83. 忠実なる臣下の共謀(後)
「私はエルダード王国に、百合帝国への派兵に反対する『融和派』が存在することを調べ上げたあと、まずその事実を『睡蓮』隊長のセラ様に伝えました」
「確かに当時、そのお話をパルティータ様から伺ったことがあります」
パルティータの言葉を、セラが即座に認める。
「ですが、私は何もしていません。王国が出兵を取り止め、我が国に融和を持ちかけてくるのであれば、それはそれでユリ様も良しとするような気が致しますし」
「そうですね、セラ様は何もなさいませんでした。次に私はその事実を『黄薔薇』隊長のヘンルーダ様にもお伝えしました」
「確かに当時聞きましたね。私は王国が戦争を吹っ掛けてきてくれた方が、結果的に百合帝国の国土が増えて『ユリ様の大きな利益になる』と判断しましたので、少しばかり行動に移しました」
「具体的にどのようなことをなさったのか、皆様に説明して頂いても?」
「大したことは何も。王国の融和派を何人か葬った程度ですよ」
パルティータに促され、何でも無いことのようにヘンルーダがそう回答する。
『融和派』が『主戦派』に対抗できる程の発言力を有していたのは、王国の宰相を務めるロートナー侯爵が信仰に厚い人物であり、『融和派』の旗振り役を担っていたからだ。
王侯貴族の重鎮であるロートナー侯爵が派兵に猛烈な反対を提唱すれば、伯爵以下の貴族は声を窄めるしか無くなるのだ。宰相に睨まれることは、即ち己の地位を脅かされるリスクを負うことと同じ意味を持つのだから。
にも関わらず―――王国軍が速やかに送られて百合帝国の国土を侵犯したのは、ロートナー侯爵を筆頭に『融和派』の主だった面々が、悉く暗殺されたからだ。
凶器は王国軍に配備された一般的な『矢』だったので、誰が犯人なのかは最後まで判らないままだった。なので王国の中では、痺れを切らした『主戦派』の誰かが殺ったのだろう、と結論づけられたのだが―――。
その暗殺の実行者こそ、ヘンルーダ率いる『黄薔薇』に他ならなかった。
『黄薔薇』が放つ矢には風と大地の精霊の加護が付加されるため、風と重力の影響を一切受けることなく高速で飛び、超遠距離の対象も容易に射貫く。
また〈精霊の矢〉というスキルで矢自体に何らかの精霊を宿らせることもでき、この場合は矢自体が意志を持って目標に向けて強く誘導するようになるため、射出後に目標が移動した場合でも容赦無く命中する。
なので王国軍の矢さえ適当に調達すれば、射手が判らない距離から魔弾を放って要人を暗殺する程度は、『黄薔薇』にとっては容易いことだった。
「ちなみに私はセラ様とヘンルーダ様だけでなく、王国の内情について『紅薔薇』隊長のプリムラ様にもお話ししました」
「ええ、確かに聞いたわね」
パルティータの言葉に、今度はプリムラも首肯する。
「もしかしてプリムラも何かしていたんですか?」
「王国貴族の感情を、魔法で焚きつけるようなことをちょっとね」
ヘンルーダに問われて、プリムラがそう回答する。
紅薔薇は〈六星賢者〉の職業を持つ者達で構成された部隊であり、魔術の行使能力に関しては百合帝国の中でも群を抜いて秀でている。
最も得意としているのは『広範囲攻撃魔術』だが、それ以外の魔術に関しても、別に不得手というわけではない。
紅薔薇は王国の城内全域に対して、毎日のように【範囲感情高揚】の魔術を行使することで、城内の者全てに『感情』を増幅する状態異常を密かに与えていた。
ニルデアの都市を奪われたことに対する王国貴族の『怒り』の感情を煽り、主戦への意欲を大いに焚きつけたわけだ。
「むう……紅薔薇が行動してくれるなら、暗殺なんてしなかったのに。露見すればユリ様に怒られる可能性が高いし、手を汚さないで済むならその方が良かった」
「私だって、黄薔薇が行動していると知っていれば行動しなかったわよ。わざわざ毎日魔術を行使するために『駆逐』を装って王国くんだりにまで足を伸ばすのは、結構面倒だったもの」
「―――とまあこんな感じに皆が、実はユリ様に内緒で好き勝手に行動していたりするわけです。どうでしょう、今回のように『全員の行動情報を共有する場』というのは、やっぱり必要だと思いませんか?」
そう言われてしまえば、ヘンルーダとプリムラの2人はぐうの音も出ない。
2人に続いて場の全員もまた、パルティータの言葉に首肯してみせた。
王国の主戦派を扇動していた事実が明らかとなったことを誘い水に、会合の場には更に多くの情報が溢れる。
例えば―――ユリが送り込んだ『骸骨兵』が王国の守備兵を全滅させ、王国内の首都を始めとした各都市を『崩壊』せしめた一件についても、多くの部隊が関与していることが明らかになった。
例えば『桔梗』は夜間に王国内の各都市が備える防壁に細工を行い、見ても判別できない形で耐久値を限界ギリギリまで削っておくことにより、後日骸骨兵の攻撃により防壁が容易く破壊されるように工作していた。
『撫子』は王国大聖堂地下に封印されている、アンデッド系の魔物を消滅させる魔力を秘めた『聖なる杖』を、『竜胆』が製作した偽物の杖にすり替えておいた。
『姫百合』は百合帝国から王国領に掛けて存在する魔物のうち、レベルが高めの個体を予め『駆逐』しておくことで、骸骨兵が王国まで移動する道中で魔物と争い兵数を減らされることを防いだ。
『桜花』は当時遠征中だった王国軍の部隊を密かに全滅させ、骸骨兵が首都を攻撃した際に、援軍に駆けつけられないようにしていた。
『黒百合』は自身が持つアンデッドを強化する能力を用いて、骸骨兵が王国の首都を攻撃する際にその戦闘能力を大幅に引き上げていた。
逆に『紅薔薇』は範囲弱体化魔術を行使することで、『紅梅』は呪詛結界を展開することで、王国軍の抗戦能力を低下させていた。
『黄薔薇』は王国軍の中でも際だって高い指揮能力を有する将軍を、やはり超遠距離からの狙撃で暗殺していた。しかも『竜胆』に依頼して誂えた『人骨を削って作成した矢』を用いており、骸骨兵が放った矢であるかのように偽装もしている。
『青薔薇』は離れた場所から王国首都近辺に存在する精霊を悉く支配し、王国軍が行使する魔法や魔術を自分たちに都合の良いように操作していた。火に弱いという判り易い弱点を持つにも拘わらず、王国軍が放った炎の魔術は骸骨兵ではなく、常に王国の兵を焼いていたのだから酷い話だ。
つまり―――『白百合』と『睡蓮』を除く全部隊が関与していたわけだ。
骸骨兵が王国軍の防備を破ったことに、当時のユリはかなり驚いていたけれど。
百合帝国が誇る12部隊の内、実に10部隊もが『骸骨兵が勝つ』ように工作を行っていたのであれば。むしろ『骸骨兵が勝って当たり前』ですらあったわけだ。
他にも、王国の村落が3日連続で百合帝国に恭順を申し出てくる、といったことも過去にはあったが、それにも多くの部隊が関与していた。
具体的には『ノトク』の恭順には動物素材を産出する村落を確保したい『竜胆』の関与があり、『シリン』には林業主体の村落を押さえておきたかった『桔梗』の関与が、『エラート』はいつか公国を相手にした戦争の橋頭堡に利用できるという観点から『姫百合』と『紅薔薇』が関与していたようだ。
各村落が3日連続で恭順してきたのは偶然のようだが。村落が自ら恭順を申し出たこと自体が、百合帝国が関与・扇動した結果であるのは疑いようも無い。
更には―――先日の公国から来た使者についても、複数の部隊が関与していた。
公国使者団一行の馬車が百合帝国の領土へ入るよりも前に、まず『撫子』がそれを察知し、情報を受け取った『黄薔薇』が夜闇に紛れて接近し、精霊魔法で使者団全員を深い眠りへと落とす。
『紅薔薇』が【精神探査】の魔術を用いて、使者のソフィア・テオドールの記憶を読み取って来訪の目的を調査し、ソフィアが『和睦の使者として来た』事実と、父親であるカダイン・テオドールから『和睦に際して公国の都市を2つまで百合帝国に割譲しても良い』という交渉裁量を与えられていることを知る。
更には『竜胆』が意識を朦朧とさせる薬を処方してソフィアに服用させ、『青薔薇』がソフィアの体内に宿る精神の精霊に働き掛けて記憶を改竄し、カダイン・テオドールから許されている和睦の条件を『謝罪のみで何も譲らず、敗北も認めず、痛み分けとする条件に限る』ものへと書き換えた。
―――この一連の流れだけでも、実に4部隊が関わっていたことになる。
また、それとは別に『黒百合』は【従者召喚】で呼び出したサキュバスの従者に能力値を吸収させ、ソフィアの[知恵]を『251』から『3』にまで低下させた。
ソフィアが失う分の[知恵]の能力値は、吸収を行ったサキュバスのものとなる。これは永続効果であり『状態異常』ではないため、ユリの【空間把握】の魔法や〈鑑定〉スキルで露見することはない。一応サキュバス自身が返還を行えば、元の持ち主に能力値を戻すこと自体は可能だが。
ソフィアは〈礼儀作法〉スキルを修得しているので、[知恵]が大きく引き下げられていても礼節のある会話を自然と行うことができ、頭の悪さが意外に判らない。
だが、ソフィアは知性は確実にレベル1の幼児並みにまで引き下げられている。謁見の場でユリに謝罪の言葉を述べること自体はかろうじて出来たものの、交渉らしい交渉が何も出来ず、呆然としていたのはこのためだ。
「あなた達、好き放題にやりすぎでしょう……」
「全くです……」
各部隊から一連の出来事について報告を受けて、ヘラとセラの二人が何とも言えない複雑な表情を浮かべながら項垂れた。
やりきれない表情とは裏腹に、部隊間を超えた情報共有の必要性は隊長12名によって強く認められ、深夜の密会は今後も継続して行われる運びに決まる。
但し、今後は『密会』や『会合』という言葉はなるべく使わないことになった。
彼女達の主君であるユリは聡明であり、勘も冴えているため、下手なことを言えば密会の件は簡単に露見することになりかねない。臣下達だけで勝手な行動をしている事実を知られ、信頼を失うリスクはなるべく抑えたいのだ。
なので今後は、密会のことを『YSK』という符丁で示すことに決まった。
ちなみにこれは『ユリ様に世界を征服して頂く会議』の略だったりする。
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お読み下さりありがとうございました。




