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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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62. 『桔梗』への褒美

 


     [4]



 ユリタニアの宮殿には『謁見の間』が存在する。

 ニルデアの領主館に設けられていた『玉座の間』は、他国からの使者を出迎えるために『桔梗』が後から突貫工事で増設したものだったけれど。一方でユリタニア宮殿の『謁見の間』は、建設当初から計画的に作られた最重要の部屋だ。

 当然そこはユリタニア宮殿の中で最も広く、最も天井が高く、最も豪奢であり、最も威容に満ちた部屋として仕上げられている。


 先日、シュレジア公国から使者が来た折には、この部屋は使用されなかった。

 敵国の使者を遇する必要性が感じられず、ユリ自身も対応しなかった為だ。

 公国の使者は別室で、代理人のセリカナに手紙を預けただけで終わった。

 なので―――今日が『謁見の間』が利用される、初めての日になる。


 ニルデアの領主館から移設された、超希少素材だけで作られた玉座。

 その席にユリが腰を下ろし、玉座の脇に各部隊の隊長の内11人が並ぶ。

 玉座の正面側では『桔梗』に所属する24人の少女達が、臣下の礼を取りながらユリの言葉を待っていた。


「―――『桔梗』隊長、メテオラ」

「はっ!」

「副長のエトナ、シノン、オリンピア」

「「はい!」」

「テレネ、キュレネ、ダフニ、ニサ、ベルニーナ、イグアス、ジェンネ、チロエ、フィラエ、ポトシ、アリス、コトル、ティール、ブロア、ミストラ、カゼルタ、パルミラ、ヴァレッタ、メリダ、ラリベラ」

「「「はい!」」」

「ユリタニアの都市建造、並びにユリタニア南方の村落建設、実に2ヶ月にも渡る連日の作業―――いえ、こちらの世界だと1ヶ月半ね。ご苦労様でした。

 あなた達が大変素晴らしい働きをしてくれたお陰で、ユリタニア市民の生活だけでなく、百合帝国(わたしたち)の生活環境も随分と良くなりました。ありがとう、皆」

「勿体ないお言葉です、姐様(あねさま)!」


 この異世界に来てからと言うもの、百合帝国の中で最も大きな苦労を担うことになったのは、言うまでも無く『桔梗』の子達だ。

 ユリはひとりひとりの名前を口にして、その労をねぎらう。


「『桔梗』の功績は多大なものです。私は『百合帝国』の国主として、あなた達の貢献に報いるべきでしょう。何か褒美として欲しい物などがあれば、遠慮無く私に言ってみなさい」

「褒美、ですか……?」

「ええ。何か思いつくものがあるなら今言ってくれて構わないし、あるいは時間を掛けて考えて、後で要求してくれても構わないけれど」

「あっ……。では、桔梗の皆で『造ってみたい』と前々から話していたものがあるのですが。次の建築予定がまだ決まっていないようでしたら、それを私達に造らせて頂けないでしょうか?」


 そのメテオラの言葉に、ユリは少なからず驚かされる。

 都市建造の褒美として、何か別の建造を希望するなんて―――いや、建築に完全特化された『桔梗』の子達らしい望みとも、言えるのかもしれないけれど。


「建造許可って、そんなもので良いの?」

「はい! ただ、その……。もし作るとなりますと、姐様(あねさま)に多大な助力を頂かなければならない施設になってしまうのですが」

「私に? それは一体、どういう施設なのかしら?」

「実は前々から、自分達の手で一度『迷宮地(ダンジョン)』を作ってみたいと思っていまして」

「なるほど、『迷宮地(ダンジョン)』ね……」


 『迷宮地(ダンジョン)』というのは、『アトロス・オンライン』のゲームでは世界中にごく有り触れた場所で、要は『魔物の巣』のような場所だ。

 基本的には『地下洞窟』のような場所が多く、狭小なエリアの中に沢山の魔物が蔓延っている。階層構造になっており、階層毎に決まった魔物だけが生息しているため、レベルを集中的に上げるための場所として非常に有用だ。


迷宮地(ダンジョン)を作るとなりますと、場所を用意するだけでなく魔物も配置しなければなりません。ですので姐様(あねさま)のご協力が頂けなければ、実現不可能なのです」

「なるほど。私が召喚した『使役獣』を配置しようというわけね」

「はい」

「ふむ……」


 悪くない考えだ、とユリも思う。

 実はユリも『安全にレベル上げ』を行える施設が用意できないか、ということについては、前々から考えたりもしていたからだ。


 この世界では、大聖堂などの宗教施設で〔神官〕に怪我や疾病の治療を頼むと、高額の治療費を請求されることになる。

 これは何も大聖堂が暴利を貪ろうとしているわけではない。大聖堂は〔神官〕を育成するために、それだけ高額のコストを掛けているのだ。


 〔神官〕の天職を得た者が最初から行使できる回復魔法では、ごく軽度の怪我しか治療することができない。より重度の怪我を治したり、あるいは病気を治療するためには、〔神官〕に充分な経験値を積ませてレベルを上げて貰う必要がある。

 この世界では『経験値』自体は日々の仕事を熟すだけでも手に入るのだが。その量は非常に僅かなので、意図的にレベルを成長させようと思うなら、やはり魔物を狩って経験値を効率的に稼ぐ必要がある。

 但し〔神官〕の天職所持者は大変貴重なので、あまり危険なことをさせるわけにはいかない。なので彼らに魔物と戦わせる際には、充分な力量と経験を有している掃討者を何人も護衛に付けて、最大限の安全を確保しなければならないのだ。

 レベル上げは一朝一夕で片付くようなものではなく、何十日も掛けて行わなければならないものだ。なので、当然それだけ長い日数に渡って実力が保証されている掃討者を雇うとなれば、報酬としてかなりの大金が要求される。

 つまり〔神官〕の育成には、それだけ多大な金額が掛かっているわけだ。


 掛かったコストは回収しなければならない。そうしなければ、次代の〔神官〕の育成費用を捻出することができなくなり、遠からず高度な治療魔法の使い手が失われてしまうからだ。

 だから大聖堂は怪我や疾病の治療を頼みに来た人に、高額の治療費を請求する。そうしなければ〔神官〕の育成に要したお金を取り戻せないから。


 以前、その話をアドスの口から聞いた時、ユリはこんなことを思った。

 そもそも〈神官〉の育成にコストが掛からなくなれば、大聖堂も患者から高額の治療費を取る必要が無くなるのではないだろうか―――と。


 バダンテール高司祭と懇意になったことで、時折ユリは大聖堂を訪問することもあるのだけれど。大聖堂に勤める聖職者の人達と話して判ったことは、彼らが極めて純粋な奉仕者精神の持ち主であるということだ。

 治療の対価として市民に高額の請求をすることは、おそらく大聖堂に勤める人達にとっても不本意なのだと思う。資金回収の必要さえ無ければ、彼らは大聖堂で治療を受けることを、もっと市民にとって身近なものにしたいと思っている筈だ。


「―――メテオラ」

「はい、姐様(あねさま)

「正式に、桔梗に『迷宮地』の建造を命じるわ。建造場所の選定については任せるから、百合帝国の領土内で良さそうな場所を選びなさい」

「ありがとうございます!」

「但し、最初に造る『迷宮地』は比較的初心者向けの難易度とします。この世界で〔神官〕の天職を得た者がレベル上げに利用できる程度を想定して、あまり広すぎない規模に留めなさい。また、配置する魔物についても桔梗に選定を一任します。私の使役獣の中から好きに選んで貰って構わないわ」

「承知しました、姐様(あねさま)!」


 『アトロス・オンライン』のゲームを20年以上に渡りプレイしていたユリは、ゲーム内に登場していたほぼ全ての雑魚モンスターを、少なくとも各20体以上は自身の使役獣にしている。

 また、ゲーム中に登場するボスモンスターのような大変強力な魔物についても、ユリが単身(ソロ)で倒せる相手は全て使役獣にしていた。


 なのでユリが召喚できる使役獣だけで、充分に『迷宮地』として成立するだけの大量の魔物を並べることが可能だし、最奥にはボス役の魔物も用意できる。

 あまり沢山の使役獣を召喚し続けるのは、少し魔力の消費面では心配だけれど。そちらの対策自体は別に難しくもない。―――最悪、毎日魔力回復の霊薬(ポーション)を飲む、という手段も取れなくはないのだから。


「ホタル」

「はい、あるじ様」

「桔梗が『迷宮地』を完成させた暁には、その全域に『紅梅(こうばい)』で【救命結界】を展開して頂戴。そうすれば安全なレベル上げが可能な場所になるでしょう」

「なるほど、わかりました~」


 ユリの要請を受けて、玉座の脇に並んでいる『紅梅』隊長のホタルが、得心したように頷いて応えた。


 【救命結界】は範囲内で誰かが命を落とす際に効果を発揮する結界で、その者の命を文字通り『救命』すると共に、指定した場所へ避難させることができる。

 結界の範囲内では絶対に死亡できなくなる(・・・・・・)ので、これなら従来の〔神官〕育成のように掃討者の護衛を用意しなくとも『安全な』レベル上げが可能になるわけだ。


「メテオラ」

「はい、姐様(あねさま)

「桔梗が希望した『迷宮地(ダンジョン)』の建造は、私自身の望みとなりました。よって、あなた達には他に別の褒美を要求して貰うことにします。何かありませんか?」

「え、えっと……。1分だけ皆で話し合っても良いでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」


 ユリの許可を得て、桔梗の24名がその場で話し合う。

 どうやら彼女達は色々と、建造したいものの候補を脳内に持っているらしい。

 要求通り1分程待っていると、桔梗の話し合いにも結論が付いたようだ。


「えっと、姐様(あねさま)は以前、王国軍を撃退した場所―――姐様(あねさま)が【星堕とし(メテオ・ストライク)】を行使された場所が、今は綺麗な湖になっていることをご存じでしょうか?」

「え。……そうなの?」


 ユリは横に並ぶ隊長格の子達の中から、クローネのほうを伺う。

 生産部隊の『竜胆』は、貴重な生産素材である『隕鉄(メテオライト)』を回収するために、あれから何度も隕石を落とした場所を訪れている。なので隊長のクローネなら、現場の状態についても知悉しているはずだ。


「はい。彼の地には隕石が着弾した衝撃で巨大な陥没が出来ていますが。どうやら陥没した箇所にちょうど水脈があったようでして、メテオラの言う通り陥没の中が綺麗な地下水で満たされ、現在は深い蒼を湛えた湖になっています」

「へえ……知らなかったわ。なかなか興味深いわね」


 『アトロス・オンライン』のゲーム中では、【星堕とし(メテオ・ストライク)】のような強力な攻撃魔法を発動させても、地形が変化するなど有り得なかった。

 魔法の威力が実際の地形に変化を与えるというのは、ゲームでは再現されていなかった『リアル』な部分だと言えるだろう。


「それで、湖が出来たことは判ったけれど。それが褒美と何か関係が?」

「はい。姐様(あねさま)のお許しが頂けますなら、あの綺麗な湖を活かした美観都市を彼の地に建造してみたいと思っております。ユリタニアの付近には川はあっても海はありませんし、市民が泳ぎを楽しめる都市を作るというのも面白そうに思えまして」

「なるほど……。あなた達も色々と考えているのね」

「恐れ入ります」


 ユリの言葉を受けて、メテオラが深々と頭を下げる。


 なるほど、美観都市―――。一種のリゾート都市を作るというのも面白そうだ。

 【調温結界】で包んでしまえば、季節に拘わらず常に『常春の陽気』を保ち続ける都市を造ることができる。

 富豪や他国の貴族のような、財産に余裕がある人が『避暑地』や『避寒地』として利用できる都市を作るというのは、一考の余地があるだろう。


 いっそ、先程の『迷宮地』の件と併せて考えてみるのも良いかも知れない。

 【救命結界】があれば命を落とす心配は無いとはいえ、魔物から攻撃を受ければ怪我を負うことになるし相応の痛みも味わうことになる。なので『迷宮地』に挑むというのは、相応に高いリスクを伴う行為だと言える。

 高いリスクを伴うのであれば、高い報酬が与えられて然るべきだ。『迷宮地』を相応に『稼げる』場所として運営するなら、成功者は大きな富を得る事になる。

 迷宮に挑む者達が、成功した暁に夢見る『憧れの地』として魅力的な、リゾート都市を造るというのは面白そうだ。


 それにリゾート都市のような場所では、財布の紐も緩みやすくなるだろう。

 ユリタニアでは経営が立ち行かなくなりつつある『娼館』に、リゾート都市で富裕者を対象にした『高級娼館』として再起を図らせるというのも悪くない。

 そうでなくとも『迷宮地』の建造は、掃討者へ向けた良い『寄せ餌』になる。

 掃討者は『娼館』の主要客なので、彼らが居着けば経営は安定するはずだ。


(……その場合『掃討者ギルド』は潰した方が良いわね)


 ユリとしては、魔物の討伐を生業とする『掃討者』自体に対しては特に悪感情を持っていないが、彼らが所属する『掃討者ギルド』は明確に敵だと思っている。

 掃討者が利用しやすい『迷宮地』という場所を用意するのは良いが、それを利用することにより『掃討者ギルド』の組織が利益を得るのは気に入らない。

 『迷宮地』を作る場合には、現行の『掃討者ギルド』を百合帝国の領土から除いた上で、掃討者を受け容れる新たな別の組織を用意するのが良いだろう。


「メテオラ。あなた達がいま挙げた『湖を利用した美観都市を作る』という案は、大変独創的で面白い考えだと思います」

「はい! ありがとうございます、姐様(あねさま)!」

「但し、その案は魅力的過ぎて、もはや『私自身の望み』のひとつとなりました。よってあなた達にはまた他に、何か別の褒美を希望して欲しい所ですが」

「さ、更に別の褒美を、ですか?」

「ええ。何度も考えさせて申し訳無いのだけれど」


 ユリの言葉を受けて、メテオラが少し困った顔をする。

 まあ、褒美について何度も再考を要求されれば、そういう表情にもなるだろう。


「えっと……。では姐様(あねさま)に、ひとつお願いがあります」

「何かしら。何でも遠慮無く言って頂戴ね」

「もし湖の畔に、姐様(あねさま)にも満足頂ける都市を作ることができましたなら。その時には『桔梗』の皆と一緒に、湖の都市で休日を過ごして頂けませんでしょうか」


 メテオラの提案を聞いて、桔梗の皆が「おお」と感嘆の声を上げる。


「……そんなことで良いの?」

「はい! 姐様(あねさま)と一緒に過ごしたいのです!」

「無欲な子達ね……。判ったわ、その時には一緒に過ごしましょう?」

「ありがとうございます、姐様(あねさま)!」


 桔梗の全員が、深々と頭を下げる。

 どうやら桔梗の子達全員にとって、その提案は満足のいくものであるらしい。

 何とも安上がりで―――そして、ユリにとって愛おしい子達だった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[一言] 水着回は近そうですね。
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