゛普通を選んだヒトの話゛
「ねぇ、今君の器がどうなっているか気になったりしない?」
エンマが私にそう問いかけ、カウンターを手でコンコンッと2回ノックした。次の瞬間、ノックした部分が一瞬輝き、次の瞬間にはモニターのような…日本で最初のテレビに近い形をしたモノが表れていた。
「今のは、魔法?」
『うーん、ちょっと違うけどそんな感じ。』と、少し笑ったエンマは、次に指を一度パチンと鳴らした。するとモニターの画面が付き、いよいよ私の゛器˝が今どうなっているのかが映し出される。
…怖い、あんな事故にあったんだ、手足がなくなっている可能性だってある。そもそも体が生きているというだけで、もう目を覚まさないくらいダメージを追っているかもしれない。
気が付けば私は、目を閉じてモニターを遠ざけていた。
「…無理に見なくてもいいんだよ、ごめんね、もし興味があればと思っただけなんだ。」
エンマがもう一度指を鳴らそうと構えた。
「…待って!」
思わず、止めてしまった。怖いのに、このまま死んでもいいと思ったのに。でも、このまま目を背けたら、きっと死んだあとに後悔しそう。
「怖い…怖いけど……見ます、見せてください…!」
エンマは気を使ってくれたような表情で『どうぞ』と、モニターをこちらに向けてくれた。
「私が寝ている、でも家じゃなくて…あれ?この人、お父さん…?」
映ったのは、恐らく病院の手術室。その手術台には何かの破片が刺さった私の身体、そして手術をしている父の姿だった。
「どうして!?私が向かっていた出張先は、私が乗っていたバスはあの人の病院からずっと遠いうえに方角も逆なのに…!なんであの人が…!」
『助けるからな…絶対に…』モニターから聞こえてきたのは、確かに父の声で、確かに父の発した思いもよらない言葉だった。卒業式の日、あんなにまで私を罵倒した人が、どうしてそんなことを言えるの?二度と顔を見せるなといった人間に、今更何を思って助けようなんて!
腹が立った、そう私は腹が立ったんだ。なのにカウンターに、そこに置いた自分の手に雫が落ちる。頬が濡れ、瞼が熱い、これはきっと怒りから来る涙なんだ、そうに違いない。そう心の中で言い聞かせていたのに。
「ねぇ、人間の親子が喧嘩してさ、二度と会いたくないとか言ってさ、でも子供が危険な時には親が必ず助けようとするもんなんだって。前に先代閻魔羅闍に聞いたことがあるよ、それが゛普通˝の人間の親子なんだって。」
あぁ…馬鹿みたいだ、今更気づいてしまった…。今までずっと欲しがっていた普通は、本当は違うものだった。私はただ、両親に褒められたり、時々喧嘩したり、泣いたり、そんなモノが欲しかったんだ。感情をぶつけあったり、たまに気を使ってみたり、両親の子供としての普通が欲しかったんだ。
「エンマさん…人間の親子って、仲直りできるんですかね…。そのあと、今度は、本当はもっとこうしたかったって、自分の考えを言って、もしまた喧嘩になっても、親子のままでいられるんですかね……。」
もう涙を止めるのは諦めた、だって、気づいてしまったから。私も、両親もあの日どんな方法で喧嘩をして、どんな方法で仲直りをすればいいか知らなかっただけだって。
「君がそう選ぶのなら、きっと大丈夫。君が望むそれを゛普通˝にしていけばいい。さぁ『高梨 灯利』改めて君に選ぶ猶予を与えよう、君はどうしたい?」
すっかり滲んだ視界の中で、エンマは私に手を差し出した。
遅くなってしまいました、申し訳ありません。やくでございます。
次週には゛普通を選んだヒトの話˝完結予定です、よろしくお願いします。