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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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72. アルカナ

 


     [2]



「公国との諍いは、程々の所で手を打って下さい」


 ユリは主神の1柱となって以降は、睡眠を取る際に望めば、いつでも『神域』を訪問することができるようになっている。

 なので『睡蓮』のコラールから神託の件を伝えられたあと、ユリがすぐに自室で仮眠を取って『神域』を訪ねると。いつもの新緑が眩しい庭園でリュディナから、会って早々にそんなことを言われた。


「『大雪』を降らせたのが気に入らなかったのかしら?」

「率直に申し上げて、その通りですね」


 ユリの問いかけに、リュディナは即座に首肯する。

 現在の公国はプリムラが行使した【気象操作】の魔術により、公都デルレーンを中心に半径30km以内の全域が『大雪』に呑まれている。

 魔法で起こした大雪なので、【気象操作】の効果が切れない限りは公国の天候が回復することはない。しかもユリはプリムラに『可能な限り持続時間を拡大』するように命じたため、この『大雪』は80日間―――つまり2ヶ月に渡って持続する予定となっている。


「あなたが起こした『大雪』に、苦しんでいる市民が居ます。今すぐやめるようにとは申しませんが……なるべく早めに公国と講和し、市民に無用な苦しみを与えるのを終わらせて頂けると有難いのですが」

「リュディナがやめろと言うのなら、すぐにでもやめるけれど……。

 何と言うか……王国の兵士を大量に殺した時は私に何も言わなかったのに、今回だけリュディナから掣肘されるのは、変な感じがするわね」

「私は別に、ユリが行っていることが『悪』だからやめて欲しいと言っているわけではありません。私は『苦痛』というものが苦手で、自分が苦しい目に遭うのも、他人が苦しい目に遭うのも嫌いなのですよ。

 ユリがどれだけ沢山の人を殺めようと、それ自体は私は全く気にも留めません。死の苦痛など一瞬のものですから、私からすれば看過できることなのですよ」

「……こう言っては何だけれど、神様とは思えない発言ねえ」


 人をどれだけ殺しても構わない―――と断言する、そのあまりの物言いに。

 ユリが呆れた表情を作りながらそう零すと、リュディナは「ふふ」と小さく可笑しそうに笑みを零してみせた。


「私は主神の1柱ではありますが、別に善神とは自分でも全く思っていませんよ。どちらかといえば自分勝手と言う意味で『悪』。つまり、ユリと同じですね」

「あら、そうなの? 悪神が2柱も居るなんて、この世界は可哀想ね」

「全くです」


 くすくすと、より一層可笑しそうに笑ってみせるリュディナ。

 神様なのだから、善性の存在なのだろう―――と、リュディナに対して先入観を抱いていた自分に気付かされ、ユリは内心で少し反省する。ユリ自身がそうではないのだから、リュディナもまた同じであっても何もおかしくはないのだ。


「話を戻しますが―――私は自身が苦痛を味わうのに限らず、他人が苦痛に苛まれるのも好きではありません。特に『治療魔法』で解決できないような苦痛は、逃れる術がありませんから尚更です。

 あなたが『大雪』を降らせた公国は、元々冬でも雪が降らないことのほうが多い土地ですから、暖房設備を備えている家庭が殆どありません。毛布に包まり、極寒の辛さを必死に耐える人の祈りを聞くのは、私からすると耐え難いことなのです」

「判りました。リュディナが嫌なら、すぐに停止させるわ」

「……自分でお願いしておいて何ですが、宜しいのですか? このまま雪を降らせ続ければ、今秋の実りは全滅し、国土は閉ざされて出兵も儘ならず、それだけで遠からず公国は干上がると思いますが」

「別に迂遠な手段を用いなくとも、勝てる相手ではあるからね」


 公国を本気で潰そうと思うなら、もっと安直で早い手段など幾らでもある。

 彼の国に雪を降らせたのは、愛しい子達を侮辱したドラポンド公に対してユリが行った、ただの嫌がらせでしかない。

 別に元より、戦略的な効果など期待してもいないのだ。


「そうですか―――ありがとうございます、ユリ。わざわざご足労頂いて申し訳ありませんでしたが、私からの話はそれだけです」

「判ったわ。今後はあなたの意志を汲んで、敵国の民であろうとも、無用な苦痛を与えないように気をつけることにする。……但し、当事者であるドラポンド公や、公国の貴族達は別よ? 地位ある者には相応の報いを与えることもあるわ」

「それは致し方ありませんね。ユリの怒りを買う方が悪いのですから。

 ―――ああ、そういえば私は、ユリにお茶のひとつも出していませんでしたね。いま用意して来ますので、少し待っていて頂けますか」

「いつも悪いわね」

「いえ、振る舞う相手が居るのは私も嬉しいですから」


 笑顔でそう応えると、リュディナは庭園の側にある洋館の方へと去って行った。

 リュディナはいつも2~3分程度と、然程の時間も置かずにでお茶を淹れてきてくれるのだけれど。あの洋館には何か、現代的な給湯設備でもあるのだろうか。


 ユリがあの洋館について知っているのは、2階に寝室があるということだけだ。

 その部屋だけはリュディナと一緒に利用したので、経験上(・・・)知っている。


(しかし、この場所はホント季節感が無いわよね……)


 周囲の景色を眺めながら、ユリは内心でそんなことを思う。


 神域の庭園は、いつ来ても眩いばかりの新緑に満たされている。

 植物がこういった新緑に彩られる季節というのは、春の終わりから夏の初め頃に掛けてだと思うのだけれど。今日は『秋月3日』―――つまり季節はもう『秋』に入っている。

 この分だと、おそらく暦が『冬』に入ってもそのままなのだろう。


 そんなことをユリが考えていると。やはり3分も掛からずに、リュディナはお茶を載せたトレーを抱えて、ユリが居る庭園のテーブルへと戻ってきた。


(……あら?)


 リュディナが抱えているトレーの上に、ティーカップが3つあることに気づき、ユリは少し不思議に思う。

 よく見てみると―――リュディナのすぐ後ろに隠れるようにしながら、ひとりの少し気が弱そうな、可愛らしい茶髪の女の子が付いてきていた。


「ユリ、ひとり紹介させて頂いても?」

「女の子を紹介してくれる分には、いつでも大歓迎よ」


 リュディナの言葉に、ユリはそう応えて微笑む。

 公国へ訪問した時などは、会う相手が男性ばかりだった気がするから。こうして可愛らしい女の子と出会いが持てると、とても精神的に癒される気がする。


「は、初めまして、ユリお姉さま! 私は、アルカナと言います!」


 少女はリュディナの背後から飛び出ると、即座に深々とお辞儀をしてみせた。


「初めまして。既にご存じのようだけれど、私はユリよ。よろしくねアルカナ」

「はい! よ、よろしくお願いします」


 アルカナが片手を差し出してきたので、ユリは喜んでその手を優しく握る。

 気が弱そうな子かと思えば、意外にはきはきした口調で喋る子でもあるようだ。

 ただ、何か緊張でもしているのか、少し声が震えている様子だけれど。


「い、いつも、ユリお姉さまの『放送』見てます!」

「あら、ありがとう。……でも、どうやって視聴しているのかしら?」


 先日だけは公国首都の市民にも行ったけれど、基本的にユリの『放送』はユリタニアとファルラタの市民に向けてしか放送していない筈だが。


「えっと……私達は、自分の信徒が見ているものなら、自分自身が見ているように感じることができるんです。なので、ユリタニアの人の目をお借りしています」

「なるほど」


 『アルカナ』という名は初めて聞くけれど―――この神域(ばしょ)に居るということは、彼女もまた主神の1柱なのだろう。

 となればユリタニアにも当然彼女の信徒が多少は居るだろうし、その信徒の目を介して『放送』を見ることが出来ていることにも納得がいく。


「アルカナは『娯楽』と『芸術』を司る主神なんですよ」

「はい! なのでユリお姉さまの『放送』を見て、私は感銘を受けました!」


 紹介するリュディナの言葉を肯定し、アルカナはユリにそう強く主張する。

 深い敬意が籠められた目でまじまじと見つめられ、ユリは僅かにたじろいだ。

 まあ―――この世界には娯楽が少ないようだし。あんな『放送』でも、多少の娯楽にはなっているのだろうか。


「できれば1日1度だけじゃなくて、もっと『放送』の頻度を増やして下さい! 24時間いつでも見られるようになると、とっても嬉しいです」

「それは間違いなく私が過労死するわね……」


 アルカナの無垢なお願いに、思わずユリは頬を引き攣らせる。

 『放送』は常にユリの手を介して行われているものだ。現代日本で放送されているテレビのように、24時間いつでも何かしらの番組を視聴できるようにするというのは、残念ながら現実的ではない。


(ああ、いえ―――。必ずしも、そうとは限らないか)


 シルフなどの使役獣が見ている視界を、ただ『放送』として垂れ流すことだけであれば、ユリ自身が労力を費やす必要は無い。

 とはいえ、それで放送されるのは―――いわゆる『定点放送のライブカメラ』と同じものなので、視聴していて楽しいものかどうかは怪しい所だが。


「やっぱり駄目ですか。残念です……」

「少し出来ないか考えては見るけれど。あまり期待しないで頂戴ね」


 露骨に気落ちするアルカナに、ユリはそう慰めの言葉を掛ける。


 例えば、屋台通りで営業している1台の屋台にシルフを張り付かせ、そこで行われている会話と映像を『放送』する、という程度のことであれば問題無く可能だ。

 それなら、話が上手な店主が経営する屋台であれば、あるいは視聴して楽しめる程度のコンテンツにはなるのかもしれない。

 ……まあ、そういう店主に心当たりは無いのだけれど。


「ところで、どうして私のことを『お姉さま』と呼ぶのかしら? 多分だけれど、私よりもアルカナのほうが年上ではないかしら?」


 最近加わったユリを除けば、主神はいずれもかなり長い間『神様』をやっているという話を、以前リュディナから聞いたことがある。

 現代日本での実年齢を思えば、ユリも決して若い方ではないが。それでも流石に長く神様を務めている相手とは較べるまでもないと思う。


「えっと、その……。『放送』で百合帝国の方がユリお姉さまのことをそう呼んでいるのを見まして、羨ましかったもので。……いけませんでしたか?」

「いいえ、好きなだけ呼んで頂戴」


 どうやら『姫百合(パティア)』の子がユリをそう呼んでいるのを『放送』で見て、アルカナは感化されたらしい。

 もちろん『お姉さま』と呼ばれること自体が嫌なわけでは全く無いので、ユリは即座にそう許諾した。

 ニムン聖国の聖女であるエシュトアからも『お姉さま』と呼ばれているし、気付けば最近は『姫百合』以外の子からも呼ばれる機会が多くなってきた気がする。


「ゆ、ユリお姉さまに、お願いがあります!」

「あら、何かしら? 私は可愛い女の子のおねだりになら、すぐに屈するわよ?」


 アルカナに優しく微笑みながら、ユリはそう告げる。

 もちろん嘘でも誇張でもなく、ただの事実でしかない。


「私も『屋台』を食べてみたいので、ユリタニアに家を下さいませんか!」

「家を……? いいけれど、住む気なの?」

「はい!」

「あ、私も一緒に住みますので、少し大きめの邸宅にして下さいね」


 アルカナの言葉に便乗して、リュディナがそう要請する。

 公国から攫ってきた奴隷の人達を住まわせた為に、ユリタニアにある集合住宅の空き部屋はかなり減ってしまっているけれど。邸宅ならまだ誰も住んでいない空き家が多く残っているので、用意するのは難しく無い。


「それぐらいは構わないけれど……」

「ありがとうございます! お姉さま、大好きです!」


 ユリの腰ぐらいまでの背丈しかない、何とも小さくて可愛らしい少女(アルカナ)が、満面の笑みを浮かべながら勢いよくユリの身体に抱き付いてくる。


(一番良い屋敷を用意しないと―――)


 即座にユリが内心でそう決めたのは、最早言うまでも無いことだった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] え、住むの?あんまり他人には知られないようにしとかないと聖地認定されちゃうんじゃない?
[良い点] 更新乙い [一言] 定点カメラで猫動画とかは需要有る
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