゛普通を選んだヒトの話゛ 終
_________ピッ、ピッ、ピッと、聞き慣れないが聞き覚えのある電子音が耳を刺す。体にかけられた布に触れて、改めて触角と聴覚に自分の存在を噛みしめた。少しずつ瞼を開き、少しかすんだ景色に瞬きを挟んでは目にしたことのある人工物に思わず涙を浮かべた。あぁ、帰ってきたんだな、と。
ここはきっと病院のベッドの上、つまりは父の病院だろう。あの時喫茶・境界線で見た父の必死な顔、あの日まで見たことがなかった父の仕事、もっと早く、それこそ家を出る前にでも見ることができたらあんな別れ方をしなかっただろうか。一瞬考えた、でもそうじゃない、あの時エンマが見せてくれたから今私はもう一度生きたいと思えたはずだ、きっとあの喧嘩は必要だったと思いたい。
カラカラッ
病室の扉が開いた、巡回の看護婦さんだ。私が視線をやると、それに気づいたのか『高梨さん!目が覚めたんですね!?体に違和感などはありませんか!?今先生を…』と、慌てながら部屋を出ていった。そうか、父の病院であれば父に会わないわけがない。つまりはあの日以来また顔を合わせることになる。
妙に緊張する…何と声をかけるべきだろう、何と声をかけられるのだろう。妙に…緊張する…。
「灯利…。」
カラカラッと、さっきの看護師さんより少し強く扉が開き、懐かしい声が聞こえた。あの日あんなにまで罵倒しあい、軽蔑しあい、お互い二度と出会わないと思った存在が再び目の前にいる。考えていた第一声、きっともう誰かに言うことなんてないと思っていた言葉。
「…ただいま、父さん。」
父は泣いていた。あんなにまで罵声を浴びせた自分の娘が事故にあって、ボロボロの身体で運ばれてきた姿を見て、大層後悔をしたそうだ。あの時喧嘩ではなく話し合いとして気持ちを伝えられたら、それ以前にもっと娘の気持ちを尊重していれば、頭に血が上って子供の用に怒鳴り散らして家を追い出さなければ。そんなことを泣きながら私に話した。
「…本当にそうだよ、父さん。正直今でももっと自分の気持ちのまま生きてこられたらと考えていたもの。でもね、きっとお互い様なんだよ。あの日まで私も父さんも、きっと、家族への態度が解らなくて怖かったんだよ。」
父は今度は驚いていた。自分の娘がこんなにも説くように言葉を紡ぐのか、何一つ父親らしいことができなかった自分にそんな言葉を話してくれるのか、と。
「灯利……父さんは、灯利の人生を奪ってしまうところだった。家族としてもはや父さんがしてあげられることは、灯利を直してやることだけだ…すまない……。」
「…夢を見ていたの。喫茶店で誰かと家族について話していた夢。その誰かは『人間の家族って、喧嘩して、二度と会いたくないとか言って、でも子供が危険な時には親が必ず助けようとするもんなんだ』って言ってた。だからこれからはお互い、怒って、泣いて、話して、笑って。そうやってみたいなって思ったの。家族になりたいなって思ったの。」
父はまた泣いていた、思えばこんな父を見るのは初めてだった。でもきっとこれでいいんだ、これから少しずつ私たちは家族になって、少しずつ゛普通˝になっていくんだ。
気づけば父と私は同じ高さの目線になって、家族として言葉を紡いでいた。
大変遅れてすみませんでした、やくでございます。
これにて「普通を選んだヒトの話」完結です。
次のお話はまた少しずつ書いていきます。