スマイル賞
…俺は今、派遣社員をしている。
ここ一年ほどずっと、出向を命じられた大型ショッピングモールで、イベントを運営したりメンテナンスをしたりして働いている。
パートやバイトのリーダーを任されるようになり、正社員からの信頼も厚く、このまま契約社員になってもいいかなと考えるようになった。年末の冬の更新の時に、派遣のマネージャーから契約社員になる意向について聞かれたので…春の更新時に話がまとまるかもしれないと思っていたのだが。
一月の終わり、一人のババアがパートとして入社してきた。
「よろしくおねがいします!!」
このババアは、何年か前に俺が働いていたアミューズメント施設に居た、いけ好かないババアだった。
ニコニコしていて…別人のように印象が変わっていたから、初めは全く気が付いていなかった。
ネームプレートを見て少し変わった苗字だなと思い、そういえば似たような名前を見た事があるなと思って、なんとなくシフト表でフルネームを確認したら…よく知っている名前だった。そして、昔の記憶が甦ってきたのだ。
いつも仏頂面で返事もせず、叱っても謝らず、仕事仲間で盛り上がっていると睨みつけてきて…ウザくて仕方がなかったババア。フルネームをもじって、仕事仲間で『くさったバラ肉』呼ばわりをしていた。デブで不細工のくせに表に出たがって、やらなくていいことばかりやって、うっとおしくてたまらなかった。ただでさえ不愉快な存在だったのに、ある日突然働けなくなったと言い放って辞めて、残されたパートが大変な目に遭ったのだ。
どうせ今回もそうなるに違いない。極力関わらないようにしようと思って、距離感を保つことにした。気持ちの悪い貼り付けたような笑顔が、不気味でたまらなかった。めんどくさいことを口にしたら、即本部に従業員に相応しくないやつがいると密告しようと心に決めて、仕事に集中した。
ところが、予想に反して…ババアはやけにすんなりと職場に馴染んだ。
いつもニコニコしていて好印象。
お客さんと仲良くコミュニケーションを取る姿がほほえましい。
挨拶が気持ちいい。
よく気が付いてさりげなく清掃をしてくれている。
先輩社員に積極的に質問をする。
後輩に積極的に声をかけている。
派手すぎない身だしなみが清潔感があって良い。
部署を気にせずできることをしている。
人任せにせず自分で動いている。
ババアの評価は高くなる一方だった。
ババアにまつわる話を聞くたびに、俺の中でモヤモヤとした感情が渦巻くようになった。
二月の終わり、ババアは【スマイル賞】を取った。
スマイル賞というのは、優れた従業員に贈られるごほうびのようなものである。選出者は正社員と地域を管轄する本部の人間で、良い仕事をしたり、ムードメーカーとして人気が高まっている者に金一封と共に名誉の称号が与えられるのだ。
パート、バイト、派遣にとってぜひ取りたいものであり、憧れであり、もらってうれしいものである。数多い派遣の中では特に、喉から手が出るくらい欲しいものだ。スマイル賞の複数回受賞は、契約社員に昇格するための必須事項である、という認識があった。
一年以上働いていて、常日頃から社員に褒められ慣れている俺ですら、今までに二度しかもらったことがない代物だった。
ハイレベルな戦いの末に与えられるようなものなのに、ひょっこり現れたババアがかすめ取っていくのが…気に入らなかった。
俺の中に、許せない気持ちが芽生えた。
便所の中で、喫煙所の中で。
それとなく…スマイル賞の事をつぶやいた。
入ってすぐの新人が名誉あるスマイル賞を取ったので、内心よく思っていないやつは少なくなかった。小さな不満を聞きだして、それに乗っかる形でババアの本性を口にした。
噂が広まり、いろいろと聞かれるようになったので、前の職場でのやらかしについてバラしてやった。
初めはいい顔をしているかもしれないが、徐々に本性を現すから気を付けた方が良い。
たぶんまた一番忙しい時に仕事をバックレて、他のパートに迷惑をかけると思う。
仲間とコミュニケーションを取れないぼっちだったから、たぶん今の状況もよくわかってない。
セコイ点数稼ぎが得意だから仕事を奪いに来るかもしれない。
金を落とさない客に時間を割くなんて、頭の悪い証拠。
一回聞けばわかる事を何度も聞いて、印象付けようとしているのがショボい。
おべっかを使う事を覚えたから、ここで試しているんだろうね。
作り笑顔が気持ち悪いし、何を考えているのかわからない。
いつ仏頂面の本性を上客に披露するかわからないから怖いよ。
ババアを見るパートの目が変わってきたと感じ始めた、ある日。
俺は、派遣会社から、契約の終了を伝えられた。
来週から別の店舗に行ってもらうと、職種の変更があると聞かされ、俺は驚いた。
俺はリーダーをやっていたし、パートの中では一番古株だ。俺がいなければ現場は回らない。
すでに四月までシフトも出してあるし、後任を頼めるような後輩も育っていない。
何かの間違いであると指摘しても、色々と現状を訴えても、変更の手続きが済んでいるの一点張りだった。
どうしても納得ができなかった俺は、職場へ向かった。
仲良くしている社員に、口利きをしてもらおうと思ったのだ。
仲のいい社員は、俺を見ると明らかに困ったような表情を見せた。
おそらく俺がいきなりいなくなることになってしまい、参っているのだろう。
一体どうなっているのだと、どういうことかと聞くと、思いがけない返事がきた。
「今日は…お買い物ですか?」
こんな時に冗談を飛ばすなんて程度の低い社員だなと思っていると、やけに厳しい言葉が聞こえてきた。
穏やかではあるがしっかりとくぎを刺し、にこやかではあるが緊張感がそこそこある…対話だった。
俺は職場の人間関係を悪くする人物として、マークされてしまったのだそうだ。
仕事的にも問題があると、懸念されてしまったのだそうだ。
不愉快な行動をする人がいるという苦情が本部に行ったのだそうだ。
不穏な要素のある人たちの契約を切ることが、急遽決まったのだそうだ。
「いい大人なんだから、悪口を言って盛り上がるのはやめた方が良いと思いますよ?」
「そうですね、大人げない行動は…身を滅ぼしかねませんしね」
「鈴木さん、お世話になったッス!他の事業所に行っても頑張ってください!」
いつの間にか、別の社員と…ガタイの良いバイトが、近くにやってきていた。
遠くに、顔なじみの警備員のおっちゃんも、いる。
暴れ出したい気持ちを抑えて…、にこりと笑ったつもりだったが。
……次の職場では、胡散臭い笑顔を振りまくことも、考えないといけないな。
おそらく、もう…この場所には、二度と来ることはないだろう。
俺は…、長く通った職場を、後にしたのだった。