86. 新都市計画進捗(北部)
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「凄いねえ……。本当にたったの1ヶ月ぽっちで、こんなにも綺麗で立派な都市を造っちまったって言うのかい?」
「これでもまだ完成というわけでは無いらしいけれどね」
「私にゃあ既に完成してるようにしか見えないけどねえ……」
周囲一帯の景色を心奪われるように眺めながら、オーレンスがそう感嘆の言葉を漏らす。ユリもまた相槌を打ちながらも、その景観に見入っていた。
―――今日は『秋月33日』。
昨日の時点で『桔梗』隊長のメテオラから、「新都市の建設作業が、北側部分は迷宮地を除いて概ね完了しました」と報告を受けたので、早速今日は視察に来てみたのだ。
移動手段はもちろん転移魔法。先に使い魔を向かわせて『転移ポイント』を記録して貰えば、あとは魔法を使うだけでユリは簡単に移動できる。
魔法で移動するなら1人で行くのも誰かを随行させるのも同じことなので、折角だから今回は『ヘイズ商会』の会頭であるオーレンスを誘ってみたのだけれど。
「綺麗ね……! 一度でいいから、こんな所に住んでみたいわ!」
「湖面も透けるように綺麗よ! 早く泳いでみたいわね!」
「湖の上に浮いた街というのも、お洒落よねえ」
「この湖の中にお魚さんは棲んでいるのかしら? 釣ってみたいわねー」
「仄かに湿った風が心地良いわね。潮風じゃないというのも嬉しいわ」
すると―――オーレンスだけではなく、彼女の『親友』が5人付いてきた。
オーレンスの親友である女性達は、湖上に作られた新都市の『観光区画』の景観を眺めて、思い思いの感想を口にしている。
いずれも日本人の感覚で判断するなら、大体40過ぎぐらいの年齢に見えるマダムの皆様だ。もちろん実際には、こちらの世界の年齢だと全員が80歳を優に超えていることだろう。
それなりに年齢を重ねている割には、どの女性も随分魅力的であるようにユリの目には見える。
単純に彼女達が『歳を重ねていてもまだまだ美人』というのもあるけれど。それ以上に、どの女性からも『性的魅力』のようなものが強く感じられるのだ。
男の数人から十数人ぐらいは容易に手玉に取れそうな、そんな魅力の持ち主ですらあるように思える。流石は元娼婦の方々だ、とユリは内心で感心してしまう。
相応に歳を重ねた今でさえ、強い魅力が感じられるのだから。おそらく彼女達が若かった頃にはもっと、強烈な『魔性』の魅力があったことだろう。
―――実際、オーレンスから聞いた話によると。彼女達は10年ほど前までは、オーレンスが経営する各娼館でそれぞれに圧倒的なトップに君臨しており、多大な稼ぎを生み出していた女性達らしい。
そんな彼女達も現在では娼婦稼業から退き『ヘイズ商会』の幹部を務めている。
なので今回は『ヘイズ商会』会頭のオーレンスと一緒に、その幹部5名を伴っての視察というわけだ。
「ほら、お前達! 景色に見とれるのも良いけれど、まずユリ様にお礼を言うべきじゃあ無いのかい!」
「………! そ、そうでした、私ったらつい」
「ユリ様、先日は『若返りのお薬』をありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「もう少し若返れば、すぐにでも現役に返り咲けそうです!」
オーレンスに促されて、5名の幹部女性達が深々とユリに頭を下げた。
どうやら先日オーレンスに預けた『変若水』は、無事に親友である彼女達に手渡されたらしい。
『変若水』は飲んだ者の年齢を『1歳』だけ若返らせる効果がある。
いや―――厳密には『365日』分若返らせる効果を持つので、1年が160日しかないこの世界だと『2歳と1ヶ月』程度の若返り効果がある。
短期間での連続服用は推奨しない旨を告げてあるので、まだ彼女達が服用したのは1本だけだろうけれど。それでも充分に実感できる効果が得られたことだろう。
「あれはオーレンスの忠誠を『買う』ための対価だから、別に私に礼を言う必要は無いのよ?」
「そういうわけには参りません。こうして恩恵を頂戴した以上、私達の忠誠もまたユリ様に捧げられるべきでしょう」
5名の幹部の中でも、特に礼節が板に付いている女性がユリにそう告げた。
彼女はエイレーネという名の女性で、オーレンスの親友の中でも特に付き合いが長い相手らしい。年齢もオーレンスと同程度らしいので、それなりの老齢に達している筈なのだけれど―――全くそうは見えない。
多分ユリはエイレーネに迫られれば、すぐにベッドへ誘ってしまうことだろう。
そう思えてしまうほどに、強力な美貌と魅力が彼女からは感じられた。
「ふむ……。私に少しでも感謝してくれるというのであれば。エイレーネ、貴女がこの都市で『高級娼館』を経営してみてくれないかしら?」
そう告げながら、ユリは『観光区画』の一画に建てられた、ちょっとした宮殿にも思える程の立派な建物を指差す。
あの建物こそ、この新都市で『高級娼館』用の店舗として利用されることを想定して建てられたものだ。『贅沢』感を演出するために、屋根から外壁に至るまで相応に豪奢な造りにして貰っている。
「こ、高級娼館、で御座いますか? 確かに建物は高級なようですが……。高級と言いますと、お客様からどの程度の料金を頂戴するご予定なのでしょう?」
「そうね、1晩で大体4万から。貴女が客を取るなら20万bethぐらいかしら」
ユリの言葉を受けて、エイレーネもオーレンスも、そして他の4名の幹部女性達も目を丸くしてみせた。
以前オーレンスから聞いた話によると、娼館の料金相場というのは大体、娼婦に1晩の相手をして貰って2000beth程度だという。
なのでユリが提示した金額は、相場の20倍から100倍にも匹敵するものだ。
それがいかに無茶な料金設定であるかは、最早語るまでも無い。
「……失礼ながら、娼婦に払う金額としては有り得ません」
「ええ、そうかもしれないわ。だけど―――『世界で最高の娼婦』が買えるなら、この金額でも気兼ねなく払う富豪や貴族は幾らでも居ると思う」
「世界で……? それはまた大きく出ましたね」
「エイレーネになら可能だと、そう私は言っているのだけれど?」
ユリの言葉に、再びエイレーネが瞠目する。
エイレーネはまるで貴族女性のように洗練された礼節と風格を身に付けていながら、しかしこの場のどの元娼婦より、圧倒的に強烈な性的魅力も醸し出している。
彼女が『変若水』で全盛期の若さを取り戻し、更にそこへ『竜胆』のルピアが開発した、最先端の化粧品も加われば―――。
彼女こそ『世界で最高の娼婦』になれると。そうユリには確信できた。
「私に、それ程の価値があると……?」
「あるわね。私が保証する」
自信なさげなエイレーネの言葉に、ユリは強く断言する。
ユリは元々『観光区画』に高級娼館を用意すること自体は考えていたけれど。それでも本当は、今日の時点ではここまで踏み込んだ提案をするつもりは無かった。
なのに今こうして、エイレーネを説得してしまっているのは。偏に、彼女を見てユリが『最高の素体だ』と思ってしまったからだ。
エイレーネの助力さえ得られれば、ユリが漠然とイメージしていた高級娼館よりも更に、一段階上のものが完成できる確信がある。
彼女なら間違いなく『娼館の女帝』になれると。他でもなく『女帝』であるユリには、そう思えたのだ。
「まあ、今すぐ決めろなんて言わないから。少し考えてみて貰えるかしら?」
「は、はい……」
「好い返事を期待しているわ」
先日オーレンスと出会えたことは、ユリにとって僥倖とも思える程に有益なものだったけれど。もしかすると―――今日エイレーネと出会えたことは、その上をいく多幸でさえあるのかもしれない。
まさかオーレンスが話していた『親友』の中に、これほど際だった逸材が居るとは、ユリも想像していなかった。
「えー! エイレーネ姉さんばっかりずるーい!」
「ユリ様、私達にも何か無いんですかー?」
「あら、勿論幾らでもあるわよ? だって私は、都市のこの区画で行う商売の殆ど全てを『ヘイズ商会』に一任しようと考えているから」
ユリの言葉を受けて、最早何度目か判らない瞠目の表情が場に溢れる。
オーレンスが眉間を押さえながら、低い声色で言葉を漏らした。
「……待ちな。それ、初耳だよ?」
「そうでしょうね。だって、いま初めて言ったもの」
笑顔でしれっとそう告げるユリに、オーレンスが頬の端を軽く引き攣らせる。
ユリはこの新都市の『観光区画』を、富豪・貴族を相手にした流行の発信都市にしようと考えている。
具体的には『高級娼館』を寄せ餌に国内外の富豪・貴族の当主男性を引き寄せ、付帯する婦人や令嬢を都市の店舗で魅了し、足繁く通わせるつもりでいるのだ。
先日開発した『化粧品』も、そのための布石の1つに過ぎない。
化粧品自体はユリタニアでも販売する予定だが、特に最高級の化粧品についてはこの新都市の『観光区画』でしか手に入らない物にする予定だ。
また、都市には『竜胆』の子がデザインを起こし、『ロスティネ商会』の職人が縫製を行ったドレスを販売する『高級服飾店』や、やはり『竜胆』のルピアが開発した霊薬を利用した『高級エステ』の店舗なども設けるつもりでいる。
美に興味が無い女性など存在しない。まして富裕層となれば尚更だ。
この新都市でしか購入や体験ができない、女性の美を引き立てる最高級の商品や各種施設を取揃えれば、貴族夫人や令嬢の心を虜にするなど造作もないことだ。
そして男性もまた、自身の妻や娘がより美しくなることを喜ばない筈も無い。
『観光区画』の景観の中を歩きながら、ユリがそうした計画についてひとつずつ説明していくと。最後まで傾聴してくれたオーレンスや幹部女性の全員から、すぐに色好い返事を貰うことができた。
何しろ、この新都市が流行の最先端になり、その全てを『ヘイズ商会』が扱うとなれば。商会の会頭や幹部である彼女達は、この都市内にのみ存在するあらゆる恩恵を、その身に受けることができる。
繰り返すけれど―――美に興味が無い女性など存在しない。
まして、自らの『美』を武器に生きてきた女性ともなれば尚更のことだ。
「資金は幾らでも私が出すわ。どうかしら、夢があるお話だと思わない?」
「ヒヒッ。私らは長年娼婦として生きてきた人間ばかりだよ? 他人の心を掌握する愉しみを、世界で一番知っているのは私達さ。
―――こんなに面白そうな話を、他の誰かに取られたらと思うとぞっとしない。喜んでアンタの話に乗らせて貰うし―――今度は男だけに限らず、あらゆる女共も手玉にとってやろうじゃあないか」
カラカラと笑いながら、オーレンスがそう告げる。
商会幹部の女性達もまた、その言葉に全面的に同意していることは。彼女達が浮かべている妖艶な笑みを見確かめれば、瞭然なことだった。
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