第51話 鍛冶師アルフ
夜中に目を覚ますとフェアリーがベランダに出て空を眺めていた。2人になれることもあまりないのでベランダに出た
「俺の中にいる時は、俺が寝てるとログアウトしてたのにね」
「いまちょうどその時の事が懐かしいなあって思ってたんですよ」
「たまにこうしてゆっくり話をするのも良いね。明日の父親との話の流れで頼もうと思ってる品物があるから、イメージだけ伝えていいか」
「月あかりに照らされながら、梳李に抱きしめられてイメージを貰うのは素敵ですね」
「俺の好きな句でさ」
「秋風に たなびく雲の 絶え間より」
「もれ出づる月の 影のさやけさ」
「ってのがあるんだけど、今はまだ秋というには少し早いけど、雲が風に吹かれて広がってさ、その切れ間に見える月はくっきりしてて美しいって言うような意味なんだけど…月はとても素敵だよね」
「ロマンチックな句だね。委員長って言ってくれませんか?」
「どうしたの?委員長」
「懐かしい…魔法の特訓して、たくさん壁作って、魔力がなくなって大地に寝て、あの時はこんな風になるとは、夢にも思いませんでしたね」
「俺もなにもわからないから、委員長だけがたよりだったしな」
「それを思うと遠くまで来たねえ」
「ほんとに」
「委員長はどうなの?幸せなの?」
「とても幸せだよ。感覚は前とそんなに変わらないんだけど、身体があって触れられる方が、梳李の頭にアクセスしてた時よりも近くに感じるよ」
「幸せならいいな」
「ねぇ、もう少しこのままここにいてもいい」
「いいよ」
朝になって約束の待ち合わせ場所に行くとアンが待っていた。俺達が訪ねて行く事は了承しているのだが、ドドとまだ飲んでるらしい
「酔っててもドワーフってお酒が強いから、後で覚えてないって事はないんだよな?」
「それは大丈夫だけど、せっかく旦那様が来るのに、娘としては恥ずかしくて」
「そういうの気にしなくて良いよ。もう俺にとってもお父さんなんだから。人族の文化では妻の父親もお父さんて呼ぶんだけど、ドワーフはどうなんだ?」
「色々ですね。ドワーフ同士が結婚するパターンとして、親方の娘と結婚する事が比較的多いので、親方のままの人が一番多いと思います」
「俺達のパターンだとどうなの?」
「たまに会うならアルフさんで、親しくなったらお父さんでしょうか」
「それなら本人に聞いてから考えるよ。とりあえず行こうか」
父親とドドは一晩中飲んでいる感じで、昔話に花を咲かせ2人で盛り上がっていた。アンとサラは少しだけ控えて欲しいと頼んだらしいが、ドドは俺がそういう事を気にする人じゃないから大丈夫だと言って、飲み続けているそうだ
「おはようございます!梳李と申します。この度は娘さんと結婚させていただきまして、事後報告になり申し訳ありません」
「梳李殿と言ったか…ドドからも娘からも話は聞いています、それに街に買い付けに来る商人達が、セントラルに梳李という台風が来たと、よく話しています。堅苦しい挨拶は良いから、一緒に飲みましょう」
「ちょっとー!お父さん!」
「いいからいいから!いただきます。あのアルフさん…お父さんと呼ばせてもらってもいいですか?人族の文化では妻の父親はお父さんと呼びます。それに私は妻の親も自分の親のように大切にしたいと考えています」
「そういってくれるなら、嬉しく受け入れるよ。めでたい日じゃ、飲め飲め!」
「飲みながらでいいので、足を見てもいいですか?」
「これはどうもならんのだよ。冒険者の時にヘマしてトロルの丸太に殴られて、骨が割れたんじゃ」
「有能な回復術士を連れていますので」
「お父さん!見てもらって!」
「フェアリーどうだ?」
「少し時間かけて何度かにわけたら大丈夫じゃないかな。筋肉と骨と両方回復するから一度にやると激痛が走ると思う」
「お父さんは今日は休みですか?」
「最近仕事も少なくてな、休みのようなもんだ」
「それなら夜までかかるかもしれませんが、足は治しますね。それに仕事の相談もあります」
フェアリーはズレた骨と筋肉を少しづつ回復していった。わずかな処置にも魔力はごっそり持っていかれたから、かなり慎重に広範囲に処置してるようだ
「仕事の相談とはなんだ?」
「作って欲しい物があるんですよ」
フェアリーに昨日の夜ストレージに入れてもらったピーラーを出した
「これなのですが」
「これはなんだ?」
アンに野菜をもらって実演した
「便利な道具じゃなあ」
「これは僕の制作スキルで作ったものなのですが、持ち手の改良と刃が長持ちするように、お父さんの技術を加えて欲しいのです。完成した商品は全部私の商会で買い取りますので」
「どうせ暇だから材料も渡してくれるなら、作る事は問題ないが、アンとサラの父親だからって、そんなに便宜を図る必要はないぞ、梳李殿にメリットがないじゃろ」
「息子です、梳李と呼んでください、仕事が暇ならセントラルに来てもらって、一緒に住めば良いのですけど…アンとサラからここから離れるのを嫌がっていると聞いたもので」
「ここは死んだフーリとの思い出が詰まった場所でな。台所に立つとフーリがこんな物作ってたなあとか思い出すのも幸せなんじゃよ」
「そんな事はお母さんは望んでないって、何年も前から言ってるんですけど、わかってくれないんですよ」サラ
「サラ…それは違うよ。お父さんは別にお母さんに義理立てして、そうしてる訳じゃないと思うよ。再婚の話もなかった訳じゃないだろうし、それでも再婚するより、思い出と暮らす事の方が幸せだって気持ちは俺はわかるよ」
「私達もわかるんですけど、それだとひとりの父が心配で」
「それもわかるけど」
「わしもぼちぼち潮時かな、とは思ってるんだがな。そもそも仕事が減ったのも、この家を鍛冶師長に狙われててな、鉄を卸して貰えなくなったんじゃよ」
「どういう事ですか?」
「この街もここ10年で大きく発展してな、昔はこんな街じゃなかったんだが、たまたまこの家は立地の良い場所になったから、何年か前から売ってくれと言ってきてたんじゃ」
「だけどわしは離れる気は無いし、提示金額も安いから断って居たら嫌がらせされてな」
「アン…サラ…この街には政治的な野心のある人は居ないんじゃなかったのか?」
「初耳です!」アン、サラ
「娘達に言っても仕方の無い事だ。俺が死んだら好きにしたら良いと断っていたのだが、欲を出した鍛冶師長が早く売れと激しく催促しているのだ。最近は物騒なヤツらがちょくちょく嫌がらせに来よる」
「ドドにはなんか?いい案はないのか?」
「無理いうなよ、わしらドワーフは基本的にこつこつやるべき事をやって酒を飲むだけじゃ、長い間そうやって生きてきたんじゃ」
「私達がなんとかしなきゃ!物騒な連中って誰?ドドと私で行ってくるよ」
「サラ…慌てるな、俺も居るし武力で制圧するのは簡単だけど、それだとしばらく静かになっても、他の街からそういう連中を仲買人が連れて来たりするかもしれないし、根本的な解決にはならないだろ」
「それならどうすれば…」
そんな話をしていると、物騒なヤツらが来てくれた。5人も来て玄関を蹴っ飛ばしたり暴れてくれたので、とっとと捕まえて拘束した
さてどう料理しようかねえ
「梳李…なんか?とても楽しそうだけど」
「なんか?見た事ないような悪い顔してる」
「ここに嫌がらせの証拠はあるから、あと何人か役者を揃えて舞台の幕開けと行こうじゃないか」
第52話に続く




