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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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70. 公国の夜会(後)

 



 夜会に限らず、国が主催する祝宴であれば『君主』が登場する瞬間というのは、場が最も盛り上がる場面なのでは無いだろうか。

 にも拘わらず、君主であるドラポンド公を迎える拍手はまばらで、会場内の人達は誰もが浮かれぬ表情をしている。


 それも当然の反応だろう。

 王国との敗戦から11年の月日が経ち、ようやく敗北の屈辱に塗れた過去を忘れられつつあった頃合いに、気付けば意図せぬ戦時状態へ突入していた―――そんな事実を、他国の国主2人から知らされたのだから。

 もっとも、ユリが意図的に『念話』を届ける対象から排除していたこともあり、当のドラポンド公本人だけは、その事実に気付いていないのだが。


「ユリ様」


 ドラポンド公に会場内の視線が集まる中で、アルトリウス教皇がひっそりとユリに話しかけてくる。


「何かしら?」

「先程ユリ様がやっておられたような、会場内の全員へ直接話しかける『念話』というのは、お願いすれば私からも発信できるのでしょうか?」

「ええ、それは問題無く可能よ」


 ユリの職業である〈絆鎖術師(エーテリンカー)〉は『(リンク)』操作の能力に完全特化されたものなので、色々と応用を利かせることも難しくない。

 任意の相手を『念話』の送信者に設定する程度なら、造作もないことだ。


「では、今からドラポンド公とちょっと会話をして参りますので。私とドラポンド公の発言を、会場全体に聞こえるようにして下さいませんか?」

「向こうの声にも適用するのね。判ったわ、もうやってもいいのかしら?」

「はい、お願いします」


 ユリは『(リンク)』を操作して、アルトリウス教皇とドラポンド公爵が発言した言葉が、『念話』上で送信されるように設定を変更する。

 これで、教皇とドラポンド公が何か会話をすれば、その内容は会場中の全員にも聞こえるわけだ。

 いや―――実際にはユリの『放送』にも送信されるので、会場内だけに留まらずユリタニアとファルラタの市民、そして公都デルレーンの市民全てにも聞こえることになる。


 ユリが頷いて、念話の効果が適用されたことを伝えると。

 アルトリウス教皇は、まだ階段上から会場内を見下ろしているドラポンド公に向けて、キッと射貫くような鋭い視線を向ける。


「―――ドラポンド公!!」

「……っ!?」


 あの痩躯のどこから出たのかと思える程の大音量で、アルトリウス教皇が怒声を張り上げた。驚きのあまりに、思わずユリは声が出てしまいそうになる。

 もちろん驚かされたのはユリばかりではない。今しがたユリ達に話しかけて来ていたオーグロット公とテオドール公も、会場内の貴族と令嬢の人達も、そして怒声をぶつけられたドラポンド公もまた、尋常ではなく驚いていた。


 先程まで階段上からホール内を見下ろしていた、鷹揚な姿はどこへ消えたやら。ドラポンド公は慌てて階段を駆け下り、アルトリウス教皇と対峙する。


「い、一体どうなさったのかね、アルトリウス聖王。そんなに声を荒げるなんて、貴方らしくも無いではないか」

「私とて怒るべき時には怒りますよ。なぜ公国は『百合帝国』に対して、宣戦布告という愚行をなさったのですか!」

「む……。聖王よ、それは他国がとやかく言うような話では無かろう。ニルデアは要衝の地であり、彼の地を得ることは公国に利する。

 『百合帝国』を名乗る集団が占拠している故、今ならば彼の地を攻めても王国と開戦することにならぬというのも素晴らしい。絶好の機会をみすみす逃す判断は、公国の君主としてできる筈も無かろう」

「………」


 ドラポンド公の言葉を受けて、アルトリウス教皇は言葉を失う。

 とりあえず今ドラポンド公がした発言から、公国が『百合帝国』を未だに国として認めていない事実が明らかになった。


「……百合帝国は竜を使者にする程の国家です。そのような相手と戦争を行って、公国が無事で済むと思っていらっしゃるのですか?」

「なればこそだよ、聖王。如何にして手懐けたのかは判らぬが、百合帝国を名乗る集団は1頭の竜を―――それも非常に大型の竜を飼っている。戦争に勝てば、それを公国の物とできるのだ。さすれば、もはや王国など相手にもならぬ。11年前の屈辱を晴らし、失地回復を図る絶好の機会ではないか」

「………」


 ドラポンド公の言葉に、再びアルトリウス教皇が閉口する。

 ユリもまた、心の中では心底から呆れ果てていた。ラドラグルフはユリの使役獣であり、主のユリに対して絶対の忠誠心を持っている。ドラポンド公は何故、戦勝さえできればラドラグルフを奪えると、安易に考えられるのか。


「……公国の大聖堂を預かるコンラート高司祭から『百合帝国の国主が主神の1柱である』という通達は、何度もドラポンド公の元へ届けられている筈ですが?」

「主神があのような場所におられる筈も無い。その通達は明らかに誤りであろう」

「ほう。つまりドラポンド公は、聖国が公国へ派遣しているコンラート高司祭が、居もしない主神の存在を騙る背教者であると?」

「い、いや、そういうつもりでは……」


 アルトリウス教皇は笑顔なのに、その背後には激怒のオーラが見える。

 どうやら配下が侮辱されたことが、彼の逆鱗に触れたらしい。射殺すような視線で見据えられて、ドラポンド公はしどろもどろになっていた。


「む……そ、そうだ。そもそも私は百合帝国なる集団に宣戦布告などしておらぬ! ただ公国の一部として加わってはどうかと、親書を送って打診しただけだ!」

「ほう? ……ユリ様」

「あら、何かしら?」

「以前ドラポンド公から届けられた親書というのは、もしかして今もお持ちだったりするのでしょうか?」

「ええ、持っているわよ」


 そもそもユリが親書を携行していることは、アルトリウス教皇から事前に確認されていたことでもある。

 ユリが〈インベントリ〉から親書を取り出して、アルトリウス教皇へ手渡すと。それをすぐ横で見ていたドラポンド公は、顔を真っ青にしてみせた。


「―――女帝を(かた)る、愚かなる蛮族の女へ」

「なぜ声に出して読む必要が!?」

「この場に居る皆様も、手紙の内容を知りたいでしょうから」


 抗議するドラポンド公に、アルトリウス教皇は笑顔を貼り付けてそう答える。

 よくよく見てみると、額の端には青筋が立っている。笑顔のまま怒る人は、普通に怒る人よりずっと怖いのでは―――(はた)から眺めながらユリはそんな事を思った。


「弱り果てた竜をたまたま支配下におく幸運に恵まれ、その竜の力を利用して首尾良くニルデアの征服に成功しただけの、非才にして愚かなる女よ。偉大なるシュレジア公国には、卑しい女を受け容れるだけの寛容さがある。直ちに支配下においた竜とニルデアの都市を我等に差し出し、弱卒の兵ともども臣従を宣誓せよ。さすれば生活に困らぬ程度の小銭ぐらいは分けてやろう。―――グランツ・ドラポンド」

「………」


 親書の全文を読み上げられ、ドラポンド公の表情が大変なことになっている。

 完全に血の気が引ききった顔色は、もはや健常者のそれには見えない。


 あと会場の人達も、呆れるを通り越して何だか奇妙な表情になっていた。

 とりあえず、どの顔にも(その文面は無いわ)という心裡だけは書かれている。


「ドラポンド公」

「な、何かな、アルトリウス聖王」

「私は八神教の教皇として―――シュレジア公国の当代君主であるグランツ・ドラポンドを『破門』とすることを、ここに宣言致します」

「なっ……!?」


 アルトリウス教皇の言葉に、ドラポンド公が大きく狼狽えた。


 君主が八神教から『破門』されることは、その国家から教会関係者が完全に手を引くことを意味する。当然〔神官〕に代表される治療系の天職を持つ人達も軒並み国を去るため、公国から治療魔法を行使できる人が誰も居なくなってしまう。

 高額とはいえ、今までは金を払いさえすれば当たり前のように享受できていた、怪我や病の治療といった恩恵。それが公国の全土から失われてしまうわけだ。


「また、ニムン聖国は百合帝国にとって最重要の同盟国。故に、シュレジア公国が百合帝国に宣戦するならば、当然ニムン聖国は百合帝国の側に立って応戦する。砂漠と共に生きる兵達の恐ろしさを、一度味わってみると良いでしょう」


 この世界では、砂漠に生息する魔物にはレベルが高い個体が多いらしい。そのため、それらの魔物と戦う機会が多くあるニムン聖国の聖騎士は、他国の騎士に較べて一回りも二回りも強い実力(レベル)を持っている。

 量はともかく、質に関しては他国の兵よりも明らかに秀でているのだ。


 また、宗教の力も侮れない。『破門』されるような国家は神の敵も同然なので、敬虔な信徒が多いニムン聖国の兵達は、公国に剣を向ける死兵と化す。

 それこそ竜を相手にするよりも、ある意味では恐ろしい相手なのだ。


「ま、待って頂きたい! アルトリウス聖王!」

「私の話は終わりました。帰りましょう、ユリ様」

「あら、もう良いの?」

「ここは蛮族の国です。今まで聖国が友好を結んでいたのは誤りでした」


 そう告げるアルトリウス教皇の態度には、もはや取り付く島もない。

 ドラポンド公はまだ何か言いたげだけれど、結局は何も言えない様子だった。


(んー……)


 別に、帰ること自体は吝かでは無いのだが。

 ただ―――このまま帰ってしまうと。今回の美味しい所は全部アルトリウス教皇が持っていってしまったから、ユリは『何もしていない』ような気がするのだ。

 せめてユリからも何かひとつ、公国に明確な『攻撃』をしておきたい。


「―――ドラポンド公」

「な、何かな、百合帝国の」


 底冷えするような声でユリが名を呼ぶと、ドラポンド公は慌てた様子で応える。

 まだ名乗っていないけれど、一応ユリのことは既に把握しているようだ。


「ドラポンド公は、どのような天気がお好きですか?」

「……は?」

「天気です。好きな天気のひとつも無いのですか?」


 何故そんな質問をしてくるのか判らない、と明らかに顔に書いてあったが。

 ユリが答えを催促すると、一瞬だけ思案した後にドラポンド公が答えた。


「そ、そうだな……行軍の時を除けば、雪は好きだ。あれは目を楽しませる」

「なるほど! 雪ですか、あれは良いものですよね!」


 ぽん、と手を打ってユリはドラポンド公の回答を賞賛する。

 何とも―――ユリにとって、都合の良い回答をしてくれたものだ。


「ドラポンド公。今回は夜会にご招待下さりありがとうございました。良き隣人が帰ろうと催促しておりますので、今晩はこれにて失礼させて頂こうと思いますが。最後に私から、招待のお礼として『雪』を贈らせて頂こうと思いますわ」

「は? 雪を贈る、だと……?」

「はい。―――プリムラ、今から【気象操作】の魔術を行使しなさい。効果範囲を3倍に拡大した上で、持続時間も可能な限り拡大して頂戴。真冬の気候に変化させると共に、もちろん天候は『大雪』に指定してね。それから『詠唱の腕輪』の使用も許可します」

「承知しました、姫」


 ユリは振り返って、背後に控えるプリムラにそう命令する。

 指示に応じて、即座にプリムラが魔術の行使を開始した。彼女が常に身に付けている『詠唱の腕輪』を使えば、どんな大魔術でも、そしてどんなに魔術効果を拡大しようとも、1日に1回だけなら詠唱時間を『0』にできる。


「―――【気象操作コラート・アダムテムル】」


 一切の詠唱時間を必要とせず、プリムラの魔術が発動する。

 一見すると、プリムラが行使した魔術は何も効果を現さなかったようにも見えるかもしれないが―――数分と掛からないうちに、周囲一帯の気温は真冬のそれへと変化し、間もなく雪も降り始めることだろう。


「絆を頼りに空間を(むす)び、我等を彼の地へと誘い給え―――」


 ユリもまた魔法の詠唱を開始する。

 地面に魔法陣が出現したのを見て、マカロンとプリムラ、そしてアルトリウス教皇と護衛の人達が、速やかに魔法陣の中へと入ってきてくれた。


「それではドラポンド公、私達はこれで失礼しますね。どうぞ心ゆくまで『雪』をお楽しみ下さい。―――【集団長距離転移マスティ・トロンアドアス】!」


 『魔術語(ネシエント)』を唱えて詠唱を結び、魔法を発動させる。

 ユリ達全員の姿が、一瞬のうちにデルレーン宮殿の夜会会場から消滅した。



     *



「……何だったのだ?」


 何だか怒濤のように色々なことが起きすぎて、取り残されたドラポンド公が放心していると。俄に会場の中が騒がしくなった。

 一体どうしたことか―――と思い、慌てて周囲を見渡すと。なんと会場ホールの窓の外で、雪が降っているのが見えるではないか。


「まさか、本当に『神』なのか……?」


 およそ人には為し得ない奇蹟を目の当たりにして、ドラポンド公は戦慄する。

 実際には、雪を降らせたのはプリムラであってユリではないのだが。


 窓の外にしんしんと降る雪を眺めながら、ドラポンド公はただ呆然とする。

 ―――まさかこの雪が10分と経たないうちに『大雪』へと変わり、少なくともこの先80日以上に渡って、降り止むことが無いとも知らずに。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[良い点] 更新乙い [一言] やったね!!暫く水に困る事は無いよ!!
[一言] あーあ、八甲田山になっちゃった・・・ 少しでも知恵の回る人は家財まとめて脱藩しそうですね。戦わずして国家消滅ルート。 ドラ公的に体面を失わずに死ねるには一騎打ちでもして負けて死ぬしかありま…
[一言] アルトリウス聖王、悪魔。 急激な温度変化で奴隷の女の子達が心配です。 大雪、うっ(今年の冬の大雪を思い出しながら)
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