82. 忠実なる臣下の共謀(前)
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ユリタニア宮殿内の1階にある『小会議室』。
あまり広くはないその部屋の中に、いま『百合帝国』が誇る全ての部隊の隊長、全12名が集められていた。
本日は『秋月20日』。
いや―――つい先程『秋月21日』へと変わった。
つまり、時刻は深夜の0時を回ったばかりだ。宮殿内の多くの者がベッドで休息を取っているこの時間に、彼女達が敢えて密会を行うのには理由があった。
「本日は夜分遅くにお集まり頂き、ありがとうございます」
その場に居る全員に向けて頭を下げながらそう告げたのは、百合帝国の中で最も人数が多い、総勢72名のメイド部隊『撫子』の隊長を勤めるパルティータだ。
「パルティータ、これは一体何なのです? 会合を行うこと自体は構いませんが、どうして姫様に秘密で行う必要があるのです」
「ヘラ様の言う通りです。何か全部隊に周知すべき情報があるのでしたら、主人のユリ様を交えた上で会合を行うのが臣下の筋というものでしょう」
場を主導しようとしたパルティータに向けて、真っ先に抗議の声を上げたのは、『白百合』隊長のヘラと『睡蓮』隊長のセラだ。
ユリが『寵愛当番』の子を連れて、自室のベッドで睦事に勤しんでいるこの時間帯に、敢えて会合を行おうというのであれば。それがユリにも秘しての『密会』であるのは、最早疑いようもないことだった。
名前が似通っている2人は、どちらも『極善』の性向を有するという点でもよく似ている。彼女達はユリを頂点に形成される『秩序』を重んじる傾向があるため、そもそもユリに隠し事をすることを望まない。
ユリに露見する危険性が低い深夜に密会の場を設けるなど、2人からすれば到底容認することなどできない、論外の出来事だった。
「ヘラ様とセラ様のお2人が、ご主人様に秘密を持つことを嫌う性分であることは重々承知しております。しかしながら私達は現在、部隊ごとに些か自由勝手な行動を取り過ぎている嫌いがあるのです。
今後のことも考えますと、この辺りで一度、部隊の垣根を越えて情報を共有しておく必要があると判断できましたので、今回は敢えてご主人様にも秘した会合の場を設けさせて頂きました」
「我々が『勝手に行動しすぎている』ですって? そんな風に言われるのは、流石に私としても看過できませんよ」
「『白百合』がそうだとは言っていませんし、同様に『睡蓮』の方々も違います。私が言っている『勝手な行動をしている部隊』とは、それ以外の全部隊です」
「全部隊ですって!? まさか、あなた達―――ユリ様に対する叛心を抱いているのでは無いでしょうね?」
冷たい声でそう言い放ち、ヘラがその場の全員を睨め付ける。
その言葉を受けて、ざわりとした敵意がその場に満ちた。
「ヘラさん~。それ本気で言っているのなら、殺しちゃいますよ~?」
「私もお姉さまへ捧げている忠誠を疑われるのは、流石に容認できませんね」
普段から笑顔を絶やさない『紅梅』隊長のホタルと『姫百合』隊長のパルフェが、それぞれに笑顔のまま敵愾心を露わにする。
「む……。そうですね、すみません。失言でしたので撤回させて下さい。この場に居る全員が、姫様に対して絶対の忠誠を誓っていることは理解しています。我々ももう20年以上の付き合いになるのですから、そこに疑う余地などありません」
「ま、あなた達は知らないけれど。私は別に忠誠心なんて持ってないけどぉ?」
セラの言葉を受けて、『黒百合』隊長のカシアがそう言ってみせるけれど。その言葉が真実でないこともまた、長い付き合いがある他部隊の隊長全員が、とっくに熟知していることだった。
言葉とは裏腹に、『黒百合』は全員がユリに対する鋼の忠誠心を持っている。
もしユリから本心の言葉で『死ね』と命令されれば、一瞬も躊躇うことなく彼女達の全員が、笑顔で自らの首を掻っ切ることだろう。
「我々はユリ様に忠誠を誓うという点では一致しておりますが、性向は部隊ごとに様々ですから、行動方針まで一致しているというわけではありません。
例えば『白百合』や『睡蓮』の皆様は『極善』の性向を持つが故に、ご主人様の意に沿う行動しか好まれない。何か、これを行えば『ユリ様の為になる』ということを思いついたとしても、まずはご主人様に相談を行い、許可を得た上で実行されますよね?」
「そうね、異論はありません」
「ええ、その通りだと思います」
パルティータの言葉に、ヘラとセラの2人は頷く。
主人の意に沿わぬ行動は厳として慎むからこそ、事前の相談を重視するわけだ。
「ですが、性向が『極悪』の皆様は違います。『ユリ様の為になる』ことを思いついた時点で、行動に移すことに躊躇などありません。―――そうですよね?」
「……ふん。知らないわよ」
「まあ、そうですね。姫の為になるなら、迷うことは無いでしょう」
「行動しない方が後悔しますからね。当然です」
「とりあえず、面倒なものは斬れば全部解決しますから」
パルティータの言葉に、『黒百合』隊長のカシア、『紅薔薇』隊長のプリムラ、『青薔薇』隊長のミザール、『桜花』隊長のサクラが順番に応じる。
いずれも『極悪』の性向を持つ者で構成された部隊だ。
『黒百合』隊長のカシアだけは悪態をついているけれど、これが肯定の裏返しであることは、最早この場にいる全員に理解されている。
「そして性向が『中立』の皆様は『極善』と『極悪』の中間的な判断を好まれる。実行することが『どのぐらいユリ様の利になるか』まで考慮して、期待が小さそうでしたらまずはご主人様に相談を行い、大きな期待ができそうであれば独断専行も辞さないことでしょう」
「そうですね。お姉さまにとって大きな利益となるなら、迷いはしません」
「異論はありません」
「見返りが大きいなら、ユリ様に叱られるのを覚悟してでもやりますね~」
「全ては姐様のために!」
「リスクとリターンを天秤に掛けるのは当然です」
今度の回答者は順に『姫百合』隊長のパルフェ、『黄薔薇』隊長のヘンルーダ、『紅梅』隊長のホタル、『桔梗』隊長のメテオラ、『竜胆』隊長のクローネだ。
これに『撫子』を加えた6部隊はいずれも性向が『中立』なので、パルティータが言う通り、ユリにとってどの程度の『利益』になるかまで踏み込んで考える。
―――厳密に言えば『竜胆』だけは部隊全体で性向が一致しておらず、『極善』『善』『中立』『悪』『極悪』の全ての性向の持ち主が所属しているのだけれど。まあ部隊全体を引っくるめるなら、大体『中立』と考えても良いだろう。
彼女達は小さな利益しか期待できないなら、ユリに嫌われるリスクを避けるために勝手な振る舞いは慎む。
但し大きな利益が期待できるなら、嫌われたり信頼を失うリスクを負ってでも、ユリの為に率先して行動することを厭いはしない。
「なるほど。確かにパルティータの言う通り、我々は『忠誠心は一緒』でも『行動方針はそれぞれに違う』のでしょう。それ自体は事実だと認めますが―――。
先程パルティータは『情報を共有しておく必要がある』とも言っていましたね。我々は一体、何の情報を共有する必要があるのでしょうか?」
「言葉で説明しても構いませんが……。いえ、それを説明する代わりに、私はこの場に居る皆様方にひとつの質問をしてみたいと思います。
皆様の部隊の中で、過去に一度でも『ユリ様に秘密で百合帝国の勢力圏を増やす行動』を実行した、もしくは『ユリ様に秘密で敵勢力を妨害する行動』を実行したことのある方は、挙手をお願いできますか?」
パルティータが場に集められた隊長全員に向けて、そう問いかけると。
やがて―――セラとヘラを除いた、隊長10人の手がゆっくりと挙がった。
なんと、質問をぶつけたパルティータ本人まで手を挙げているではないか。
「……なんと」
「あら、まあ……」
場の状態を目の当たりにして、ヘラとセラは驚きの余りに言葉を失う。
まさか自分達を除いた全ての部隊が、ユリに対して『秘密の行動』を実行した経験を持っているなんて。2人にとっては想像もできないことだった。
「どうでしょう。私達は情報をもっと密に共有する必要があると思いませんか?」
「……パルティータの言う通りですね。全然知りませんでした……」
「反論の余地もありませんね……」
あまりにも無知でいた自分を見せつけられ、セラとヘラが揃って肩を落とす。
しかし、驚いているのは2人だけではない。他の者達もまた『自分の部隊以外がこんなにも独断専行している』事実など、把握してはいなかったからだ。
「およそ1ヶ月前に、エルダード王国の軍勢およそ6万が国境を侵犯し、百合帝国の国土に踏み込んできたことは、まだ記憶に新しいと思います」
「お姉さまの『究極奥義』で一網打尽にした時のことですね! あれは本当に痛快でした!」
「ええ、それは私も同感です。ですが―――実際には王国も『主戦派』だけで占められていたわけではなく、出兵に反対する『融和派』の貴族も居て、本当は王国の派兵がもっと遅くなる予定だったことはご存じでしたか?」
「えっ……。そ、そうなのですか? 私、全然知りませんでした」
パルティータの言葉を受け、パルフェが驚きを露わにする。
それでも諜報能力に長ける『撫子』隊長のパルティータがそう言うのであれば、間違いない事実であろうことは、この場の誰も疑いはしない。
実際、パルティータの説明は正しく、王国には『融和派』が存在していた。
王国の貴族の中でも、とりわけ主神8柱に対して厚い信仰心を持っていた者は、全員が『融和派』だったと言っても過言では無いぐらいだ。
ユリが主神の1柱となった時、その事実はリュディナの神託によって世界全土の神殿施設に通達された。当然ながらその際に、王国の大聖堂に勤めていた高司祭もまた、この事実を把握したわけだ
だから信仰に厚い者は、高司祭の説法を通してその事実を伝えられ、百合帝国の国主であるユリが『主神の1柱』である事実を理解していた。
となれば当然、敬虔な信徒が『神の国』に兵を向けるのを厭わない筈も無い。
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