63. 大変革
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「ユリが集める『信仰心』の量が、凄いことになっていますよ」
何度も来たことですっかり見慣れつつある、新緑が眩しい『神域』の庭園。
人々には『癒神』として知られるリュディナが、ティーポットから2人分のお茶をカップに注ぎながら、そんなことを口にしてみせた。
「……そうなの?」
「ええ。現状でも私が集めている量と、ほぼ変わらない量の信仰心をユリは集めていますね。近日中に私を上回るのは間違いないでしょう。―――どうぞ」
「ありがとう」
リュディナが差し出してきたカップを受け取ると。熱湯によって引き立てられた良い茶葉の香りが、すぐに鼻腔を擽った。
「私は特に、布教活動などもしていないのだけれど……」
「ユリが毎日のようにニルデアの市民―――いえ、ユリタニアの市民とファルラタの市民に提供している『放送』の効果がそれだけ大きいということでしょう。
日々の『放送』により市民は為政者であり神の1柱でもあるユリの姿を見ることができ、ユリという人間を知るにつれて、とても身近に感じているようですね」
「なんだか、そう言われると……ちょっと恥ずかしい気がするわね」
ユリは市民ひとりひとりについては何も知らないが、市民はユリの顔や姿格好について誰でも知っている。
ユリがどういう口調で話すのか、どういう物を好むのか、どういう性格をしているのか―――いつも『放送』を見てくれている市民の中には、そういう細かい部分まで知り及んでいる人さえ、少なくは無いのかも知れない。
「結局、民草は姿も見えぬ神などより、実際に姿をその目で確かめることができ、為人について知る機会のある神を信仰する、ということでしょう。
ユリに『放送』を毎日継続するよう勧めた者は、類い希な慧眼の持ち主ですね。大事になさったほうが良いと思いますよ」
毎日『放送』するようユリに勧めたのは、ルベッタとアドスの2人だ。
あの2人があまりに勧めてくるものだから、ユリとしては割と『仕方なく』毎日放送を続けていた―――という部分もあるのだけれど。
「私はリュディナの役に立てているかしら?」
「ええ。ユリが沢山の信仰心を集めて下さったお陰で、とても助かっています」
ユリの問いかけに、にこりと微笑みながらリュディナがそう答える。
恩人である彼女にこうして喜んで貰えるのなら。なるほど、ルベッタとアドスの2人がユリにしてくれた助言は、真実正しいものだったのだろう。
「正直、ちょっとやそっとの『奇蹟』を起こすだけでは、使い切れない量の信仰心が現状でも貯まっていますね。3~4回程度なら『大変革』も可能でしょう」
「……その『大変革』というのは何でしょう?」
「ああ、まずそこから説明が必要ですよね。ええっと―――『大変革』というのは神が行使できる『奇蹟』より上位の能力で、簡単に言えば『世界の規則を書き換える』ことを指しますね」
リュディナの言葉を聞いて、ユリは大いに驚かされた。
世界の規則を書き換える―――その言葉だけでは、具体的にどの程度のことまで可能なのかは全く見当も付かないが。何となく凄そうなことは判る。
「リュディナは何か、その『大変革』を使ってやりたいことでもあるの?」
「ええ。ユリ達が持っている『職業』というシステムを、この世界にも導入しようかと考えています」
「……え? 職業? 『アトロス・オンライン』の?」
「ええ、その通りです」
驚きの余りに問い返したユリの言葉に、リュディナは即答する。
その上で「だって、ユリ達だけが才能を2つも持っているのは狡いでしょう?」と、リュディナは微笑みながら更に言葉を続けてみせた。
「現行の『天職』システムも別に悪いものでは無いでしょう。気に入らなければ、再抽選も可能ですしね。それでも―――望む職業が得られるまで『天職』を再抽選し続けるのは、残念ながら現実的とは言えません。
人はもっと自分自身が望む形の才能を得られるようにしても良いと思うのです。そのために『職業』をこの世界に導入するのは、決して悪いことではないと私は考えているのですけれど……。ユリ、あなたはどう思うかしら?」
「以前も言ったけれど、私は『神』としての務めを果たす意志が微塵も無いのよ。そして義務を果たさない以上、権利を行使するつもりもない。私に『神』としての意見を求めるのは、やめて貰えると嬉しいわね」
「あら、ですがユリが稼いでくれた信仰心を沢山使っちゃいますよ?」
「私の集めた信仰は、受けた恩義の対価として全てリュディナに捧げると約束したものだからね。どう使おうがリュディナの勝手というものでしょう」
死に行くだけだったユリを救ってくれて、その上こうして異世界で『百合帝国』の皆と一緒に過ごせている。
その恩義に少しでも報いるために、自分が集めた信仰心は全てリュディナに譲渡すると決めたのだから。用途の決定権も当然リュディナの側にある。
わざわざユリの意見を聞くようなことは、する必要が無いのだ。
「ま、ユリはどうせそう言うだろうと思っていましたが」
少しだけ困ったような表情をしながら、リュディナがそう告げる。
『職業』の導入は、ユリや『百合帝国』の皆にとっては何のメリットも無いことだけれど、ユリタニア市民にとっては一種の福音になるだろう。
「……やっぱり、早めに『迷宮地』を用意した方が良さそうね」
『天職』に加えて『職業』を得ることができるようになれば、レベルの成長を望む人は今以上に多くなるだろう。
そうなれば先日『桔梗』が提案した『迷宮地』のような施設は、間違いなく需要が増える筈だ。
「あら、ユリの国では『迷宮地』を作る予定があるのかしら?」
「―――もしかして私は今、心を読まれたのかしら?」
「いいえ? 普通に考えていることが声に出ていたみたいですよ?」
くすくすと可笑しそうに笑いながら、リュディナからそう指摘されて。
ユリは思わず、恥ずかしさで俄に顔が熱くなった。普段はあまり、考えていることが表情や言葉に出る方ではないのだけれど―――。
「もし『迷宮地』を作る予定があるのなら、百合帝国の市民だけに限定せず、ニムン聖国の人達にも利用できるようにしてあげて欲しいですね」
「それは構わないけれど……。必要なの?」
「もちろん必要ですよ。〔神官〕のレベル上げに苦心しているのは、どこの国でも同じこと。アルトリウスもきっとユリに感謝することでしょう」
リュディナが告げた『アルトリウス』というのは、ニムン聖国の『アルトリウス教皇』のことだろう。
ユリとしても同盟国に力を貸すことは吝かでは無い。
「ああ、そうそう。アルトリウスで思い出したのだけれど。良ければユリが公国へ行く際に、アルトリウスも一緒に連れていってあげて下さいませんか?」
「公国に……? アルトリウス教皇も公国の夜会に出るのかしら?」
「ええ。公国は毎年の建国祭に周辺国家の人を招いていますから、ニムン聖国にも招待状が来ています。例年通りならエルダード王国にも招待状が行っているとは思いますが―――多分、誰かさんのせいで王国からの参加者は無いでしょうね」
「あ、あはは……」
リュディナの言葉を受けて、ユリは唇の端を引き攣らせる。
現在の王国は壊滅状態にあり、余所に気を回せる状態では無い。―――もちろんその原因は、王国兵を骸骨兵に『加工』して送り返した百合帝国にある。
「聖国から公国まで移動するとなると、馬車だと往復で一週間は掛かります。アルトリウスはそれが嫌で今年は断るつもりだったようですが―――ユリが転移魔法で送ってくれるなら、移動時間はゼロになるでしょう?」
「ふむ……。送るのは構わないのだけれど、1つ問題があるわね」
「あら、問題とは一体何でしょうか?」
「私は公国に喧嘩を売るつもりだからね。私と一緒に行動すると、アルトリウス教皇もそれに巻き込まれるかもしれないわよ?」
今回、公国がユリの元へ夜会の招待状を送ってきたのは―――。
あの日、王国軍を一瞬で全滅させた【星堕とし】に関する情報が、公国の斥候によって持ち帰られた結果、公国側が百合帝国を『敵に回すのは好ましくない』と判断した為だろうけれど。
―――例え先方が融和路線に転じようとも、ユリはそれに応じるつもりが無い。
ユリの愛する子達を『弱卒』と侮辱した時点で、公国はユリの中で明確に『滅ぼすべき敵国』という認識になってしまったからだ。
「ならば、却って好都合というものでしょう」
「……は?」
「あなたは以前、公国の使者から手紙を受け取った際に、その場で部下に手紙の内容を読み上げさせたそうですね。そして、同じ場にはエシュトアも居たとか」
「え、ええ。確かに居たわね……」
あの時、ユリは公国と聖国の使者に対して『玉座の間』で同時に応対した。
そして聖女のエシュトアはニムン聖国側の使者だったので、当然同じ場所に居たことになる。
「なので公国からの手紙の内容は、エシュトアを介してアルトリウスにも伝えられているわけです。神の1柱であるユリを多大に侮辱する手紙の内容を聞かされて、主神全てに対して篤い信仰を持つアルトリウスは大激怒していたそうですよ」
「……? アルトリウス教皇が、大激怒……?」
まだ一度しか会ったことがないとはいえ、ユリが知るアルトリウス教皇は、何と言うか―――善意の塊とも思えるような、穏和な人物だったように思う。
彼の人物が『大激怒』している姿というのは、生憎想像も出来ないが。
「ふふ……。心を読んでいるわけではありませんが、ユリが考えていることが手に取るように判りますね。あれでアルトリウスは、怒る時は怒る人なんですよ?」
「本気で想像も出来ないわね……」
「あはっ。ではアルトリウスと一緒に公国へ行けば、彼のそういう一面が見られるかもしれませんね。ユリが公国に対して喧嘩を売るなら、嬉々としてアルトリウスも一緒に拳を振り上げることでしょう」
「ええ……?」
温厚篤実を絵に描いたようなあの教皇が、誰かに向けて拳を振り上げる―――。
その光景がどう足掻いても想像できなくて。リュディナの言葉に、ユリはただ混乱するばかりだった。
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