52.自覚がない知識の贈り物
主犯のカバから芋蔓式に、アイカが欲しいと注文した愚かな隣町の領主も捕まった。住んでいる街の住人が怒って騒いだので、逮捕後の処置も早い。全員毛皮剥奪の上で追放となった。
「毛皮剥奪って、罰になるんだ」
「そうだな、一般的に毛皮があるのが獣人だ。一人前と認めれないし、種族によっては二度と生えてこない」
抜けると生えてこない永久歯みたいだな。アイカは己の知識に照らして、なるほどと頷いた。実際のところ、毛皮なしで森へ放されたなら、すぐに虫に襲われる。その際に身を守る毛皮がないのだから、さぞ心許ないだろう。
罰としては死刑に次いで重い。その辺の事情はぼかして伝えず、レイモンドはアイカの猫ブラッシングを見つめた。猫を運ぶキャリーのポケットに入っていたブラシは、見かけたリス店主により量産された。
現在大人気商品となっている。というのも、このブラシが心地よいらしい。長毛も短毛も使えるとあって、注文生産から量産品へ格上げされた。ある意味、外の人の有用な知識ではある。
「オレンジとブランが終わったし、ノアール。おいで」
手招きして黒猫を膝に乗せ、しっかり全身を梳かした。黒猫は艶のある毛皮を見せつけるように、ごろりと寝転がる。それが羨ましいレイモンドだ。
「その……俺にもブラシをかけてくれないか」
「え? いいよ」
かなり勇気を振り絞って頼んだが、あっさり承諾をもらえた。拍子抜けするレイモンドに近づき、アイカはよじ登り始めた。首筋から背中、尻尾まで。ブラシが小さいので大変だが、時間をかけてブラッシングする。
「気持ちいいみたい」
そっと離れるアイカは、小声でくすっと笑う。うとうと眠ってしまったレイモンドは、半覚醒状態だった。夢の中のように現実を把握している。
「で、結婚式の申請書は書いたのかい?」
「ここだけわからなくて」
「どれ……ああ、レイモンドに書いてもらいな」
「こっそり出して驚かせたかったのに」
拗ねたような口調のアイカに、ブレンダは笑ったようだ。声をひそめているが、楽しそうだった。そこからお揃いの装飾品を纏う話に入っていく。アイカの世界では、夫婦で指輪をするらしい。それを真似て、夫婦でお揃いの装飾品を作ろうと言い出した。
本人は自覚していないが、そういう知識が別世界からの贈り物になる。この世界にない概念、習慣、考え方、品物。すべてがこの世界を豊かにしてきた。もちろん危険な知識もあったが、そういったものは自然と排除される。
すぐに夫婦や恋人同士のお揃いが流行るだろう。好奇心旺盛で新しい物好きな獣人にとって、一番の天敵は退屈だった。アイカといれば、退屈はないな。レイモンドはくるりと尻尾を巻いて、本格的に眠りに落ちていく。
「婚礼衣装って決まりがあるの?」
「お祝いはどうやってする?」
「どのくらいの人が集まるのかな」
アイカの質問は次々と繰り出され、親代わりのブレンダが答えていく。レイモンドが目覚める夕方には、ほとんどの疑問が解決していた。
「ここだけ書いてね」
結婚申請書を突きつけられ、レイモンドは苦笑いする。実はこっそり作ってきたんだが、アイカが作ってくれたのが嬉しいので出さない。さらさらと長い本名をすべて記し、最後に肩書きも書き足した。
提出先が竜帝なのだが……まあ、こんなのも悪くない。
 




