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4.仔馬について

 昨日、結局売れ残ってしまったあの仔馬のことを思うと頭が痛い。一縷の望みにかけたが、やはり白毛の馬は売れなかった。わかっていてもショックは大きいものだなぁ。

 悪い体付きではなかった。むしろ十分立派といえるすばらしい仕上がりだった。けれど、それでも埋め合わせができないほどに、白い馬ということが降りなのだともいえる。

 白い馬は走らないと言われる。もちろん白い馬が競走馬になれないとは言わない。確率が極端に低いという点に目を瞑れば。実際過去に活躍した白い馬が全くいないわけではないのだ。けれど、あの子はその過去に活躍した白い馬たちの血統ではないんだよな。パソコンで、望み薄と知りながら血筋を辿ってみたものの、過去にも今現在にも何かしら賞を取った白い馬は当然見つけられなかった。一応、G1に一回だけ勝った馬とかG2に勝った馬だとかはいたけど、全く知らん名前だった。知らんってことはまぁそういうことなんだろうな。奇跡的に一回だけ勝ちましたみたいな。なんならあの子の母親もG3に一度だけ勝ったぞ。すごい子なんだ。

 いや今はそういうことじゃなくて。白い馬の話よ。まぁ、調べる前から分かっていたことなんだけどなぁ。でもなー。ああぁぁぁ……。

 

 あの仔馬の先行きに関しては、最終的なところはもう決まっている。うちには残念ながら何の益にもならない馬をただの一頭でも飼育し続けるだけの余力はない。ただ、それがいつになるのかがまだ決まってはいないだけで。運よくその日までに馬主が決まってくれさえすればいいのだが、望み薄だろうな。もちろんそうならないように手は尽くす心積もりだ。


 金のことも問題だったけれど、私にとっては茜のことを思うと心が痛む。家族経営のこの小さな牧場だ。代々家族全員で協力してここまでやってきた。そのおかげで、いくつも過去に問題は持ち上がったがなんとか今日までやってこれた。私の代で全てを台無しにすることはできない。情に流されて間違った決断をしてはいけないのだ。そうだ。我が家に余裕は全くないのだ!

 そうは言っても、できることなら茜に嫌われたくない!あああああああ、言いたくない言いたくない言いたくない。ほんとに頼むよ売れてくれ~!

 近所の小林さんとこはもう娘さんが全く口をきいてくれなくなったと言うし、正田さんとこは馬の処分で子供たちからさんざん非難されたと言うし……。茜はありがたいことに6年生の今でも自分を慕ってくれてる。そのために涙ぐましい努力をしてきた!仕事着はどうしようもないから普段着はできるだけダサくないものを選んでるし、汗のにおいにも気を使ってる。言葉遣いも外では標準語を使うよう気を付けている。デリカシーのない発言もしないように心がけてきた!やれることはやってきた!

 あぁぁぁぁ。それなのになんで……。何がきっかけで嫌われるかわからん今、下手な手を打って信頼を損なうのは良くないって。

 でもなぁー……。

 過去にも売れなかった馬を処分したことは何度もある。それでも、子供たちが幼いうちはうまくごまかす方法もあった。けれどもう自分で考えられる年齢にまで育った今では難しいだろう。私自身、うそをつくのはすきではない。できることなら納得してほしい。牧場の子としてうまれてきたのだから。

 それでも……。


 普段はあまり馬房に近づかない茜が最近は毎日一度は売れ残った馬の様子を見に行くほどに、気にした様子を見せる。このまま売れずに残ってしまった場合、その可能性は十分にあるから困るのだが、処分のことで一悶着起きないはずはない。思春期真っただ中の今、対応を間違えればこの先ずっと尾を引くだろうことが容易に想像できるだけに憂鬱すぎる。

 広大はこの仕事のシビアな面も理解して何も言わないでくれているが、やっぱりなぁ~あいつは自分に似ずできた良い子だからなぁ~。思う所はやっぱりあるよな。子供だもんな。ときどーき、目が時折こちらの考えを探るように見つめてたりするし。

 なんとなーくだけど、妻もあの馬のことを気にしてる気がするんだよな。

 これから先の家族仲のことを思うと頭が痛い。けれど、生活のために厳しい決断もなさねばならない。いやきっつ!


 事務所で一人大きな溜息をついた。溜息が勝手に口をついて出たと言うべきか。

 それもこれも、全てはあの日に始まった。


 去年の冬、雪の降る中で生まれた仔馬を見て、自分を含むみんなが落胆を覚えたことは否定できないだろう。唯一、茜だけが真っ白な子が生まれたことを純粋に喜んでいた。雪の日に生まれた雪のように真っ白な馬だからユキだなんて安直な名をつけたのはあの子だ。わが子ながら自分に似て単純だよ。

 名づけを止めればよかったのだが、なんとなーく言い出せずにそのままにしたら、いつのまにかユキという名で定着してしまった。世話をすれば愛着も湧く。一緒にいる時間が長くなれば情も移る。

 順調に種付けした牝馬たちは子を産み落とし、みんな異常もなくすくすくと育っていった。


 変化は突然やってきた。

 白いという以外まったく普通の仔馬だったはずのユキが、突然馬房で騒いだあの日。

 獣医の先生は特に問題がなく、ネズミか何かに驚いただけだろうと話していたあの事件。馬が突然気を失って倒れるなど聞いたこともなかったが、どうやら本当に異常はないようで、実際それ以降問題はおきていない。

 けれど、その次の日からあの馬はすっかり変わってしまった。

 人懐っこく遊び好きだった性格は一変した。あの後、しばらくの間全てを拒絶するような態度を見せた。食事もほとんど食べずただじっとしている日々が続いた。全く理由が分からなかった。

 そういった日々は、突然終わりを迎えた。あれほど口をつけなかった飼葉も突然食べるようになったし、馬房の外へも自分からでるようになった。日々、その態度が軟化していくのが分かった。けれど、もうそのころには以前のようには同世代の仔馬たちと積極的に関わろうとしなくなったのだ。

 遊び盛りの幼駒たちが前日と同じように誘いをかけると、戸惑うような仕草をみせて拒絶するように集団から離れてしまった。まるでユキとそれ以外との間に明確な境界線があるかのように。飼育員の誰もが、理由が分からず首をかしげるばかりだった。

 その後も同じような状態が続き、その硬質な態度が徐々に軟化していったが、その本質は変わらないようだった。まるでちびたちの子守を任された親戚の兄や姉が幼い子をあやし、誘導し、頃合いを見計らってその場から離れていくような……。

 幼駒たちが興奮しすぎてけがをしそうなくらいにはしゃぐとき、あるいは喧嘩に発展してしまいそうなときには、見計らったようにさっと仲裁に入る。そして、彼らが落ち着いた頃合いには巧みに自分から意識を逸らして、また一歩離れた場所から見守っている、のか?

 いやそんなはずはない。さすがにこの考えは頭がおかしくなったと言われるかもしれん。誰にも言わんとこ……。


 ただ違和感を感じているのは自分だけではない。日々の様子を見てあの子は不思議だと誰もが言う。

 しかも、それだけじゃない。

 馬房で世話をするときには、言葉を理解しているように見えるときがある。ほんとかよと言われるかもしれないが、事実そうとしか言えない行動をする。飼育員の小林くんだけならいざ知らず、飯田さんや安藤さんまでも似たようなことを言うんだよ。さらにはこちらの意図を察して行動し、我々の邪魔にならないように先読みをして動いているのではないかと、そうとしか思えないような行動を見せることさえある。

 一番はあの目だ。馬とは思えない底知れない何かを感じるときがある。動物の持ちえない、人に近い知性というか思慮深さというか……。

 まじでそうとしか思えん。人の目をじっとみて、こちらの言葉ににじっと耳を傾けているところとか。茜と接しているときなんかは何とも言えない気持ちになる。まるで小さい子をあやしているかのように、はしゃぐ茜と落ち着いたユキとのやりとりが、まるで姉と妹のような気持ちにさせるんだよ。

 そういえば、なんかこう、立ち居振る舞いというか行動も、なんか他の馬とは違うんだよな~。

 立ち居振る舞いが優美で洗練されているような気さえする。歩き方とか食べ方とか……。

 わからない。考えれば考えるほど奇妙な点ばかりだ。


 しかもまた最近、行動が変わってきたんだよな。


 きっかけは自分たちの会話だったのではないかと踏んでいる。

 小林がどうしたらユキが売れるだろうかと聞いてきたのだ。さすがに売れる可能性うんぬんを本人(?)の前で言うのもはばかられたので、適当に体格だったり性格だったりの話をしたのだ。

 そうしたらなんと、その翌日から態度が一変したのだ。

 あの子が私たちの会話を聞いていたのではないかと、考えたくなるような変わりようだった。

 今までそんなことはしたこともなかったのに、突然一人で牧場を走り回るようになった。一見すればただの遊びにしか見えない。けれど、その行動は遊びというにはあまりにもストイックすぎた。狂っていると言ってもよかったかもしれない。策の内側を策に沿って何周か走り、クールダウンするように少し歩いてから休憩し、また何周かして休憩して。ぐるぐると、ぐるぐると。

 策に沿って走るユキが遊んでいると勘違いした他の仔馬たちは、すぐに飽きて興味を失うなか、あの白い子は黙々と走り続けた。


 動物は普通人間のように体を鍛えるなんてことはしない。動物が未来に投資するために苦痛を受け入れるなんてことは考えられない。彼らのほとんどが過去と現在は理解できても、未来を想像することはできないと思うからだ。

 そんな動物いないよな?チンパンジーとかならあり得るのか?ちょっと自信なくなってきた。言及するのやめとこ。


 ああそういえば、知らぬ間にあの仔馬は、飼葉桶の餌を一粒残さず平らげるようになっていたな……。

 まさか将来に備えて体作りを?

 体つきが良かったのはそのせいだった??


 いやいやいやいやそんなはずはないって。ディ〇ニー映画か!

 やっぱり自分には難しいことを考えるのは向いてないな。ファンタジーなことばっかり考えてしまう。


 気分を変えたくて事務所をでた。冷たい風が通り過ぎて、煮詰まった頭を冷やしてくれる気がした。ほっと一息ついてまだまだ凍えるほどに冷たい空気を吸い込む。頭がしゃきっとする気がして、自分は冬が好きだ。


 その時見てしまった。

 青い空と濃い緑の木々を背景にただの一頭でポツンと立っている白い仔馬の姿を。

 寂しげなその様は過酷な世界に一人で立ち向かおうとする者のそれに見えた。


 なぜか、この途方もない思いつきが、あながち間違った考えだとも思えない気がした。


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