第17話 アンダーソン領ルーカス村
アスコットの兄に会いに行く為、城門で待ち合わせをしていた。のだが…まだ暗いうちに寝ている場所までやって来た。その名も、押しかけアスコット!待てない人よねー
「梳李ー!梳李ー!ぎょ!あんたなんで梳李の横に寝てんのよー!」
「なんだよ、まだ真っ暗じゃねぇか、しかもここがよくわかったな」
「そんな事より誰ですか?この女は!」
「セブンスターズの新しい仲間だよ」
「こんなに梳李にくっついて…」
引き剥がそうとしているがバルは起きない。そういえばドラゴンて良く寝るイメージあるのな
「おい!バル!起きろ!」
「ふぁ~ぁ…」
「寝ぼけるな!あくびでブレスが漏れているぞ!」
「主様…もう少し寝ましょう…むにゃ」
「梳李!どういう事か説明してください!」
「どうもこうも仲間だってば!バルバロッソ…バルと呼んで仲良くしてやってくれ」
「む、む、む、む、む…わかりましたよ。それはわかりましたけど、この豪華な首飾りはなんですか!?」
「ああ、それな…昨日、組合に登録に行った時に、アクセサリー屋さんの前で、欲しそうにしてたから買ってあげたんだよ」
「なんでですかー!?私にも買ってください!」
「お前…朝も暗いうちから…元気だなあ。とりあえず起きるからさ」
バルが俺にくっついていたので、そこに到着した、アスコットがずーっと騒いでいた。王国では、婚約指輪のような風習で、首飾りを贈るしきたりがあるらしく、それがカンに触ったらしい。バルを起こし、アスコットにもう一度説明をしたら、なんとか落ち着いた。まだ日が登りはじめたばかりである
「とりあえず行くか…雷風、3人乗って大丈夫か?」
「はい!問題ありません!」
「バルはまだ、半分寝てるから抱えるよ。アスコットは後ろで道案内な」
雷風は走った!朝焼けに綺麗なたてがみを光らせて。アスコットはぎゃーぎゃー騒いでいる。想像を絶する速度だったらしい。俺はバルを抱えてるから知らないもんね
セントラルから500kmくらいの道のりを、雷風は水を得た魚のように疾走した。アスコットの身体が限界を迎えたので、途中で少し休憩は挟んだがお昼になる前に到着した
「村に入る前に、お昼ご飯食べようか」
「バルはビッグボアの肉は好きか?」
「多分…大好きです!」
「んじゃそれにしようか」
用意をしていると、バルとアスコットが仲良く話をしていた。アスコットは丁寧に自分の紹介をして、バルは俺の顔色を見ながら、無難に受け答えをしていた
「随分仲良くなったな」
「私にはわかります。朝は気が動転しましたが、この子は良い子です」
「同じパーティでやるんだから仲良くするのはいい事だ」
「だって…肉の好きな女の子に、悪い子はいませんからーーーーー!」
「誰に向かって叫んだの?だいたいアスコットってそういうキャラだっけ?」
「梳李のせいですよ…ぽっ」
「知らん!知らん!」
この2人の食欲は凄まじい、ビッグボアの肉は、ボアの肉よりさらに美味しく、委員長も絶賛していたが…焼いても焼いても、口に運んで、口に運ぶ。焼いても焼いても、口に運んで、さらに口に運ぶ
「まだ食べるのか?」
「ふーっ!お腹いっぱいですー!」
「美味しかったですー!」
とんだドタバタ道中だったが、ようやく村にはいった。アンダーソン領ルーカス村。風光明媚な農村だ
「いい所だなあ」
「何も無い所ですよ。ここはアンダーソン領の中でも辺境にあるので」
「のどかな田園風景、風が吹くと麦が擦れて葉音をならす。いいじゃないか。村長にも挨拶は行くんだぞ」
「少し叔父上は苦手なのですが…」
「お兄さんの所に来ておいて、声もかけずに帰るのは良くないだろ。そういうのは、好き嫌いに関係なく、ちゃんと筋を通すべきだ」
「わかりました。先に行ってきます」
「手土産はあるのか?」
「いえ、何も」
「お前なぁ…昼飯の残りだ。紙に包んでやったから持っていけ」
「ビッグボアの肉ですか?もったいない」
「いや、そういう問題じゃねぇから!」
アスコットが叔父に挨拶に行っている間に、小麦畑で休憩している村人に話しかけてみた
「いい所ですね」
「お兄さんはどこから来られたのかな」
「セントラルから、アスコット嬢に連れられて、お兄さんの所に遊びに来ました」
「ほっほっ、そうですか。都会からみたらなんも無い所でしょ」
「今年はどうですか?豊作が期待できそうですか?」
「少し雨が少なくて、森の獣がちょくちょく降りてきます。昨夜も被害が出ました」
「農作物荒らしですか…何に襲われるのですか?」
「イノシシやカラスかのお。森の食料が少ない年は、こっちに来るんじゃよ」
「イノシシとカラスか…それなら案があるので
、対策をしてみましょうか。イノシシが入ってくる場所は、決まってるはずですが、どの辺りですか?」
「他所から来た人に、何ができるのか知らんが、アスコット様の友人とあっては、案内せん訳にはいかんの」
イノシシの通路は森が張り出していて、隠れる場所があり、人に警戒しつつも入って来やすい場所だった。農民と話をして、森を一部伐採させてもらい、隠れ場所を無くして、良く見えるように整地した。ダメ押しに堀を作って登れないようにしておいた。カラス対策には、小麦畑に木の棒を立て、キラキラ光る布を張り巡らせ、板をぶら下げた
「こんな方法で対策にになるんかのお、わしらは詳しい事はわからんが、はじめて来た村の畑に、何回も魔法を使って…なんの得にもならんのに、一生懸命に畑に愛情を注いでくれた事は、よくわかりましたよ。ありがとう」
「多分…大丈夫だと思いますよ」
「梳李ー!梳李ー!」
「おお、アスコット様ではございませんか」
「何してたの?」
「おじさんがイノシシとカラスの被害で困ってたから対策してたんだよ」
「こんにちは!私の仲間はお役に立てましたか?」
「魔法を使うと、あっという間に地面が変形して、イノシシが来れないように細工してくださったり、畑にカラス避けの帯も通してくださった。どんな効果があるのか、わしらにはわからないが、畑に対する思いやりを感じたもんで、お礼を言っていた所ですよ」
「私、冒険者になったんだけど…仲間の梳李だよ、みんなもよろしくね」
「ほら、叔父さんに挨拶が終わったなら行くぞ。お兄さんの所に」
気の良さそうな農民のおじさんやおばさんと離れて、お兄さんの家に向かった。雷風は田園風景の中を走りまわり、野菜には興味がないのか、バルは退屈そうに着いてきていた。たまにはこういうのも良いなあと梳李は思った
「はじめまして、ケズリ・サメハダと申します。アスコット様とは冒険者仲間をさせて頂いております。こちらも仲間のバルです。冒険者仲間として、ご挨拶をと思い参りました。突然の来訪、申し訳ないです」
「ゴホッ、ゴホッ、それはご丁寧に、アスコットの兄のガブリエル・アンダーソンです。何も無い所ですが、おくつろぎください」
「兄上、あまり良くないのですか…」
「そんな事はないよ、ゴホッ、アスコットはまた父上を困らせているんじゃないのかい?」
「私は兄上をここに追いやった父上も、家督争いに忙しい弟達も、許せません!」
「ゴホッ、そんな事を言うもんじゃないよ。患った肺は、人に移るそうだから、仕方ないよ」
「肺ですか…お兄さん、少し横になって貰えませんか。改善する保証はないですが、もしかしたら治療できるかもしれません」
長く患っているお兄さんは、ダメ元だったのかもしれないが、俺の気持ちを無下にできず、横になった
集中力を研ぎ澄ませた。身体の中を索敵するイメージ…肺とは言っていたが、咳が酷いので、喉から順に、手の平から微弱な魔力を放ちつつ、集中を続ける。胸の辺りに来た時に、肺が赤く表示された
「スキル医術を覚えました」
「感知魔法ボディサーチを覚えました」
「回復魔法リカバリーを覚えました」
「結核だな。咳をした時に血が混ざった事はありますか?」
「肺の中で、タンのようなごろごろする感じはたまにありますが、咳に血が混ざった事はないです」
「それならまだ軽いな。お兄さんは魔力はお持ちですか?」
「大きな魔力量は無いと思いますが、多分」
「少し俺の手から魔力をゆっくり流し込むので、指先から身体に流れ込む魔力を感じてください。身体中を魔力が巡りはじめたら教えてくれますか」
「わかりました」
手を繋いでゆっくりゆっくり魔力を流し込んだ
「下腹部に魔力が貯まって、そこから身体中に循環するイメージです。心を落ち着かせ、集中して、身体中で感じてください」
「あ…これが梳李殿の魔力でしょうか、とても温かい物が身体中を包んでいきます」
「そうです。そのまま集中して…直接肺に魔法をかけます。リカバリー」
胸の辺りをサーチする。赤く表示されている範囲が小さくなっていく
「リプロダクション…リカバリー」
腕をはなして楽にしてもらった
「どうですか?」
「なんか?とても楽になりました」
「あと、エリクサーも持ってきましたから、飲んでください」
「梳李、兄上の為にエリクサーまで用意してくれたのですか?」
「ガブリエルさんの為と言うより、お前の為にな。兄上!兄上!うるさいからな」
「はははははっ!梳李殿すみませんね。妹はお転婆でわがままで、大変でしょう」
「お転婆でわがままは、間違いありませんが、温かい心はお持ちですよ。生真面目な所もあって、人の為に自分を盾にする勇気もあります。私は仲間として認めています」
「ありがとうございました。生まれ変わったように、楽になりました。起きても良いですか?散歩しながら、外の空気を吸いたくなりました」
「多分…魔法とエリクサーで完治したと思いますけど、ゆっくり様子を見てください」
「兄上が外に行きたいだなんて…ありがとう、梳李、ありがとう」
「泣くなよ…俺は良いんだよ。アスコットだって、俺がピンチになれば、何とかしようとするだろう?お互い様だ」
「梳李殿、ありがとうございます。妹共々、私の事も、これからもよろしくお願いします」
帰ろうとすると村長が挨拶に来た。お土産と害獣対策のお礼である。村人と話し合った結果、天気もいいし、村の集会所前広場で、歓迎の宴を開催するので参加して欲しい、との申し出だった。特に慌てる用事もないので、気持ちよく参加させてもらった。身体が楽になったお兄さんも参加し、村人達も領主の息子の元気な姿に、嬉しそうに歓談していた
余所者を屈託なく歓迎する姿に、理由もなく懐かしい感じを抱き、癒される梳李だった
第18話に続く




