94. 賢明なる使者(下)
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冬の訪れがもう明日に迫った『秋月40日』。
この日―――ここ最近『桔梗』の子達が全力で取り掛かっていた『新都市』が、とうとう完成した。
都市の設計案がユリに提出されたのは『秋月16日』だった筈なので、着工から僅か3週間という超短期間で完成したわけだ。高度に発展した現代日本の建設技術をもってしても、こんな無謀な工期では到底成し得ないことだろう
しかも新都市の規模はユリタニアと同等かそれ以上のもので、大体6万人ぐらいまでなら余裕で住めるように設計されているらしい。
もっとも―――許容量に余裕があるぶんだけ、当初の人口が少ない内には閑散とした印象を与える都市になりはしないかとも、ユリは危惧しているのだけれど。
新都市は『観光区画』と『迷宮区画』に別れており、前者は主にオーレンスが会頭を務める『ヘイズ商会』が、後者は主に『探索者ギルド』がそれぞれ当該区画の管理運営に関わることになっている。
この『探索者ギルド』というのは、新都市を『迷宮地』が売りの都市にする上で必要になると考え、ユリが命じて新しく組織させた機関になる。
なので当然、この世界に元々ある『掃討者ギルド』とは何の関係も無い。
既に他国で掃討者として活動している人でも、新都市で『迷宮地』を探索するなら、必ず一度は『探索者ギルド』を訪問して、自身を『探索者』として登録しなければならない。
ちなみに『探索者ギルド』の『本部』はもちろん新都市に設けるけれど、百合帝国とニムン聖国の主だった都市の全てにも『支部』を用意している。
この支部でも『探索者』としての登録は行うことができる。そして登録した者には『探索者の指輪』という魔導具が与えられ、これを身に付けていると各都市から新都市まで一瞬で移動できる『転移門』の利用が許可される。
登録さえ済ませていれば誰でも『転移門』は利用できるので、実際に『探索者』として活動するかどうかは本人の自由だ。
中には観光目的―――特に『観光区画』へ移動するためだけに登録する、という人も居るかもしれない。
魔導具である『探索者の指輪』には、装備者が『迷宮地』の中で『どの魔物』を『何匹』討伐したかを記録する機能を備えさせている。
ユリは元々、これを『カメラ役』の使役獣に記録させようと考えていたのだけれど。それよりは討伐数を自動記録する機能を組み込んだ魔導具を用意し、探索者の各自に持たせる方が効率が良いと『竜胆』から提案があったのだ。
『探索者の指輪』には他にも幾つかの機能が持たせてあり、例えば指輪の装備者は自身を対象に〈鑑定〉スキルを用いた時のように、自分自身の詳細な情報をいつでも『視る』ことができるようになる。
各種能力値や生命力や魔力の残量が確認できるのはもちろん、その人が修得しているスキルの詳細情報を確認したり、次のレベルへ成長する為に必要な経験値の量を確かめることさえできるようになるわけだ。
但し『視る』ことができるのは自分自身だけに限定されている。誰にでも他人の実力を正確に測ることができるようになると、それはそれで犯罪を助長する可能性があるように思えたからだ。
また指輪を提示すれば、新都市の中で営業されている商店で『探索者ギルド』に預けているお金を自由に使えるようにする機能―――現代で言う『電子マネー』とほぼ同等の機能も組み込まれている。
当面は新都市にある店だけでしか使えないが、ゆくゆくは百合帝国の全都市でも使えるようにするつもりだ。指輪は最初に登録した本人にしか使用できないものなので、これが普及すれば現金を持ち歩く必要が無くなり、現金を他人に盗まれたり奪われたりすることもなくなるだろう。
色々と便利に使えるものなので、今後これが周知されていけば『探索者の指輪』を貰うのを目的に、自身を『探索者』として登録しようという人も増えていくかもしれない。
―――むしろ、それが狙いでもある。
常に自分の状態を『視る』ことができるようになれば、人は自分のことについて無関心のままではいられなくなるものだ。
レベルを成長させて能力値を増やすことができれば、仕事の能率や日常生活の快適性が向上するなど、利点が多いことは割とこの世界でもよく知られている。
そのレベルアップまで『あと×××の経験値が必要』と明確に数値で確認できるようになると、それが動機となって『迷宮地』に潜ってみよう―――と思わず考えてしまうような『ゲーマー気質』な人が、絶対この異世界にも沢山居るだろうと、そうユリは思っているのだ。
そういう人達に是非とも『迷宮地』を攻略して貰い、そこから生産された魔物の素材を大いに国に齎して欲しいと、ユリは期待している。
最初の数ヶ月、あるいは少なくとも数週間ぐらいは、それこそ閑散としているかもしれないけれど。『転移門』で接続された、百合帝国とニムン聖国の各都市から恒常的に人が訪ねてくるようになれば、新都市が賑わうのは時間の問題だろう。
言うまでも無く、特に賑わうのは『観光区画』ではなく『迷宮区画』の側だ。
なればこそ―――その『迷宮区画』を管理する『探索者ギルド』は、新都市では絶対的に大きな力を有する組織になる。
ユリはその責任者を、できればルベッタかアドスに任せたいと考えていた。
『百合帝国』の誰かに任せてしまうと、その組織が『ユリの利益』を最優先に考えて行動するものになるのは目に見えている。なので出来ることなら、信頼の置ける外部の人に任せるのが一番だと思うのだ。
けれどもルベッタとアドスの2人は、結構前に王国へ向かったまま戻って来てはおらず、頼ることができない。
なので、一体誰に任せたものか、と最近ユリは頭を悩ませていたのだけれど。
大変に『有能』であることが、元王国密偵の人達から報告されている数々の証言により、明確に立証されている人材が。あろう事か、あちらから転がり込んできてくれたのだから―――これを利用しない手はない。
ユリは午前中の執務を終えた後、転移魔法を行使して『新都市』へと飛ぶ。
そして、新都市の中央にある『探索者ギルド』の建物へ入っていった。
勝手知ったる探索者ギルドの中を歩いていると。明日からの開業に備えて準備を行っているギルド職員の女性達が、ユリの姿を見つける度に深々と頭を下げた。
ギルドの職員は、元王国密偵の人達から都合した。機密を扱う組織になることが予想されるので、情報の扱い方を熟知しており、かつ『黒百合』の子達から調教を受けたことで百合帝国へ絶対の忠誠を誓ってくれている元王国密偵の人達は、非常に都合が良かったのだ。
そんな職員の人達に会釈し、小さく手を振りながら。ユリは『探索者ギルド』の8階へと移動し、その一番奥にある部屋のドアを二度ノックした。
10秒程の間があって、部屋のドアが内側からゆっくりと開かれる。
そこには昨日、ユリから『探索者ギルド』のギルドマスターとして任命されたばかりの少女―――ソフィア・テオドールの姿があった。
「お待ちしておりました、ご主人様」
「……今日訪ねる約束などは、特にしていなかった筈だけれど?」
「きっと来て下さると、私が勝手に期待しておりましたので」
ソフィアはそう告げて、にこりと微笑む。
その笑顔を見て、ユリは率直な好意を抱いた。……抱いてしまった。
まだ26歳に過ぎない―――ユリからすれば『12歳』程度にしか見えない程の稚い容貌をした少女は。その若さにありながら、既に人の心を掌握する術を心得ているのではないだろうかと、そんな風にさえ思えてしまう。
「あまり嬉しいことを言わないで頂戴。押し倒してしまうかもしれないわよ?」
「私はご主人様に貰って頂いた『奴隷』ですので、それもお役目の内でしょう。お許しを頂けますなら、喜んで奉仕させて頂きますが」
ユリの言葉にそう即答するソフィアの表情は、どう見ても裏表が全く存在しない満面の笑顔にしか見えない。
それだけに、ユリは却って困惑してしまう。ソフィアがユリに愛想良くしてくれるのは、あくまでもそれが『公国の利』になるだろうと、彼女が考えているからに過ぎない筈なのだが。
何故なのか―――ソフィアが自分に寄せてくれる気持ちが、『百合帝国』の皆と同じ類の好意であるように、ユリには思えてならなかった。
「どうぞ中へお入り下さい。いま温かいお茶を用意させて頂きますので」
「ああ―――淹れるのも手間でしょうし、私が用意するわよ?」
「そう言わないで下さい。折角得たスキルですから、活用して見たいのです」
ソフィアはそう告げると、どこからともなく2つのカップとティーポットを取り出し、部屋の中にある応接テーブルのほうへ手早くお茶を準備してみせた。
「そういえばソフィアは、〈侍女〉の職業を取ったのだったわね」
「はい。大変に便利で、早速恩恵に与っております」
〈侍女〉はレベル1の時点から〈侍女の鞄〉というスキルを修得でき、アイテムを時間を止めた状態で収納することが可能になる。
ティーポットの口が湯気を湛えていることから察するに、予め淹れたての状態のまま〈侍女の鞄〉の中へ収納していたのだろう。
何とも準備が良いことだ、とユリは感心する。
「公国より持ち込んだ茶葉で淹れたものですが、お味は合いますでしょうか?」
「ええ、とても美味しいわ」
「それは良かったです」
微かな渋味を伴うお茶だけれど。日本茶に近い味わいであるようにも感じられ、ユリの好みともそれなりに合致する気がした。
2口目を味わいながら、ユリが内心で(後で公国を訪ねて購入しておこうかな)と考えていると―――。
「ご主人様。いま私、下着の類を一切身に付けておりませんの」
「……っ!」
僅かに顔を赤らめながら、唐突にソフィアからそんなことを告白されて。思わずユリは少しだけ、口に含んでいたお茶を噴き出してしまう。
「き、急に何を言うのよ、あなたは……」
「ご主人様の『奴隷』になるのなら、これが当然の嗜みだと教わりましたので」
「……誰に?」
「カシア様とラケル様に」
「………」
ソフィアが挙げたのは『黒百合』の隊長と副隊長の名前だ。
どうやら先日の躾だけでは、彼女達にはまだ足りなかったらしい。
あとでもう1回泣かせよう―――と、ユリは心の中でメモを取る。
「ベッドの用意は隣室にできておりますので、よろしければいつでも」
「使わないわよ……」
「そうですか? 私としては冷たい床に押し倒して頂くというのも、それはそれで大変に興奮を覚えますので、大歓迎ではありますね」
「だから、しないってば……」
「私のスカートの中。本当に履いていないか、確かめてみたくは無いですか?」
「………」
そういうことを言われると、本当に確認したくなるのでやめて頂きたい。
確認したが最後、その結果がどうであろうと、ユリの自制が利かなくなることは目に見えていた。
もし全て判った上で誘惑しているのなら、本当に恐ろしい子だが―――。
「もちろん私は『奴隷』ですので、ご主人様からご命令を頂けますなら、今すぐに喜んでスカートの裾をたくし上げてご覧に入れることもできますが」
「……そもそも、私はソフィアを『奴隷』にするつもりなんて無いわよ……」
「では早く、ご主人様は私をどういう形で『貰う』のかを決めて下さいね。
『妻』でも『妾』でも、『臣下』でも、あるいは『養女』という形で貰うのでも構いませんが。ご主人様がそれをはっきりと決めて下さるまでは、私は『奴隷』という形でご主人様に貰って頂いたのだと、そう思うことに決めていますので」
くすくすと、嬉しそうに微笑みながらソフィアはそう告げる。
年端もいかぬ少女からいいようにあしらわれて。これでは一体どちらが『上』の関係なのか判らないなと、ユリは頭を抱えるしかなかった。
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