78. 転移門
先程喚び出したゴブリンをユリが送還していると、その隙に迎賓室のテーブルの上に全員分のお茶と茶菓子が並べられていた。
どうやら部屋の隅に控えていた、侍女の人達が淹れてくれたらしい。カップに口を付けると、最近いつも飲んでいるお茶と同じ味わいがした。
「これって……リュディナがいつも淹れてくれるのと同じものだよね?」
「ええ。あれはアルトリウスが毎年奉納してくれているお茶ですから」
お茶を一口飲んだアルカナが零した言葉に、リュディナが首肯する。
なかなか特徴的な味の薬茶なので、飲んだことがあればすぐに判るものだ。
聖国は国土の半分が『砂漠』なわけだけれど、意外なことに残り半分の国土の中では、逆に『森林』が多かったりする。
この薬茶は森林の中に位置する、とあるエルフの村落で採れるものらしい。
「飲むと頭がすっきりするから、執務のお供に良いのよね」
「そうなんですよね。思考を整理する時などに丁度良くて」
「私は単純にこの味が好きですねー」
ユリとリュディナ、そしてアルカナ。主神3柱がそれぞれに薬茶を賞賛すると、その言葉を聞いてアルトリウスが嬉しそうに相好を崩した。
先程は『あんなもの』と腐してはいたけれど、やはり自国の特産品には彼なりに誇りを持っているのだろう。
「そうだ。お茶を飲みながらでいいから、よかったらこれに目を通して頂戴」
「あら……。ユリ、この書類は?」
「百合帝国の子が作成した、新しい都市の建設計画書よ。先程も言った通り、この都市の中には『迷宮地』を作る予定があるの。〔神官〕のレベル上げに丁度良いと思うから、聖国にとっても価値がある都市になると思うわよ?」
「それは―――興味深いですね。〔神官〕の育成には大金を要しますから」
ユリがこの場に居る全員に配布した書類に、アルトリウス教皇が早速目を通し始める。
『聖国』と言うぐらいだから、きっとニムン聖国には〔神官〕の天職を有している人が、他の国よりも沢山集まっている筈だ。なればこそ、その育成コストの高さについて悩まされることも多くあるのだろう。
「全く同一の書類を4部も用意するなんて……。ユリ、まさかもう『コピー機』を開発したのではないでしょうね?」
「そんなわけないでしょう……」
現代日本の知識を有しているリュディナが、そう考える気持ちは判らなくも無いけれど。その言葉を受けて、流石にユリは苦笑してしまう。
ユリタニアにある鉄道馬車を始めとして、色々と時代を超越したものを作っている自覚はあるけれど。流石にコピー機は、気が早いにも程があるだろう。
「その書類は錬金術で複製して貰ったものよ」
錬金術の中には『アイテムを複製する』ことが可能なスキルがある。複製対象のアイテムに希少素材が一部でも用いられていると、複製コストが馬鹿みたいに高くなってしまい、また生産に掛かる作業時間も馬鹿みたいに長くなるので、残念ながらあまり実用的なスキルではないのだけれど。
書類なら紙とインクだけなので複製コストは安く、また作業も一瞬で完了するため、錬金術で複写を作成するというのは案外便利な方法なのだ。
「お姉さま、新都市には『迷宮地』を6つも作られるのですか?」
「ええ、その予定よ。そういえば―――エシュトアはレベルがかなり高いみたいだけれど、もしかして結構魔物を狩ったりしているのかしら?」
ユリがそう訊ねると。エシュトアは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに満面の笑顔を湛えながら、答えてくれた。
「はい! 私の天職は〔司祭〕というもので、治療魔法は〔神官〕ほど上手く扱えないのですが、代わりに攻撃魔術を少し扱うことができます。命中率の高い遠距離攻撃ができますので、以前は空を飛ぶ魔物の数を減らすため、よくニムン聖国内の各都市を巡って魔物退治をしておりました。今はお姉さまが張って下さった結界もありますので、あまり魔物を狩ってはいませんが」
「なるほどね。エシュトアのレベルだと6つ造る迷宮地のうち、半分は楽に攻略できるでしょうけれど。残り半分はあなたにとっても歯ごたえがある難易度だと思うし、もっとレベルを上げたいと思うなら、きっと役立つと思うわ」
「わあ、楽しみですね……! 聖国の周辺に出る魔物は、比較的楽に勝てるようになってしまいましたので、もっと強い相手と戦ってみたかったのです!」
「そ、そうなのね。良かったわ」
意外にエシュトアは好戦的で武闘派な性格をしているらしい。
まあ―――そうでもなければ『レベル64』まで成長する筈も無いのだが。
「死者が出ない『迷宮地』というのは凄いですね……。これが本当に実現するのなら〔神官〕を育てるためのコストを大きく抑えられます。その分、市民が治療を受けた場合に要求する治療費も、安く抑えることができそうです」
「アルトリウス。私はむしろ、治療費を『無料』にしたいと考えているわ」
「む、無料にですか。いえ―――神殿の運営費自体は、信徒からの寄付や国からの支援金で賄えるわけですから、確かに〔神官〕の育成にお金が掛からなくなれば、治療を無料奉仕とすることも可能ではありますね」
「まあ私も、絶対に『無料』にしなければならないと、強く考えているわけではないけれど。でもせめて、お金が無い人でも大聖堂を訪ねれば、無料で怪我や病気の治療を受けることができる―――そんな社会にはしたいと考えているわ」
「ユリ。それはとても素敵な考えだと思います」
アルトリウス教皇とユリとの会話に、リュディナが身を乗り出して肯定する。
彼女は民が『理不尽な苦痛に耐え続けなければならない』境遇を大いに憐れむ。治療を受けたくとも受けられない貧しい人々というのは、彼女が深い憐憫を傾ける対象として最たるものだろう。
「アルトリウス。ユリがこの新都市を完成させた暁には、是非とも〔神官〕を派遣して大いに利用しなさい。そして治療の無償化に向けて尽力をお願いします」
「は、承知致しました」
リュディナの言葉に、アルトリウス教皇は深々と頭を下げる。
教皇は国の頂点であると同時に、敬虔な主神の僕でもある。最も著名な主神であるリュディナから直々に命令されれば、彼に否があろう筈も無かった。
「ですが隣国とはいえ、ファルラタからユリタニアまでは馬車で往復しても6日は掛かります。〔神官〕を移動した分だけ治療の担い手が不在になりますから、一度に派遣するのは少人数ずつになってしまうと思いますが」
「アルトリウスさえ良ければ私の方で『転移門』を設置するから、移動時間については無視しても構わないわよ」
「……その『転移門』というのは、一体何なのでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。まずはその説明からよね」
ユリは『転移門』について、その場の全員に口頭で説明を行う。
既に『転移門』はニルデアの市民をユリタニアへ移住させる際に一度活用した実績が有るので、その際の経験談なども交えて説明すると、比較的簡単に全員に理解して貰うことができた。
「但し『転移門』を設置する場合、最初は利用者をある程度限定させて欲しいわ。少なくとも一般の利用はできないように、聖国でも制限を掛けて欲しい」
「……それは、何故なのでしょうか?」
「あまり『転移門』が多用されすぎる社会は望ましく無いからよ」
例えば神都ユリタニアと聖都ファルラタの間を繋ぐ『転移門』を設置すれば、両都市の間を移動するのはとても簡単になる。
人々の交流は盛んになり、互いの国の交易品が密に取り交わされるようになり、市民は両国の特産品をとても安く購えるようになるだろう。
良いことずくめのようにも見えるけれど―――けれど、その一方で『転移門』を設置してしまったが最後、ユリタニアとファルラタの都市間を交易路を利用して、普通に移動する商人や旅客は激減することになる。
誰にも利用されなくなった交易路が朽ちるのは、想像以上に早いものだ。そうなれば、いつか『転移門』を失った時に、再び陸路で都市間を移動しようと思ってもなかなか容易にはいかなくなる。
ユリ個人の力で設置・維持される『転移門』に依存しすぎる社会は、決して好ましいものではない。
「もちろん〔神官〕の天職保有者など、一部の人達に限定して『転移門』を活用する分には、何の問題も無いとは思うけれどね」
「なるほど―――ご懸念は理解しました。もしユリ様に『転移門』を設置して頂けました際には、その利用者を国で厳密に管理することをお約束しましょう」
「ありがとう。そう言って貰えると助かるわ」
「いえ、こちらこそ感謝を申し上げねばなりません。
教皇の座に就いた以上、身の危険は可能な限り避けねばならない―――そう考えて、私は自身が直接魔物を狩猟して、レベルを上げることを諦めておりましたが。ユリ様が『迷宮地』を完成させて下さいました暁には、私も『転移門』を利用して小まめに経験を積むために通うことができるようになる。私はそれが、とても楽しみに思えてなりませんよ」
笑顔でそう告げるアルトリウス教皇の背後には、何か……沸々と湧き出てくる、闘争心のオーラのようなものさえ垣間見えるような気がした。
……先程、エシュトアのことを『好戦的で武闘派』だと思ったりもしたけれど。もしかしたらそれは、ユリの見当違いだったのかもしれない。
エシュトアに限った話では無く。砂漠の民は誰もが『好戦的で武闘派』だと。
何となく―――そう考えた方が、辻褄が合うような気がするのだけれど。
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