73. 主神来訪
[3]
仮眠から目を覚ましたユリが、思考力を取り戻すのは早い。
『神域』の庭園で交わした会話の内容を思い出し、ユリは早速行動を開始した。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ララバイ。悪いけれど、ユリタニアの邸宅を一軒手配して貰えるかしら」
「承知しました。どのような邸宅に致しましょうか?」
「都市中央から近い一等地の、高級邸宅をお願い。但し掃除が大変でないように、広すぎない程度の邸宅にして貰えると助かるわ。それから―――」
執務室に戻ったユリが、今日の『寵愛当番』兼護衛である『撫子』のララバイにそう要請すると。ララバイは〈侍女の鞄〉からメモ調を取り出して、ユリの要望の詳細を逐一記録していく。
「結構な待遇のようですが。一体どなたがお住まいになるのでしょう?」
「癒神リュディナと楽神アルカナが住むそうよ」
「………………はい?」
何気なく答えたユリの言葉に、ララバイが目を丸くした。
彼女が驚くのも無理はないことだけれど、紛れもない事実だ。
「正確に言えば『分体』だけをユリタニアに住まわせるそうよ。本体は『神域』に留まって、こちらの身体は必要な時にだけ活動させるらしいわ」
「分体、ですか……。主神様というのは、凄いことができるのですね。もしかしてご主人様にも、同じことができるのでしょうか?」
「……どうなのかしら。今度聞いてみるわね」
「是非お願いします。ご主人様に今後、複数の拠点で指揮をお願いしたい時などもあるかもしれませんから」
「ああ、なるほど。確かに自分を複数体に分けられたら、そういうのは便利よね」
とはいえ、リュディナの言い方から察するに『分体』と『本体』とを同時に活動させることは難しそうな感じだった。
結局片方ずつしか動かせないのなら、転移魔法を使ってユリ自身が必要な場所へ逐次移動するのと、あまり効率面で変わらない気もするが。
(ああ―――でも『分体』なら、別に倒されても問題無いのかしら)
ユリや百合帝国の皆の身体は『ゲームのキャラクター』なので、仮に『死亡』しても復活することができる。―――これは非常に重要なことなので、ちゃんとリュディナに訊ねて確認も取ってある。
とはいえ、当然その際にはゲームのルールに準拠する『デスペナルティ』が発生する。流石に最大まで達しているレベルが下がることは無いが、一定時間は能力値が低下したり、〈インベントリ〉のアイテムを一部を失うことはあるだろう。
『分体』が殺されてもノーペナルティな存在であるなら、使い捨てを前提とした運用では価値があるかもしれない。
例えば囮として利用する場合などには、便利に使えそうだ。
邸宅の準備の件はララバイに任せて、ユリは『紅薔薇』のプリムラを呼び出し、彼女と共に転移魔法で公国の首都デルレーンへ移動する。
そして転移先でプリムラに【気象操作】の魔術を行使させて、現在の『大雪』への天候操作状態を完全に解除して貰った。
その上でユリは、公国の市民へ念話を行い『癒神リュディナが公国の民を憐れんでいるため、雪を解除する』旨を音声のみで告知する。
これで公国市民からのリュディナ信仰が更に増すことだろう。
もっとも、公都デルレーンの大聖堂に勤めていた聖職者達は全員ユリが引き抜いてしまったので、今更信仰が増しても大聖堂はもぬけの殻だけれど。
一仕事終えて領主館に戻ると、執務室で待っていたララバイから「邸宅の手配と清掃が終わりました」と報告を受けたので、ユリはもう一度仮眠を取って『神域』を再訪する。
「家の準備できたわよ」
「ありがとうございます、お姉さま!」
新緑が眩しい庭園で、そわそわしながら待っていたアルカナにユリがそう告げると。ぶんぶんと何度も頭を下げて、アルカナは礼を口にして見せた。
その笑顔を見ていると、何でもしてあげたいという気持ちが強くなる。
「手間を掛けましたね、ユリ」
「この程度なら大した手間でも無いわ。あと、用意した邸宅の中にそれなりの額のお金も搬入させてあるから、好きに使って頂戴」
「流石にそこまでして貰うのは……」
「正直、国庫にお金が余りすぎているのよ。消費を手伝ってくれるなら、こちらとしては割と冗談抜きで有難かったりするわ」
ルベッタはまだ王国へ出掛けたまま戻って来ていないけれど。それでも引き継ぎが充分になされているようで、『ロスティネ商会』へ卸す魔物の肉の代金は、今も適正に支払われ続けている。
なので百合帝国は税収こそ0なのに、国庫には安定した収入があるのだ。
国庫にあるお金は自由に使ってくれて構わないと『百合帝国』の皆には言ってあるのだけれど。それでも消費される金額より、国庫に貯まっていく金額の方が圧倒的に多いのが現状だった。
お金は貯め込まれるより市場に流通している方が望ましい。そろそろ無駄に何か公共事業でもして国庫から吐き出そうかと考えていたぐらいなので、消費してくれるのであれば普通に有難かった。
『神域』でリュディナのお茶を1杯だけご馳走になってから戻ると。ユリが仮眠を取っていたベッドの中に、2人の女性の姿があった。
2人とも眠っているようだけれど、その姿には見覚えがある。―――というか、つい先程まで『神域』で会っていた2人と、全く同じ顔と体躯をしていた。
どうやらリュディナとアルカナの『分体』は、本来と全く同じ姿であるらしい。
「ん……。おはようございます、ユリ」
リュディナの分体が先に目を覚ましたので、ユリはさっと唇を奪う。
まだ蕩け眼だった分体の頬に、一瞬で赤みが差した。
「おはよう、リュディナ。あの夜の翌朝はなかなか目を覚まさなかったのに、今回は随分と早起きなのね」
「あ、あの時の事は、忘れて下さい……!」
ユリの言葉を受けて、かあっとリュディナが紅をより深くする。
その様子を、アルカナが不思議そうな顔で見ていた。
「前回って、何があったの?」
「……何でもありませんから、アルカナは気にしないで下さい」
「私がちょっと、リュディナの可愛い部分を堪能しただけよ」
「ユリ! 余計なコト言わない!」
顔を真っ赤にしながら怒られてしまったけれど、その怒り顔もまた可愛い。
また近いうちにからかおう、とユリは心の中でメモを取った。
「―――わあ! あれが屋台ですか、お姉さま!」
リュディナとアルカナ(の分体)を連れて領主館を出ると、ユリタニアの中央付近で営業している屋台を見て、アルカナが歓喜に声を上げた。
「ええ、そうよ。でも屋台は遅くまで開いてるから、先に家に行きましょう?」
「はい、お姉さま!」
ララバイに手配して貰った邸宅は、領主館から然程離れていない場所にある。
到着して、ユリが直接邸宅の中を案内すると。アルカナからは大層喜ばれたものの、一方でリュディナからは少し困った顔をされてしまった。
「ユリ。気持ちは嬉しいですが、ここまで上等な家でなくとも良いのですよ?」
「どうせ余っているのだから、遠慮無く使って頂戴」
ユリタニアの中央部には、一等地に相応しい立派な邸宅を『桔梗』の子達が沢山作ってくれているのだけれど。生憎と現時点ではまだ借り手がそんなにおらず、空き家が多くなってしまっている。
人の住まない家屋は老朽化が早くなるので、空き家にしておくぐらいなら2人に使って貰うほうが良い。
「せめてお家賃ぐらいは払わせて貰えませんか?」
「だったら賃料は、月に『一晩』付き合ってくれれば、それで良いわ」
「………………わ、判りました」
リュディナの合意が得られたので、そういうことになった。
アルカナが首を傾げながら、不思議そうな目で見ていたけれど。まだお子様にはちょっと早い内容なので、特に説明などはしない。
……まあ、実際にはアルカナは、ユリよりずっと年上のような気もするけれど。
その日の夜には、早速リュディナとアルカナの2人と一緒に、ユリタニアの都市各所に展開する屋台を巡る様子を『放送』してみた。
主神がユリタニアに2柱も来た上に、しかもその内の1柱はこの世界で最も名が知られている『癒神リュディナ』なのだから。この『放送』は、それはもう大きな反響をもって視聴者に受け止められた。
特にニムン聖国の視聴者からは、かなりの羨望の声が上がったらしい。
『―――主神の皆様を、是非ファルラタにもご招待したいのですが!』
その日の夜の内には、以前に手渡した『念話の腕輪』を使用してエシュトアから早速そう要請されたので、ユリの判断で良い返事をしておいた。
『何か聖国ならではの、美味しいものでもご馳走して頂戴ね』
『判りました! 期待してて下さいね、お姉さま!』
転移魔法を使えばファルラタへはすぐ訪問できるので、リュディナもアルカナも別に嫌とは言わないだろう。特にアルカナは食に大分興味がある様子だったから、美味しい物が食べられるなら快諾してくれるに違いない。
リュディナとアルカナを利用するようで申し訳無いけれど。主神外交を通じて、百合帝国とニムン聖国の友好がより深まってくれれば、ユリとしても万々歳だ。
-
お読み下さりありがとうございました。




