1.馬ですか……
今日も元気だご飯がうまい!とばかりに飼葉を食んでいるときだった。
数日降った雨もすっかりあがり、外から吹き込んでくる風にのって草と土の湿った匂いが私のところまで届いている。時折全身をなでていく涼しい風に、早くも冬の到来が近いことを感じさせる気配があって、私はわずかに身を震わせながら、もっと他のものも食べたいなぁとふと思ったのだ。
そう、今は誰が言ったか知らないけれど食欲の秋。体重?そんなもの気にしませんわ!スポーツの秋なんてものもあったけれど、今はスポーツよりも美味しいもののほうが大事。
……スポーツってなんだっけ。
まあいいか!
さてさて、じゃあ他に食べたいものとはなんだろうかと、飼葉桶の中をじっとみる。シリアルみたいなものに何かの草がまじってる。甘かったりしょっぱかったり青臭かったり。
こうカラフルさがないのが私のお弁当みたいだなぁと思いながら、再度桶に頭を突っ込んでもぐもぐ。乙女も空腹には勝てないのだ。
お母さんのつくる弁当は茶色一色で恥ずかしかったなぁなんて。味は最高だったのよね味は。冷凍食品はあまり使わないので、友達よりも手が込んでいるお弁当だったし。
水桶の水をがぶりと飲む。
彩という点で一歩も二歩も遅れをとっていたけれど。
そうそう、おいしいもの。おいしいもの。もぐもぐ。
あーオムライスなんていいなぁ。オムライス。ふわふわとろとろ。
はて、オムライスってなんだっけ?
頭の中に黄色いイメージが浮かんでくる。でもはっきりとした像にはならなくて、なんだかもやもやするなぁ。
飼葉桶の中のごはんをもう一口。もぎゅもぎゅ。
そうそう、思い出してきた。私〇ムの木のふわふわでっかいオムライス好きだったんだよな~。家族でたまに食べに行ったんだった。
ごくごく。
もう一度飼葉桶の中を見る。いつものごはんがまだ半分ほど残っている。
うーん、これはこれで美味しいんだけどなぁ~。でもなんかこうシリアルみたいなんだよねぇ~、牛乳の入ってない。ちょっと乙女の食事としてこれはどうなのよ。ちょっとお母さん手ぇ抜きすぎじゃない?
また茶色だし。こうブロッコリーとかミニトマト、カットオレンジとかでもうちょっと女子高生らしいお弁当にできないもんかねぇ。
もぐもぐ。
カラフルなピンとかでさ、こう、なんかおかず刺してみたりしてさ。キャラ弁は望んでないんだけどさ。
まぁお母さん忙しいから仕方ないのは分かってるんだけどね。実際に口に出したことはないんだけどさ。そんなことしたら絶対にへそを曲げたお母さんから、じゃあ自分で作ればいいじゃないって言われるのがオチだし。
自分で料理できるようになったほうがいいんだろうなぁ~やっぱり。でもなー部活の朝練がなぁ~。
たまにはカレーとか食べたいわぁ~。草ばっかりじゃ乙女のボディもさすがに……。
カレー???
じっと目の前の桶の中身を見る。まだ三分の一くらい残っている飼葉桶の中身が、なぜか突然知らないもののように見えてきた。
なんだろうこの違和感。
視線を周りに向ける。厩舎の中。柱、天井、柵。うん知ってる。剥げかけた塗装。充満する生き物の匂い。遠くで人の声がする。犬の声も。いつもの風景、のはず。けど、なんとなく違和感が……。なんだろう。
小柄な馬が何頭か自分と同じように飼葉桶に頭を突っ込んで食べているのも見える。一心不乱とはまさにこのことだなぁ。
馬か~。そういえば、小学校の頃に校外学習で近くの牧場に行ったなぁ~。懐かしい。白と茶のポニーがいてかわいかったんだよねぇ。撫でさせてもらって、餌をあげて。
一心不乱に餌を食べている馬たちの、さらに向こうでは飼育員さんが忙しそうに立ち回ってるのが見えた。若い飼育員さんがおじさんから何か言われて、元気よくはいと答えて、きびきびと立ち回っている。新人さんは大変だよ。
ふと視線を足元に向ける。すらりと伸びた白い足。あ、足先が少し汚れてる。そういえば、ユキちゃんもこんな感じで真っ白な毛色だった。お揃いじゃん。甘えん坊で自分から撫でられにくるけど、こっちから撫でるのはあんまりだった。よく前足をツンツンすると迷惑そうな顔でこっちをみたんだよね~。懐かしい~。
うーん?
うーーん?
これは猫の足ではないな。
自分の足を動かしてみる。あ、動く。やっぱりこれは私の足なんだ。でも私の足ってこんなに細くて白かったっけ。たしかもっとこう、日焼けして女子高生らしからぬ色だったような。日焼け止めを何度塗っても効果が無かったから……。
視線をさ迷わせて後ろを振り返ると、そこには馬の胴体。
馬。
体を揺すってみると、それに合わせて白色の胴体も揺れる。おお、なかなかに立派な胴体。くびれとは全く無縁の……。ついでにお尻も振ってみるとこれまた白いしっぽがさらさらと揺れる。へぇ……。これがほんとのポニーテール……。
馬??????
「うそーーーーーーーーーーー???!!!!!」
と声に出したつもりだったけれど、厩舎内に響いたのは私のぶもぉ~という鳴き声だった。
なんだ?どうした?と飼育員さんたちが走ってやってくる。私の声に驚いた仔馬たちが食べるのを止めてぶももぶももと鳴き出して大合唱になった。
もう厩舎内はパニック状態。でも私の精神が崩壊寸前だった。現実と感情、今の記憶と古い記憶とが全て反発しあって私の脳内はもう何が何やら。天地がひっくり返ったかのような状態になってしまって、叫び声を止めるということにも思い至らない。
飼育員の人たちが目を丸くして私の側に駆け寄ってくると、どうどうと必死になだめようとする。大丈夫だから大丈夫だからという優しい声に、大丈夫じゃないし!としか思えなくて、私はたっぷり5分は絶叫してたと思う。それから、私は迷惑千万なことに、糸が切れた人形のように意識を手放してしまった。人間(馬?)キャパを超える出来事が起きると本当に気絶するんだなって、目覚めた後になって思った。