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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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74. 納税できない詐欺

 


     [4]



「……農民達が『納税』に来た、ですって?」


 癒神リュディナと楽神アルカナの分体がユリタニアに住み始めてから、3日間が経過した『秋月6日』。

 いつもの執務中に、今日の寵愛当番である『桜花(おうか)』副隊長のレンゲから、そんなやや信じ難い報告を受けてユリは困惑してしまう。


「今年一杯は『無税』だと、今まで周知してきた筈よね?」

「はい、主君の仰る通りなのですが……。現在、領主館に20名強の農民達が押しかけて来ておりまして。あちらの言い分では『無税なのは知っているが納税させて欲しい』とのことなのですが」

「……どこの世界に、好きこのんで税金を払いたがる人が居るというのよ」

「私も全く同感なのですが、実際に居るからにはどうにも……」


 レンゲもまた、眉を下げてユリと同じ困惑顔になった。

 確かに実際に居るのであれば、それをレンゲに問い詰めても仕方ない。


「取り敢えず、どのように対処するか主君の判断を仰ぎたいのですが。……よろしければ私の方で、追い払いましょうか?」

「ん……。いえ、とりあえず会ってみましょう」

「女帝のユリ様が直接、農民とお会いになるのですか?」

「時間の余裕はあるからね。それに私は、農民の人達って好きよ? 美味しい作物を安定して作るために余念がない人達というのは、とても立派だもの」


 それこそ純粋に『敬意を持っている』と言っても良いほどだ。

 この世界では農民の人達はやたらと下に見られる傾向があるようだけれど。むしろユリとしては、都市住人の中でもとりわけ農民の人達だけを優遇しても良いのではないか―――とさえ思っていたりする。


 ユリは以前に『黒百合(ノスティア)』のテレスから『農家の人には優しくしてあげて欲しい』と要望されたことがある。また、ユリはその時テレスに『責任を持って自国の農家の人を幸せにしてみせる』と約束することで答えてもいる。

 愛する子が望むことは、ユリ自身の望みに他ならない。テレスの希望に沿う意味でも、何か農民の人達の待遇改善を試みても良いだろうか。


「……主君?」

「ああ―――ごめんなさい、ちょっと思考が脱線していたわ。とりあえず直接農民の人達と会って話を聞いてみるから、どこか適当な部屋に案内しておいて頂戴」

「はっ、承知しました」


 数人ならともかく、あまり沢山の人を入れられるほど執務室は広くはないので。レンゲに指示を出して別室で会うことにする。


 実際に相対してみると、農民の人達は全部で22名だった。

 流石にユリ1人で会話をするには多勢過ぎるので、農民の人達には話し合って代表者を1名決めて貰う。

 数分ほど掛かった後に、選ばれた1人の男性がユリの正面へと進み出た。


「農民をしております、カステラと言います」

「良い名前ね」

「あ、ありがとうございます」


 ユリの言葉に、カステラは深く頭を下げる。

 いかにも農民稼業を真面目にやっていますという風貌の、しっかりとした体躯を持つ男性だ。一方で名前は何だか、長崎名産の甘いお菓子を彷彿とさせる。

 ユリとしてはザラメが入っていない方が好みだ。


「どのような用向きで領主館へ来たのか、訊いてもよろしいかしら」

「はい。自分達は全員が小麦農家なのですが、ユリ陛下のお陰で今年は魔物の被害が全くありませんでした。晩夏に沢山の麦が収穫できましたので、是非とも税として納めさせて頂きたいのです」

「今年いっぱいは『無税』という通達が出ている筈だけれど。ご存じかしら?」

「存じております、が……。これほど良い待遇をさせて貰いながら、収穫した麦を全て自分の物にするというのは、流石に罪悪感が半端ではありません。

 王国のように7割の税を、とは申しませんので、せめて収穫量の半分程度はユリ陛下にお納めさせて頂けませんでしょうか」

「……良い待遇? 私は別にあなた達を、特別扱いなんてしていないわよ?」


 農民の人達を優遇しようかと、つい先程考えたのは事実だが。とはいえ、現時点ではユリはまだ何もしていない筈だ。


「私共としては、魔物に怯えながら農作業をしないで良いだけでも十分過ぎる程に有難いのですが。ユリ陛下はその上、私どもに大変立派な家屋まで下さいました。それも水は使い放題で、排泄の悪臭が籠ることもなく、まるで貴族様が使うような魔導具まで幾つも備わっている、大変上等な家屋です。

 ―――沢山の良い思いをさせて頂いているのに、税も納めず、折角収穫した小麦を全て自分たちの食料にするという真似は、流石に恐れ多いのです」

「税は要らないと言っているのに、わざわざ税を納めに来るなんて……小麦農家の方々には、随分と物好きが多いようね。

 それにそれは、別にあなた達だけを優遇しているわけではない。商人の方にも、職人の方にも、あるいは荷下ろしなどに従事する人足労働者の方にも。全ての人達に、私は等しく快適性の高い住宅を提供している。あなた達がそれを『良い待遇』だと思って感謝する必要は、別に無いのよ?」

「私共からすれば、他の市民の皆様と同等の扱いをして頂けるだけでも、充分過ぎる程に嬉しいことです」

「………」


 農業とは、当たり前だけれど国家にとって最も重要な産業だ。

 その担い手が、他職の市民に較べて格下の扱いをされることを『当たり前』だと思ってしまっている。

 王国の施政下に於ける彼らの扱いがいかに不当だったかが、目に浮かぶようだ。


「あなた達の服は、汚くはないけれど、随分傷んでいるわね」

「あ……。こ、これはお恥ずかしいです。一応、家にある物の中では、一番マシな服を選んでは来たのですが……」


 ユリの言葉を受けて、カステラは少し狼狽した様子をみせた。

 農民の人達が着ている衣服は、随分と擦り切れてしまっている。

 洗濯はちゃんとしているらしく、不快な匂いがすることは無いようだけれど。破れたり黒ずんだりしている部分が多く目に付く、彼らの衣服の見目の悪さは、正直なかなかのものだ。


「私に納税しようとなさる、その心は嬉しいけれど。まずは商人に小麦を売って、得たお金で服を始めとした生活必需品を買い求められてはいかがかしら?」

「……自分たちが作物を売っても、どうせ商人には買い叩かれてしまいますから。それならばユリ陛下に全て受け取って貰えた方が、私共は嬉しいのです」

「ふむ……」


 農民の人達の知恵は、作物を育てることに特化されている。代わりに世間一般の人達が身に付けている常識的な学習、つまり『読み書き』や『計算』といったものには疎い部分があると聞いている。

 商人からすれば、無学な相手ほど騙しやすいものはない。作物を買い叩かれるというのも、さもあろう話だとしかユリには思えなかった。


 だから農民の人達は自衛の為に農民同士で結託して、作物や自分たちの手で作成した生産品を物々交換で手に入れているらしい。

 都市に住んでいながらも、彼らはお金を滅多に利用しない市民なのだ。


(彼らが、作物を適正価格でお金に換えられるようにすることが急務ね)


 ユリは頭の中で、その為に必要なことを思索する。

 農民が作物を金に換えやすいように『農業ギルド』のような組織を作ってしまうのが良いだろうか。作物を一手に管理する組合を挟めば、商人の交渉力にいいようにされてしまう事態は防げるだろう。

 それとも作物は一旦、農民の人達が納付したいと思う分だけ、国側で受け取ってしまう形が良いだろうか。その上で彼らに、作物の納付量に応じた現金を還付するほうが、手っ取り早くはありそうだ。


(……うん、それで行きましょう)


 ユリは心の中で方策を決める。

 一度心に決めてしまえば、ユリの行動は早い。


「あなた方のような誠実で律儀な民を持つことができ、私は女帝として大変嬉しく思います。今回あなた達が持ってきて下さった作物についても、有難く頂戴させて頂きますね」

「おお……! お受け取り下さり、ありがとうございます!」

「但し、本来不要な『税』を納めて下さるという献身には、私もそれなりの誠意を以て報いねばならぬと考えます。何かしらの形で後ほど些少のお礼を致しますが、くれぐれもそれを拒んで下さらぬようお願い致しますね」

「し、承知しました。その時には、有難く頂戴致します」


 ―――言質は取れた。これで問題無いだろう。

 農民の人達が領主館を後にすると、すぐにレンゲが労いの言葉を掛けてきた。


「お疲れさまでした、主君」

「レンゲ、悪いけれどエリンを領主館に呼んで貰えるかしら。急がなくても良いけれど、もし暇であれば早めに来てくれると嬉しいと伝えて頂戴」

「はっ、承知しました!」


 エリンは『トルマーク商会』会頭のアドスの妻だ。

 嘗ては腕利きの商人だったという話をアドスから聞いたことがあるので、今回の件では頼りになるだろう。


 レンゲに指示を出した20分後には、エリンが領主館を訪ねてきてくれた。


「ユリ陛下がお呼びと伺い、参上しました」

「エリン。とりあえず、別室にある小麦を見て貰えるかしら」

「小麦、ですか……?」


 先程受け取った小麦を、一旦備蓄している部屋へエリンを案内する。


 今回『納税』されたのは、22人もの農民達が今年収穫した小麦の5割。

 農民1人当たり大体3~4面の畑を管理しているので、全部で33~44面もの畑から獲れる総量に匹敵する小麦は、当然かなりの量になる。

 とりわけ今年は、作物に魔物の被害が一切出なかったらしいから尚更だ。

 もっとも、小麦粉などに加工して圧縮すれば、だいぶ嵩は減るだろうけれど。


「なかなか質の良い小麦のようですね。これが一体どうされたのでしょう?」

「さっきユリタニアの農民が来て『納税』してきたのよ」

「……? 今年の税は無い筈では?」


 意味が判らない、と書かれたようなエリンの表情はもっともだ。

 ユリが一通りの経緯を説明すると。感心したようにエリンは頷いてみせた。


「これもユリ陛下の御威徳の賜物ですね」

「農民の人達は、どうせ買い叩かれるから商人には売りたくないと言う。なので私は、これらの小麦を国で受領する代わりに、納付量に見合う額の現金を農民の人達に返そうと考えているわ」

「なるほど……。商人の代わりに、国で一旦買い上げる形にするわけですね」

「話が早くて助かるわ。ただ残念ながら私達には、小麦の適正な相場というものが判らない。どの小麦が農民の誰からどれだけ納付されたかは明確に区別できるようにしてあるから、彼らに支払うべき現金額を、私達に代わってエリンが算出してくれないかしら?」

「計算だけなら私ひとりでも問題ありませんね。謹んでお受けしましょう」

「ありがとう、助かるわ」


 今回納付された小麦に関しては、2日と掛からずにエリンが適正額を算出してくれたので、百合帝国の国庫から農民達にその額の報酬を支払った。

 質の良い小麦が大量に納められたのだから、相当額はかなりのものになる。

 予想以上の金額が国から還付されたことに、農民の人達はかなり戸惑っている様子だったけれど。そこは言質を盾にして受領拒否は許さなかった。


 また、これを期に『国に作物を納付すれば適正額を支払う』という通達を農民の人達に向けて発布した。これにより、農民の人達は商人に買い叩かれることなく、作物を現金に換える手段を得たことになる。

 通達を出して間もない内から、すぐに小麦以外の作物も国に持ち込まれるようになった。納付量に応じ、エリンが『充分』と判断する額の現金が支払われるので、農民の人達が現金を持ち、積極的に使うようになり、経済の循環にも貢献してくれることだろう。


 逆に商人に対しては『国からいつでも農作物を適正価格で購入できる』旨の通達を出した。

 農民から買い取るのとは異なり、安く買い叩けないという意味では利益が薄くなるものの。農作物を通年に渡り『同一額』で国から仕入れられるという安定感は、商人からすれば魅力的なものだ。

 何より、欲しい分だけを国からいつでも買い足せるので『備蓄』するための倉庫施設などを用意する必要が無くなったのが大きい。

 どの商人にも国から同一価格で作物が卸されるようになったため、商人から市民へ販売される作物価格もまた、安定するようになった。一方で商人間での価格競争も無くなってしまったけれど、これは致し方無い所だろう。


 施策を行ってから10日も経つ頃には、領主館へ時折、農民の人達から謝礼の手紙が届くようになっていた。

 今までは現金を得るのが難しかったために、都市内で屋台が営業されているのを見かけても、どこか他人事のように眺めるしかなかったらしいけれど。国が作物を現金化してくれるようになったため、今は屋台を積極的に利用できるようになり、毎日の食生活がとても豊かになったらしい。


 屋台の料理は『魔物の肉』がメインではあるけれど、他にも様々な農作物を食材としてふんだんに利用し、個性や特色を出している店が少なくない。

 美味しい食べ物を味わう幸福を知り、それらの料理に自分たちが育てた農作物が有効活用されていることを知れば、農民の人達がより上等な食材を育てるための、遣り甲斐を見出すことにも繋がることだろう。

 是非ユリタニアを『美食都市』にするために、今後も頑張って欲しいものだ。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神といえど胃袋は大事、ちいおぼえた。 というか今まさに神が二柱も食べるためだけに来てるんだった。既に食の都にはなってるような気がしますが、ここから更に上がるというのか? ふふふ、こわい。
[良い点] 更新乙い [一言] ボロい服着やがって!! 小麦の代金をやるから、ちゃんとした服を買って謁見するんだよ、おらぁん!!
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