第27話 それぞれが進化する時
朝になり叙爵式の事が気になったのか、アスコットもガブリエルも少し放心状態で食卓についていた
「なあアスコット!叙爵式に出る時の服を注文する時に、俺の分も頼んどいてくれよ」
「あ!それがありました!まず服を作らないと間に合わなくなります!」
「大丈夫か?落ち着いた方がいいと思うぞ」
「それに叙爵はあるって言っといたじゃん」
「冗談と思ってましたから」
「そんな悪趣味な冗談いわねえわ!それも急ぐし、ガルーダのパーティ登録と、ダンジョン探索の打ち合わせも必要だけど…ほんとに大丈夫か?」
「ガブリエルも留守中の、配達や小売店からの注文聞きを執事に任せるなら、早めに教えないと、小売店さんに迷惑がかかるぞ」
「そうです!それもやらなくてはいけません!」
「2人とも…おーい!大丈夫ですかー!」
「だ、大丈夫です!昨日ミーティアも言っていましたが、梳李の仲間になった事で、数日前には考えもしなかった様な出来事が訪れる。光栄であり、幸せである事に嘘はないのですが、大きな戸惑いがあるのですよ」
「私もそうです。そういう事をやってのけるのが、梳李だとわかっていても、腕に捕まっているだけで、気がついたら見た事もない景色が広がっている。ミーティア同様とても幸せなのですが、使命を果たせるような人間かを自分に問うと不安になるのです」
「確かに、立場が逆なら俺も不安のひとつやふたつはあったのかも知れない。だけど俺にも不安な心はいつもあって、信頼してついてきてくれる仲間を、引き連れて高みを目指し、その仲間の人生が、思い通りに描ける夢で、満たされた物になるように、不安と戦いながら、必死にもがいているんだよ」
「俺は…自分がそれを、出来る人間であるかないかを問うよりも、自分の中に、出来る人間であろうとする心が、あるかないかを問うべきだと、心に決めて努力しているんだよ」
「はい!申し訳ありませんでした!舞い上がってないで全力を尽くす事を大事にするとお約束します!」
「私もそのように!」
2人の気持ちも良くわかった、それに立場を与えられて、手放しで喜ぶような人間を仲間にする事はない。至って当たり前の反応だったのだが…乗り越えられない壁などないさ
「この先にどんな困難が待ち受けていようとも、助け合って笑って乗り越えような」
「はい!」
「ん?どうした?ミーティア」
「いいじゃないですか…なんとなく梳李の腕に捕まりたくなったんです」
「がはははは!梳李殿!さすがですなあ!」
「あんたもいたのかよ!」
「朝からとても良い物を見ました。朝ごはんもたっぷり頂いたので、私も努力してきます。昨夜から歓迎ありがとうございました」
そう言い残して総帥は帰って行った。ガブリエルは執事と打ち合わせを始め、アスコットはガルーダに留守中の事を頼んだ。俺は2人が叙爵式に乗っていく馬車を手配し、マールもセペトも自分の課題に取り組んだ。ミーティアは最高の店にしようと頑張っている
仲間と言えば、時には傷を舐めあって支え合う事もあるだろう、それでも長い時間を向かい合って過ごすより、同じ方向を見て、同じ目標に向かう方が強い団結を生むものだ。みんながそれぞれのやるべき事に向かった事が嬉しかった
そして数日が経ち、ガブリエルとアスコットはひと足先に王都に向かった。俺はバルの帰りを待った、疲れた時は一緒に寝て甘えたいという約束の為である
明らかに青竜王という、ドラゴンなのだが人型で甘えられると、子供の様に可愛いから不思議だ
「バル!おかえりー」
「戻ったよー!」
「お姉さんは元気だったか?」
「元気すぎて、油断したらまだまだ引き止められる所だった。主の命と話したら、解放してくれたけど。でも久しぶりに会えて良かったよ。のんびりさせてくれてありがとう」
「俺の用事で行ってもらったんだから、気にする必要は無いよ。これで二刀流になるから、大剣の名前もオーバーロードじゃなくて、青竜王の大剣と赤竜王の大剣にしよ。青と赤かっこいい。ところで明日の朝、新人達とダンジョンに行ったら、俺は王都に向かうけどどうする?」
「私は残って、そのあとも新人達とダンジョン探索に行くよ。姉上のせいで疲れたから。次の機会について行く」
疲れたバルと雷風と久しぶりに野営をした。バルも雷風も幸せそうにしていた。一度朝食に戻りダンジョン探索の準備をした。工事の進捗状況を確認したら、ミーティア弓道専門店の店舗部分の改修工事は間もなく完成しそうだ。バルとマールとセペトを雷風に乗せて、ダンジョンに向かう途中、組合にミーティア弓道専門店のオープンの貼り紙をさせてもらい。受付からも弓使いに宣伝してもらうようにした。王都から帰ってきた時にどうなってるか楽しみだ
ダンジョン10階層ボス、オークキングの住処
「ガルーダもバルも少し下がれ、マールとセペトに任せたい」
「マールは落ち着いてよく狙って、セペトも魔法を乗せてみろ!」
オークキングと対峙した2人は明らかに怯えている
「どうした?強くなるんじゃ無かったのか?」
「大丈夫だよ!」
「大丈夫です!梳李、怖くありません」
そう言って弓を引くマールは震えて照準が定まらず、セペトも慌ててしまって、上手に魔法を行使できない
「そこまでだな。ガルーダ頼む!」
突進してくるオークキングを、ガルーダの大剣が両断した
「そういえば、ガルーダの大剣の使い心地はどうだ?」
「最高ですよ、クラッシュアーマーの大剣!末代までの家宝にします」
「使えるなら良かったな。さて帰ろうか」
マールもセペトもかなり冒険者として育って来た。本来ならオークキングくらいは、容易く撃破できるのだが、臆病風に吹かれて実力が出せないでいた
「お昼ご飯はバルにご褒美で、ステーキを食べに行くから、他のみんなも付き合ってくれ」
「おぉー!それはいいですな」
「ほら、マールもセペトも行くぞ。落ち込んでても、なにも始まらない」
バルの好きなステーキ屋さんで、昼食をとった。オークキングを前になにも出来なかった事に、2人はくらい表情をしている
「ガルーダは専門分野じゃないけど、バルと2人でマールとセペトに拳闘術を教えてくれないか?今のまま弓と魔法を訓練しても根本的に足りない物があるようだから」
「それなら、私はセペトに教えるよ」
「ならわしはマールでよいな」
「拳闘術なんてやった事ないよ」
「拳闘術を教わりながら、1階の弱い魔物から順番に、自分の力で倒して見ようか、魔物を前にして怖いと思う事は悪い事じゃない、怖いと思うから魔物の動きを観察して、弱点を狙ったり工夫できるようになるんだ」
「お前達は、臆病な自分を自分自身が許せなくて、一生懸命にもがいている。それも悪くないけど、焦らずに自分の力で魔物を仕留める訓練をした方が、色んな事がわかってくる気がするよ」
「わかった!やってみる」
「弱い自分も臆病な自分も、自分が認める事ができた時に、なにか違う物が見えてくるさ。現に俺もガルーダもバルも初めは怖かったんだから」
「そうなんですか!梳李も怖かったの?」
「ああ、とても怖かったぞ。初めて相手にした魔物は、青竜王のバルだったけどな」
「そうなんだね!拳闘術、やってみるよ」
「ところで、この店は高級店なんだな、俺達の冒険者スタイルはびっくりするほど浮いているな」
店員を呼んで、場違いな姿を詫びたあと、各テーブルに飲み物を振る舞って良いか確認した
「いま、セントラルで梳李様を知らない者は居ないと思いますよ。格好を気にする事はないと思いますが」
「それなら尚の事、ファミリーが笑われても困るから是非お願いします」
「こんにちは!私はサメハダ商会の梳李と申します。今日はダンジョン帰りに寄ったのですが、みなさんの優雅なランチタイムを、このような格好をした、冒険者5人組でお邪魔して申し訳ありません!つきましてはお詫びのしるしに、各テーブルに飲み物を運ばせて頂きたく、お願い申し上げます。ボトルワインでもジュースでも何なりとご注文くださいませ!遠慮されると私の恥になりますので、どうか私の顔を立てると思って、願いを叶えて頂けると光栄です」
「おおー!それでは遠慮なく!」
ガルーダもマールもセペトもバルの食欲に度肝を抜かれて居たが、満足して店をあとにした
そして解散し、留守中の事をみんなに頼んだ後、雷風と王都へ向け出発した
「雷風!方向はわかるか?」
「はい!主!」
「方向がわかるなら、街道を外れて野原を駆けていいし、心のままに、飛ばせるだけ飛ばしていいぞ!」
「久しぶりに馳せますよー!」
雷風は全速力で駆けた。セントラルの暮らしに不満がある訳ではないが、久しぶりに無我夢中で駆けた
「ん?雷風?どうした?」
「主!もう少しだけ前に乗ってもらって良いですか」
「こんなもんか?」
「いきますよ!」
と言った雷風は翼を出した!
「どうしたんだ!雷風!空を駆ける様になったのか?ペガサスに変異したのか?」
「主!ペガサスは架空の生き物です。私は純潔の象徴の魔物ユニコーンです!同じにしてもらっては困ります!」
「怒ったの?」
「怒ってません!主、冗談はさておき、この翼は女神様から授かった物です、ヘカテー様から主への贈り物では無いでしょうか」
「凄いな!空を駆けているぞ!」
「はい!私も野原を駆けるよりも爽快にございます」
「この大きな翼は邪魔にならないのか?」
「はい!しまう事もできますし、透明にもなります。羽ばたいて空を飛んでいるのではなく、空を蹴って駆けているのです!」
「凄いなあ!叙爵式が終わったら神殿に行こうな。贈り物というより、意外とお供えの催促かもしれないしな!」
「はははははっ!主!女神様に怒られますよ!」
叙爵式の前に国王陛下との会談がある。ギリギリになりそうだったが、ヘカテー様のサプライズのおかげで、俺と雷風はさらに速く夜空を駆けた!
第28話に続く




