第52話 鍛冶師長ボーデン
「お前達の依頼人は鍛冶師長で間違いないな?」
「依頼人の事を話すわけがないだろ!」
「お前達が裏の人間ならドワーフと言えども、ケズリファミリーの噂くらいは聞いているだろ、ケズリとは俺の事だ」
「な、なんでケズリファミリーがこの街に居るんだよ!し、しかも代表がこんなところに…ハッタリで脅しても、何も話さないぞ!」
「別に言わないなら言わないで良い、信じるのも信じないのもお前達の勝手だ。足取りをさかのぼればアジトはすぐに発見できる、これから行って全滅させるだけだ。そのままそこで反省していろ」
「ドドとお父さんでこいつらの見張りをお願いします。俺達は行こうか、こいつらのアジトへ」
そこへボスが駆け込んで来た
「梳李様!まさかこの街に来ているとは知らず、大変失礼いたしました!何でもご協力致しますので、お許しください」
「親方!いいんですかい!そんなのハッタリに決まってますよ!」
「バカヤロー!黙ってろ!俺はセブンスターズのオーディションを、セントラルまで見に行っていた。たまたま席を立っていて捕まらなかったが、隣にいる美女3人が金色の雨を降らし、その場にいた裏社会の人間を一瞬で捕まえたのを見た、女神も空を飛んで挨拶をしていた。そんな者達を連れて歩ける偽物がいる訳がないだろ!」
「話が早いな…弱い者に嫌がらせや、脅迫をしない事を約束するなら、裏カジノや売春宿の経営くらいは許してやらなくもないぞ」
「わ、わかりました。おっしゃる通りにいたします」
「カジノではめて借金を作らせて、売春宿で働かせる行為も禁止だぞ」
「それは元々していません。わしらドワーフは元々そんなに器用じゃありません。むしろそういうのは鍛冶師長が連れてきて、女を金に変えていくんです」
「いう事を聞かないから嫌がらせをするとか、女を金にするとか…腐ったやつだな、そうやって鍛冶師長にはめられた者も連れてこい。これから詳しい話を聞く」
「人数が多いので来てください、いまから案内しますよ」
「フェアリー!拘束を解いてやれ。エンジェルだけ着いてこい。他は残って足の治療や一応の守備を頼む」
全面降伏したドンファミリーは協力的だった。元々裏社会と言っても、ドワーフなのに鍛冶ができない溢れ者の面倒を見ているうちに、人数が増え過ぎて、養う事も困難になってきていた所に、鍛冶師長からの誘いで、汚れ仕事をやるなら援助すると言われて、ドンファミリーを作ったらしい
親方のドンはドドやアルフと同じく、寡黙で気のいいドワーフといった感じだった
鍛冶師長の手口は、年頃の娘が居る工房を見つけると、鉱山から鉄が取れなくなってきたと言って、材料費を釣り上げ、原価の高くなった商品を作らせた後、仲買の商人に手を回して、買い叩いたり売れないようにしていた。当然仕入れが上がり、商品が売れなくなると、工房は生活が苦しくなって来る。そこに利息は要らないし、期限もいつでも良いからと甘い言葉で借金をさせて、契約書には暴利と期日が書いてあるという、なんとも古典的な方法なのだが、生来そういう事に無頓着なドワーフは簡単に騙されたらしい
街の警備隊も大半が鼻薬を嗅がされていて、鍛冶師長側の主張を全面的に肯定して、借金を返さなければ逮捕する始末、それでも逆らえば私兵団やドン達を使って公然と暴力に訴えていたらしい
状況を理解した俺はドンファミリーの仕事は確保してやるかわりに、組織は解散するように促した。元々そういう事に向いて居ないドンは喜んで条件をのんだ
そのあとエンジェルとドドを首都クラフトに向かわせ、セントラルのハンズの紹介状を持って、商業組合に行かせた後、組合長と共に警備隊本部に事情を説明して、検挙に向かうように手配した
他の5人で鍛冶師長に騙された家の娘達から事情聴取をして、終わった順に癒してから家に返した、心の傷までは回復できないが、解放されて家に戻れる事には安堵していた。アンとサラはひとりひとりを送って行き、親にも事情を説明して回った
そして数え切れない程の鍛冶師長の悪事を掌握した上で、今後そのような事が起こらないように、広く公表したあとで逮捕しようと、本部の警備隊が到着する明日の昼に合わせて、街の至る所で号外を配る手配と、中央広場に観衆を集めて演説をする準備を始めた
翌日になり、中央広場にはステージを設置し、ドンファミリーや工房の経営者、協力させられていた仲買業者など、たくさんの協力者を集めて号外の真実を語った
「皆さん!私は最近セントラルで売り出し中の梳李と言います!この度アルフ工房の双子の娘アンとサラと結婚し、里帰りに来た所、このボーデン鍛冶師長がしている悪事を発見しました。私にとってもここブラックスミスは第2の故郷であります!私は住民のみなさんに問いたい!自分の立場を利用し、魔物にも劣るような振舞いの数々、こんな鍛冶師長ボーデンをこのままにして良いのでしょうか!」
「やめさせろー!」
「鍛冶師長はクビだー!」
騒ぎを聞きつけたボーデン本人が私兵団を連れて見学に来た
「うるさい!こんな根も葉もない、しかも余所者が作った号外に騙されるな!集まってる街のみんなは解散するんだ!」
「心配するなボーデン!お前の悪事は、お前が命令した本人達が自白している。被害者も本人の口から汚い手口を公表している。私兵団で囲んで何をしたいのか知らんが、お前に付き従うものは既に1人も居ないぞ」
「なんだと!お前ら!やれ!それ!やれ!」
「なんだ…なぜ誰も動かないんだ!」
「私兵団には昨日のうちに話をつけてある。お前を守る者などいないという事だ。それに私兵ごときでケズリファミリーと戦えるとでも思っていたのか!間もなくクラフトの警備隊本部も到着する!この街の悪徳警備隊も覚悟しておけ!」
「逃げる関係者は住民一丸となって捕まえろー!自分達の街を自分達で守るんだー!」
ブラックスミスは大きい街で住民も多いのだが、鍛冶師長の事は以前から噂になっていたらしく、戦う覚悟を決めた住民の正義感は爆発した。いままで迫害されてきた警備隊や鍛冶師長の関係者を捕らえて、意気揚々と広場に戻ってきていた
警備隊本部と共に到着した商業組合長が現状を謝罪して、再発防止の為に鍛冶師長は選挙によって選び、副鍛冶師長も4人付けることになった。鉱石の販売権は商業組合から担当者を3名つける事で、不正がないように管理する事も発表していた
選挙はその日のうちに行われ、翌日開票した結果、新鍛冶師長にケズリ・ヘカテーがおよそ70%の得票数を得て選ばれたのだが、流石に実務は無理だからと、定期的に訪れる約束の上、副に名前の上がった父親に任せる事で住民には納得してもらった。ドドも年齢的に引退を考えていた為、アルフの補佐として、またコンビを組んで頑張る事になった
セブンスターズのドドの抜けた穴は、アンとサラの希望で、幼なじみのエルと言う娘が推薦された。ドワーフ国内のダンジョンの街で活躍していたらしいのだが、サラと同じく身体強化症だった為、視力がとても悪くパーティに迷惑をかけるという理由で、実家に戻って来て療養中だったようだ。本人も強く希望したので、俺には決定権がないから、無駄足になる可能性もあると理解させた上で、連れて帰る事になった
ドンファミリーについては、鍛冶スキルを持っていないだけで、ドワーフらしく力もあり、木工加工や大工なら出来る者がいたり、ちゃんと修行を積めば鍛冶職人としてやっていけそうな者も見受けられたので、実家から少し離れた裏通りにあった、広い空き地を買ってアレフ工房に提供して、たくさんの弟子をかかえても、修行をさせながら製造できるように、大きな工房を建設した
そうして新アルフ工房が完成した、とりあえず手持ちの鋼材を提供して、売上確保の為にサメハダ商会からセントラルに流通させ各国に販路を拡げる事にした。それと新商品としてのピーラーと以前から計画していた馬車を作る事にした。馬車は駆動系の物を全て鉄で作り、ハンドルで操作ができ、サスペンションをつけて、車輪にはゴムを巻き、乗り心地を格段に向上させるように設計した、貴族、王族向けに豪華で座り心地の良い座席や、馬車の内側にも外側にも装飾を施した、最高級馬車である。急ごしらえの体制だが、今後はアルフ工房がサメハダ商会の鉄製品制作部門と馬車部門を支えてくれそうだ
ドワーフの商業組合は、こちらの全ての条件を了承した上で、アルフ工房の発展に大きな期待を寄せている
駆け足で過ぎ去った里帰りだったが、色んな意味で実りある物になった。ほんの数日一緒に過ごしただけの時間が、とても内容の濃い物となり、アンとサラ、ドドと父親とも強く深い絆ができた
「梳李!色々ありがとう!足も治ったしまだまだ若い者には負けてられん!もう一度ドドと頑張るよ!娘達の事よろしくお願いします」
「無理をする必要はないから、お父さんらしくやってください」
「ところで梳李、やっぱり盛大にフラグを立ててましたね」
「なにもなければ俺達に存在価値はないのかもしれないから、いいんじゃないか?」
「存在価値がないとは思いませんけど、私はいつも楽しいですよ。隣で見ていると元々ユニコーンの私ですら、演劇でも鑑賞してるようにワクワクします」
「明日はみんなでスピリットのオアシスに出かけてバーベキューでもしようか、ヴィーナスもお肉食べられるようになったんだよな?」
「はい!柔らかくてジューシーな肉は最高です!」
第53話に続く




