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09.事情はいたってシンプルでした

 走ってきたら短く感じる距離も、歩くとなれば遠い。てくてくと歩く間、トムソンが説明を求めた。ブレンダは快く引き受けて話し始める。


「カーティスの坊やがね、窓を外しちまったのさ。んでもって、近くにいたその三毛猫がびっくりして、外へ飛び出した。オレンジだっけ? ああ、うん。そうだったね。それを白いブランが追いかけた」


 一度言葉を切って、猫達を振り返るトムソンを眺める。彼の背中でくつろぐ猫達に、野生の本能はなかった。愛玩され、下僕の人間を利用することに慣れた飼い猫である。


「なるほど」


「二匹の猫が飛び出しちまったのを、カーティスが追い回したのさ。捕まえようと思ったんかね。わからんが……それで慌てたアイカが猫の名を呼びながら家を飛び出したのさ。ひとまず窓を嵌めてから追いかけたんだが……途中でカーティスを見なかったかい?」


「それがのぉ、途中で右へ曲がった匂いは残っておった。じゃが、姿は見えなかったな」


「まあ、いいけどね。人の家を壊すなとあれほど叱ったのに、まったく……懲りない子だよ。今回の件は、ご両親にきっちり叱ってもらわなくちゃ」


 すでに何度も家を壊されたブレンダとしては、きっちり躾をしてもらいたい。だが幼いうちはどの獣人も本能が強かった。悪気はないが、つい……がよく見受けられる。そのため、親世代は自然と我慢強くなる。それでも限界はあった。


「今回は別世界のニンゲンもいたし、なぁ」


 本物の猫が気になるのはわかるが、家を壊して捕まえるのは間違っている。憤慨するブレンダの鼻息は荒くなるが、トムソンは何とも言えない表情だった。


 実際、初めて本物の猫を見たトムソンにしたら、やはり触れてみたいと思う。撫でたり匂いを嗅いでみたい。すでに初老に差し掛かる自分でさえそう思うのなら、本能の強い若者に我慢できるだろうか。不可抗力に近い。


 ブレンダの言い分もわかる。今回は猫を追いかけたが、一歩間違えてアイカに興味を示して追い回したら? ムース系の子どもは、ブレンダと変わらぬ巨体である。大ケガをさせた可能性があった。


「ご両親には、わしから話しておこうか」


「いいや、トム爺さんは甘いからね。私がきっちり話してくる」


 ブレンダの怒りはまだ収まらない。幼い頃から知っているが、カーティスは我慢ができない。それを知りながら外で自由にさせる親に、腹が立っていた。何より、アイカが足を挫いた原因だ。もし、驚いた猫が行方不明になったら? 最悪の事態に陥らなかったのは、運が良かっただけ。


 自分が動き、アイカが動いた。それで免れただけなのだ。気になるからと好き勝手する子どもの尻を叩くくらい、いざとなれば親でなくても構わない。私がやってやろうじゃないか! ふんっ、とブレンダは大きく息を吐いた。


「ブレンダ、そんなに怒ると疲れるよ。それと私のケガは自分で転んだだけだから」


 責任を取らせるのは可哀想。アイカはするっと告げた。まったくもって我慢する気はないし、彼のせいでケガをしたなら追求する。だが、本当に関係ないところで転んだのに、その分まで叱られるのは違う。


 じっとアイカを見たあと、ブレンダは溜め息を吐いた。


「あんたの面倒は私が見る。心配過ぎて、誰かに任せたらこっちがもたないよ」


 そこでようやく、一行の前に家が見えた。その脇に、巨大なヘラジカの姿も……まだ未熟ながらツノは屋根に届く。見た瞬間、ブレンダの怒りが再燃した。


「あ〜あ、せっかく鎮火したのに」


 ぼやいたアイカと頷いたトムソンの気持ちは、完全に一致した。

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