84. 天恵
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この世界には『天職』と呼ばれるシステムがある。
大聖堂に代表される神殿施設で儀式を受ければ、人は誰でも無作為に抽選された『天職』を、ひとつだけ得ることができる。
更に、その『天職』に関わりのある『スキル』を、大体1つから3つ程度得ることができる。また『天職』は才能の種であるため、経験値を積んでレベルを成長させれば、更に追加で『スキル』を修得していくこともできる。
決して悪いシステムではないのだけれど。一番の問題点は、得られる『天職』を自由に選べないということだろう。
一応、最後に『天職』を得てから1ヶ月以上経てば、儀式を受け直して『天職』を貰い直す―――つまり『再抽選』することも可能ではある。
とはいえ『天職』には少なくとも150種類以上があるらしく、何度も再抽選したからといって望んだものが得られるとは限らないのだ。
けれど、これについて民衆が不満を口にすることはない。
『天職』は神から与えられる恩恵なのだから、感謝こそすれ、文句を言うなんてバチが当たる―――そうした考え方が人々の中に根強くあるからだ。
だから多くの人は望んだ『天職』が得られずとも、それに妥協して生きることを選ぶ。むしろ望まぬものであろうとも、与えられた『天職』こそが神が指し示した道なのだと解釈し、憧れていた未来を諦めてしまう人もいるぐらいだ。
料理を作る仕事がしたかったけれど、得られた『天職』が〔鍛冶師〕だったので仕方なくそっち方面の仕事を探しました。―――そんな人は珍しくも無い。
―――予てより、これを不満に抱いていたのが『楽神アルカナ』だ。
『娯楽』を司る主神であるアルカナは、人々が人生を謳歌し、日々を楽しく生きてくれることを願う。
彼女からすれば、望まぬ職業に仕方なく就労する人達を多く生み出す『天職』のシステムは、到底納得のいくものでは無かった。
アルカナは『神域』の庭園でお茶をするたび、話し相手であるリュディナへこのことについて愚痴ることが多かった。
そうするうちに―――いつしか『天職』システムを改善することは、アルカナの願いであると同時に、リュディナの願いにもなっていた。
癒しの神であるリュディナからすれば、親友のアルカナの心を痛ませる懊悩が、彼女の内から『治療』されることを願わずにはいられなかったからだ。
「というわけで、ユリ。私は明日『大変革』を実行しようと思います」
「そう、頑張ってね」
ふんす、と気合を入れて宣言したリュディナに対して。ユリが返した言葉は、何とも素っ気のないものだった。
『大変革』とは、主神が行使する最上位の奇蹟の1つであり、この世界の規則を書き換えるという、非常に大きな効果を発生させるものだ。
今回の大変革を実行するために費やされる『信仰心』は、全てユリが稼いだものらしいけれど。とはいえ、そもそもユリは『信仰心』の使途自体に関心がない。
ユリはただ『信仰心』を譲渡することで、リュディナに恩返しができればそれで構わないのだ。リュディナがそれをどう使おうと、ユリにとってはどうでも良いことではあった。
それに今回の大変革は、この世界に『アトロス・オンライン』のゲームにあった『職業』システムを実装するものだと事前に説明を受けている。
『天職』システムに不満があるので改善したいとは思っていても、既に定着してしまっているシステムを一度この世界から引き剥がし、修正を加えて新たに施行し直すという一連の行程を行うと、コストがかなり嵩んでしまうらしい。
それよりは『天職』とは別のシステムを組み、単に世界に『追加』するほうが、実施コストが遙かに安く済む。なのでリュディナは、嘗てユリの願いを聞き届けて百合帝国の皆をこの世界に転移させる際に得ていた、『アトロス・オンライン』のゲームシステムの知識を流用し、そのシステムをこの世界に導入することで、問題の解決を試みようとしているわけだ。
それ自体は結構なことだと思うし、ユリも応援はしている。
ただ、元々『アトロス・オンライン』のゲームキャラクターであるユリや百合帝国の皆は、当然ながら既に『職業』を持っている(しかもレベル200)ので、今回の大変革の影響を受ける立場に無いのだ。
なのでユリが全く関心を持てないのは、ある意味仕方の無いことではあった。
「折角の機会ですので、ユリも自分の『天恵』を何か作ってみませんか?」
「……その『天恵』というのは何かしら?」
「自分の信徒にのみ与えられる特別な恩恵のことですね。折角ユリを信仰している人達が大勢いるのですから、少しは返してあげるとよろしいのでは?」
詳しくリュディナから話を聞いてみた所、要するに『天恵』とは『主神の中で誰を最も信仰しているか』によって信徒に自動的に与えられる『魔法』や『スキル』のことであるらしい。
例えば、リュディナを最も信仰している信徒は【鎮痛】の魔法や〔癒しの手〕というスキルを得ることができる。
前者の魔法は掛けた相手が感じている『痛み』を暫くの間和らげる効果があり、後者のスキルは怪我を負った時に手で患部に触れることで出血が早めに止まったり、自然回復が少し促進される常時発動の効果があるらしい。
こうした天恵は、特に危険に立ち向かう機会が多くある掃討者にとっては大変に有用なものだ。もちろん日常生活で怪我をするのは誰にでも有り得ることなので、掃討者以外も持っていて損は無い恩恵だと言えるだろう。
アルカナの場合は信仰することで〔楽器演奏〕や〔快眠〕、〔酒の喜び〕などのスキルが得られる。
〔楽器演奏〕は文字通り様々な楽器をある程度演奏できるようになるスキルで、同時にある程度の音感も身につくらしい。
〔快眠〕は快適な睡眠を取ることが容易になり、翌朝の目覚めが良くなるスキルだ。〔酒の喜び〕は飲酒時に丁度良い酔い具合が維持され、翌日の二日酔いとも無縁になれるスキルらしい。
どれも地味ではあるけれど、あると嬉しい恩恵ばかりだ。
だからこの世界の人達の中には、得られる『天恵』を品定めした上で、信仰する主神を選ぶ人も少なからずいるらしい。
「今のところ、ユリを信仰しても得られる『天恵』が何もありませんからね。折角ですから何か考えて、少し信徒に返してあげると良いでしょう。『天恵』を幾つか作る程度でしたら『信仰心』も大して消費しませんので」
「ふむ……。作るのはどんな『天恵』でも構わないのかしら?」
「ユリは『愛の女神』なのですから、やはり『愛』に関連するものでしょう」
「………」
そもそも何故自分が『愛の女神』なのか、ユリは未だに納得できていなかったりするのだけれど。確かにリュディナの言う通り、主神が信徒に対して自身が司るものと無縁の『天恵』を与えるというのは、何か違うような気もする。
とはいえ―――『愛』に関連するスキルや魔法って一体何なんだ。
(……ああ。そういえば、オーレンスが少し困っていたわね)
不意にユリは先日、娼館を経営する『ヘイズ商会』会頭のオーレンスと会話した時のことを思い出す。
正式に麾下に加わったこともあり、宮殿に来てユリと歓談を交わす機会が増えたオーレンスは、娼館を経営する上での様々な話を聞かせてくれているのだけれど。その話の中のひとつに『王国から輸入していた避妊薬が全く手に入らなくなった』というものがあった。
その理由は考えるまでも無く、王国が『崩壊』したことにある。
更に言えば、ユリが骸骨兵を送ったことが直接的な原因でさえあった。
娼館は基本的に男女の交合を売りにする場所なので、避妊薬が利用できなければ経営が成り立たない。
備蓄量がそれなりにあるので現時点ではまだ営業ができているものの、このまま再入手ができなければじきに店を畳むことになる―――と、オーレンスは少し悲しそうに漏らしていた。
ユリはそれを『竜胆』に避妊薬を作らせることで解決しようと考えていたのだけれど。折角の機会なので、試しに『天恵』で解決を試みるのも良いかもしれない。
―――というわけで、早速作ってみたのが〔避妊〕スキル。
自由にオン/オフを切り替えることができる半常時発動型のスキルで、これがオンになっている間は『絶対に妊娠することがなくなる』という判りやすい効果がある。
これがあれば、娼婦の人達も安心して仕事に励むことができるだろう。
この『天恵』の製作で消費された『信仰心』は、ユリが大体2~3日で稼ぐ程度の量でしかないらしい。どうやら想像していた以上に『天恵』の作成にはコストが掛からないようだ。
なのでついでに〔愛の加護〕というスキルも作ってみた。
こちらは切り替え機能無しの常時発動スキルで、効果は『強く愛している相手の[加護]を少しだけ増加させる』というもの。
小さな効果ではあるものの、[加護]の能力値が増加すれば運が良くなり、不運にも見舞われにくくなる。地味ながら有益な効果だと言えるだろう。
また[加護]は状態異常の抵抗に使用される能力値なので、高ければ病気などにも罹りにくくなる。愛する相手が健康を保ち易くなるというのは良いことだ。
ちなみにこの天恵の製作で消費した『信仰心』も、やはり微々たる量だった。
調子に乗ったユリは、更に〔愛情の結び〕というスキルも作成する。
こちらも〔避妊〕と同様にオン/オフを自由に切り替えることができるスキルなのだけれど、効果は〔避妊〕と真逆に近くて『愛の深さに応じて自身が受胎する、または相手が受胎する確率を上げる』というものだ。
片方だけでもそれなりの効果があるし、夫婦が揃ってユリの信徒である場合にはかなりの確率上昇が見込める。また、その結果『産まれる子が元気で健康になり、出生の際の危険も少なくなる』という効果も加えておいた。
流石に効果が多いせいか『信仰心』はちょっと多めに消費したけれど、それだけ面白いスキルにはなったと思う。
リュディナもまた「子を喪う親の悲痛が少しでも世界から減るのは望ましいことです」と、全面的に肯定してくれた。
「では、ユリが作った『天恵』については、明日『大変革』のことについて世界中に神託を出す際に、一緒に通達しておきますね」
「……ええ、判ったわ」
自分が『愛の女神』であるという事実は、未だにユリにとってはちょっと恥ずかしく思えることなので、できれば広めて欲しくは無かったけれど。
とはいえ、『天恵』を3つも作っておきながら、周知を辞退するというわけにもいかないだろう。仕方なくユリはリュディナの言葉を受け容れた。
―――ところで。この世界に於いて、貴族の元に嫁ぐ女性に最も求められる役割とは、何と言っても『子を産むこと』である。
逆に言えば、その役割を果たすことが出来ない夫人は、例え正室であろうとも、すぐに貴族社会では無能同然のレッテルを貼られることになる。それ程に貴族社会に於いて『子を儲ける』というのは重大事であり、必要なことなのだ。
だから貴族婦人の女性方は、子を成す努力を重ねることに余念がない。睦事の回数を最大限に増やすのはもちろんのこと、出産時の危険を減らすための運動なども毎日欠かさずに行う。
更に夫には精力が、自身には体力がよく付く食事を徹底させることも忘れない。そのために専門の料理人を雇うことさえあるぐらいだ。
そうした貴族婦人の人達にとって、ユリが調子に乗って作った〔愛情の結び〕のスキルは、正しく福音となり得るものだった。
―――この時のユリはまだ知らなかったのだ。
まさか翌日、リュディナが神託を出すと同時に、世界中の王侯貴族の夫人から、自身に圧倒的な信仰が集まることになるだなんて―――。
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