゛普通を選んだヒトの話゛
ふぅ…と、一呼吸ついた後、彼は『ちゃんと名乗るね』と話し始めた。
「さっきも言った通り、僕はエンマ、正式には第四代目閻魔羅闍。君たちの言う゛閻魔様˝というのは僕の曽祖父にあたる…解りやすく言えば神かな?」
驚いた、閻魔大王にも世代交代があるのかと。というより、閻魔大王って、もっとこう、怖い顔をしていて、死んだ人の罪を裁いたり、死後の門番のようなイメージがあったのに、カフェって…。
混乱し始めた私の脳内であったが、構わずエンマの『あ、そうそう』と言葉を続ける。
「それから、君の質問にも答えないとね。ここは半分人間の死後の世界であり、半分君たちが生きる世界でもある。双方の世界の境界線であり、僕が閻魔として判決を下す場がこの喫茶店さ。君の今の状態は、君の器である人間としての体は生きているが、魂だけコチラに来ている状態、というと解るかな?つまり君はまだ完全には死んでいなくて猶予が与えられたんだよ。」
なるほど、だから私を『ハザマの魂』と呼んだのか。
「私…私の体が生きていて、でも魂はここに在って、猶予がある…ってことは、私まだ生きられるの!?」
「あぁ、君が生きたいと願えば君たちの世界は゛君が生きる世界˝として世界が廻り始める。逆に君がこのまま次の輪廻に身を委ねるのであれば、君たちの世界は゛君が死んだ世界˝として廻り始める。どちらもあり得る結末だからこそ、世界はどちらにも廻れるし互いの世界に問題が起きない。だからここで猶予を与えても、ここで僕自身が魂の行方を決めても問題がない。これが僕、第四代目閻魔羅闍の゛判決˝のやり方さ。」
軽い口調に対して随分と内容が重い。要は今現在も判決の途中で、猶予はあるものの殺生与奪に近い権限は常にエンマが持っている…。慎重に、必ず生きてあっちの世界で普通に生きて…
…思えばなんでこんなにまで普通を求めていたんだっけ。あぁ、そうだ。父と母に、もとい家族だった人たちに自分の生き方を決められたくなかったんだ。勉強も、学校も、仕事も、全部決められた中で生きていた自分が、本当に゛生きていたのか˝わからなくなったからだ。
最後は心の底から軽蔑しあって、お互い家族だった人を捨てた先に手に入れた普通。思い返せば憧れていたほど良いモノでもなく、ただ存在するためだけに働き、一人で食事をし、一人で眠ってまた一人で朝を迎える日々は異常とすら言えるのかもしれない。
本当に生き返りたいのかな、私。父だったらこんな時どう考えるんだろう。
いっそこのままエンマに死後の世界へ案内してもらったほうがいいのかな。母だったらこんな時どうするんだろう。
心の底から軽蔑していたはずの両親に想いを馳せるなんて我ながら馬鹿らしい。なのに瞼が濡れて、頬が濡れて、あぁ、自分は今泣いているんだと自覚した。
もし読んでくださっている方が居るなら、初めまして、やくです。
更新が遅くなり申し訳ありません。これからも週1,2回程度の更新になってしまうかもしれませんが、少しずつながら書き進めていきたいと思っています。
どうか気長にお付き合いいただければ幸いです。