゛いつも優しいヒトの話˝
セミたちが自らの一生に意味を持たせるために絶え間なく叫ぶ季節もすっかり終わり、見上げるまでもなく色付いた紅葉が足音のアクセントに一役買っている帰り道。つぐみの隣を歩くというのは妙に意識してしまう、歩幅を合わせ、車道側から離し、出来るだけゆっくり。数十センチの距離に本来在る訳が無い関係性を夢見てしまう。
「ねぇ、先生たちには言ったの?今の浩平くんの状況…。」
「あぁ相談したし、先生たちも最近隅々まで見回りをしてくれているだろう?おかげで今のところはあいつらに関わることはないんだ。」
「そっか、じゃあお母さんたちには?」
「……。」
「うん、まぁ、浩平くんの性格だと言えないよね…。」
つぐみは少し気まずそうに間を置いていつもの笑顔に戻った。でも実際は、僕の性格のせいで家族に相談ができないというわけではない。むしろ家族はいじめや陰湿なやり方が嫌いで、小さい頃なんか父さんに『やられたらやりかえせ』なんて言われたっけ。いずれにせよ、結果的に気を遣わせてしまったのが申し訳なくて、その笑顔を見続けることが出来なかった。
学校から10分ほど歩き、陸橋を渡った先の交差点を左へ曲がる、そこからすぐ近くのコンビニ寄ってジュースの奢りを賭けてじゃんけんをする。二人の日課…というのはちょっと違うかもしれないけど、ほぼ毎日、こんなことが出来ている今が嬉しい。
「最初はグー!」
「じゃんけん…」
「「ポンッ!!」」
…今日は僕が負けた、まぁ掃除の手伝いと気を遣わせてしまったお詫びということで。
「へへーん!2連敗からの脱却!」
「ちぇっ、3連勝は叶わなかったかぁ。それで、何飲みたい?」
「ふふふっ、新商品の『果肉入り贅沢イチゴミルク』をあたしに献上したまえ!」
「うわマジかよ、それ超高いやつじゃん…。一本いくらだっけ?聞きたくないけど。」
「えーっと……。一本330円+税となっておりまーす!」
「ぐわぁ!!俺の小遣いに致命傷を負わせるとは…。」
「さぁ浩平くんよ!観念してレジへ並ぶのだ―!」
「くそぅ…!明日は負けないからなイチゴミルクの女王…!!」
小芝居をしながら件のイチゴミルクと自分の飲み物をレジに並べる。イチゴミルクのダメージがでかいので、自分のはコンビニ自社ブランドのジャスミンティーだ。袋の要不要を聞く店員にシールでお願いしますと出来るだけ丁寧に受け答えをし、差し出した千円札に別れを告げ、代わりに僕の財布を重たくする小銭とレシートを受け取りコンビニを出た。