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第53話 梳李


「慌ただしい里帰りだったな」


「ありがとうね、梳李の奥さんで良かった」アン


「ほんとにそうだよ。お父さんのあんなにやる気になってる顔ははじめてみたね」サラ


「新鍛冶師長だしな、街を背負う決意をしたんだろ」


「エルフの国での事もミーティアに聞いているけど、梳李はどこに行っても人気者だね。選挙ダントツだったじゃん」サラ


「人気者と言うより、欲がないから人と向き合った時に、相手に対して何かを求めるような計算がないから、たまたま不作で困っていたエルフ族も、ボーデンの様な人間のあとでみたドワーフ族も、安心感があっただけだと思うけどな」


「それを人気者って言うんじゃないの」アン


「どうだろうね」


「私は、あまり世間の話題を知らない人なんですけど、セブンスターズやケズリファミリーってむちゃくちゃ有名なんですね。私で大丈夫しょうか?」エル


「それは俺にもわからない。気休めを言う気はないから、努力するしかないだろうな。無理だと思えばエルが辞退すれば良いしな。それにまずは仲間に入れてもらわないとな」


「だけど梳李が連れて帰ってるんだから、ガルーダも認めるでしょ」サラ


「どうかなあ、俺は推さないよ。俺が推したのでは仲間にはなれないからな」


「確かに梳李が言えば採用はするだろうけど、ガルーダに意見があったとしても、それを言わずに飲み込むだけですね」アン


「それに俺はエルがどんな人なのか知らないから、推す根拠もないからな、2人が頑張ればいいじゃないか。人を推薦する責任とはそういう事だ。だからこそ自分が関わる人間も、付き合う人間も選ぶという責任を持つようになる。セペトを見ていたお前達ならわかるだろ。親や兄弟、姉妹がクズだとすると、それは避けられないかもしれないが、それも一緒に育った事を前提に考えたら、1人だけいい人間という事も考えにくい」


「まあエルはエルらしく振る舞えば良いと思うよ。取り繕った所で長続きはしないしな。シビアに聞こえるかもしれないけど、誰1人特別扱いをしない事が俺のルールでもあるからな」


「わかりました。アンとサラに恥をかかせる事がないように、頑張ってみます」エル


「お姉ちゃん!私達も頑張らなきゃね」サラ


そんなに深く考える必要は無いのかもしれない。アン達の推薦なら軽く頼んでやるだけで、受け入れる方も気楽に預かれるのかもしれない。それでもセブンスターズのオーディションですら各国から来賓が来るほど注目され、連日訪問に来る組合の幹部達、ファミリーが大きく有名になった事にともなう、俺の不自由さは棚上げにして、自我を捨てる事でしか果たせない責任は自覚するしかなかった


「今日は帰りついたらすぐに、ヴィーナスとエンジェルとフェアリーと4人で少し出かけるからな、アンとサラとエルはホームに戻ったらしっかり頼むよ」


他の3人をホームに残し、俺達はスピリットのオアシスに来ていた。ヘカテーで飼育している最高級ヘカテー牛と、採れたての野菜をもってバーベキューだ


「どうしたの?梳李、なんかあった?」


「ヘカテーか?別になにもないよ」


「こういう場所にはいつもなら全員連れてくるのに、人選するのは珍しいじゃない」


「さすがヘカテーだな、少しのんびりしたくなったんだよ」


「私は神だから、なんとなくその気持ちはよくわかるよ。不自由なんでしょ」


「そうなんだよ、色んな人に愛されれば愛されるほど、色んな人に信頼されればされるほど、そういう好意から向けられる期待を背負う事が、贅沢なのはよくわかっているのだけど、不自由で仕方ないんだよ」


「完璧な人間なんて居ないのだから当たり前なのだけど、よせられる期待が完璧な梳李の姿なのだから、重たい事もよくわかるよ」


「お腹が落ち着いたら近くの砂漠に行って、大暴れしようよ。見た事のない魔物がたくさんいるんだよな?」


「それは私から説明します、梳李好みの強い魔物がたくさんいますよ。砂漠の地中に生息するワーム類、大きなミミズですね、最大では50m近いのがいますよ。あと猛毒のサソリ類、やはり大きい個体は15mくらいあります。そのほかサボテンの魔物や水溜まりに化けたスライムもいます、サンドゴーレムにサンドドラゴンもいますよ」


「人の心は変わるものだからさ、人じゃないみんなは法則に従って、俺の従者となっているから、裏切る事がない安心感がとても落ち着くんだよ。人の心を信用できない自分の弱さが悪いのだけど、ストレス発散に付き合って一緒に大暴れしてくれないか?」


「喜んで御供しますよ」


砂漠に行って大暴れした。それは魔物からすればまさに悪魔の所業だった。50mのキングワームを3枚におろし300個のかたまりに細切れにした。サンドゴーレムもサンドドラゴンも砕け散るまで拳で殴った。極大魔法の雨をガンガン降らせて、辺り一面を木っ端微塵にした。連携も何も無い、自由にただ八つ当たりした。魔力がなくなって大剣が振れなくなるまで


「あらあら寝てしまいましたね」ヴィーナス


「魔力が枯渇したようですね」エンジェル


「私も便乗してたくさん魔力をもらって暴れたからね」フェアリー


「梳李も暴れるんだね」スピリット


「いつも優しいのに少し怖かったよ」チャイルド


「梳李が転生してからずーっとそばに居た私にはよくわかります。唯一の趣味だった収集癖も、私達を従者にした事で全てを手に入れてしまった。スキルでも魔法でもなんでも扱えてしまう。その上で自由をこよなく愛する梳李が、とても不自由な生活をしている。私達にしかみせられない姿があるのはよくわかります」フェアリー


「とりあえずオアシスまで連れて帰ってのんびり寝かせましょう」ヴィーナス


梳李は夢を見ていた。やっと大好きなアニメのフィギュアがコンプリートされた時の夢を、心の底から湧き上がる充実感、節約して節約して貯めたいた、その為の貯蓄生活からの解放感、歓喜しながら飛び跳ねている時の夢を


「あらあら幸せな夢でも見ているのでしょうか、とても幸せな顔をしていますね」ヴィーナス


「多分…梳李の前世の部屋にあった、一番立派なショーケースに並べてあった、フィギュアが揃った時の夢じゃないかな」ヘカテー


「転生は決して梳李にとってはご褒美ではなかったのかもしれないね」エンジェル


「女神の私も万能ではないからな、良かれと思った事が梳李には負担になったのかもしれないな」ヘカテー


「今後不自由が嫌になって全てを捨てたとしても、それならそれで私は何があっても梳李のそばに居るだけです」ヴィーナス


「みんなそうなんだけどね。せめて今は幸せな夢の中にいて欲しいね」エンジェル


大掛かりな八つ当たりを終えた梳李は幸せな夢をみながら女神達の寵愛の中でぐっすり休むのだった


「ところで、こんなに熟睡していたら、何しても気が付かないんじゃない」ヘカテー


「女神様の自覚のある行動を!」フェアリー


「たまには私達で独占するのもいいんじゃない?」エンジェル


「私は少し恥ずかしいですけど…なんでもしてみたいです」ヴィーナス


「従者ってそういうのはありなのか?」スピリット


「僕よくわからないよ」チャイルド


「私達は向こうに行ってようね」スピリット


梳李はヘカテー達の大いなる野望の中にいた


なんでやねん!



第54話に続く


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