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短編シリーズ【恋愛/ラブコメ/青春】

公園の木の下で彼女と初めて唇を重ねた

作者: 紅狐


「ねぇ、覚えてる?」


 彼女が俺に聞いてくる。いったい何のことだろうか。


「さぁ、何のことだ?」

「忘れちゃった?」

「そう言われてもなぁ……」


 今日は七月七日。七夕だ。いったい何を忘れているんだ?


 彼女はアイスココアを飲みながら、空を見上げる。俺は彼女の隣に座りながら、彼女と同じアイスココアを飲んでいた。

 少しだけ感じる風を涼しく感じる。その風は、彼女の髪を流し、その毛先が俺の顔をくすぐってくる。

 日が傾き、公園には誰もいない。西の空は朱色になり、東の空は紺色になり始めていた。


「んっ」

「あ、ごめん。髪、邪魔だね」


 昔は短かった髪。いつから伸ばしたのだろうか。今では腰まで長くなり、まとめ上げたポニーテールは彼女によく似あう。


「いや、大丈夫。髪、長くなったな」

「そうだね。結構、伸ばしたからね」

「なんで伸ばしてるんだ?」

「そっか、君はそんなことまで忘れてしまったんだね」


 彼女が席を立ち、俺の手首をつかむ。そして、そのまま俺は引っ張られた。


「少し歩こうか」


 彼女に手を引かれ、ベンチにココアを置きっぱなしにして公園の隅っこにある木へ向かって歩いていく。


「この木覚えてる?」

「昔よく木登りして遊んでいたな」

「そう。私も木登りしていたんだよね。思い出さない?」


 そう、昔は彼女とよくこの公園で遊んでいた。まだ子供だった頃、今と同じような夏の季節に、俺は彼女とここで遊んでいる。


「もしかして、落ちてきたお前を受け止めようとして、俺が下敷きになったことか?」


 思い出した。昔今よりもやんちゃだった彼女は、木に登って落ちたんだ。そして、助けようとして俺が受け止めたんだが、そのまま押しつぶされた。


「……それもあるね。傷、まだ残ってるの?」

「ん? 腕の傷か? まだるけどある意味勲章だな」

「勲章?」

「あぁ、女のお前を助けたんだ。顔に傷がついたら困るだろ? 男なら勲章だからな」

「でも、きれいには治っていないんだね」

「ま、目立たないし問題ないだろ? で、思い出したってそのことか?」


 彼女は俺を木の真下まで誘う。違うのか?


「本当に覚えていないんだね」

「悪い」


 彼女は木を背中に、俺の方に視線を向ける。俺は見下ろすような感じで、彼女の目の前に立っている。

 夕日が彼女を照らし、朱色に染め上げる。彼女は再び俺の手を取り、口を開いた。


「何か、思い出した?」

「この場所が関係あるのか?」

「……そうだよ? この場所、この時間。他の誰でもない、私たちだけの時間」


 なかなか思い出せない。何か、大切な何かを俺は忘れている。


「……」

「無理、か……。しょうがないな、本当だったら逆なんだけど、この際いいか……」

「何がいいんだ?」

「うるさい。口と目を閉じろっ」


 昔はやんちゃで、男勝りだった彼女。

 いつからか、女の子らしくなり、高校生になったら大人の女性になっていた。

 しぐさも、話し方も、その姿や表情も。俺の知っているやんちゃな彼女はもういない。いるのは、少しおしとやかになった、髪の長い少女だ。


「痛いこと、するなよ」


 不安になるが、思い出せない俺が悪い。勢いをつけて、目を閉じる。

 ほんの数秒、視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。


 突然石鹸の香りが、鼻につき、同時に唇に何かが触れる。


「何をした?」


 目を開けてみると、さっきと同じような体制で彼女は立っている。心なしか頬が紅潮している気もするが、夕日のせいだろう。


「秘密。まだ、思い出さないの?」


 ここまで言われても思い出せない。


「……」

「はぁ、まったくもう。ほら、掘るよ」

「掘る?」

「それも忘れたの?」


 彼女に言われ、二人で木の根元を掘ってみた。


「なんだこれ?」


 出てきたのは小さなカプセル。


「昔さ、ここに二人で埋めたの思い出さない?」


 よみがえる記憶。鮮明に思い出すあの頃。


「……未来の自分への手紙か」

「やっと思い出した。 高校三年の七夕に二人で開けようねって」

「言った気がする」


 二人で書いた未来の自分への手紙。中身は全く覚えていない。


「開けるよ」

「あぁ……」


 彼女はカプセルを開け、中身を取り出す。


「意外ときれいに残っているんだな」

「ま、たった十年ちょっとだしね」


 それでも俺の記憶からはきれいさっぱりだったぞ? いったい昔の俺は何を書いたんだ?


「どっちから読む?」


 彼女は水色と桃色の折りたたまれた紙を手に持っている。 きっと、水色が俺で、桃色が彼女が書いた手紙なんだろう。


「全く覚えていないな。俺から読むか……」


 彼女の手から水色の紙をもらい、手紙を広げる。


『みらいのじぶんへ。たぶん、わすれるとおもうので、ここにかいておく。おれは、この木の下ですきだとつたえる。みらいのおれ、わすれるなよ。おれは、ずっと、ずっとすきなんだ。わすれるなよ』


 何だこの文は。ほぼひらがなで読みにくいじゃないか。つか、好きな人って……。


「じゃ、次私ね」


『みらいのわたしへ。すきな人はできましたか? もし、すきな人が、いまもみらいでも変わっていないのであれば、わたしはしあわせです。もし、みらいでねがいがかなうなら、このきのしたでむすばれたい。わすれないで、おもいはきっといつまでもかわらない』


 読み終えた彼女は微笑む。


「私はずっと覚えていたよ。一度も忘れたことはなかった。誰かさんと違って」

「……わるいな。昔の俺自身にも忘れるなって言われたよ」


 立ち上がり、俺は彼女の手を握る。そして、さっきと同じように彼女は木に寄りかかる。

 俺は彼女の正面に立ち、彼女の瞳を見つめる。


「何か言うことはある?」

「えっと、一言だけ」

「一言で十分」


 ほんの少し、二人の時が止まる。

 お互いに出会ったことから今日この日までの事が、走馬灯のように脳裏によみがえる。

 幼かった彼女は、いまではすっかり大人の女性になっている。

 俺も、もう子供ではない。


「好きだ」


 満面の笑顔で、彼女は微笑む。


「私も。ねぇ、ほかには?」


 俺は右手で、彼女の顎に触れ、少しだけ顔を上に向けさせた。

 

「ねぇ、覚えてる?」


 目を閉じた彼女は、小さな声で囁く。

 今度は答えられる。


「あぁ、覚えてるよ。二度と忘れない」


 日が落ち、公園には想い合う二人の重なったシルエットだけが薄っすらと浮かんでいた。


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