゛普通を選んだヒトの話゛
黒と白の長髪を後ろで結った、20代後半だろうか。その男性は、私にジェスチャーで『おいで、おいで』とカウンター席に招き入れた。
白い、壁も床も、少し眩しさを感じるほどに白い内装とカウンター席のみという、少し狭いながら機能美を追求したような店内に妙な安心感を覚えつつも、男性の言葉にひとつ質問をすることにした。まずは、出来るだけ当たり障りのない質問を…。
「えっと、ここは…喫茶店なんですか?」
「うん、そうだよ。まぁ商売をしているわけじゃないから正しくは〝店˝では無いけどね。」男性は少し笑みを浮かべながら、そう答えた。
商売をしていない。それはそうだろう、こんな場所では人が通るのなんて数か月に1度歩かないかのはずだ。そんな思考を表情に出さないように注意しながら男性に向き直した。
「もう一つ質問をしても…?」
「あぁもちろん、僕が解ることであればなんでも答えるよ。」
…ただ漠然とした感覚の中で自身の死を悟っていたつもりだったが、やはり気になる。実は私だけ運良く服も体も無事なまま高速道路の下に振り落とされたのではないか、なんて、あり得るわけがない希望を抱いてしまっている。そしてそんな希望を持ったまま質問をしてしまった。
「ここは…ここは死後の世界ですか?私はやっぱり死んだんですか?」
「おやおや、質問が二つじゃないか、欲張りなお嬢さんは嫌いじゃないよ。」
…こういう男性を〝チャラ男˝というのだろうか。私の発言をクスクスと笑いながら茶化した後、少しだけ真剣な表情になって、男性は名乗り始めた。
「その質問に答える前に、自己紹介をしようか。改めまして、ようこそお嬢さん。僕の名はエンマ、聞いたことぐらいはあるかな?」
自らをエンマと名乗るこの男性は、恐らく今いる場所のことを知っている。理由らしい理由はないが確信してしまっている。きっとエンマさんは死後の世界の案内人みたいな立場の…。
………ん?
エンマ…?
えんま…?
閻魔……?
「え、閻魔!?あなたが閻魔様なんですか!!!??」
思わず立ち上がり距離をとってしまった。
「ちょ、ちょっと待って、まださっきの質問にも答えてないよ!?ちゃんと説明も回答もするから一旦落ち着こう?ね?」
はっ、しまった!あまりに予想外の情報が入ってきて自制が効かなくなてしまっていた…!『すみません…』と頭を下げ、改めてカウンター席に座った。