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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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97. 不眠都市

 


     [2]



 ―――新都市の『ユリシス』が一般開放されてから、あっという間に1週間が経過して、本日は『冬月9日』。

 ユリと『桔梗(ききょう)』の全員が、ユリシスの『観光区画(リゾートエリア)』で休暇を楽しんでいた今月の初日から、他の『百合帝国』の皆の中には魔物の駆逐作業を進めてくれていた子も多かったようで、3日も経たない内に今月復活した魔物は国土から姿を消してしまった。


 なのでユリは4日前に行った『放送』で、国内の『駆逐完了宣言』を出した。

 これは百合帝国の国土内に於ける、都市と村落の間の通行に限れば『今月はもう魔物に遭遇することは無い』という、国からの保証のようなものだ。


 国内では魔物だけでなく、盗賊と遭遇する危険も皆無になっている。

 なぜなら盗賊が食料や物資の補給のために、国内のいずれかの都市や村落に立ち寄った時点で、ユリが維持している【空間把握】の魔法に引っかかり、存在が完全に露見してしまうからだ。

 ユリの命令に応じて即座に『百合帝国』の誰かが討伐に向かい、盗賊を一網打尽にする。―――それを何度か繰り返すうちに、何か噂でも広まったのか、すっかり国外から賊が来ることは無くなってしまった。


 なので月が変わった直後から、『駆逐完了宣言』が出るまでの数日間を除けば、百合帝国内の都市と村落を繋ぐ交易路は、いつでも護衛を雇う必要さえ無く、馬車でも徒歩でも、安全に移動することができる。

 そうなれば当然、商人の荷馬車が活発に国内の各地を行き交うようになり、更に最近では徒歩で国内を旅する人も意外な程に増えたようだ。

 どうやらこの世界に住んでいる人達にとっては、今までずっと魔物の領域として認知されていた『都市の外』を自由に探索・観光できることが、とても新鮮で魅力的な体験になっているらしい。


 また、同時に新都市ユリシスへの移住者が急増した。

 既に『崩壊』している王国から、難民の流出が始まったからだ。


 現在のユリシスの人口はおよそ70名。

 たったの70名と思うかも知れないが―――僅か数日間で増えたことを思えば、この人数でもなかなか馬鹿にできない数値に感じられる。

 何にしても、人口0名からスタートしたユリシスとしては、人が増えるのは悪い話では無い。難民でも構わないので、来てくれる分には歓迎するつもりだ。


 人口はまだまだ少ないものの、ユリシスの『迷宮区画(ダンジョンエリア)』は大いに賑わっている。

 特にこの1週間の内に、武具や薬、霊薬を販売する店舗が一気に充実した。

 どうやらニムン聖国の幾つかの商会が、技術開発を目的とした『最新鋭店舗』をユリシスの『迷宮区画(ダンジョンエリア)』で開業させ始めたらしい。


 ユリシスでは毎日のように探索者が『迷宮地』へと潜り、魔物と戦う。

 これ程に武具が酷使される現場は他に例が無く、この都市にて売られた武具は、数日と置かずに購入店へメンテナンスに出されることも多い。

 なのでユリシスで武具を商うと、販売時点の利益だけでなく、以後のメンテナンスを請け負える利益がセットで付いてくることが多い。

 無論、メンテナンスの受注で得る利益など、さして大きなものではないけれど。小粒ながらも安定した継続収入が確保できるというのは、商人からするとなかなか魅力的に映るようだ。


 しかもこの都市で商品を販売すると、それを『実際に使用した感想』が購入した当人から、大した日数も置かずに販売店へ直接フィードバックされる。

 粗悪な品を売れば即クレームが叩き込まれるし、良い品を売れば『どういう部分が実際に使ってみて良かったか』の経験談を、メンテナンスを依頼してくる客から直接聞くことができるのだ。


 良くも悪くも正直な反応が即座に返ってくる環境なので、武具を開発・製造する職人にとっては、ユリシスは非常に学びが多く、仕事にもやり甲斐を感じる都市であるらしい。

 『武具を売ることで、俺らも探索者と一緒に戦っているんだ』と豪語する職人も少なくないというのだから。この都市に於いて武具の『制作者』と『使用者』の距離が近いことは、職人達にも概ね好評を博していると考えて良さそうだ。


 数日前からは、探索者(シーカー)が『迷宮地(ダンジョン)』を探索する様子の『放送』も開始された。

 これにより百合帝国とニムン聖国の都市・村落に住む人達は、24時間いつでも現在『迷宮地』内を探索している任意のパーティの『放送』を視界内に投影して、彼らが地下迷宮の中を慎重に進み、魔物の脅威と戦う緊迫感のある映像を、リアルタイムに楽しむことが可能となった。


 娯楽に乏しいこの世界に於いて、これは大変な好評を博した。

 百合帝国とニムン聖国の各都市では、至る所で市民の口から探索者についての話題がひっきりなしに交わされるようになり、有望株の探索者は一躍有名人になり、早くも富豪や貴族といった手合の後援者(パトロン)まで付き始めてさえいるという。


 探索者の側も、自分たちが両国の市民から『見られて』いることを常に意識しているから、『迷宮地(ダンジョン)』の中で蛮行に及ぶことはない。

 誰もが『迷宮地』の中では紳士的に振る舞い、他の探索者を攻撃することは絶対に無く、むしろ危機に陥っている他の探索者と遭遇すれば、率先して手を貸すことさえあるようだ。


 また視聴者から人気を得た探索者は、幻滅されるのを恐れるせいなのか、地上でも紳士的に振る舞う傾向があるようだ。

 このため『荒くれ者が集まる都市』でありながらも、ユリシスは信じられない程に良好な治安状態が保たれていた。


 ―――これは正直、ユリにとっても予想外だった。

 警邏の人数を最低限まで減らしても、治安が悪化する様子は全く見られない。

 ユリシスの都市では市民が助けを求めて声を上げれば即座に、どこからともなく『正義の徒』が駆けつけて来るので、治安の悪化のしようも無いというわけだ。




「なんだかご機嫌ですね、姫様」

「ええ。自国の都市が評価されるのは、やはり嬉しいもの」


 今日の『寵愛当番』である『白百合(エスティア)』のニュオから掛けられた声に、ユリは笑顔でそう応えた。


 現在はユリシスの『探索者ギルド』の職員としてその多くが働いている、元王国密偵の人達から今朝寄せられた分の報告書によると。ユリシスは『深夜に女性がひとりで歩いていてもまず安全』と言える程に、治安が高い水準にあるらしい。

 これは、助けを求める声を上げれば駆けつけてくれる人が―――つまり探索者(シーカー)の人達が、時間を問わずいつでもユリシスの都市内で活動しているためだろう。


 何しろ『迷宮地(ダンジョン)』の中には昼も夜もない。太陽の光が届かないという意味では常に暗いし、迷宮の壁は仄かな燐光を放っているため、常に明るいとも言える。

 時間を問わず『迷宮地』へ潜ることができるため、探索者の中には昼夜の感覚を失っている者も多い。―――そう言うと悪い意味に聞こえるかも知れないけれど、これは治安を護る『正義の徒』が、深夜でも早朝でも、時間を問わず常に活動しているということでもある。

 探索者は基本的に武器を携行しているし、魔物と戦うことでレベルも少なからず成長していることが多い。そんな相手が即座に四方八方から駆けつけてくるような都市で、悪事を働ける者など居る筈も無いわけだ。


(……あら?)


 元王国密偵の人達からの報告書を一通り読み終わったユリは、それと一緒にもうひとつ別の書類が届いていることに気付く。

 書類には『ユリシス探索者ギルド・ギルドマスター』の役職で署名されていた。


 つまり―――この書類は、ソフィアが書いたものらしい。

 おそらくは今朝、ユリタニアの宮殿まで報告書を届けに来た元王国密偵の人が、一緒にソフィアから預かってきた書類も提出したのだろう。


「ふむ、なかなか面白いことを考えるわね」


 ソフィアからの書類―――ユリシスの都市発展についての『提案書』に目を通したユリは、半ば無意識のうちにそう感想を漏らしていた。


「……いかがなさいましたか、姫様?」

「ニュオ、よかったらあなたもこれを読んでみて頂戴」


 訝しげに訊ねてきたニュオに、ユリは書類を手渡す。


 ソフィアからの『提案書』は、簡潔に言えば『今後はユリシスを不眠都市として発展させていきませんか』というものだった。

 魔導具の街灯を都市内の至る所に配置して夜でも常に明るさを保ち、ユリシスに店舗を開設している商会に依頼して24時間体制で営業を行って貰い、ほぼ国営に近い状態にある『屋台街』についても交代制での深夜営業を開始する。

 ユリシスの都市を、24時間いつでも活動する『探索者(シーカー)』が居住するのに相応しい『不眠都市』へ発展させると面白いのでは―――と、ソフィアは考えたらしい。


「これは―――なかなかユニークな提案ですね」

「ニュオもそう思う?」

「はい。現在のユリシスが、異常とも思える程に良好な治安状態を保っていることを考えますと、実際に『不眠都市』にしても問題無く運用できるのではないかと、私にも思えてしまいますので」

「確かにその通りね」


 ニュオの言葉を受けて、ユリは深く頷く。


 ソフィアからの提案書を読んだユリが『都合が良い』と感じたことが2つあり、1つは今ニュオが言った通り、ユリシスの治安状態が良好であるということだ。

 特に、施政者であるユリ達が何かしたわけではなく『自治』によって治安が良好に保たれているというのが素晴らしい。

 これならば仮にユリシスを『不眠都市』化した場合でも、深夜・早朝帯の警邏をさほど増やす必要も無いだろう。


 また、ユリシスの人口がまだ『70人』しか居ないというのも好都合だ。

 都市を『不眠都市』化すれば、夜にも人が活動するようになり、騒音も生じるようになる。

 そうなれば、必ず夜には『眠る』と決めている人達からは、当然苦情が出ることになるだろうけれど。現時点で『70人』しか居ない都市住人から同意を得る程度であれば、別に難しいことでもない。


 現在の住民からの同意さえ得られれば、今後来るユリシスへの居住を希望する難民には、それを認める際に『うちの都市は夜でも煩いから覚悟してね』と、事前に通告しておけば済む話だ。

 それに同意できない難民は、ユリシスの都市にではなく、周辺の村落で受け容れれば良いだろう。


(どうせならコンビニも欲しい所ね)


 24時間眠らない街にするとなれば、やっぱりコンビニが欲しい。

 何となく―――ユリはそう思った。あのいつでも無駄に明るい店舗が都市の中に沢山点在していると、夜道を歩く女性は何となく安心できるものなのだ。

 嘗て現代人であったユリは、そのことを充分に理解していた。


(―――いっそ、国営でやってみようかしら)


 ユリタニアの地下には、まだ人的資源(・・・・)が余っている。

 特に使い途を思いつかず、持て余していた存在だけれど。ソフィアの提案を実現化するにあたって、彼女達を活用するというのも良いかもしれない。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうせならコンビニも三種類くらい作って競争させてもいいかもしれませんね。そのうち他の市町村にも普及させたら面白そう。
[良い点] 更新乙い [一言] 宿を固めたりして、夜は静かになる区域も欲しくなる
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