第20話 武具職人ミーティア
次の日、アスコットは実家に話に行く準備で、雷風に乗ってガブリエルを迎えに行った。バルと2人になるのは滅多にない機会なので、ランク昇格条件の20階の階層ボスを仕留めようと、ダンジョン探索に出かけていた
ダンジョンの登り降りは通路が上手く出来ていて、最短ルートを進めばそれほど魔物にエンカウントしないようになっている。俺たちは地下20階層に到達し、オーガやオーガロードを討伐しながらボスの間へ向かっていた
「あんなの俺たちでは倒せないよ」
「早く逃げるぞ」
走って戻っていく魔人のパーティとすれ違った
地下20階層最奥…階層ボス、ジャイアントオーガ
「くっ来るな!向こう行け!」
よく見ると1人の冒険者がジャイアントオーガに襲われている。ジャイアントオーガは名前の通りやたら大きい
「プロテクション!」
「スキル救出を覚えました」
「委員長!救出ってなんだ?」
「間一髪の所で間に合うスキルですね」
「そんな漫画みたいなスキルもあるんだな」
「人でなしよりは重宝すると思いますよ」
とりあえず襲われている冒険者をガードして、ジャイアントオーガから引き離した
「大丈夫かい?」
「死ぬかと思いました…助かりました」
「とりあえず少し休んでいてね」
「は、はい…ありがとうございます」
「バル!どうする?」
「梳李!私がやる!」
バルの戦闘形態を見るのは初めてだったので、本人の要望通りに討伐は任せる事にした
ジャイアントオーガは3mを超える巨体には似合わず、素早く動き回り、右手に持った大剣で確実にバルに狙いを定めて攻撃してくるが、バルの反応速度なら避ける事は造作もない。しゃがんだりジャンプしたり、軽いフットワークで左右にかわしながら、しばらくジャイアントオーガの攻撃パターンを確認したあと、顔面の高さまで飛び上がり、あっさり回し蹴りを決めた。一発で沈むジャイアントオーガをみて、流石に青竜王バルバロッソだなと関心した
「バル!お疲れ!」
「楽勝ですよ!」
「こんなにデカい大剣がドロップアイテムみたいだが…誰が使えるんだろうな」
「飾ればいいんじゃないの?」
「言われてみれば、武器屋の看板には良さそうだな…それよりさっき助けた冒険者を、外まで連れて行ってあげなきゃいけないから、探索はここまでにするぞ。物足りないだろうけど我慢してくれ」
「えー?」
「お前を1人で残して行くと、他の冒険者が危なくなるからな…今日はアスコットは出かけてるし、お昼に肉の食べ放題で手を打ってくれよ」
「さ!帰りましょう!」
肉と聞いた反応速度は戦闘中を遥かに超える
「魔人の冒険者君は大丈夫ですか?少し怪我をしてるのかな。ヒールをかけるからじっとして」
「ありがとうございます」
「ほら、水も飲んで落ち着いて」
「ゴクッ、ゴクッ、あーーー!ほんとにもうダメだと思いました。何から何までありがとうございました。普通はダンジョンでは、他の種族の冒険者が襲われていても、その隙をついて討伐を優先するのに、わざわざ後退してくれて助かりました」
「人を助けるのに種族の違いなんて関係ないよ。それよりも少し手前で、逃げていく魔人のパーティを見たけど、何かあったのかい?」
「ジャイアントオーガが強くて、俺達のパーティでは敵わなかったので退却しました」
「魔人族のパーティは魔法攻撃が主流なんだよね?」
「はい…遠距離から魔法攻撃を放つのですけど…ジャイアントオーガが想像以上に速く、俺達のレベルでは、魔法を当てる事すら出来ませんでした。その上あっという間に接近されたかと思うと、大きな大剣を縦に一閃され、隊も分断されました。生命の危険を感じたリーダーが、ジャイアントオーガの気をそらすために、僕を突き飛ばして他のみんなと逃げたんです」
「追い込まれてる時に、攻撃魔法は見えなかったけど…」
「はい、俺は攻撃魔法は苦手で、魔物にデバフをかけたり、味方にバフをかける支援役です」
「攻撃手段が無いのに置いていかれて、危ない所だったね。無事で良かったよ。色々ショックもあるだろう、外まで送るから今日はゆっくり休んだ方がいい」
「はい…ありがとうございます」
パーティの仲間に裏切られ捨てられた魔人の冒険者は、悔し涙を流しながら俺たちに感謝していた。ダンジョン探索は、冒険者にとっては常に生命のやり取りの場でもある。全滅を回避する為に1人を犠牲にする…それも選択肢のひとつなのだろうが、仲間を切り捨てるという現実は、梳李には理解できなかった
「バル!肉の前に冒険者組合に行くぞ」
「はい!お肉が待っているなら少しくらい平気ですよ」
「人の姿にも話し方にもだいぶなれたなあ」
「はい!もちろんです!」
冒険者組合に向かっていると、血相を変えてキョロキョロしているミーティアさんを見かけた。ミーティアさんとは武器の装飾を頼んでいるエルフの店主だ
「ミーティアさん!どうしたんですか?そんなに必死になって」
「あ、梳李様!」
俺を見た瞬間下を向いて黙っている
「何かありましたか?」
通りの隅で突然土下座した
「申し訳ありません!間もなく完成する所だったのですが…加工場に置いたまま、友達に装飾の相談に行ったのですが、その隙に盗まれてしまったんです!」
「ここは人通りもあります、とりあえず頭を上げて下さい。一度店に戻りましょう」
すぐに追いかけると伝え、冒険者ギルドでランクアップを済まして、バルの肉の食べ放題は家でやってもらう事で納得してもらった
急いでミーティアさんの店に向かった
「ミーティアさん、とりあえず落ち着いてください。責任を感じてくれるのは嬉しいですが…心を沈めてください。リラックス」
「回復魔法リラックスを覚えました」
「あんな高価な武器をほんとにすみません」
「いえ、わざと盗まれた訳ではありませんから…管理責任と言えばそうでしょうけど、ひとまずそういう話は無しにしましょう。それに多分探しだせると思いますよ。最後に置いてあった場所を見せて貰えますか?」
「奥の作業場です。汚い所ですが…お入りください」
ここですと、指がさされた場所に思念を飛ばす、預けた剣をゆっくり、ゆっくり…深呼吸しながらイメージに変えていく。しばらくすると、ぼやーとだが立派な鞘に納められた、アスコットの剣が見えた
「スキル捜索を覚えました」
「探索魔法サーチを覚えました」
「鞘も出来上がって、仕上げの装飾の途中だったんですね!それでは行きましょう。剣を追いかけます!着いてきてください」
不思議な顔をしているミーティアさんを連れて、剣の影を追いかけた。足を運ぶに連れて、少しづつ影がハッキリとして来た。剣を抱えて走ったのだろうか…抱きかかえられたような影が見える
路地を抜け、大通りを走り…剣の影を見るだけで、一生懸命に運んでいる事はわかった
かなり街外れまで来た、スラム街というほど酷くはないが…明らかに裕福では無さそうな家が並んでいる。アパートのような建物もたくさんある
そんな街並みをしばらく進むと、剣のありかが見えてきた。裏組織のアジトのような場所を想像していたのだが…たどり着いたのは、普通の家だった
「この家ですね」
「え?ここですか?」
「はい、間違いなくこの家にあります」
「ここは私の家です!」
ミーティアさんはそう告げると、慌てて走り込んだ。家の中から子供を叱っているような大声が聞こえた。剣を持ったミーティアさんと大声で泣き叫ぶ12才くらいの男の子が出てきた。エルフ族じゃ無ければ、あと少しで成人らしいが…エルフ族の成人年齢だけ、長い寿命に併せて遅いらしいから、まだ子供なのだろうか
「梳李様、大変ご迷惑をおかけしました。私の子供です。何を思ったか持ち出したようで」
「少し話しても良いですか?」
「反省してると思いますが、梳李様もご立腹でしょう。私も母親として一緒に怒られます」
梳李はしゃがんで男の子の顔を見た
「なぜ持ち出したんだい?」
男の子は黙っている
「怒る気は無いから、ちゃんと話してごらん」
「話したくない。俺は人族が嫌いだ!」
「そっか、君の名前は?嫌いな理由を教えてもらっても良いかい?」
「俺はマール…出て行った父ちゃんが、お金を借りていたらしいけど、人族の借金取りが来て、いつも奪うように、母ちゃんのお金を持っていくんだ」
「お金がないから剣を盗んで…欲しい物でもあったのかい?」
「違うよ。毎日、毎日…朝から晩まで働いて…手がぼろぼろになるまで働いて…父ちゃんが居なくなってから、ずっとそんな母ちゃんを見て来たから…一生懸命働いたお金を、持って行かれるのが悔しくて、この剣を売れば楽にしてあげれると思ったんだよ」
「マールと言ったな。それならその剣をお前にやってもいいぞ、それでいくら作れるんだ?お母さんの借金はいくらなんだ」
「そんな事はわからないよ、だけどこの剣はとても凄い剣なんだろ!たくさんお金を持って帰って来た日に、凄い仕事を任されたって、母ちゃんが嬉しそうに言ってたんだ!結局そのお金も持って行かれたけど…」
「わからないのにお母さんの力になれるのか?楽にしてあげられるのか?嫌がらせで言っている訳じゃない。君を一人前の男と思って聞いている」
「ごめんなさい、僕では何もわからない…何もしてあげられない…悔しいけど…」
さっきまでお母さんに怒られて泣いている、小さい子供のままのマールだったが、やり場の無い心を抱えて涙を流しながらも良い面構えになった
「剣がいくら高価であったとしても、持ってる物と持って来た者が、釣り合わなければ大したお金は作れないよ。マールが売りに行っても、安い金額しか提示しない、酷い商人もいるだろう。良心的な人でも、警備団を呼ばれて、どうやって手にいれたのか聞かれる事になるだろう。世の中はそんなに甘くない…盗んだ武器をお金にする事も大変なことなんだ」
「それでも俺は!母ちゃんが毎日つらい顔をしてるのは嫌なんだよー!」
マールは堪えきれずに号泣した
「泣くな!甘えるな!ほんとにお母さんを助けたいのなら強くなれ!子供だから守れない訳じゃない、弱いから守れないんだ!」
「それならお兄さんが僕を買ってよ!お兄さんは強いんでしょ?お金もあるんでしょ?それなら俺はお兄さんの為に、なんでもするから母ちゃんを助けてよ!」
泣きながら懇願する息子の姿を見て、ミーティアさんもたまらず膝をついて、溢れてくる大粒の涙をぼろぼろとこぼした。2人ともあきらかにに疲弊している。食事もろくに取れてないのだろう…
「ミーティアさん、マール君、ひとまず俺の家に行きましょう。ゆっくりお風呂に入って、ゆっくり食事をして、話はそれからです」
帰りの道すがら、ぼろぼろの服を着ている2人の着替えを購入しながら、どうしてあげる事が最善なのか、深く考え込む梳李だった
第21話に続く




