69. 公国の夜会(前)
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公国の騎士に先導され、ユリ達は宮殿の中を歩く。
何故か道中で二度階段を上って、一行は三階へと移動していた。夜会を催すような広いホールであれば、普通は1階に作りそうなものだけれど―――とユリは少し訝しく思う。
とはいえ、アルトリウス教皇はそのことに対し、特に何も思っていないようだ。
アルトリウス教皇は過去に何度も、公国の夜会に参加したことがある筈だから。彼が不審に思っていないのなら、気に掛けるべきことでもないのだろう。
やがて、案内の騎士は三階廊下の突き当たりで制止する。
両開きの重厚な扉があり、その脇に6名の騎士が控えていた。
その奥側からは、壁越しに沢山の賑やかで華やかな声が聞こえてくる。どうやらこの扉の先に『夜会』の会場があるらしい。
「ご入場については、お2人一緒で宜しいのでしょうか?」
「………? ええ、構わないわ」
何故そんなことを訊くのか、と思いつつ、ユリがそう返事をすると。
ユリの言葉を受けて、案内の騎士は少し困ったような表情をしてみせた。
「私も構いません」
「はっ、承知しました!」
アルトリウス教皇が頷いてそう告げると、今度は即座に騎士も反応する。
なるほど、騎士の人はユリにではなく、アルトリウス教皇に訊いていたらしい。
これ自体は別に『百合帝国』が軽んじられているわけではなく、単にシュレジア公国からすると、それだけ友好国のニムン聖国を重視しているということだろう。
そうでなくとも―――長年の歴史を持つ国と、建国して2ヶ月にも満たない国。どちらの国をより大事に扱うべきかは、考えるまでも無いことだった。
扉の両脇に控えていた騎士達が、重厚な扉を押し開く。
ギギギ、と大きな軋みを上げて開いていく扉の音に反応して、会場の賑やかさが少しだけ静まった。その隙に騎士の一人が扉の先に立ち、会場内へ向けて大きな声で告げる。
「―――ニムン聖国の聖王、アルトリウス猊下! 百合帝国の女帝、ユリ陛下!
お二方が入場されます!」
どういう演出だよ、と思わず内心でユリは呆れてしまう。
そのユリの心情を察したように、アルトリウス教皇もまた、どこか乾いたような笑みを浮かべてみせた。
「行きましょう、ユリ様」
「ええ」
アルトリウス教皇と並び歩き、ユリは会場の中へと入る。
もちろんマカロンとプリムラの2人、それと教皇の護衛の騎士4人も、ユリ達に続いて会場の中へと入った。
(ああ―――なるほど、だから三階に入口があったわけね)
中の景色を見下ろして、すぐにユリは得心した。
夜会が催されているホール自体は、やはりユリの予想通り1階にあるようだ。
但しホールには1階からだけではなく3階からも入場できるようになっており、3階からの場合はホールの中に設けられた階段の上から登場することになる。
高い位置からの登場なので、当然ホール内に居るどの人達からもユリとアルトリウス教皇の姿は目視できることになる。2人の国主の登場を歓迎するように、会場の中が大きな拍手に包まれた。
「………? 何故か私も、歓迎されているようね」
「どうやらそのようですね……?」
その会場の反応を見て、ユリとアルトリウス教皇は首を傾げてしまう。
自国の建国祭に他国の国主が2人も来てくれる、ということ自体は喜ばしい事実だろうし、拍手で迎えられるのも判るけれど。
とはいえ―――今回の場合は。アルトリウス教皇はともかくとして、ユリの方は明確に『敵国の国主』なのだ。
普通であれば、登場する国主の片割れが『敵』なのであれば、拍手で迎えるのをもっと躊躇いそうなものだが。
「……案外この場に居る人達は、両国が『開戦』している事実さえ知らないのではありませんか?」
「ふふ、まさかそんなことは……無い、でしょう。……流石に……」
教皇に応えたユリの言葉は、けれど尻すぼみに小さくなっていく。
何だか……この歓迎ぶりを見る限り、有り得ない話でも無い気がしてきた。
「なら、こちらの立場を明確に伝えておいても構わないかしら?」
「それも宜しいでしょう」
アルトリウス教皇の承諾も得たので、ユリは念話を開始する。
デルレーン宮殿の敷地内に居る相手―――先程『Aグループ』に分類した相手へ届けるための念話だ。一応『放送』の視聴者が状況を飲み込めず置いていかれないように、そちらに対しても聞こえる形で送信するが。
『―――ご機嫌よう、夜会をお楽しみの皆様』
拍手が落ち着いてきた頃合いに、ユリがそう念話を送信すると。
頭の中に直接声が聞こえてきたことに驚愕したのか、会場内に居る人達の全員が一気に静まり返った。
『ご紹介に与りました『百合帝国』の国主、ユリと申します。私は1ヶ月半程前に癒神リュディナから誘われまして、現在は8主神の末席にも名を連ねております。この度は公国建国を記念される夜会に私もご招待下さり、ありがとうございます。同盟国のアルトリウス教皇と一緒に、参加させて頂きますね』
ユリが念話でそう告げると。戸惑いのためか、一瞬だけ反応が遅れながらも。やがて夜会の会場の中は、大きな拍手で満たされた。
自分が主神の1柱である―――と、見も知らぬ少女から言われたとしても。本来であれば、そこに信憑性などあろう筈も無いのだが。けれど今のユリのすぐ隣にはニムン聖国の『聖王』であるアルトリウス教皇が居る。
国家を超えて存在する教会勢力の頂点に君臨する教皇が何も言わず、そして静かに頷いて認めているのであれば。それはユリの言葉を裏付けるのに十分過ぎる程の証拠となる。
『ああ―――拍手を頂き、ありがとうございます。1ヶ月前にシュレジア公国から宣戦布告と降伏勧告の親書を頂戴しました折には、随分と驚かされたものですが。敵国の私にまで拍手を下さるだなんて、皆様はとてもお優しいのですね。本日は楽しませて頂くつもりですので、どうぞよろしくお願い致します』
ここぞとばかりに、満面の笑みを浮かべながらユリはそう言葉を締め括る。
ユリの言葉を受けて、会場内が一瞬しんと静まり返り―――けれど今度は逆に、すぐに大きなどよめきとなって俄に場が騒がしくなった。
「……どうやら本当に知らないみたいね」
「そのようですね……」
笑顔を貼り付けた裏側で、心底呆れた声でユリがそう吐き出すと。アルトリウス教皇もまた、多分に困惑が入り交じった声で応えてみせる。
宣戦布告に加えて、降伏勧告まで行っておきながら。相手国の貴族がその事実を知らないことなんて……有り得るのだろうか。
「あの親書は、ドラポンド公の独断で書かれたものなのかしら……」
「信じ難いことですが、私もそのようにしか思えませんね」
ホールの階段を並んで下りながら、アルトリウス教皇とそう会話を交わす。
まあ、たとえ君主以外の全員が宣戦の事実を知らなかったとしても。あの親書が間違いなく公国君主のドラポンド公から送られたものである以上、両国が戦時状態にある事実は変わらないのだが。
(……ああ。女の子が沢山居る場というのは、良いものね)
なんだか気勢を削がれてしまったユリは―――会場の中に溢れる、綺麗な淑女や可愛らしい少女達を俯瞰して眺めていると、少し心が癒された気がした。
実際には夜会の場に居る半数は男性の筈なのだが、心が疲れているせいなのか、男性の姿は自然とユリの目には映らなくなる。
華やかなホールの中に、着飾った女性が沢山居る光景というのは、ユリからすると楽園のそれに近い。
「―――失礼します、ユリ陛下!」
ユリがホールの階段を下りきるのと同時に、そう声が掛けられてきて。束の間の幸せに逃避していたユリは、即座に現実へと引き戻されてしまう。
声と共に駆け寄ってきたのは、いかにも高位の貴族らしい立派な装いをした男性が2人。片方はいかにも文官然とした長身の男性で、もう片方は随分と恰幅の良い腹回りを持つ男性だった。
(……何故、私に絡んでくるのは男性ばかりなのかしら……)
内心でユリは深い溜息を吐くが、もちろんそれを表情に出したりはしない。
「何か私に御用でしょうか?」
「と、当国が、貴国に宣戦したというのは、本当なのでしょうか!?」
「………?」
不思議そうな顔をしながら、ユリは首を傾げてみせる。
もちろん、意図的にそういう表情と仕草を演じているだけだが。
「失礼ですが、そちらが仰りたいことの意味が判りかねるのですが……。えっと、まずは貴方のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「……はっ。こ、これは失礼しました。申し遅れましたが、私はオーグロット家のアーガスと申します」
「自分はカダイン・テオドールと申します」
ユリの言葉に応えて、2人の男性がそれぞれに自身の身を証してくれる。
恰幅の良い方が『オーグロット家』で、文官っぽい方が『テオドール家』らしいけれど。2人の家名にはユリも覚えがあった。
「あら、シュレジア公爵家のお二方ではありませんか」
「ご、ご存じでしたか。左様で御座います」
焦りの色を隠しもせず、オーグロット公はぺこぺこと何度も頭を下げてみせた。
シュレジア公国は『公国』の名が示す通り、公爵家が主体となって運営される国家なわけだけれど。公国には『オーグロット家』と『テオドール家』、そして『ドラポンド家』の3つの公爵家があるため、公国の君主は時代毎にこの3家の合議によって決定されることになっている。
11年前までは『テオドール家』がシュレジア公国の君主を務めていたはずだ。現在は『ドラポンド家』に君主が変わっているため、オーグロット家もテオドール家も君主の家門では無いわけだけれど。とはいえ、実質的に公国の君主と遜色ないほどの権力を持った相手であることは間違いないだろう。
「これはお久しぶりです、オーグロット公、テオドール公」
「おお……。ご無沙汰しております、アルトリウス陛下」
ユリ達の会話に、アルトリウス教皇も参加する。
教皇は心底不思議そうな表情を浮かべながら、オーグロット公に問うた。
「ひとつ公に、どうしてもお訊ねしたいことがあるのですが……。
どうして公国は、恐れ多くも主神の1柱で在らせられるユリ様が治めておられる国家に、宣戦布告などという暴挙を行われたのでしょうか?」
「………!! 本当に公国は、ユリ陛下の国に宣戦したのですか!?」
「これは異な事を仰るのですね。宣戦なさったのはそちらでしょう? 今になって初めて知ったかのような口振りをなさる、その意味が理解できないのですが」
「そ、それは……その、本当に今、初めて知りまして……」
「有り得ない話ですね。虚言はあまり感心できることではありませんよ」
しどろもどろに漏らしたオーグロット公の言葉を、アルトリウス教皇はぴしゃりと厳しい声でそう咎める。
宗教指導者から咎められては、反論の余地などあろう筈も無い。すっかり言葉を失ったオーグロット公に代わって、今度はテオドール公が全面に立った。
「失礼ながら、ユリ陛下。当国が貴国へ宣戦布告を行った親書については、現在もお持ちなのでしょうか?」
「所持しております。何でしたら、今すぐにお見せすることも可能ですが」
「では、是非拝見させて頂けませんでしょうか。その……どうにも、私にもオーグロット公にも、事態がいまいち飲み込めておりませんので」
「ええ、承知し―――」
ユリがテオドール公に返答しかけた刹那に。ギギギ、と大きな軋みの音を上げて扉が開かれる音が、会場の中へと響き渡った。
「―――ドラポンド公がご入場されます!」
扉の向こうからユリ達の時と同じ騎士が、大きな声でそう宣言する。
何とも良いタイミングで出て来てくれたものだ―――と、ユリは内心で嗤った。
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