96. ユリシス
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―――本日は『冬月1日』。
今日からは世界の季節が『冬』へと変わった。
異世界での時間の流れは、とても早く感じられる。
これは、それだけ濃密な時間をユリが日々過ごしているという証左でもあるし、もちろん1年がたったの『160日』しかない、この世界ならではの仕様のせいでもあるだろう。
こちらへ来た時には春だった季節が、もう冬になっているわけだけれど。移ろいが早すぎるせいか、ユリの心には何の感慨も湧かなかった。
この調子だと―――来月になって、この世界に来て1年の節目を迎えた時にも、また同じ感慨を抱く羽目になりそうだ。
今日からは新都市『ユリシス』が一般開放される。
ユリは最初、新都市に『ブルーレイク』という名前を付けようと考えていた。これは新都市の北部にある『観光区画』が、以前ユリが作った『湖』を利用したものだからだ。
〈浄化結界〉の効果で常に清浄さが保たれる水は透明度が高く、湖は気持ち良い程に清らかな『蒼』で満たされていて。その色合いが百合は気に入っているのだ。
その、ユリが提案した『ブルーレイク』という都市名を一蹴したのは『桔梗』の子達だった。
「こちらの都市にも姐様の名を冠して欲しいです!」
部隊の意見を代表して告げたメテオラの言葉によると、どうやら『ユリタニア』の都市とは違い、名前に『ユリ』という語が含まれないのが、彼女達には気に入らないらしい。
建造の全てを担ってくれた『桔梗』がそう言うなら、無下にはできない。
仕方が無いので―――ユリはこの都市に『ユリシス』という名前を付けた。
湖が湛える蒼が、オオルリアゲハの翅の色味にも似ていると思えたからだ。
日本では『オオルリアゲハ』と呼ばれる蝶は、最も多く生息するオーストラリアでは『ユリシス』と呼ばれていると。昔読んだ何かの小説から知ったことがある。
なのでそこから、名前を使わせて貰うことにしたわけだ。
まだユリシスの人口は0人だけれど、百合帝国とニムン聖国の『探索者ギルド』で登録を済ませれば『転移門』を利用して自由に移動できる都市なので、訪問者が見込めないわけではない。
ユリシスの『迷宮区画』では、ユリタニアの各商会に今日から店舗を営業して貰うことになっているし、ニムン聖国の商会も数店舗だけ店を出してくれている。
もちろんユリシスの都市には、恒例の『屋台街』も用意されている。
普段は神都ユリタニアを拠点にしている屋台と、普段は聖都ファルラタを拠点にしている屋台。その両方が今日から、ユリシスでも営業を開始するのだ。
百合帝国の特産品とニムン聖国の特産品、その両方を自由に購入できるだけでなく、両国の料理も同時に堪能することができる希有な都市として、ユリシスは多くの人の興味を掻き立てることだろう。
―――無論、『迷宮地』の存在も忘れてはいけない。
少し前に行われた『大変革』により、この世界に住む人達には『職業』という、今までの『天職』とは別の恩恵が与えられている。
既に持っている『天職』を成長させ、また新たに取得した『職業』も成長させるべく『迷宮地』に挑もうとする人は、ユリが思っていた以上に多いようだ。
どうやらユリが先日、アルトリウス教皇の一行が『迷宮地』を探索し、魔物を討伐する様子を『放送』したことが、大いに百合帝国とニムン聖国の民に『迷宮地』への興味を植え付ける切っ掛けになったらしい。
ユリシスの『迷宮区画』を訪問する人の中には、普段着同然の格好をしながら、いかにも『とりあえず武器屋で買って来たばかりの手頃な剣』を腰に提げているだけの人も多いけれど。そうした素人感満載の人達でも、最も難易度の低い『迷宮地』の低階層であれば、無理のない冒険を体感することができるだろう。
どうせ誰でも最初は素人なのだから、それを恥じる必要など無いのだ。
それに痛みは生じても、死ぬことも無いのだから。今後も本格的に『迷宮地』に通い詰めるかどうかは、何度か探索の楽しさと苦労の両方を実際に経験してみてから、各々が決めてくれればそれで良いと思う。
先程ユリが、都市の中央に設けた『探索者ギルド』の視察に行ってみると。初日から探索者に登録した人達が大勢集まり、ギルド内は大変な賑わいを見せていた。
それでも初日から対応窓口が8つも用意されていたことで、利用客が混雑に陥ることもなく、ギルドとしての機能を問題無く果たすことができているようだ。
この辺りは、ギルドマスターを任せたソフィアの采配によるものだろう。
まだまだ歳若い少女なのに、本当に大した子だとユリは感心する。
各都市から集まってきた人達で大いに賑わいをみせる『迷宮区画』とは対照的に、『観光区画』の方は閑散としていた。
何しろ『観光区画』は、区画内に入るだけでも1日あたり『1万beth』の滞在費を取られてしまう。これは普通の人にとって大体4~6日分の給料にも相当する額なので、決して安いものではない。
但し入場さえしてしまえば、区画内には無料で利用できる宿も用意されている。だから普通の稼ぎの人でも、頑張れば偶になら『観光区画』を訪問して湖で泳ぎを楽しみ、リフレッシュすることができるだろう。
もちろん富豪や貴族の人達へ向けた、大変に豪華で立派な宿も用意されている。
その分、利用料金はかなりの高額になるけれど。是非ともお金持ちの人達にも、魅力的な都市区画にしたいものだ。
―――『観光区画』の中でも最高級のホテル、『ユリシス・バタフライ』。
そのホテルのプライベートビーチに、水着に着替えたユリの姿があった。
ユリシスの『観光区画』は、その全域が先の王国軍殲滅戦で出来た『湖』の上に造られているため、ここは間違っても『海』では無いのだけれど。
にも関わらず―――『ユリシス・バタフライ』ホテルの裏手側には、綺麗な白い砂浜が広がっていた。
これは先日、ユリが使役獣を飛ばして南方遠地の海岸を『転移ポイント』として登録した上で、何人かの『撫子』を連れて転移。〈侍女の鞄〉に限界まで収納した海岸の砂を運んできたことで、人工的に造った砂浜になる。
この砂浜とホテルで、ユリは丸一日の休暇を楽しむ予定になっていた。
というのも以前に、謁見の間で『桔梗』の子達に何か希望の『褒美』は無いかと訪ねた時に、隊長のメテオラが最後に要望したことが『湖を利用した新都市が完成したら、姐様と一緒に休日を過ごしたい』というものだったからだ。
なので今日のユリのすぐ近くには『桔梗』24人全員の姿もある。
今日は泳ぎを楽しんだり、ゆっくり休憩したりしながら、丸一日『桔梗』の皆と一緒に遊んで過ごす予定なのだ。
「姐様! 向こうの湖岸まで一緒に泳ぎましょう!」
「ええ、良いわよ」
『桔梗』の一員であるラリベラから誘われて、ユリは快諾する。
普段のユリは幾つかの装備品の効果により、[筋力]や[敏捷]といった身体能力値が『0』に下がっていることが多いのだけれど。流石に水着姿である今はその手の装備品も全て外しており、運動に支障はない。
魔法系の職業とはいえ、レベル200ともなれば、身体能力値はかなりのものになる。ユリはラリベラが指差した湖岸へ向けて超速度で泳ぐけれど―――やはり、身体能力という意味では建築職の『桔梗』にはまるで敵わず、大差で敗北した。
「流石ね、ラリベラ」
「ありがとうございます!」
「疲れたから、帰りはラリベラの背中に乗せていってくれる?」
「はい、姐様! 喜んで!」
というわけで湖岸からの復路は、平泳ぎをするラリベラの背に乗って移動した。
水面を安定した軌道で進むラリベラの姿と、周囲に広がる景観を堪能しながら。
竜宮城へ行く時って、こんな気分なのかな―――と、ユリは何となく思う。
「姐様! ビーチバレーしましょう!」
「良いけれど……頑丈なボールが必要そうね」
「ちゃんと事前に『竜胆』へお願いして作って貰いました!」
泳ぎから戻って来るなり、今度は別の子達に誘われたので。砂浜でビーチバレーを楽しむことにした。
どうしても『桔梗』の子達に較べると身体能力で劣るので、ユリが参加した側のチームが一方的に敗北する展開ばかりが続いたけれど。それでもユリは、水着姿の可愛らしい嫁達に囲まれて、最高の幸せを堪能していた。
「姐様! 一緒におっきな砂の城を作りましょう!」
「却下」
「えー!? な、何で私だけ却下なんですかー!!」
ビーチバレーが終わった後に休憩していた所を、『桔梗』隊長のメテオラからそう誘われたけれど。ユリは迷うことなく、即座に提案を却下する。
もちろん、別にメテオラからの提案だから却下した、というわけではない。
(あなた達が作ったら、絶対に『砂の城』が洒落では済まなくなるもの……)
ユリは内心でそう思い、嘆息する。
普通は『砂の城を作る』といえば、数人掛かりで両手に収まるぐらいのサイズの城を作ることを指すのだろうけれど。―――『桔梗』の子達が参加すると、絶対にそうはならないとユリには断言できた。
なぜなら『桔梗』の子達は、それこそ『砂』だけを材料にして1/1スケールの『城』を築けてしまうほどの腕前を、どの子も持っているのだから。
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お読み下さりありがとうございました。




