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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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85. スキルの会得

 


     [2]



 本日―――『秋月28日』の午前9時を過ぎた頃、主神リュディナの手により、世界に『大変革』が実施された。

 異世界に『アトロス・オンライン』という架空世界のシステムが組み込まれ、実装されたわけだ。そう考えると、なかなか貴重な体験をしているようにも思える。


 とはいえ現時点でその事実を知っているのは、リュディナから神託を受け取った大聖堂に勤める高司祭ぐらいだろう。

 世界の規則(ルール)を書き換える『大変革』が行われても、この世界に住んでいる人達の目に、何か直接的な『異変』が見えるわけではない。

 多くの人達にとっては、今日もまた普段通りの日常の1日として過ぎて行く。


 もちろん今日以降は司祭や神官の人達が、神殿を訪ねてきた人達に説法を通して情報を拡散するので、事実を知る人は日を追って増えていくことになる。

 リュディナの推測では、今回の『大変革』の内容に関しては口コミでの情報拡散も期待できるため、1ヶ月も経てば大体の人には広まるだろうとの見立てだ。


 ―――但し『シュレジア公国』だけは除いて。

 アルトリウス教皇から『破門』を受けた彼の国からは、既に聖職者の大半が撤退してしまっている。空になった大聖堂では、誰も神託を広めてはくれないのだ。

 今回の『大変革』について、シュレジア公国の王侯貴族や市民が把握することになるのは、おそらくかなり遅れることだろう。


 ともあれ他の国では、今日からは大聖堂で儀式を受けることで『職業(クラス)』を1つ得ることができるようになったわけだ。

 もちろん『天職』とは違い、『職業』は最初から自分の好きなものを自由に選択することができる。

 『アトロス・オンライン』に実装されているプレイヤーが選択可能な『初期職』は全部で77種類。その全てが今回、この異世界に実装された。

 77もある中から自分の意志で1つを選ぶことになるので、悩む人は多そうだ。


 しかも、多くのMMO-RPGがそうであるように『職業』は一度設定してしまうと、2度と他のものへ変更することができない。

 中には〈盗賊〉や〈呪術師〉のように、犯罪に利用できそうな職業も幾つかあるけれど。選び直しができない以上、そうした『いかにも』な職業を選択する人は、きっと少ないのではないだろうか。


 逆に治療魔法が行使できる〈神官〉などの職業は、選ぶ人も多そうに思える。

 『アトロス・オンライン』では魔術の効果は[知恵]に、魔法の効果は[魅力]に大きく影響を受けるため、レベルが低く、能力値も低い間は魔法の回復量も微々たるものではあるけれど。それでも、今までごく一部の人にしか起こせなかった癒しの奇蹟が、今後は望めば誰でも行使できるようになるというのは大きい。


 『職業(クラス)』はもちろん、ゲームの時と同じように初期職を『レベル60』まで成長させると、そこから更に『上位職』へ転職することができる。

 但しリュディナの話によると、ユリや『百合帝国』の皆のように更にもう1段階上の『最上位職』まで転職することは、暫くは不可能にする予定らしい。

 これはリュディナが『最上位職』への転職を許可したくない―――というわけではなく。単純に「現時点でそこまで実装したとしても、どうせ転職可能なレベルに達する人など当分は出ない」と考えたからのようだ。


 また、『アトロス・オンライン』では最初の時点では『レベル100』が上限となっており、それ以降は最大レベルまで育てたキャラクターを初期レベルに戻す、いわゆる『転生』と呼ばれる行為を経て、上限を『5レベル』分ずつ拡張していく必要がある。

 その辺りのゲーム的な仕様を、この世界に持ってくる上でどう調整するかという課題もあるため、リュディナはこの世界でも当面は『レベル100』を上限とし、それ以降の実装を急ぐつもりは無いようだ。


 昨日のユリは、リュディナが話してくれたこの辺の説明を、完全に他人事の気分で聞いていた。

 既に『職業(クラス)』を持っており、しかも極限の『レベル200』へ達してしまっているユリや『百合帝国』の皆からすれば。この世界でそれがどう適用されようとも、あまり関係の無い話だからだ。

 だけど実際には、今回の『大変革』は『職業(クラス)』の実装だけには留まらない。


 昨日リュディナは、ユリにこんなことも話していた―――。


「この世界に元々ある『天職』のシステムは、いま世界に適用されている部分には手を加えませんが、代わりに本人の努力次第でスキルや魔法・魔術などを独立して修得できるように追加のシステムを加えます」

「………? どういうことかしら?」

「例えば―――今までは〔剣術〕のスキルは、剣を扱う『天職』の所持者でなければ絶対に得られないスキルでしたが、これに別途のスキル修得手段を設けます。

 要は『天職』が何であるかに関係無く、剣を振る努力を地道に続けてさえいれば誰でも、今後は〔剣術〕スキルが修得できるようになるわけですね」


 つまり、いま世界に組み込んでいるシステム自体には手を加えたくないので、今後も『天職』が無作為(ランダム)抽選式なのは『仕様』のままだけれど。

 代わりに、特定のスキルや魔法・魔術に関連した訓練を積むことで、スキルを意図的に―――即ち、自分が欲しいと思うスキルを、事実上『任意に選んで』修得できるようにしたわけだ。




「早速『百合帝国』の中にも、スキルを会得した者が出たそうですよ」

「そうなの?」


 今朝の分の執務仕事を終えて。今日の『寵愛当番』である『撫子(なでしこ)』のヴィルレーとお茶をしていると、彼女がそんなことを教えてくれた。


「はい。『桜花(おうか)』副隊長のレンゲが〔疾駆Ⅰ〕というスキルを会得したそうです。彼女は毎朝、何時間にも渡ってユリタニアの水路沿いをランニングするのが趣味なのですが、その際にスキルを会得できたとか」

「なるほど。走ることに関連してそうなスキルだものね」

「はい」


 ちなみにスキルランク制も導入したらしいので、スキル名の後ろにローマ数字が含まれているのは、ランクが『1』の『疾駆』スキルという意味だろう。

 もちろん更に訓練を重ねれば、スキルランクをより高めることもできる。

 具体的にスキルランクの上限が幾つまでなのかはユリも把握していない。何故か訊ねても、リュディナが教えてくれなかったからだ。


「今日の午後は、スキルを得るつもりで何かやってみようかしら」


 幸い、今日の午後は何も予定が入っていない。陽が落ちた後に恒例の『放送』を行う予定はあるけれど、それだけだ。

 何ならレンゲと同じように、ひたすら走って過ごすというのも悪くない。


「ご主人様は何か、欲しいスキルが御座いますか?」

「ふむ、そうねえ……」


 改めて『欲しいスキル』は何か、と言われると少し考えさせられる。

 どんなスキルでも、手に入るならば欲しくはあるけれど。あえてひとつを挙げるとするなら……何が欲しいだろうか。


「〈料理〉スキルとか、ちょっと欲しいわね」

「なるほど、〈料理〉ですか。生産スキルには私も興味がありますね」

「そう? じゃあ今日はヴィルレーと一緒に、料理をして過ごしましょうか」

「わ、嬉しいです」


 両手をぽんと打ち鳴らして、ヴィルレーが嬉しそうに表情を綻ばせる。

 その幸せそうな笑顔が見られるなら、1日分の余暇時間を潰す価値があるというものだ。


「どうせなら、その場で誰かに食べさせたいわね。ヴィルレー、屋台の使用許可を1台分確保してくれる? 宮殿前の中央広場でこっそりやりましょう」

「承知致しました。ちなみにどのような料理を出すのでしょう?」

「そうねえ……。魔物の肉を使う屋台が多いでしょうから、逆に甘味系の屋台でもやりましょうか。食後にちょっと食べたくなる感じのを狙いましょう」


 屋台を経営する寡婦の人達に、魔物の肉を無償で提供している関係で、基本的に屋台は肉料理を出すものがほぼ全てを占めている。

 魔物の肉は美味しいけれど、そればかりというのも味気ない。少しぐらい甘味を提供する屋台があっても良い筈だ。


「甘味……。ケーキや焼き菓子を売る屋台ですか?」

「それも駄目では無いけれど。できれば屋台で調理ができるものが良いわね」


 『屋台露店キット』には魔導具のコンロが2つ付いているけれど、流石にケーキや焼き菓子を作れるような『オーブン』は備わっていない。

 屋台の醍醐味は、やはり客の目の前で調理した出来たてを、その場で提供できることにある。できればコンロだけで調理できる物のほうが望ましいだろう。


「とりあえずユーロに何か良い案がないか聞いてみましょうか」

「なるほど、賢明なご判断かと」


 ユリタニア宮殿で出される食事、つまり『百合帝国』360名分の食事は、その全てを〈耀食師(ビルスト)〉の職業を持つ『竜胆(りんどう)』のユーロが1人で作っている。

 彼女に相談すれば、屋台でも調理可能な良い甘味料理を教えて貰えるだろうし、その為に必要な材料も提供して貰えるだろう。


「食材はあなたに持って貰うけれど、大丈夫?」

「はい。収納枠には充分な余裕があります」


 〈神侍(テトラ)〉の職業を持つヴィルレーは〈侍女の鞄〉という大容量収納スキルを修得している。

 彼女に保管して貰えば一度に沢山の食材を持ち運べるし、収納している間は食材の鮮度も全く落とさずに済む。屋台を行う相棒としては頼もしい限りだ。


 早速ユリとヴィルレーの2人は生産棟の『調理場』へと移動し、そこの主であるユーロに相談を持ちかけた。

 既に夕飯の下拵えを始めていたユーロは、ユリの要請を快諾し、手だけは絶えず動かしながら相談に乗ってくれた。


「そうやねえ―――ちょうど渋抜きに下茹でまで済んでる小豆が大量にあるから、それを持ってって善哉(ぜんざい)を振る舞うとかどう? 切り餅も大量にあるし」

「あら、善哉は素敵ね。白玉粉もあるのかしら?」

「そっちは作らんと無いなあ。もち米自体はあるから、ユリ姉やんが作れ言うなら急いで作るよ?」

「……いえ、いいわ。季節的には白玉善哉のほうが合う気がしたのだけれど、別にこちらの世界にお月見の風習があるわけでもないし」


 何となくユリの中では、秋の善哉は白玉が主役で、冬の善哉は焼き餅が主役という印象があるが。とはいえ、この世界でその気持ちが伝わることは無いだろう。


「それに焼き餅入りの善哉って美味しいから、客受けが良さそうだもの。個人的には焼き餅を入れた善哉って、究極の甘味料理のひとつにさえ思えるわ」

「それは全く否定できんなあ」


 まあ―――焼き餅を入れようと白玉を入れようと、あるいは何も入れなくとも。ただ『善哉』であるというだけで、美味しいのもまた間違いないのだけれど。

 漢字で『()(かな)』と書くのは伊達ではないということだ。


 材料も都合出来たので、早速ユリとヴィルレーは宮殿前の広場に移動する。

 ユリタニアの都市中央に位置するこの広場は、最も多くの屋台が並ぶ激戦区でもある。それでも『甘味』を武器にするユリ達の露店なら戦えるだろう。


「―――ユリ様!」

「ユリ陛下! 今日は屋台を出される側になられるのですか?」

「ええ。よかったら後で食べに来て頂戴ね」


 今までの『放送』ですっかり顔を知られてしまっているユリは、広場で出逢う人達の殆ど全員から、挨拶の言葉を交わされる。

 幾つかの露店が気を利かせて1台分のスペースを空けてくれたので、有難くその場所に『屋台露店キット』を展開させて貰った。


 片方のコンロで善哉を作り、もう片方のコンロで切り餅を焼く。

 両方から提供用の椀に盛りつけて客に出す。―――うん、何とも簡単だ。


「私が餅を焼きますので、最初はご主人様好みの味で善哉を作って頂けますか」

「判ったわ」


 どうやらヴィルレーは、ユリが好む味付けに合わせてくれる意趣らしい。


 最初にユーロが下処理を済ませてくれている小豆を、少し取り出しチェックしてみると。苦みや舌への刺激が完全に抜けているし、煮えムラもなく丁度良い按配に火が通っていて芯までちゃんと柔らかく、完璧な出来になっていた。

 善哉を作る行程は、渋抜きと下茹でがほぼ全てを占めていて、両方を合わせると大体2時間ぐらいは掛かるだろうか。今回はユーロのお陰でそれを丸ごとスキップすることができるので、いきなり調味行程から入れる。


 ユリは大鍋に投入した下茹で済の小豆と煮汁に、砂糖を1kgほど投入する。

 ……今回みたいに沢山の善哉を一度に作る場合は、どうしてもこれぐらいの量が必要になるのだ。ちょっと引いてしまう量だけれど無心で大鍋を掻き混ぜていく。

 更に、塩もちょっとだけ加える。大体小さじ1杯ぐらいだろうか。これを入れておくことで、全体の味が良い感じに纏まってくれるのだ。


 ―――これだけで調理が完了するのだから楽なものだ。

 あとは椀に盛り、ヴィルレーが焼いてくれた切り餅を乗せて客に出すだけだ。


 小豆の良い香りにつられてか、すぐに客が集まってくるけれど。ヴィルレーが手際良く餅を焼いてくれることもあり、提供はかなりスムーズに行うことができた。

 1時間もしないうちに大鍋が空になったけれど、10分も客を待たせれば、先程の調理行程を繰り返して再び提供することができるようになるのだから強い。


 夜7時になって以降は『放送』も兼ねながら、更に善哉を振る舞い続ける。

 ユリタニアでは屋台がすっかり一般的なものになっているけれど。屋台を営業する側の視点で『放送』を行うのは初めてなので、視聴者も少しは楽しめる『放送』になったかもしれない。

 途中で百合帝国の皆や、リュディナとアルカナの分体なども食べに来てくれた。

 バダンテール高司祭に至っては6杯も食べていた。相変わらずの健啖家ぶりだ。


 結局―――夜の10時頃にはユーロから貰っていた小豆も尽き、そこで販売終了ということにした。


「ご主人様、お疲れさまでした」

「ヴィルレーもご苦労さま。偶にはこういうのも楽しいわね」

「はい、大変貴重な体験でした」


 ヴィルレーとお互いを労い合いつつ、ユリは自分のことを〈鑑定〉してみる。

 すると期待通り、新しい『スキル』がちゃんと会得できていることが判った。




+----+


 〔製菓Ⅰ〕 - パッシブスキル


   菓子を作ることが得意になり、味が良いものを手際良く調理できる。

   製作した菓子にバフ効果が付与されることがある。


+----+




「………」

「………」


 思わずユリは、無言のままヴィルレーと顔を見合わせてしまう。

 どうやら―――得られたスキル自体は、ちょっと想定とは違ったようだ。





 

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