、その範囲を少しでも広げるためだ。そうしなければ私の目の届かぬところで人々は命を失い続ける。私たちは世界中を旅したのだ。放っておきたい命などひとつもなかったことを、君も知っているだろう、魔女よ」


 王は自身の理想を最後まで曲げなかった。


「これ以上戦乱の道を進むのであれば忘れてはならないわ。その道には玉砂利も敷かれていなければ、平らにならされてもいない。いばらやアザミが顔をのぞかせる獣道。そこを進むことがどういうことか知っているの?」


「たとえ毒の沼に突き当たろうとも、そこに人がいるのなら、私は構わず進むだろう」


「そう、わかったわ。けれどもし白樺の森で、地面を這う者――蛇を見つけたら近づかぬよう。決して、決してね」


「なぜだ?」


「その牙は()()()()()()()()()から。そこは私の大切な場所で、ゆえに呪いに満ちているから」


 その言葉を最後に、魔女は王のもとを去る。そして数日後、彼は寝室で毒殺された。それが誰の手によるものなのかは書いていないそうだ。


「……その結末には納得できない」


 礼二はひとりつぶやいた。そんな彼へ語りかけるように、春の陽気に混じった冷たい風が吹く。誰によってもたらされたのかと思う間もなく、手元のハッピーエンドが記された最終話のページへ花びらが1枚はらりと落ちてきた。


 あたりを見まわすと、短い冬が終わった森に春の陽気がふりそそいでいる。木々が太い幹から枝葉をのばし、その下にいるものたちを守っているかのようだ。モザイク柄に切り取られた木漏れ日が、そこで休憩する礼二たちへ刺繍つきのお仕着せを提供していた。


(この花、桜に似てるな……)


 自分がよりかかっているのは、どこから迷いこんだのか、森林地帯に場違いなアーモンドの木。数本で群生し、桜によく似た桃色の花をつけている。故郷日本を思い出した礼二は、なつかしさ、哀愁、嬉しさの入り混じった微笑みを浮かべていた。もう日本には戻れないのだろうが、死んで転生しなければ、このような美しい光景を見ることもできなかっただろう。


(そう思うと心は複雑だ)


 などと少々懐旧(かいきゅう)の感情があるように思ってみる。が、実のところそんなものがないことは自身が一番よく知っている。死後の世界は生前の世界よりも刺激的で、今日の天気のように情緒はあっても暗さなどどこにもないのだから。


 それに今は仲間がいる。100人以上の同志と呼べる亜人たちだ。とくに中核メンバーの5人は、強くて、自分を慕ってくれて、そしてかわいらしい。彼女たちなしの生活など、もう考えられない。


「レージ様、ドードーとべべが魔石を食べるって」


「ああ、今行く」


 彼と一番付き合いの長い亜人、()()()()()()のフェフェから声がかかった。青くて長い髪がもしゃもしゃとゆれるさまは、緑と茶色の多い森の中でもよく目立つ。木漏れ日がすばらしい情景へ、彼女はよい差し色になっていると思った。


「ねぇ……本当に食べさせるの?」


「ん? 今さらだろ?」


「そうだけど……」


 仲間の元へ行くために、どこか不満そうな彼女に続く。「これで条件がそろえば、クラスチェンジ済みは5人になるな」との言葉に、フェフェが応答しない理由もなんとなくわかるのだが、今はそっとしておくことにした。


 フェフェは勇者である自分についで強い。おそらくAクラス冒険者よりも強いだろう。次に強いのはゴブリンロードの亜人ヴィヴィだ。彼女もAクラスと同等程度には戦闘力が高いはず。


 それはふたりが『クラスチェンジ』をしたからだ。


 彼女たち亜人が魔石を摂取できると気づいたのは、半年くらい前のことだった。ちょうど冒険者パーティーとけんか別れした直後のことだ。敵対的なモンスターを倒し、肉を食べようと解体していたフェフェが、心臓の近くから赤黒い石を見つけたのだ。冒険者時代に見たことがあるから、それがすぐに魔石だと気づいた。


 そしてそれを「おいしそう」なんて言うフェフェにあたえてみたところ、彼女は身体中に活力が満ちるのを感じたという。だから見つけては彼女にあたえた。20個くらいの魔石を摂取した後だろうか、とある日の朝に礼二は驚愕することになる。


 フェフェの体毛がつやのある青色に変化していたのだ。


「レージ様、フェフェ、ものすごく体調がいい!……あ、もしかして。……昨日の夜のこと、関係してる、かなぁ」


 彼女がひどく照れくさそうにしたのは、昨晩逢瀬を重ねた……というか床をともにしたからだったが、その日のモンスター狩りの際、彼女が劇的な能力向上を果たしていると確認できた。フェフェは固有パークの解説文にあった「仲間の進化」、要はクラスチェンジをとげたのだ。もともとはワーウルフのたぐいだったから、この体毛の色ならフェンリル狼に進化したのだろう。彼女にそう話をすると、「うん、しっくりくる名前だね!」とのことだったので、以降は彼女の種族を「フェンリル種」と呼んでいる。


 めでたくフェフェはクラスチェンジをとげたが、この時にはまだ進化の条件がわからなかった。それがおぼろげながら見えてきたのは、次の仲間である女ゴブリンであるヴィヴィの時だ。


 ヴィヴィはとあるゴブリン部族の、族長の娘だった。黄金の首飾りはその名残だ。ライバル関係にある他のゴブリン部族から襲撃を受けていたところ、礼二とフェフェが助けに入った。彼女の部族はほとんど全滅してしまったが、礼二へ恩義を感じたかのようについてきて行動をともにしている。


 彼女に魔石をあたえて判明したクラスチェンジの条件はおそらくこうだ。一定数(おそらく20個前後)の魔石摂取と、複数回の戦闘経験、そして勇者である自分と「男女の関係」になること。固有パークに記載されていた「信頼」と「特別ななにか」の両方をあわせ持つ、ということだろう。


 だからこそ今、フェフェの機嫌は悪い……。


 なんにしても、条件さえわかれば彼女らを強くするのに迷いはなかった。もちろん彼女らがそれを拒むのなら無理強いなどするつもりもなかったが、その後に出会ったバンシーのテイテイもクラスチェンジを望み、今やデュラハンだ。首が取れるようになった彼女がいたずらを覚えたのだけはよくなかったかもしれない。


 そして今日、レヴァナントの姉妹ドードーとベベが20個目の魔石を食べる。クラスチェンジが可能になった亜人は「なにか特別な変化が体にあらわれそう」と自覚するらしいから、見届けてやろうというわけだ。


 木々の間の狭い空間に、ふたりを取り囲む集団がいた。彼女らと合流すると、姉妹は待ちきれなかったとばかりに魔石を口に運ぶ。


「いつ見ても、心臓みたいでおいしそうですね」


「いつもどおり、いただきます!」


 のど飴サイズの魔石が、ふたりの口の中へ消えた。姉のドードーはしばらく舌でもてあそんでから、嬉しそうに飲みこむ。妹のベベは容赦なくボリボリ咀嚼。なんというか、性格が出ていた。


「あら?」


「おっおぉ!」


 と、ふたりは体に変化を感じたようだ。はたから見ていても、土気色の死者の体が(そのままの色のまま)生き生きとしてくるのがわかった。礼二は「我ながら変な表現だ」とも思ったが、それでもそうとしか感じられないほど、彼女たちの顔に()()が満ちている。


「どうだ?」


「これは……いいですね。間違いなさそうです」


「ウチも! クラスチェンジの準備できたと思う! すっごい調子いい!」


 言葉を聞き、礼二はほっと胸をなでおろした。過去3回成功しているとはいえ今回もうまくいくとはかぎらないし、もしかしたらなんらかの悪影響が出てしまうかもしれないと考えていたから。それに、魔石の採取には手間がかかる。これでだめであればまた探しに行かなくてはならない。手持ちは使い果たしてしまっているのだ。


 心配は杞憂だった様子。


「そうか。よかった、ふたりとも」、そう言う彼の前で、死体の姉妹が死人とは思えない明るい顔をする。もちろん、いたずらな笑みをたずさえて。


「では、どちらと()()()()()? 私からですか? ベベからですか?」


「それともふたりとですかぁ?」


「ま、待てふたりとも。まだ昼だ。その話は後にしよう!」


 つまんなぁい、と言ったべべに、フェフェのジトっとした視線が刺さった。口の中で「3分の1ですら不満なのに、5分の1なんて」とぶつぶつと呪詛をつぶやく彼女が、呪術師でなかったのは幸いだっただろう。


「やれやれ……」


 多くの者に愛されることは自分が望んでいること。かわいい女性に言いよられることが嫌いな男などいないだろう。とはいえいっぺんに来られても体はひとつだ。


 いつもはクールな礼二が頭の後ろをかく。その後頭部へ、オークロード・ヴィヴィの無遠慮な笑い声が浴びせられていた。

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