59. 王国の崩壊
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「……は? 今、何と?」
思わずユリは、反射的にそう問い返していた。
あまりにも想定外というか―――寝耳に水なことを伝えられたからだ。
「では、今一度ユリ陛下に申し上げます。
―――エルダード王国が崩壊した模様です。少なくとも現状に於いて、王国が既に国家の体を成していないことは間違いありません」
ユリにそのことを報告してくれたのは、アドスの妻であるエリンだ。
今日は『夏月28日』。長らく『桔梗』に任せていた『新都市』の建設が昨日の段階でようやく完了し、明日にもニルデア市民の移住を正式に開始させる予定を控えている―――そんな朝のことだった。
珍しく夫のアドスを伴わずに、1人で領主館を訪ねてきたエリンが報告してくれたその事実は。ユリには何かの悪い冗談としか思えなかった。
「あの、エリン殿。その『崩壊』というのは、どういう意味なのでしょうか?」
エリンにそう問うたのは、今日の『寵愛当番』であるデメテールだ。
『白百合』の一員であるデメテールは、普段は温厚だが怒らせると凄まじく怖い、という話を皆がしているのを何度も耳にしたことがある。
もっとも、ユリは一度として彼女から怒りを向けられたことがないので、いまいちどんな様子なのかが想像できないのだが。
「言葉通りの意味です。王国が支配していた都市は、首都を含めた全てが『骸骨の兵団』によって蹂躙されたとのこと。都市内はもちろん城内にまで大量の骸骨兵が雪崩れ込んだ結果、全ての兵や騎士だけでなく、貴族、王族までひとり残らず虐殺されたそうです」
「ええ……?」
困惑の余りに、ユリはそう声を漏らす。
エリンが告げた『骸骨の兵団』というのは、当然ラケルの【死者の軍勢】によって生成されたスケルトン・ナイト達のことだろうけれど。
正直を言って、スケルトン・ナイトはさして強力な魔物ではない。
戦闘能力自体はまあまあ高いのだけれど、知能面がとにかく残念なものだから。愚直に『一番近い敵を真っ直ぐ斬りに行く』ことしか出来ない魔物なのだ。
だから相応の防壁を備える都市であれば、迎撃は難しくないと思うのだが。
そのことをユリが伝えると、エリンは少し困ったような表情をしながら、
「首都の防壁は、骸骨兵達に軽々と乗り越えられたと聞いています」
と、ユリ達に教えてくれた。
「……そんなに背の低い防壁なの?」
「王国首都の防壁は……そちらの方の身長と同じぐらいの高さですね」
ユリの問いかけに、エリンはデメテールのことを指しながらそう答えてみせる。
デメテールの身長は『白百合』の中でもかなり高く、大体190cm程度はあるだろうか。となると、王国首都の防壁は約2mの高さと考えて良さそうだ。
「その程度の防壁しか無ければ、それは超えるでしょうねえ……」
エリンの言葉を受け、ユリは嘆息する、
スケルトン・ナイトの身体能力は、生身の人間よりも数段高い。高さ2m程度の防壁だと、跳躍すれば手が掛かるので簡単に超えてしまうだろう。
ニルデアのように高さ5m程度の防壁があれば、完封できた筈なのだが。
「王城の中では『血の惨劇』とも言うべき、酷い惨状が繰り広げられたそうです。兵士も騎士も片っ端から殺戮され、広間や廊下の全てが血の色で染まったとか。
但し、不思議と文官の一部と女性だけは、骸骨兵に攻撃されなかったそうです。そのお陰で王妃や王女殿下、城勤めの侍女などはいずれも無事だと聞いています」
文官や女性がスケルトン・ナイトの攻撃対象にならなかったのは、彼らが武器を携行していなかったからだろう。
骸骨兵には『武器を持った者達』を率先して攻撃するように命令してある。だから兵や騎士はもちろん、貴族や王も帯剣していれば当然攻撃対象となるわけだ。
「王妃が無事とは言え、兵達を悉く殺されれば為政は成り立ちません。また首都以外の王国の都市に関しても、領主が殺されて無政府状態に陥っているようですね。
―――つきましてはユリ陛下に、ひとつお願いが御座います」
「何かしら。貴重な情報を貰ったわけだし、大抵の事は許可するわよ?」
「夫のアドスと、それから『ロスティネ商会』のルベッタさんについても、王国へ向かうことをお許し頂けましたらと思います。元々はどちらとも王国内で活動していた商会ですので、首都や各都市にある商館が気になるそうで……。
実は今回、私がユリ陛下への連絡役を買って出ましたのも、二人が王国まで移動するための荷造りや準備に忙しいためでして」
「ああ、そんなこと―――もちろん許可ぐらい出すわよ。必要なら私が転移魔法で王国首都まで送るなり、私の方から護衛を付けるなりするけれど?」
「いえ、王国内の都市を色々巡ることになると思いますので、今回は馬車で移動するそうです。護衛についても商会で雇っている掃討者がおりますので」
「ふむ……」
掃討者を連れて歩けば、王国到着後に骸骨兵に攻撃される可能性が高い。
とはいえ、王国までの道中で遭遇する魔物を撃退するには、掃討者の力を借りる必要があることも事実。
できればユリの側から、魔物にも骸骨兵にも対処できる護衛を付けたい所だが、無理強いするのは過干渉というものだろうか。
「エリン。アドスとルベッタはまだ出発していませんよね?」
「はい。私がユリ陛下からの許可を持ち帰り次第、出発する予定です」
「結構。では悪いけれど、少しだけ待って貰うとしましょう。デメテール、領主館にいる『撫子』を誰か捕まえて、『黒光の腕輪』を20個持って来るように伝えて貰えるかしら。できれば袋か何かに入れた状態でお願いするわ」
「はっ、承知しました」
ユリの指示を受けて、デメテールが駆け足で部屋から飛び出していく。
良くも悪くも『白百合』に所属する子達には、生真面目な者が多い。
「エリン。王国の都市にいる骸骨兵達は、武器を持っている者を見かけると全力で攻撃を仕掛けて来るわ。なので掃討者を連れ歩けば、ほぼ間違いなく骸骨兵達から襲われることになるでしょう」
「そ、そうなのですか……? それは、困りましたね……」
「なので、私はエリンに『黒光の腕輪』というアイテムを20個預けるわ。この腕輪を装備していると、骸骨兵のようなアンデッドからは『味方』として認識され、襲われることが無くなる。アドスとルベッタに10個ずつ渡して、必ず自分だけでなく護衛の掃討者全員にも、この腕輪を装備させるよう伝えて頂戴」
「承知致しました。ユリ陛下のご厚情に感謝致します」
「アドスにもルベッタにも、普段それだけのことはして貰っているから気にしなくていいわ。それに腕輪はあくまで『預ける』だけだから、必要無くなったら返して貰う。2人には後日無事な姿で腕輪を返却しに来るよう厳命しておきなさい」
「はい、必ずそう伝えます」
コンコン、と執務室のドアがノックされる。
ユリが「どうぞ」と外に向けて呼びかけると、今日の護衛のデメテールと一緒に『撫子』のソナチネが部屋に入ってきた。
「ユリ様、ご指示通り『黒光の腕輪』を20個お持ちしました」
「エリンに渡して頂戴。暫く貸与することになったから」
「承知致しました。エリン様、こちらをどうぞ」
ソナチネから差し出された手提げ鞄を、エリンが受け取る。
エリンが鞄の口を開くと、中に黒い腕輪が20個入っているのが見えた。
「それではユリ陛下、私はこれで失礼致します」
「ええ、アドスとルベッタによろしく伝えておいてね。それと、決して無茶はしないように、とも言っておいて頂戴」
「承知致しました」
エリンが恭しく頭を下げた後、執務室から退室する。
『黒光の腕輪』を装備していれば骸骨兵のようなアンデッド系の魔物から襲われることは無くなるが。とはいえ、それ以外の魔物に対しては何の役にも立たない。
いまルベッタやアドスを失うことは『百合帝国』にとって損失となる。念には念を入れて、ここは護衛役を付けておく方が良さそうだ。
「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】グレーター・レイス!」
ユリは自身の使役獣の中からグレーター・レイスを2体召喚する。
グレーター・レイスはレベル140の魔物なので、護衛としては申し分ない戦力を有している。また、レイスは幽体系の魔物なので壁を擦り抜けたり、姿を自在に消すことができる。敵からも味方からも発見される可能性は少ないだろう。
密かに護衛をさせるなら、最適な魔物だ。
「今からマーキングする2人の人物を、それぞれ護衛しなさい」
2体のグレーター・レイス達にそう命じた後、ユリはニルデアと新都市の両方に行使している【空間把握】の魔法でアドスとルベッタの現在位置を割り出し、2人を『緑』でマーキングする。
即座に反応して、グレーター・レイス達がユリの目の前から去って行った。
「なんだか面倒なことになったわねえ……」
「これを期に、王国全土を征服してはいかがでしょうか?」
「私もそれが良いと思うのですが」
ソナチネがユリに提案し、その言葉にデメテールも同調する。
「うーん……」
実際それも、悪い選択肢ではないだろう。
骸骨兵の大軍により相手の兵力や指揮系統が壊滅している現状であれば、王国を占領するのに大した手間も掛からないのだから。
とはいえ―――あまり気乗りしないのも事実ではあった。
一気に領土を増やしすぎてしまえば、目の届かない部分も出てくる。ニルデアのように、都市の改善を時間を掛けて試みるような事も難しくなるだろう。
王国の全土を奪えば、おそらく国土が隣接する国家も更に増えてしまう。
既にシュレジア公国から宣戦布告同然の通達を受け取っている現状で、更に仮想敵国が増えかねない状況は好ましいものではない。
「……悪いけれど、とりあえず保留するわ。現状では、あまり王国を占領することにメリットを感じない。拡大路線を続けすぎるのはリスクも伴うからね。
但し、今後も王国領土の村落や都市が恭順を願い出てきた場合には、個別に対応して領土に加えることはある。また、王国からアドスやルベッタが戻ってきた後、彼らが王国を占領して欲しいと言うのであれば、その時にまた考慮するわ」
「はっ、承知しました!」
「ご主人様のお望みのままに」
ユリの言葉を受けて、デメテールとソナチネが即座に承服する。
ユリが一度意志を定めれば、彼女達は粛々と従うだけだ。
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