75. 愚かなる使者
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百合帝国の首都であるユリタニアの都市状況は、常に【空間把握】の魔法を維持することで監視している。
だから都市内に異国からの旅客が入った際などには、すぐにそのことがユリには認識できる。一応は『戦時状態』なので、特に最近は公国から来る旅客に関しては敏感になっていた。
そんな折のことだ。『秋月10日』の朝方になって、少し予想外の『公国からの旅客』がユリタニアの都市内に入ったことにユリは気付く。
今までは公国からの使者と言えば、常に手紙を携えて馬を駆けてきた、2人組の騎士だったけれど。【空間把握】の魔法で確認できる情報によると、今回は馬車に乗っての訪問であり、訪問者には『公爵令嬢』の肩書きが付いていた。
(同性好きなことが、バレてるのかなあ……)
使者に女性を立ててきた公国に対し、ユリがまず思ったことがそれだ。
ユリは自身の性癖を特に隠しもしていないので、同性を好きなことは『放送』を見ているユリタニアやファルラタの市民には割と知られていたりする。
他都市からユリタニアへ来た旅客の人達でも、滞在中は『放送』を視聴することができるので、その辺の話が公国へ漏れていることは充分に有り得た。
「イムヌス。公国からの使者が来ると思うから、準備をしておいて頂戴」
とはいえ、ユリとしても膝を突き合わせて話すなら、相手は女性の方が嬉しい。
相手の思惑に嵌っているのかなあと思いつつも、ユリは今日の『寵愛当番』である『撫子』のイムヌスに準備するよう指示を出す。
「いつも通りの使者でしたら、私の方で手紙を受け取っておきますが」
「今回はちゃんとした使者を立てて来たみたいよ。相手は『公爵令嬢』らしいわ」
「あらまあ、ご主人様の嗜好がバレているのではありませんか?」
「正直そんな気もしないではないわ……」
イムヌスにもそう言われてしまい、ユリは思わず苦笑する。
もし公国がユリの好感を得たいと考え、女性の使者を派遣してきたのなら、その目論見は成功するかもしれない―――と、自分でも思ったりする。
「国主なのですから、敵国の使者には毅然と対応して下さいね?」
「前向きに善処するわ」
「駄目な方の台詞ではないですか」
ユリの言葉を受けて、イムヌスもまた苦笑する。
公国からの使者が昼過ぎに領主館を訪問し、国主への面会を希望してきたので、即座に会うことにした。
面会希望に即応されたことに、相手の使者はかなり驚いていたらしい。
以前アドスから聞いた話によれば、国主はおろか貴族への面会を希望する場合でも、数日程度は待たされることが多いらしいから。即日で面会が叶うというのは、先方からすれば完全に予想外なのだろう。
謁見の間へと移動し、玉座にユリは腰を下ろす。
そのユリの左右に『百合帝国』が誇る各部隊の隊長12名が並んだ。
暫くして、イムヌスに連れられて公国の使者達が姿を見せる。
〈鑑定〉で視える情報によれば、先頭を歩くのは『ソフィア・テオドール』という公爵令嬢。年齢は『26歳』らしいが、ユリの感覚からすると11~12歳程度の、まだあどけなさが残る少女に見える。
それと、護衛の騎士が6人随伴しているようだけれど。いずれも『女性騎士』で揃えている辺り、冗談抜きにユリの嗜好がバレていそうな気がしてならない。
(―――テオドール公の娘かしら)
名前から察するに、令嬢は先日の夜会でユリと少しだけ会話した『カダイン・テオドール』の娘である可能性が高そうだ。
あの夜会の場ではテオドール公が、シュレジア公国の『3公爵』の中では最も聡明そうな人物に見えたが、果たして彼女はどうだろうか―――。
「私はシュレジア公国が公爵、カダイン・テオドールの娘でソフィアと申します。ユリ陛下、本日は面会に応じて下さり心より感謝を申し上げます」
「わざわざ公国からいらっしゃるなんて、ご苦労なことね。こんな愚かな蛮族の女に面会して、一体何の価値があるというのかしら?」
「そ、それは―――」
ユリの言葉を受けて、公国使者のソフィアが言葉を失う。
以前、親書で私を『愚かな蛮族の女』と蔑んだことは忘れていない―――その意志表示を兼ねた、軽い牽制のつもりだったのだけれど。
思いのほかユリの言葉が効いたのか、使者は押し黙ってしまった。何か弁解をするならすれば良いのに……と思いながら、ユリは先を促す。
「……お話が無いようなら、私は執務に戻らせて頂くけれど。何か用向きがあって訪ねてきたわけではないのかしら?」
「あっ―――。こ、この度は、ドラポンド公の独断により貴国へ宣戦布告を行ってしまいましたこと、真に申し訳ありませんでした」
「ふむ。一応、謝罪は受け取りましょう。それで?」
「無用な戦争状態が続くことは、両国の民を不安にさせます。商人による交易にも影響が出かねませんので、早急に平和状態を回復させることが、ますます両国を繁栄させることに繋がると確信しております。
付きましては―――元々、誤りによって始まった戦争です。全てを無かった事にして頂き、互いの恨みを水に流して頂きたいのですが」
「つまりシュレジア公国は、百合帝国と『痛み分け』の講和を望まれると?」
「はい!」
ユリの言葉を受けて、嬉しそうにソフィアが肯定する。
そのソフィアの朗らかな声を聞いて―――ユリのすぐ隣に並んでいた『白百合』隊長のヘラが、ぎりっと強く歯を噛みしめた。
(交渉ぐらいは、するつもりがあるのかと思っていたけれど……)
ソフィアが提案したのは、間違っても交渉などではない。
ただ公国の希望を、そのままユリに向けて口にしただけだ。
ここまで愚かな提案をされて、こちらが諾々と呑むと思われているのだろうか。
(舐められているわね)
―――そう判断せざるを得ないというのが、正直な所だろう。
侮辱塗れの親書を送り、百合帝国に対する敵意と害意を明確に示し、戦争状態に突入した経緯は、全て公国側がイニシアティブを取った結果だ。
それを『ドラポンド公が独断で宣戦布告して申し訳無い』という謝罪ひとつで収められると思っているのなら、流石に傲慢も甚だしい。
そもそも、こちらとしては干上がるまで『大雪』を継続しても良かったのだ。
寒さで作物が全滅して食べ物の調達に困窮し、他国との国交が大雪のせいで全て途絶し、公国が緩やかに滅びていく様子を、ただ眺めていても構わなかったのだ。
それを止めたのは、偏にリュディナから要請されたからでしかない。
なのに百合帝国と『痛み分け』の講和―――つまり、両者共に五分の講和ができると考えている時点で、愚かしいにも程がある。
「貴女と会ったのは、時間の無駄だったようね」
「えっ……?」
「護衛の騎士の中で、隊長の方はどなたになるかしら?」
ユリの言葉を受けて、護衛騎士の中に小さなざわめきが起こる。
ソフィアの少し後ろに控えていた女性騎士が、頭を下げたまま「私が護衛隊長をしております」と、ユリの問いに答えた。
「では、あなたに伝言を託すので、カダイン・テオドール公に伝えなさい。
―――私はもう少しテオドール公のことを聡明な人物だと期待していたけれど、愚かにも程がある使者を当国へ寄越すあたり、無駄な期待だった―――とね」
「し、承知しました。確かにお伝えします」
「結構。お客様がお帰りよ。イムヌス、送って差し上げなさい」
「はい、ご主人様」
ぱんぱん、と二度手を叩いて、ユリは使者の人達に退室を促す。
放心状態になっていたソフィアだけが場に取り残されそうになるけれど。護衛の女性騎士に手を引かれて、すぐに彼女も退室していった。
「……ヘラ。何か言いたいことがあるのなら、言いなさい」
「我が国は公国に馬鹿にされています。威を示しても宜しいのでは?」
客人が居なくなった謁見の間で、露骨な不満顔を浮かべながらヘラが告げる。
ここで言う『威を示す』というのは、つまりこちらから公国へ攻め込むことを意味する。彼女がそう提案したくなる気持ちも、判らないではないのだが。
「向こうが攻め込んできたなら、もちろん応じるけれど……。今は戦争よりも優先したいことがあるから、あまり手間を増やしたくはないのよねえ」
公国相手に勝てないとは思わない。
むしろ、比較的簡単に勝てそうだと思えるだけに―――領土が増えてしまうことによって生じる、手間を酷く面倒に感じてしまう。
取り敢えずは、リゾート都市や『迷宮地』の建造だけに注力したいというのが、ユリの正直な本音だった。
ただでさえ王国が『崩壊』したという報告もあるのだから、これ以上に面倒が増えるような事態には、なるべくならしたくは無い。
「ホタル、一応公国が攻め込んで来る可能性があるから、『紅梅』の子達で手分けして、まだ【遮蔽結界】が無い村落には張っておいて貰えるかしら」
「承知しました~。一緒に【調温結界】も張りますか?」
「ええ、お願いね。特にコルトは公国から近いから、強度を高めた【障壁結界】を張っておいて頂戴」
コルトというのは、最近ユリタニアの南方20kmの位置で『桔梗』に建造して貰ったばかりの、新しい村落のことだ。
先の王国との戦争で捕獲した、輜重隊の男女1000名を住まわせている村で、既に村落と呼ぶにはやや規模が大きめの集落になっている。
コルトは公国との国境に近く、5000頭の馬の飼育・繁殖を任せているので、もし攻められれば甚大な被害が出かねない。防備は十全にしておく必要がある。
「ご主人様。宜しければ私が公国に潜入して、諜報を行いましょうか?」
客人を送り出していた筈のイムヌスがいつの間にか謁見の間に戻っていた。
「ふむ、それも悪くは無いわね……」
イムヌスの提案について、ユリは少しばかり思案する。
『撫子』は諜報活動のプロなので、イムヌスを送り込めば公国の情報をかなりの部分まで引き抜くことができるだろう。
「そうね、貴方にお願いしようかしら。但し、出発は明日以降にしてね」
「もちろんです。折角のご寵愛の機会を逃すつもりはありませんので」
ユリの言葉を受けて、イムヌスが朗らかに微笑みながらそう応えた。
今日の『寵愛当番』であるイムヌスには、沢山サービスしてあげないと―――とユリは心の中で思う。暫く会えないと思うと、尚更熱い夜になりそうな気がした。
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