【番外編】初めてのお酒~三人での家飲み~
「乾っ杯!」「乾杯」「かんぱあーい!」
三者三様に言いながらグラスを軽く触れ合わせると、俺は一気にグラスを干した。エールの程よい苦みが体中に広がっていく。ジルは初めて酒を口にするレティシアが心配なのか、そちらを横目で見ながら控えめにグラスを傾けていた。
当のレティシアは乾杯の時の勢いはどこへやら、恐る恐るほんのりピンク色をしたグラスの中身を舐めるように飲んだ。それはアンリさんお手製の、色とりどりの果実を漬け込んだスピリタスを極々薄く炭酸水で割ったものだ。俺が試しに飲んだときは、酒の味なんて微塵も感じなかったのだが。
「どう?」「大丈夫ですか?」
俺とジルの問いが重なる。
顎に手を当てて返答を探しているようにしていたレティシアだが、しばらくたって自分の体に異変が無いことを確認したように満面の笑みで言った。
「大丈夫、美味しいです!」
彼女のガッツポーズにジルと顔を見合わせ笑いあった。
今日はレティシアの総統院への就職祝いと成人祝いだった。飯に行かないかという提案に彼女は、家じゃダメかな?ジル先生も一緒に。と返した。かくして家飲みをすることになった俺たちは、伯爵夫妻の好意に甘んじて彼女の部屋でささやかな宴会を開いている。
「なんか新鮮でいいですね!」
ねっねっと俺とジルを子供っぽい顔で見るレティシアのはしゃぐ姿に俺たちは思わず吹き出してしまう。
「楽しそうでよかったよ。でも、調子乗って飲みすぎんなよ」
「大丈夫よ。だってそこにベッドがあるじゃない」
「そういう問題じゃないですって…」
えへへ、とレティシアが俺たちに笑いかける。いつになく彼女がリラックスしているらしいのは、ソファーではなく行儀悪くも床にそのまま腰を下ろしているせいかもしれない。家飲みはやっぱり床がいいんだってラウラが言ってた。との彼女の言だった。
「アンリ、このお酒すごおく美味しいわ。本当にありがとう」
「そう言っていただけたら何よりです。私からのお祝いです。おめでとうございます、レティシアお嬢様」
「ねえーアンリー、たまにはお嬢様とかやめましょうよぅ。あ、そうだ。アンリも一緒に飲まない?」
「いえ、私は。ガルディウス様とジル先生がおくつろぎいただけるよう、本日は遠慮させていただきます」
また今度折を見て二人でゆっくりいたしましょうね、とアンリさんはレティシアに微笑みかけた。ちぇ、とつぶやいたレティシアだったが、気を取り直したようにこちらに向き合う。
「ねえねえ、二人はよくお酒を飲むの?商業区に行ったりする?」
「俺は隊のやつらにしょっちゅう連れていかれるな。軍人は…訓練も厳しいし、飲まなきゃやってられないみたいなとこもあるから」
「レティシアさん、軍事局の人たちとはお酒で同席しない方がいいですよ。酷い飲み方するんですから」
何度か、調子に乗りすぎて死にそうになったやつを診ているジルがジト目でこちらを見る。…いやだって、若い男が酒囲んで集まったら楽しくなっちゃうだろうが。
「そうなの?…先生は?」
「僕はまあ…家でたまに飲むくらいですけど」
「嘘こけ、毎日飲んでんだろ」
「…節度は保ってます」
俺はジルの家で見た数々の酒のボトルを思い出していた。どこで手に入れたのか、俺が行くような店には並ぶこともないだろう、古びたラベルが張られた威厳のある酒たち。
「こいつの家、すんげーいい酒がいっぱいあるんだぜ。今度押しかけて飲ませてもらうか」
「君がすごーーーーく頑張ったら考えてあげないことも無いです。すごーーーーーーーく」
「お前、大人のくせにケチくせえなあ」
顔をしかめた俺をジルとレティシアが笑った。
「ふふ、楽しいね。二人とも。おかしい。今日はありがとう」
ようやく最初の一杯を飲み干そうかというレティシアはほのかに赤くなった顔で力の抜けた笑顔をしてつぶやく。
その舌っ足らずな喋り方にジルがアンリさんに水を持ってくるように告げる間、俺は彼女から目を離せなかった。
「楽しい?」
ジルがレティシアに水を手渡しながら柔らかく微笑み言う。
「うん。たのしい」
言って彼女は小さな少女に戻ったかのようにくすくすと笑い出した。その様子を見た俺たちは淡く苦笑する。ジルが首を小さく横に振った。俺はアンリさんに目配せをすると、彼女も苦笑する。小さく息をついた。
「…じゃあ、今日はこれで帰るから。ちゃんと寝ろよ」
「ええ、もう?!もうちょっと…」
「レティ。これからはいつでも飲めるだろ。今日はその辺にしとけ」
「いつでも?」
「おう」
「先生も?」
「…君たちが呼んでくれるなら」
「よかった。…ねえあのね。これからもずっといっしょにいてね」
すでに睡魔に意識の大部分を持っていかれているらしい彼女は虚ろな目でそう言った。
いいから、早く寝ろよ。そう言って俺と、心配からか表情を硬くしたジルはレティシアの部屋を後にした。
彼女はどうもかなり酒に弱いらしい。初めての三人での飲み会はこんなふうにささやかに幕を閉じた。
コートウェル邸を出て少しして、ジルがタバコに火をつけた。苦い香りが漂う。
「レティ大丈夫かな」
「一応、アンリさんに酔い覚ましの薬を渡して対処法は伝えていますから大丈夫でしょう」
「…アイツ、ガキみたいだったな」
「彼女にはあんまりお酒を飲ませないように気を付けてくださいね」
「…飲みなおす?」
「…そうするか」
ジルは時々、俺と二人の時には砕けた話し方をする。俺たちは商業区へと足を向ける。
「せっかくだからいい店連れてっておごってくれよ」
「仕方ないから、一番気に入ってる店に連れてってあげるよ。…言っとくけど、誰でも入れる店じゃないからね」
「…え、マジで」
「…酔ってるなら帰ってもいいけど」
「いや。っつーか、なんで急に」
ジルは陶器製の小さな箱にタバコの吸い殻を押し込む。
「…僕、君が成人した時にお祝いしてあげれなかったでしょう。…あのときは自分のことでいろいろ大変だったんだけど…とはいえ、ちゃんと祝ってあげたかったと思って」
立ち止まって苦笑いしながらこちらを見るのは血のつながりのない他人のはずだった。
それなのに、コイツは家族のように馴染みのある姿で、俺を寛容に受け止めるようにそこに立っていた。
…ああ、レティシアの最後の言葉にあてられたんだ。俺はなぜか目頭が熱くなるのをそう納得させた。
推敲してないのでぐちゃぐちゃしてたらすみません。。。
レティシアさんは笑い上戸。ジルとガルディウスはざるです。




