67. デルレーン宮殿
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「似合ってないわね」
「こればかりは自分でも理解しております……」
にべもなくばっさりと言い切ったユリの言葉に、アルトリウス教皇が苦笑しながら応える。
ユリ達が公都の大聖堂を訪ねると、教皇は既に夜会用の衣装に着替えていた。
普段身に付けている聖職者らしい白のローブではなく、黒を基調とする中に濃紺があしらわれている、落ち着いた雰囲気のローブだ。
悲しいことにこのローブが、アルトリウス教皇には全く似合っていなかった。
服の色が変わっただけで、デザイン自体にはそれほど差も違いも無いのだが。
「……貴方は痩せすぎなのよ。もう少し太った方がその服は映えると思うわ」
溜息混じりに、ユリはアルトリウス教皇にそう告げる。
似合わない理由が、ユリにはすぐに理解できた。アルトリウス教皇は180cm近い長身の割に身体が随分と細く、また肩幅も狭いため、黒いローブを身につけていると『服に着られている』という印象が出てしまうのだ。
アルトリウス教皇が普段着ているローブの色は『白』。白は『膨張色』なので、本来のサイズよりも少し大きく見せる特性がある。
男性にしては痩身過ぎる教皇も、白いローブを身に付けていると本来よりも少し体幹が増して見えて、多少の貫禄を持つことができていたのだ。
一方で、今のアルトリウス教皇が着ているのは、黒に濃紺を加えたローブ。
黒のように明度が低い色や、紺や青のような寒色は『収縮色』なので、先程とは逆に本来のサイズよりも少し小さく見せる特性がある。
長身の癖にやたらと細い教皇の身体が更に細く見えてしまうものだから。何とも頼りない、痩せぎすのような印象を与えてしまうわけだ。
ローブやガウンのようにゆったりと身体を覆う衣装は元々、ある程度『太さ』がある人の方が映えるものだ。何なら多少は肥満の方が良いとさえ言えなくも無い。
服の魅力が教皇には全く引き出せていない。そのせいで、衣装をただ身につけてみただけのような―――いわゆる『服に着られている』感じに見えてしまう。
「これでも最近は結構食べているのですけれどね……。ああ、ユリ様がファルラタに寄贈して下さったチョコレート、いつも美味しく頂戴しております」
「喜んで貰えたなら嬉しいわ。食事でも菓子でも結構だから、これからはもう少し食べる努力をなさいな」
「前向きに善処します……」
政治家のような胡乱な返答に、ユリもまた苦笑してしまう。
チョコレートを贈る際に聖都ファルラタには『冷凍庫』を作ってあるのだから。何か冷凍保存できてカロリーがあるものを、追加で贈るのも良いかもしれない。
「正直、アルトリウス教皇よりも護衛の方々のほうが格好良いわね」
「それも重々承知しております……」
ユリの言葉を受けて、教皇が更にうなだれた。
教皇の護衛を務める4人の聖騎士達も、今は夜会服に着替えている。
流石にこちらは普段から鍛錬を欠かさないせいか、4人とも大変筋肉質な体幹を有しており、黒の夜会服が大いに映えている。
この4人に囲まれていると、教皇には存在感が無くなりそうだ。
「ところで、ユリ様もそろそろ準備をなされてはいかがでしょう?」
「ああ。私の準備はもう、済んでいるのよ」
装備の『マイセット』を切り替えて、ユリは身に付けている装備を一瞬のうちに『黒蝶のドレス』へと変更する。
追従するようにマカロンとプリムラの2人も、事前に用意しておいた夜会用の服へと装備を切り替えた。
装備を切り替えるだけなら、一旦服を脱ぐ必要も無いので、これなら男性の前でやっても何の問題も無い。
「これは驚きました……。ですが、大変良くお似合いです」
「ありがとう」
アルトリウス教皇の言葉に、ユリは笑顔で応える。
世辞とは判っていても、褒められれば悪い気はしない。
「では準備はよろしいかしら?」
「ええ、お願いします」
ユリは【集団長距離転移】の魔法を行使して、この場の8人全員で公都デルレーンの宮殿前に記録した『転移ポイント』へと転移する。
聖騎士の中には転移魔法を初めて経験する人も居たようで、一瞬周囲が暗転した後に、全く別の景色へと変わる―――その体験に興奮している様子だった。
夜会が開かれるということで、公都デルレーンの宮殿の警備は、普段以上の厳戒態勢になっていた。
そんな折に、突然どこからともなく総勢8名もの男女が姿を現したものだから。宮殿前を護る警備兵の人達が、俄に騒がしくなる。
「そこの者達よ、止まれ! ここは公都デルレーンの宮殿だぞ!」
「承知しております。招待状を頂いたから、参りましたのよ」
ユリは〈インベントリ〉から夜会への招待状を取り出し、警備兵のリーダーらしき人物に手渡す。ユリに一瞬遅れて、アルトリウス教皇もまた持参していた招待状を警備兵の方へ開いて見せていた。
「私は『ニムン聖国』の国主、アルトリウスです。こちらは主神の1柱であられる愛の女神ユリ様で、今回は『百合帝国』の国主としていらっしゃっています」
「は……? 愛の女神、でいらっしゃいますか?」
アルトリウス教皇の言葉を受けて、警備兵のリーダーが狐につままれたような表情を浮かべてみせる。
どうやら彼は、ユリが神の1柱である事自体を普通に知らないようだ。
ユリの背後で、マカロンとプリムラが『愛の女神』という単語に反応して、何か2人でひそひそ話のようなことをしている。
これは百合帝国の皆に広まるのも時間の問題だな―――と、ユリは内心で肩を落とす。できれば『愛の女神』だなんていう不名誉な称号は隠しておきたかった。
「大変失礼致しました、招待状はお2人とも本物です。
―――門を開け! 『ニムン聖国』の教皇殿と『百合帝国』の女帝殿だ! 丁重に宮殿内へご案内しろ!」
警備兵のリーダーが声を張り上げると、速やかに宮殿の門扉が開かれる。
手渡した招待状についても、警備兵のリーダーはすぐにユリへ返却してくれた。
「行くわよ、2人とも」
「はい! 愛の女神お姉さま!」
「承知しました、愛の女神姫」
「……プリムラはともかく、マカロンは今晩無事で済むとは思わないようにね」
マカロンは今晩の『寵愛当番』なので、復讐の機会がすぐにやってくる。
ユリの言葉を受けてマカロンが肩を震わせてたけれど、知ったことではない。
「ご案内させて頂きます」
帯剣した騎士が案内してくれるようなので、彼に先導されながら公都デルレーンの宮殿の中を歩く。
外観の威容に見合い、中もそれなりに立派に造られた宮殿のようだ。―――もちろん『桔梗』の子達が造ってくれたユリタニア宮殿とは較ぶべくもないが。
「こちらの部屋で、今暫くお待ち下さい」
夜会の会場へ直接案内されるとばかり思っていたのだけれど。ユリ達一行が案内されたのは、宮殿の中にある特に豪奢な貴賓室だった。
理由が判らずユリが首を傾げていると、アルトリウス教皇が説明してくれる。
「夜会に限った話でも無いのですが。公国では一定以上の地位を持つ人は、会場に入る順番が決まっているのです」
最初から夜会の会場に居られるのは、伯爵以下の貴族と騎士だけらしい。
そこからは会場入りする順番が正確に定められており、まずは侯爵家が歴史の浅い家門から順に登場する。次に君主家以外の2つの公爵家が登場。
更に公太子と公太子妃が登場し、最後に現君主であるドラポンド公とその公妃が会場に姿を現すそうだ。
「くだらないわね」
「はは……。私達は他国の国主ですので、ドラポンド公のひとつ前あたりで会場に入ることになると思います。それまではこの部屋で待機というわけですね」
「なるほどね。アルトリウス教皇、説明して下さってありがとう。恥ずかしい無知を晒す機会も多いと思うけれど、面倒でもその都度ご教示頂けると助かるわ」
「お安い御用です」
ユリの言葉に応えて、アルトリウス教皇が朗らかに微笑む。
どうしてもユリや『百合帝国』の皆は、この世界の常識には疎いところがある。教皇のようにそれを教えてくれる存在というのは、とても有難いものだ。
(何にしても―――空き時間が出来たのなら、好都合ね)
そう考えたユリは、予め「今から魔法を使うわね」とアルトリウス教皇と護衛の聖騎士達に断りを入れた上で、意識を魔力に集中させる。
「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】シルフ!」
ユリの召喚魔法に応えて、手のひらサイズの妖精が姿を現した。
もちろん、シルフを呼び出した理由は普段と全く同じものだ。
「今日も撮影役を、よろしくお願いね?」
ユリがそう告げると、いつも通りシルフの身体が嬉しそうに揺れる。
それから室内の空気の揺らぎに紛れるかのように、シルフの姿が掻き消えた。もちろん召喚主であるユリには使役獣の居る位置が正確に判るけれど、アルトリウス教皇にはもう妖精の存在が判らなくなっていることだろう。
「撮影……。もしかして、これから例の『放送』をなさるおつもりですか?」
「ええ。だって折角、わざわざ異国の夜会に招待して頂いたのですもの。これをユリタニアやファルラタの市民に見せない理由は無いでしょう?」
アルトリウス教皇の言葉に、ユリは笑顔でそう応える。
それから更に、ユリは挑発的な表情を浮かべながら言葉を続けた。
「ああ―――もちろん何かアルトリウス教皇に、市民に見せて疚しいものがあるのであれば、今日の放送はやめておいても構わないわよ?」
「そんなものは全くありませんが……。ひとつ、ユリ様に提案しても?」
「あら、何かしら?」
「どうせなら折角の機会ですから、今回は両国の市民に加えて、公都デルレーンの市民にも視聴できるようにして差し上げてはいかがでしょうか?」
アルトリウス教皇の言葉を受けて、思わずユリは目を剥く。
今日ユリが公国に『喧嘩を売る』気でいることは、リュディナの神託を通してアルトリウス教皇も伝わっている筈なのだ。
だから彼は全てを理解した上で、公都デルレーンの市民にも『放送』をするように促している―――。
「……い、意外に貴方って、悪辣なのね」
「ふふ。今は褒め言葉として受け取っておきましょう」
ユリの言葉に、教皇が笑顔を貼り付けながらそう応える。
普段温厚な人ほど、怒らせると怖い。―――不意にそんな言葉が、ユリの脳裏を掠めた気がした。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。昨晩分は修正の反映が遅れまして申し訳ありません。




