68. 三国放送
放送を届ける相手を増やすこと自体は、ユリにも吝かでは無い。
今まで、まず自国の民に『放送』を届けて、それから同盟国の民にも『放送』を届けてきたのだ。ここでいっそ敵国の民にまで『放送』を届けてみるというのも、意外に面白いかもしれない。
流石に面倒なので、今日1晩だけしかやるつもりはないけれど。
「……ちょっと準備に時間が掛かるわよ?」
「問題ありません。どうせ私達の出番が来るのは、まだまだ先でしょう」
「判ったわよ、やってみましょう」
アルトリウス教皇が即座に肯定したのをみて、ユリもまた諦めたように頷く。
公都デルレーンの市民に『放送』を届ける為には、まず全ての市民と『絆』を結ばなければならない。
『絆』を結ぶには、ユリが相手を正しく認識している必要がある。例えば、既にユリから視認できている相手に対してなら、そのまま『絆』を接続することも可能なので、特に苦労もしないわけだ。
とはいえ都市の住民全てと『絆』を結ぶとなると、やはり【空間把握】の魔法を利用して、魔法効果によって市民全員を正確に認識することが不可欠だ。
公都デルレーンの都市は南北に長い楕円形をしているが、面積自体は百合帝国の元拠点都市であったニルデアよりも明らかに狭い。
なのでニルデアに行使する時と同じく、効果範囲を『200倍』に拡げて【空間把握】の魔法を行使すれば、おそらく都市全てを収めることができるだろう。
【空間把握】の詠唱時間は『3秒』なので、効果範囲を200倍まで拡大する場合は『600秒』の詠唱時間が必要になる。
ユリはきっちり10分間、魔法に意識を集中させ続けて―――。
「―――全てを我が前に曝け出せ、【空間把握】!」
『魔術語』を唱えて詠唱を結び、魔法を発動させた。
傍から見れば、いまユリが行使した魔法は『何も効果を現さなかった』ようにも見えるだろうけれど。術者であるユリの頭の中には【空間把握】の魔法効果により齎されたあらゆる情報が、洪水のように一気に流れ込んで来ていた。
「……酷い都市ね。人口の1割以上が奴隷じゃないの」
魔法で得られた情報によると、公都デルレーンの人口は『21336人』。
都市面積の割に人口が多すぎる気がするが、これは建国祭が行われている今の期間だけは、周囲の都市や村落から旅客が集まってきているからだろう。
そのうち奴隷が『2529人』もいる。しかも奴隷の8割以上が女性だ。
しかも女性の中には、年齢が『20歳』にも満たないような、幼い少女の奴隷も結構な人数が含まれている。1年が160日しかないこの世界で20歳未満ということは、ユリの感覚からすると『9歳』以下の少女に相当する。
別に奴隷制自体を『悪』だと罵るつもりは無いけれど。―――それでも、女性を愛するユリからすれば、断じて看過できない事態であることは間違いない。
今回のことが終わったら、速やかに自国へ回収する必要があるだろう。
「お姉さま、今は」
「おっと―――そうだったわね、まずは『放送』の準備をしましょう」
思惟の海に嵌りそうになっていたユリは、マカロンの声に引き戻される。
【空間把握】の魔法はユリの魔力が枯渇するか、または意図的に解除しない限り維持される。公都デルレーンの都市情報について調べたり考察したりするのは、後回しにしても良いだろう。
ユリは約2万1千人のデルレーン市民全てと『絆』を確立する。
その上で、デルレーン宮殿の敷地内に居る相手を『Aグループ』、それ以外の場所に居る相手を『Bグループ』に分けることにした。
今晩の『放送』はユリタニア市民とファルラタ市民、それからデルレーン市民のうち『Bグループ』に分類された相手にだけ届けることにする。
こうすれば宮殿内に居る相手には届かないので、相手が『放送』されている事実に気付くのは、かなり遅くなることだろう。
一方で『放送』自体は届けないが、『Aグループ』との『絆』も継続する。
こちらはこちらで、きっと夜会の際に便利に使える筈だ。
「―――ご機嫌よう、神都ユリタニアにお住まいの皆様、及び聖都ファルラタにお住まいの皆様。『百合帝国』の女帝を務めております、ユリと申します」
準備が終わったので、早速ユリはいつもの『放送』を開始する。
最近はすっかり慣れたもので、もはや生活の一部とさえなりつつあった。
「現在私はシュレジア公国の首都、公都デルレーンに来ております。その縁で今回だけ特別に、この『放送』を公都デルレーン市民の方々にもお届けしております。
―――初めまして、公都デルレーンにお住まいの皆様。私は公国のすぐ隣に最近建国した『百合帝国』という国の君主で、ユリと申します。私は先々月の23日、つまり『春月の23日』にこの世界の主神の1柱となりましたので、主神8柱への信仰が厚い方でしたら、もしかしたらそちらで私をご存じかもしれませんね」
にこりと微笑みながら、ユリは『放送』を見ているであろう公都デルレーンの市民に向けてそう告げる。
ユリが何者であるかは、今の時点でちゃんと明示しておいた方が良いだろう。
―――そのほうがユリが『敵』であると理解して貰えた時に、市民の混乱がより大きなものになる筈だから。
「また、本日は私ひとりではありません。今回はシュレジア公国まで、とある方と一緒に訪問しております」
ユリがそう告げると、意を察したシルフが少し移動して、ソファの対面側に座るアルトリウス教皇とユリを一緒に視認できる位置に浮遊する。
とはいえ、シルフは姿を消しているので、アルトリウス教皇にはそのことが判らない。なのでユリはシルフを『白』でマーキングして、その情報を『絆』を通してアルトリウス教皇にも共有するようにした。
ユリの能力によってマーキングされた対象は、たとえ屋内や地下に居たり、遮蔽物に身を隠していたとしても、その姿が常に半透明で視認できるようになる。
これは魔術や魔法、魔導具などの効果によって姿を不可視状態にしている場合も同様だ。なのでユリからマーキング情報を共有されると、アルトリウス教皇からもシルフの姿がうっすらと視えるようになる。
アルトリウス教皇はそのことに、すぐに気がついたようだ。
ユリが一度小さく頷いてみせると。教皇も一度頷いて応えた後に、すぐに視聴者へ向けて語り始めてくれた。
「こんばんは、公都デルレーンの皆様。そしてもちろん、聖都ファルラタと神都ユリタニアの市民の皆様も。私の名はアルトリウス。八神教の教皇と、ニムン聖国の聖王を務めております。よろしくお願いします」
目線と同じ高さに浮遊するシルフに対し、教皇が丁寧な口調でそう挨拶をする。
アルトリウス教皇が全ての主神に対して信仰心を抱いているのは知っていたけれど、それを『八神教』と呼ぶことは何気に初めて知った事実だ。
あと、教皇という役職で国家元首なのかと思っていたが、どうやら元首としてはちゃんと『聖王』という肩書きを持っているらしい。同盟まで結んでおきながら、そんな事実さえユリは今の今まで知らなかった。
「私も本日は、ユリ様と一緒にシュレジア公国を訪れております。シュレジア公国では毎年『秋月1日』からの4日間に『建国祭』が催されるのですが、その初日の夜には建国を祝う夜会も開かれます。
この夜会には友好国の国主を招待することが慣わしとなっていますので、ニムン聖国の聖王である私宛には、今年も招待状が届いたわけですね」
そう告げてアルトリウス教皇は、先程宮殿に入る際に警備兵に提示していた夜会の招待状を広げて、視聴者からも見えるようにする。
「あら―――この夜会には『友好国』の国主を招待するのが慣例なの?」
「ええ、そのように私は理解しておりますが」
「不思議ね。ではどうして、私の所にも招待状が来たのかしら?」
ユリもまた教皇と同じように、自分宛に届いた招待状を広げてみせた。
「おや、ユリ様も招待状を受け取っておられたのですね? これは意外です」
「そうよねえ、どうして公国は私に招待状なんて送ってきたのかしら。私の国である『百合帝国』は、既にシュレジア公国から宣戦布告をされているというのに」
特に話の流れを事前に教皇と打ち合わせたわけではないのだけれど―――まるで示し合わせたように、ユリとアルトリウス教皇の会話は淀みなく進む。
ユリが招待状を受け取っていることを、まるで今知ったかのように演技してみせるあたり、やっぱり教皇もなかなか悪辣だと思う。
「そうですよね。敵国に夜会の招待状を送るという話は、私も初めて聞きました」
更に『敵国』という言葉を使って、百合帝国とシュレジア公国の関係性を明確にする辺りも、本当にいやらしい。
教皇は常に笑顔で、温厚な人だとばかり思っていたけれど。きっと彼の腹の中は信じられない程の暗黒物質で満たされているに違いない。
―――そんなことをユリが考えていると。
不意に、ユリ達が居る貴賓室の扉が、コンコンと二度ノックされた。
「おや、どうやら私達の出番が来たようです」
「そのようね。これから私達は、宮殿で催される夜会に参加します。視聴者の皆様も、どうか『放送』を通して夜会の雰囲気だけでも楽しんで下さいね」
視聴者にそう告げてから、ユリとアルトリウス教皇の2人は立ち上がる。
戦場へ赴く時間がやって来たのだ―――。
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