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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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65. ニムン聖国再訪(後)

 


     [2]



「―――ユリお姉さま!」


 聖都ファルラタの都市中央にある宮殿に到着すると。ユリの姿を認めたひとりの少女が、ぶんぶんと手を振りながら嬉しそうに駆け寄ってくる。

 もちろんユリには、声だけでそれが誰なのかすぐに判った。


「元気そうね、エシュトア」

「はい、お姉さま。エシュトアは元気です!」


 ユリの言葉に応えて、エシュトアは朗らかに笑う。

 その笑顔が見られただけでも、わざわざ聖国まで来た価値がある。


「もしかして、私のことを待っていてくれたのかしら?」

「はい。宮殿をご案内するために、お待ちしておりました」

「それは待たせて申し訳無かったわね。エシュトアが待っていると判っていれば、もっと早めに来たのだけれど……」

「大して待っていませんので、全然大丈夫です!」


 そう言ってエシュトアは屈託の無い笑みを浮かべてみせるけれど。もしもユリが遅れて来ていれば、それだけ彼女を宮殿前で待たせたことになる。

 エシュトアとはもっと密に連絡を取れるようにした方が良さそうだ。


「エシュトア、あなたの片手を貸して頂戴」

「はい、お姉さま」


 いつかの時のように、ユリは差し出されたエシュトアの左手を取る。

 その薬指に今も、以前ユリが嵌めた指輪が存在していることが嬉しかった。

 もっとも、ユリが嵌めている〈温冷耐性〉の指輪は小指用のもの(ピンキーリング)なので、残念ながらお揃いの指輪というわけではないのだが。


 ユリは〈インベントリ〉から皮革製のシンプルなブレスレットを1つ取り出し、エシュトアの左腕に嵌める。

 サイズ調整が可能なタイプのものなので、普段から身に付けていてもさして邪魔にはならないだろう。


「お姉さま、こちらは……?」

「『念話の腕輪』という魔導具のようなものよ。この腕輪を身に付けて少量の魔力を籠めると、登録されている相手―――この腕輪なら『私』と、短時間だけ心の声で会話ができるようになるわ。もちろん距離がどれだけ離れていようともね」

「わあ……。凄い腕輪なのですね、これ」

「ちょっと離れるから、試しに使ってみなさい。―――【短転移(アロス・ピネー)】」


 最も初級の転移魔法を行使して、ユリはエシュトアから16メートル離れた位置へと移動する。

 これだけ離れていれば、通常の声量での会話だと成立しづらいだろう。


『……魔力を通してみましたが、これで良いのでしょうか?』

『ええ、大丈夫よ。ちゃんと聞こえているわ』

『わ、本当に心の声だけで会話ができちゃうのですね。びっくりです』


 心の声での会話―――つまり『念話』なら、距離で音量が減衰することも無い。

 どれだけ離れていようと、互いの声が常に明瞭に聞こえる筈だ。


 ユリはもう一度【短転移】の魔法を行使して、先程の位置にまで戻る。

 急に目の前までユリが転移(ワープ)してきて、驚きに目を瞠るエシュトアの表情もまた、なんとも可愛らしかった。


「その腕輪はエシュトアにあげるわ。用事がある時にも、何も用事が無い時にも、私と話したい時はいつでも腕輪に魔力を籠めてくれて構わないわよ」

「頂いてしまっても宜しいのでしょうか……? それに、お姉さまは普段から忙しいでしょうから、あまり話しかけては迷惑になってしまうのでは……」

()()に遠慮するものではないわ。そうでしょう?」

「……ありがとうございます、ユリお姉さま」


 左手に嵌められた腕輪を、エシュトアが愛おしげにそっと撫ぜる。

 彼女の嬉しそうな表情が見られるなら、ユリはなんだって贈ってしまいそうだ。


「エシュトア。そろそろ教皇の所へ連れていって貰えるかしら」

「あ、はい。そうですね。ご案内します、お姉さま」


 エシュトアに先導して貰いながら、石造りの宮殿へユリ達は足を踏み入れる。

 聖都ファルラタの宮殿は、重たい石で造られているせいなのか、ほぼ全域が1階だけで構成されているが。その分、建物の広さ自体はかなりのものだ。

 既に一度来たことがあるとはいえ、エシュトアの案内が無ければ道に迷うことも充分に有り得そうだ。


 宮殿内の廊下で官吏らしい格好の人達と擦れ違うたびに、先方が深く頭を下げてくるものだから、ユリも小さく会釈することで応える。

 自国でもないのに、出逢う人の誰もがユリのことを当然のように知っているというのは、なんだか少しだけ不思議な気もした。


 ファルラタの宮殿を5分ほど歩いて案内された先は、前回と同じ『迎賓室』らしい部屋だ。

 エシュトアがドアを二度ノックすると、中から「どうぞ」と声が返される。


「おはようございます、ユリ様。お久しぶりです」

「ええ、久しぶりね。―――相変わらず、よく似ているわ」


 ソファから立ち上がってユリを出迎えてくれた、アルトリウス教皇の姿を見て。思わず懐かしさに、ユリの頬が少しだけ緩んでしまう。


「私が『アリタ』さんという方に、似ているというお話ですね」

「ええ、ごめんなさいね。こんなことを言われても貴方は困るだけでしょうに」

「気になさらないで下さい。世界は広いですから、そういうこともあるでしょう」


 そう告げて、アルトリウス教皇は穏やかに微笑む。

 相変わらず温厚な人だ、とユリは思う。こうして直接会うのはまだ二度目の筈だけれど、既に彼の人柄に関しては、絶対的な信頼をユリは寄せつつあった。


「この度は公国まで転移魔法で送って頂けますとのことで……。ユリ様にご面倒を掛けてしまい、大変申し訳ありません」

「気にすることは無いわ、私に取っては大した手間でもないしね。むしろ今後も、どこか遠地へ行きたい時には私を積極的に利用してくれて構わないわ」

「……よろしいのですか?」

「そう言っていないように聞こえたのなら、耳を掃除した方が良いわね」


 ユリがそう答えて微笑むと。釣られるようにアルトリウス教皇も、少し困ったような笑顔を浮かべてみせた。


 部屋の中を見渡すと、壁際には前回来た時にも見た白い衣装を身につけた2人の侍女以外に、今回は4名の聖騎士が控えている。また、彼らの足下にはそれなりの大きさの荷物も用意されていた。

 どうやら先方側の旅支度は、既に済んでいるらしい。

 ……まあ、旅とは言っても転移魔法で往復するので、日帰りなのだけれど。


「準備は済んでいるようね。もう公国へ送って構わないのかしら?」

「すみません。折角の機会ですので、ユリ様にひとつ相談したいことが」

「ふむ……? お茶を用意して貰えるなら、喜んで伺いましょう」

「ありがとうございます、すぐに準備させましょう」


 ユリ達がソファに座ると、すぐに白い衣装の侍女2人がお茶を用意してくれた。

 前回とは違い、今回出されたのは熱いお茶だ。やはり【調温結界】で砂漠の暑さが防がれているなら、この国でもお茶は熱い方が好まれるのだろう。


「あら、前回は気付かなかったけれど―――。このお茶って、いつもリュディナと一緒に飲んでいる茶葉かしら。香りが同じのような気がするわ」

「そうなのですか? 聖国では一番摘みの茶葉を主神に奉納しておりますので、もしかしたらそれを使って下さっているのかもしれませんね」


 新緑が眩しい、自然溢れる『神域』の庭園でリュディナとはいつもお茶しているものだから。てっきりあの茶葉も『神域』で採れたものかと思っていたけれど。

 ニムン聖国の特産品であるのなら、そのほうが嬉しい。『神域』の物を持ち帰るのは何となく難しそうだけれど、同盟国から茶葉を輸入するのは容易なことだ。


「それで、相談とは?」

「以前にも申し上げましたがニムン聖国では―――特に砂漠の中にある都市では、空を飛ぶ『禿鷲(ハゲワシ)』の姿をした魔物の脅威を抑えきれず、死者こそ滅多に出ないのですが、民に負傷者が出ることは頻繁にありまして」

「なるほど。魔物の侵入を防ぐ【障壁結界】を、ファルラタ以外の都市にも張って欲しいということかしら?」

「はい。お願いできますと大変有難いのですが。もちろん対価は用意致します」

「あら、良いの? 高額を吹っ掛けるかもしれないわよ?」

「民の安全が購えるのなら、糸目を付けるべきでは無いでしょう」


 さも当然のことのように、アルトリウス教皇はそう口にする。

 民を第一に優先する姿勢は、同じ為政者として非常に好感が持てるものだ。


「では結界の展開と維持の対価として、この茶葉を私の元にも定期的に『奉納』して貰うことにしましょうか」

「……その程度で宜しいのですか?」

「あら、もっと要求して構わないのかしら? では結界を張った都市や村落に住む民に私の『放送』を届ける権利を頂こうかしら。代わりに私からは【障壁結界】と一緒に、気温を安定させる【調温結界】も付けましょう」

「それこそ、こちらとしては願ってもないことですが……」

「では決まりね。すぐには難しいかもしれないけれど、今月中には用意するわ」


 昨日の段階で『夏月』が終わり、現在の暦は『秋月1日』になっている。

 とりあえず1ヶ月もあれば、ユリの使い魔を向かわせてニムン聖国内の各都市と村落に『転移ポイント』を作成し、『紅梅』の子を転移させて結界を展開することができるだろう。


 結界を張った都市と村落に『放送』を届ければ、視聴した人達の中にユリを信仰してくれる人が現れるかもしれない。

 ユリが『信仰心』を稼げば、それはリュディナの利益となる。

 大恩あるリュディナに少しでも恩義が返せるのなら、それはユリ自身にとっても望ましいことだ。


「用件がそれだけなら、そろそろ公国に移動しましょうか。アルトリウス教皇は何か向こうで用事があるのでしょう?」


 そもそもユリ1人であれば『夜会』の招待に応じるだけなので、公国を訪問するのは夜になってからでも良かったのだ。

 なのにユリが、まだ昼前の現時点でニムン聖国まで迎えに来ているのは。アルトリウス教皇には夜会の前に済ませる所用があるから、早めに迎えに行ってあげて欲しい―――と、そうリュディナに要請されていたからだ。


「はい。公国の大聖堂を訪れて、先方の高司祭と相談したいことがありまして。

 ところで―――話は変わりますが、ユリ様は以前に公国の使者から受け取られた大変『侮蔑的な親書』を、今も持っておられるのでしょうか?」

「………? ええ、携行しているけれど。読むなら出すわよ?」

「いえ、今はやめておきます。ですが、後ほど私にも読ませて頂けますか?」

「それは全く構わないけれど……」


 読みたいのなら、別に今読めばいいのに。

 そう疑問に思って、ユリは無意識に首を傾げてしまう。アルトリウス教皇の思惑や気持ちが、いまいちユリには理解できなかった。


 ―――もちろん、この時点のユリには。

 教皇がユリに『親書を持っている』事実を確認したことに、大きな意味があるだなんて、全く想像もできていなかったのだった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新乙い [一言] 物証!! 一番わかりやすいやつです
[一言] わー、こわいなーなんかおそろしいたくらみのよかんが(棒 まあ元々公国はもうだめっぽいけどね。宣戦布告文ならともかく仮にも親書であの内容はだめだろ・・・。
[一言] なんか不穏な一文が。
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