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書庫係のおしごと?

「こんにちわあ、レティシアちゃんいるかしらー?」

「はぁーい!ここですーただいまー!」


書庫の最奥で壁一面に収納された本を睨みながら頭を悩ませていた私は、本棚三つ分遠くの扉に届くよう大声を張り上げた。隣で作業していたハンスに「時間になったら休憩してね。ラウラにも伝えて」と言い、床に積み上げられた本の山を倒さないようそっとすり抜ける。


来訪者の元に向かう前に軽く身だしなみをチェックしようと姿見の前に立つと、ミルクティー色をした自分の瞳と目が合った。この姿見は同僚で友人のラウラが持ち込んだもので、彼女はいつもここでぷっくりとした唇に塗った口紅や、前髪の長さなどを入念にチェックしていた。ざっと自分の姿を確認すると濃紺の制服にも、胸元にかかった栗色の毛先にもほこりがついている。危ない危ない、と独りごちるとささっとほこりを払って改めて扉の方に向かう。


「お忙しいところごめんなさい」と軽く頭を下げ柔らかい髪を揺らしたのは農政部のサミーさんだった。温かそうな桃色のカーディガンとつややかなブロンドで、ほこりっぽい書庫は一気に春が来たかのように華やかになる。


「いえ、ちょうど煮詰まっていて気分転換したかったので、かえってありがたいです」


マスタンドレア王国の政務を司る総統院にある書庫。ここは私たち書庫係の職場ではあるけれど、総統院に努める人間ならば誰でも出入り自由だ。とはいえ今は無尽蔵に増え続けた所蔵本の整理途中なため本を目当てに来る人はいなく、訪問者たちはみな書庫係へのいろいろな相談を目的としてやって来る。

どんな相談だろうと思いを巡らせた。まだ冷え込むことはあるけれど、このところ天候は安定しているので順当にいけば作物の生育に問題は無いはず。霜害が起きた時の対応方法は以前伝えているし、家畜関連を考えても馬の種付けの時期にはまだ早い。とすると、突発的な病害か何かだろうか。


「どちらでお話しましょうか?」


私がすぐ隣の大テーブルとテーブルの奥にある大きな書架で区切られたスペースに視線を向けると、この部屋によく来るサミーさんは奥のスペースを指す。うなづき、どうぞと促した。

書庫への相談者が増えるに従いおおっぴらに話せないような内容の話も増えてきたので、一か月ほど前に個別相談用としてしつらえた半個室のスペース。男性が三人も入ればいっぱいになってしまうため同僚であり親友のラウラは狭い、暗い、説教部屋みたいと顔をしかめていたが仕方ない。意中の女性をどうしても射止めたいとか、人を呪う方法をおしえてくれとかそんな相談、書庫のようなガランとした場所でできるはずがない。


「ごめんなさいねぇ、大したことではないのだけど」

「ええ」

私とサミーさんは斜向かいになるように真ん中に置かれたテーブルに着いた。


「農政部の同僚の奥様が初産を終えられたの。それで、何か贈り物をしたいなってみんなで話していたのだけど、何かいい案あるかしら?」

「まあ!素敵ですね。レグルドさんのご家庭ですか?」

「そうそう、さすがレティシアちゃんはいろいろよく知っているのね」

「実は何度か、出産のときどうすればいいかご相談にいらしていて」

「ええ?そんなのお医者様に聞いたらいいのに」と柔らかくくすくす笑うサミーさんにつられて私も苦笑する。


「うーん、書庫係ならでは、という観点からお伝えすると…。例えば隣国では『一生食べ物に困らないように』という意味と魔よけの意味を込めて、銀のスプーンを贈る習慣があるそうです。それよりも手ごろなところでは、成長を祈って木の年輪に見立てた焼き菓子を贈るという話も聞いたことがあります。これは確か商業区のピアベーカリーが作れるってルディに聞きました。もう少しロマンティックにするならば、一緒に成長していけるように鉢植えの樹木を贈るもの良いかもしれませんね。その場合、平和と豊穣を意味するオリーブの木が適しているかと」


「へぇ〜。さすがレティシアちゃんは博学ねえ。そういえば、ガルディウスくんも頑張ってるみたいね。最近さらによくなってきたって、主人が褒めていたわ」

サミーさんのご主人はこの王国の唯一の軍隊である大陸軍の中で、ガルディウスが属する騎兵隊の第三小隊の小隊長さんを努めている。ガルディウスとは別の隊だが、何かと接点があるのかもしれない。


「この前のひと悶着の件は面白かったわ。彼、本当にレティシアちゃんのことが好きなのね」

「ああ…お恥ずかしい限りです」


この前書庫に、年代物らしきロングソードの鑑定依頼が入った時のことだ。みんなでロングソードを囲んでああでもない、こうでもないと話していたところにたまたまガルディウスが訪れた。彼はロングソードを持っていた私に、人殺しのための道具になんて触るな!と激昂したのだった。その場面に、別件の相談を持ってきたサミーさんが出くわしたのだ。


「うふふ、私も危ない相談は持ち込まないように気を付けなくちゃ。…今回はお菓子が良さそうだわ、ゆっくりお茶をする時間が取ってもらえそう」

サミーさんにも確か子供が二人いたと思う。 自身の出産後のことを思い返しているのか、懐かし気にそう言った。


「ちなみに、レティシアちゃんは子供のころ貰って嬉しかったプレゼントって覚えている?」

「参考にはならないと思いますが…、一番古い記憶では子供用に編纂された百科事典を貰いましたね。常に『あれなに』と聞く私に両親が手を焼いて、特別に作らせたんだとか」


「まあ!なるほどね、…それで…」


「ええ、それで、こんな本の虫になってしまったんです」

サミーさんが言いよどんだ後の句をあえて継いで言った。ちょっと気まずそうにするサミーさんにいたずらっぽく返し、二人で顔を見合わせて笑う。


ピアベーカリー♪と鼻歌を歌いながら帰って行くサミーさんを見送り作業に戻ろうとすると、大テーブルにぐでーと突っ伏しているハンスとラウラが目に入った。


「恐れながら書庫係長に申し上げます。あれ、書庫係の仕事っすか」

「溜まりに溜まった所蔵本を整理せよと無茶ぶりをされて約一年、終わりが見えない仕事にあたしの心は砕け散りそうなのですが」


『いつの間に書庫係は、何でも相談係に変わっちゃったんですかねえ?!』


半個室にしているとはいえ私とサミーさんの会話が漏れ聞こえていたらしい二人に問われて、私はううーんと困った顔を向ける。

そうなのだ。本来ならばこの書庫係の仕事は、総統院書庫にある所蔵本を整理し活用できる状態にすること、これだけだ。それなのに最近の書庫はまるで教会かのように悩める相談者を受け入れ続けており、本来業務の進捗は著しくない。


もともとは私が個人的にいろいろな人の相談を受けていたことが図書係の仕事であると曲解されてしまって今がある。当時は良かれと思っていたのだが、こうなってしまうとラウラとハンスには申し訳ない気持ちがしてくる。


「それだけみんな、私たちが持っている知識に期待してくれているってことじゃない。あと、私は係長じゃなくて『係長代理』だからね、間違えないで」

「その『代理』が優秀過ぎるからいつまでたっても人が来ないんすよ」


そんなことないって、と言いながら、私は『書庫係対応録』と表紙に記載したノートに今日の日付とサミーさんからの相談内容、それに対する対応を簡単に書き連ねていく。こんなことも記録するの?!と絶句したラウラに苦笑いする。


「くだらないことでも記録しておけば何かあったときに『こんなに働いてます』って言いやすくなるでしょ。それに、次に同じような相談が来た時に使えるかもしれないし。…さあさあ、仕事を片付けちゃいましょ。あんまりぐでんとしてるなら、次の総会はハンスかラウラに出てもらうわよ」


「まぢむり。局長二人に加えてお偉方そろい踏みの会議になんて出たら、あたし、心臓が止まって死ぬ」


総統院の中は大きく政治局と軍事局にわかれ、配下の各専門部門を統括している。私たちが所属する総統院書庫係は政治局政治部の末席の、さらにその端に名を連ねていた。各局長とその配下の部門長が出席し報告や議論をする場が総会であり、今回は総会の議題の一つに総統院書庫の整備状況の報告が入っているので、それに向けた準備が佳境を迎えていた。


「じゃあまずハンス、所蔵本の管理分類についてはどう?」

「ハイ。総統院勤務者が使いやすい分類にするために、なじみのある四政部一局ごとに分けるのはどうかと」

「つまり、建築部、農政部、水政部、政治部、軍事局っていうこと?…それだと、大衆小説の分類が難しいわ」


「確かに。この書架にもいくつか、名著だからっていう理由で小説が所蔵されてるもんね」

「だと、四政部一局に加えて娯楽を追加しますか。あと、「政治」の領域が広すぎるのが気になってるんすけど」

「それね」「それな」

この四政部一局体制を考えた人が誰かは知らないけれど、さぞおおらかな人だったのだと思う。建築、農政、水政以外の、社交や被服や音楽などもひっくるめたすべてを「政治」という一言に包含してしまうのだから。そのせいで政治局だけは他の政部に比べるべくもないほど配下の部門が多く、それを一手に統括できる頭脳を持った政治部のルード文官長のことを私は密かに神と呼んでいる。


「せめて書物の分類上では分けておきましょう。必要そうなのは…家政?」

「あと、問い合わせが多いのは歴史関連っすかね」ハンスがつぶやく。


「それいいわね。建築部、農政部、水政部、政治部、軍事局の四政部一局に加えて娯楽、家政、歴史の八つで管理分類の案は決まりね。


あと話さなきゃいけないのは、ラウラにお願いしていた所蔵本の管理番号の件と、私が担当の書庫の運用規定についてだけど…どっちからにする?」


「あたし、元気があるうちに喋っちゃいたいな」

そういうラウラの顔は今も元気があるようには見えないが、それはハンスも同じだ。いつの時代からか好き勝手に収拾されていた約三万冊の本を相手にしているのだから、私のような生粋の本好きで無ければげっそりもするだろう。


「じゃあラウラさん、よろしくお願いいたします」

あえて堅苦しく言った私にラウラははぁい、と気のない返事をする。ラウラの話を聞きながら懐中時計を取り出す。一時過ぎ。三時までには議論を終えて資料をまとめて、四時には文官長に報告に行かなければいけない。そのあと、ジル先生のところに行って診察をしてもらって、体調に問題が無ければ夜は婚約者であるガルディウスと夕食を食べに行くことになっている。…忙しい。めまいがしたような気がしてギュっと目を閉じた。

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