5.飲み会
「そういえば、お前んとこの白い馬どうなった~?売れたか~?」
のんびりした話し方の村田が、今一番されたくない話を無頓着に振ってくる。
「いや、ダメだったわ。めちゃくちゃ安くしますよって言ったけど、お断りだってよ。売買自体は大盛況だったんだけどなぁ」
だっはっは~そりゃぁそうだぁ~なんて酔っぱらったおっさんが大声を出す。おっさんだけの集まりだ。少々の大声には誰も何もいわない。酒も入ってほろ酔い気分になれば誰しもちょっとは自制心が薄れるってものだ。
「白毛はなぁ……レースで勝てねぇもんなぁ」
「だよなぁ。とんと白い馬が勝ったなんて話はきかねぇなぁ」
「でもよ、ほら少し前に重賞とった馬がいただろ。もしかしたらその白い馬も走るかもしれん」
「少し前ってお前、もう何年も前の話だろそれ~」
「年取ると、数年前のことを少し前って言いがち問題だぞ。お前ら気をつけろよ」
「わかる。それ俺も子供から言われるわ。何年も前のこと、繰り返し話すのやめてってな」
だはははははと品のない笑いがどっと沸く。おっさんが三人以上あつまると必ずこういう雰囲気になるのはなぜなのか。自分もおっさんだから口にはだせないが。
「どこの馬主も、もう以前ほど羽振りはよくねぇからなぁ。少しでも損は抱え込みたくないんだろうなぁ」
「一時期は白い馬もいけるんじゃね?って雰囲気あったよな」
「めちゃめちゃ活躍してたもんな。勝ちまくって生涯獲得賞金額十億越え!ってな。でもよ、この辺の零細牧場には関係なかったろ」
「確かに」
「でもよ~聞いたぜ~?笹森んとこは今年、その白い仔馬以外は全部売れたって?」
「ああ、おかげさまで。去年ちょっと冒険していい牡馬の種をつけたのが良かった。ま、その牡馬の子どもが全然活躍しないから種付け料が落ちてたってだけなんだけど」
「親が優秀でも子が優秀になるとは限らんのが競走馬だよな」
みんなが何かを思い出す様に神妙な顔をした。奮発して高い種付け料を払ったが微妙な結果に終わってしまった経験を思い出してるんだろう。あるあるだよなー。
「みんな丈夫に育ってくれただけでも御の字よ。とりあえず去年冒険しただけの元は取れたからな」
「うらやましいぜ」
「良かったなぁ~。売れなかったらやばかっただろ。笹森んとこのかみさんおっかねぇもんな」
「やり手だけどな」
「おまけに美人だ」
「俺んとこの嫁と交換してくれよぉ」
「けどこいつは女房の尻に敷かれてるからなぁ~」
「旦那が頼りねぇからしょうがねぇ」
ふたたび一座が笑いに包まれる。そんなん言われなくても自分でもよーくわかってるよ……。
「いや、香苗は別に怖くないって。やり手なのはまったくもってその通りだから否定はしないけど」
「男しかいねぇんだ。義理立てる必要はないぞー」
「そうそう、今年は俺んとこも何匹か良さそうなのがいるから、八戸の馬市場に出すつもりだ。良い値が付くといいなぁ~。今年は一番上の娘の大学受験があるからよぉ。大学費用のこと考えると、ここででっかく稼いでおきたいんだわ」
「おぉ、田端のところもセールにだすんか。俺のとこも今年出すんだよ」
「うちんとこは今年はちょっと微妙なんだよなぁ。まだ売れてない仔馬が何頭かいるから、知り合いの馬主さんに声かけしまくってるところだわ」
「できるだけ処分はしたくねぇからなぁ~。啓吾、いっそお前が馬主になって、その馬レースに出すか?!」
「馬鹿言うなって。登録料だとか移動費だとか調教師雇うだとか、費用は馬鹿にできないくらいかかるの知ってるだろ」
「でも一発重賞あててみ?賞金がどかーんでうはうはよ」
「山白は夢見すぎだって」
「簡単にレースで勝てたら誰も苦労してねぇって」
「でも一度はやってみてぇよなぁ。自分とこの馬を自分で走らせて、重賞馬にする。くぅ~夢が広がるぜ」
「宝くじにあたるようなもんだろそれ……」
「ちげぇねぇ!」
「宝くじって言えば、思い出した。知り合いの馬主がよぉ、新しく馬主になりたいって人を紹介してくれてよぉ、この前。良い馬紹介してくれって話をもらったんだけどよ」
「お、いいじゃんいいじゃん。今時新規の馬主さん紹介されるなんて、めっちゃラッキーだぞ」
「俺も最初そう思ったんだけどなー、特定の馬を探してるってんでなかなか難しいんだわ。俺んとこの馬は条件に当てはまらないから、ごめんなさいだとよ」
「なんだなんだぁ?新規の馬主なのに、もうすでに買いたい馬が決まってるのか?ってことは、有名な馬の子や孫が欲しいとかのあれか?こんな田舎の零細牧場じゃぁ、有名馬の血統持ちはそうそういないぞ。探すとこ間違ってるべ」
「だな。おっきな馬市場見て回る方が早いだろ」
みんなが一斉に頷く。こういうとこは息がぴったり合うんだよな。
「なんでも、むかーしの、微妙に活躍した馬の子孫を探してるらしい」
「有名でないのに探してるんか。何かあるんかなぁ」
「よくはわからんが、縁があって、どうしてもその馬の子孫にあたる馬を見つけたいらしい」
「なるほどねぇ。で、なんて馬だ」
「たしか、アポロジュウハチって言ってたな」
ん?
どっと笑いが起きた。
「すげー名前だな!アポロジュウハチ号ってわけか!」
「うちにそんなのいたかなぁ」
「おめぇ聞いたことあるか?」
「アポロジュウハチだろ?いや、ちょっと記憶にないなぁ」
なんかこう最近見たような……。
「今ちょっと調べてみたら30年前のレースに出てた馬だぞ」
「それは俺らの親父世代の話になるなぁ。馬自体はもう死んじまってるなぁ」
アポロジュウハチって……。
「あ!!!!!」
脳内にはっきりと思い出したことがあった。あれじゃん!
「ちょ、声でかすぎ。なんだよ急に」
隣に座る田端がびっくりしてビールのグラスを倒した。すまんすまんといいながらおしぼりで零れたビールを拭いた。
「その名前見たわ、最近」
「まじか!詳しく話せ」
「あれだよ、ほら!江渡さんとこの!」
「江渡?」
「誰だっけ」
「あぁ~何年か前に牧場を畳んだ江渡さんか」
「そうそう!」
「そういえば、あそこのじいさんが確かG1だかG2だかを獲った牡馬を後生大事にしてたっけなぁ」
「そうだそうだ。僕も思い出した。酔うといつも同じ話ばかりしてたから聞き流してたけど。G1がどうこう言ってた」
「へぇ~。それで?啓吾続きを話せよ」
「居るわ……。アポロジュウハチの子孫が、うちに」
「まじか」
「キタ!」
「この前たまたま血統調べてて、G1を一回だけ勝ってる馬がいるなぁって。たしかアポロジュウハチって名前だったはず……」
ユキの顔が頭にでかでかと浮かぶ。
「いや、でも駄目だわ」
「なんでよ」
「だってその馬、売れ残りの白い子だぞ。競走馬としての子孫を探してるんだろ?じゃあ、向こうも欲しがらないんじゃないか?」
「あー……」
「それは確かに」
「でもよ。笹森んとこに子孫がいるってことは、もしかしたら俺らの中にもひょっとして……」
「そのアポロって名前の馬の血を引く子どもか孫かわかんねーけど、いるかもしれねーってわけだな!」
「確かに、何度か俺んとこの親も江渡さんとこと取引あった気がするぞ」
場が一気に熱を帯びる。やいのやいの騒ぐ連中を無視して、隣に座るが俺の方に向き直る。
「でも、ということは母親がそのアポロとかって馬の子にあたるわけだから、話だけでもしてみたほうがいいんじゃないか?来年の仔馬を買いたいとかって話になるかもしれない」
「うーん」
「なぁ山田!」
話を持ってきた山田がこっちを向く。
「そうだな。一応、俺の方から連絡入れてみるわ。懇意にしてる馬主さんの知り合いだからな。無下にもできんし、わざわざ東京からこんな本州のはじっこの田舎くんだりまで足運んできてるんだ。情報はあるだけあったほうが嬉しいだろう」
「そうか。そうかもな。分かった。頼むわ」
「おっけー」
思わぬところからユキの行き先が決まるかもしれない可能性が降ってわいてきたのは嬉しい誤算だった。
「なぁ、もしそのなんとかって馬の子か孫が俺らのとこにもいたら、高く買ってもらえるんかな?」
「かもしれないぞ。結構金持ってそうな夫婦だったし」
おお!と場が再び盛り上がる。
「なんでも、どっかの会社の社長で、息子に会社を譲ったから暇になったっつって、馬主を始めるらしい。俺も知り合いの馬主さんから紹介されて一度しか会ってはないんだけどな、いやぁめちゃくちゃ品の良い夫婦だったわ。成金!って感じじゃなくて本物の金持ちー!って感じの。話もしてみたんだけど、腰も低くて良い感じの二人だったわ」
「おお~有力馬主になってくれそうだな~。そんな上客俺も掴みてぇな。よし、家帰ったらちょっと調べてみるわ。もしかしたらってこともあるからな」
「金の卵になるかもしれねぇもんな。俺も持ってる繁殖牝馬の血筋とかまだ売れ残ってる馬の父親の血筋みてみるか。親父世代だったら、近所づきあいで交配させたりとかしてそうだしな」
「おお!見つかったら俺んとこに連絡くれよな。まぁそう簡単にはいかんだろうけどな!」
ぎゃははとみんな笑って、今夜何度目かの乾杯がなされる。小気味よいグラスの音が響いた。
その夜は久しぶりにみんな馬鹿みたいに飲んではしゃいだ夜になった。
なんとなくその東京の人から連絡が来そうな気がした。