58. 1都3村
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ノトクの村落が『百合帝国』に帰属した、その翌日の『夏月24日』。
今度はニルデアから東北東の方角にある『シリン』という村落の長が、領主館を訪ねて『百合帝国』への帰属を申し出てきた。
『シリン』は、ユリ達がこの異世界に来て最初に駐屯した地点から北側にある、森のすぐ側に位置している村落だ。
人口は300名ちょっとで、村としての規模は普通程度だろうか。
主要産業は言うまでも無く林業関連。と言っても、この世界だと運送が大変なので、木材そのものをやり取りする機会はそこまで多くは無いらしい。
それよりは、もっと軽量で高価な林産物。例えば、木材を蒸し焼きにして作った木炭であったり、樹林から採取した果実や樹脂、茸や山菜、薬草などを他の都市と交易して成り立っている村落のようだ。
村落があちらから恭順を申し出てくる、という2日連続の奇妙な出来事に驚かされながらも。ユリはその帰属の申し出を受け容れる。
流石にノトクは受け容れておいて、他は断る―――というような真似はできないからだ。これにより『百合帝国』の国土がより拡大されることになった。
シリンが領土に加わったことで、一番喜んだのは『桔梗』の子達だ。
やはり建築部隊の彼女達からすると『木材』が安定確保できる村落というのは、それだけで大変価値があるのだろう。
木材の運搬用にシリンの村に『転移門』を設置して欲しい―――と、『桔梗』の子達から要望されているので、近いうちに設置するかもしれない。
但し『転移門』は色々と使い出が多いものなので、設置する場合にはシリンだけでなく、ノトクの方にも設置しなければ不公平だろうけれど。
―――それから、更に翌々日の『夏月26日』。
今度はニルデアから東南東の方角にある『エラート』という村落の長が、領主館を訪ねて『百合帝国』への帰属を申し出てきた。
『エラート』はニルデアからだと少し距離があるが、先日『百合帝国』の領地となったノトクから見ると、南東の方角15kmの位置にある近隣の村だ。
人口は300名ほどで主要産業は農業。……というか農業オンリーだと言ってもいいぐらい、他のことは何もやっていない村だ。
無論それは、エラートの立地がそれだけ農業に向いた場所ということでもある。何でも、魔物自体はそれなりに出るらしいけれども、あまり『畑を荒らす』ような魔物は存在していない場所なのだそうだ。
作物は小麦とトウモロコシ、燕麦、それとケヤという豆を育てているらしい。
最後の豆だけはユリの知らないものだが、それ以外はどれも人の生活に無くてはならない穀物ばかりだ。この村に関しては他の国から護る意味でも、即座に『百合帝国』の領土に加えることにユリも合意した。
『ノトク』と『シリン』、そして『エラート』の村落がいずれも『百合帝国』の一部となったことで、領土が一気に3倍ぐらいにまで拡大された。
また、3つの村落全てが今までは王国に属していた場所なので、それだけ王国の領土は削られた形になる。当然、王国の恨みをそれだけ買うことになるだろう。
もっとも―――5万5千体以上のスケルトンを送りつけられている今の王国に、百合帝国に対して何かの行動を起こせるだけの余力があるとも思えないが。
ちなみに例の『骸骨兵』達は、シリンとエラートの村でも歓迎されていた。
どちらの村落でも、殆ど村を護ってくれる守護者みたいな扱いになっているらしい。但しノトクの村と同じように、シリンとエラートの村長も「掃討者を攻撃するのが困る」と言っていたので、一度訪問して命令だけは書き換えておいた。
「普通は『骸骨』に対する忌避感みたいなのがあると思うのだけれどねえ……」
エラートの村を領土の一部にした、更に翌日の『夏月27日』。
ここの所、各村から来訪した村長の応対をしたり、実際に村を訪問して『紅梅』の子に結界を張って貰ったり―――と。何かと忙しかったことで、後回しになっていた執務仕事を片付けながら、ユリは誰にともなくひとりごちる。
普通であれば『動く骸骨の戦士』というのは、見ていて気持ち悪いものだと思うのだけれど。3つの村全てで、骸骨兵があまりに簡単に受け容れられすぎていることが、どうにもユリには納得がいかなかった。
「ご主人様。こちらの世界では、死者の遺体は荼毘に付すことが多いそうですが、ご存じでしょうか?」
ユリの独り言に反応して、そう声を掛けて来たのは、今日の『寵愛当番』であり護衛役でもあるソナチネだ。
ソナチネはメイド部隊『撫子』の副隊長を務めている子でもある。
「え、そうなの? 普通に土葬なんだと思っていたわ。こっちの世界だと、土地ぐらい幾らでも余っていそうだし」
『荼毘に付す』というのは、死者の亡骸を『火葬する』ということだ。
日本で火葬が一般的なのは、衛生面の問題もあるけれど、それ以上にスペースの都合という意味合いが大きい。人口密度の高い日本では、場所を取る土葬はどうしても採用が難しくなるからだ。
逆に言えば―――土地に余裕がある世界であれば、亡骸をそのまま埋めてしまう土葬のほうが、火葬よりもずっと手軽で楽だと思うのだが。
「亡骸を焼かずにそのまま埋めると、数人に1体ぐらいの割合で屍人の魔物が発生してしまうそうです。なので死体は必ず、火魔術の使い手に焼いて貰った上で、遺骨と遺品だけを墓の下に埋めるのが一般的だとか」
「へえ、そういうものなのね。勉強になるわ」
一般人からすれば、ゾンビ程度でも充分に脅威となる魔物だろう。
都市内や村内の墓地から湧き出てこられては、大いに困る筈だ。そういう事情があるのであれば、わざわざ手間を掛けて火葬することにも納得がいく。
「火葬が済んで骨だけになった死体は、もう『穢れを落とされた身体』だと見なされるようですね。だから、この世界の人達は遺体に触れるのは嫌がっても、遺骨に触れるのは嫌がらないと聞いています。
たぶん、骸骨兵がこの世界の方々に受け容れられたのには、その辺の事情が影響しているのではないでしょうか」
「つまり、骨だけの骸骨兵は『穢れのない』アンデッドってこと?」
「それは私にも判りかねますが。少なくともゾンビのような『人を襲う悪しきアンデッド』とは思われていないのでは無いかと」
「ううん……。何となく判るような、ちっとも理解できないような……」
まあ、腐肉の悪臭が酷いゾンビよりはスケルトンのほうが、ずっと可愛げがあるとは思うけれど。とはいえ……無駄にカタカタ音を立てながら動く骸骨の戦士は、どう言い繕っても『気持ち悪い』以外の何物でも無いと思うのだが。
……世界が変われば、人の感性も変わるだろうし。あまり深くは考えないほうが良いのかも知れない。
「ところで、ご主人様」
「うん? どうしたの、ソナチネ?」
「ご主人様からの指示通り、王国の輜重隊5000人と、その馬5000頭については現在、我々『撫子』が管理しておりますが。管理に結構な人手を要しておりますので、できれば早めに『使い途』を決めて頂けると有難いのですが」
「ああ……。そうだったわね、何か決めないとねえ」
王国軍を殲滅した【星堕とし】の着弾直前に、ユリは敵の輜重隊を丸ごと【強制集団転移】の魔法で捕獲している。
この世界では『馬』というのは結構な財産で、結構な値段で取引される。それが判っているだけに、全部で5000頭もの馬を潰してしまうのには抵抗があって、なんとなく転移魔法で捕獲してしまったわけだけれど。
その用途について、何かユリに考えがあるわけではなかった。
「うーん、土地は余っているわけだし……いっそ馬の畜産と繁殖をメインに行う、人口5000人の村落をどこかに作ってしまうのも悪くないかしら?」
「そうですね、それも候補のひとつだと思います。もっとも、人口5000人ともなりますと『村落』というより『都市』になるかと存じますが」
「……それはそうね」
この世界では基本的に『人口が少なくて防壁がない集落』のことを村落と呼び、逆に『人口が多くて防壁がある集落』のことを都市と呼ぶことが多い。
但し、厳密な定義があるわけではない。村落でも防壁を持っている所はあるし、逆に都市でも防壁がなく、他の手段で魔物対策を行っている所もある。
とはいえ―――人口が4桁もいれば、普通は『都市』として認知される。
人口が5000人ともなれば、最早考えるまでも無くそれは『都市』だ。
「集落にする場合には、男女比も考えなければならないけれど……。輜重隊の男女比って、どんな感じなのかしら?」
「男性が約400人で、女性が約4600人だと聞いています」
「え? 女性の方が多いの? しかもそんな圧倒的に?」
「はい。どうやら女性兵士は優先的に輜重隊へ回されていたようですね」
「ああ……。なるほど、ありそうな話ね」
ソナチネの話を聞いて、ユリは得心する。
膂力や体力といった面では、どうしても女性は男性よりも劣りやすい。
男性は戦闘兵として前方の部隊に留め置き、女性は直接戦闘には関わらない後方の輜重隊へ回そうという指揮官の判断は、判らなくも無かった。
「その男女比だと、そのまま集落を作らせるのもちょっと考え物ね。まあ、多少は女性が多い村落にするほうが、それに魅力を感じて外部から移住してくれる男性が多くなるかもしれないけれど……」
「そうですね。集落を作るのでしたら、男性400と女性600だけで宜しいのでは無いでしょうか。人口が合計で1000人もいれば、5000頭の馬を飼育するのにも不都合はないでしょうし」
「その場合、余った4000人をどうするかが問題よね……」
「殺してしまえば宜しいのでは?」
ソナチネは何の感情も伴わない声で、冷静にそう言い放った。
実際、それも悪くは無い手だ。王国兵は明確な『敵』なので、ユリとしても処分することに抵抗を覚えたりはしない。
そもそも、ユリは『馬』が欲しかっただけであって、『人』の存在は別にどうでも良いのだ。
「うーん、とりあえず『桔梗』の意見を聞いてみましょうか。集落を作る場合は、間違いなく彼女達の手を借りないといけないのだし」
「では、今メテオラを呼んで参りましょう」
10分ほど執務をしながら過ごしていると、やがてソナチネが『桔梗』隊長のメテオラを呼んできてくれた。
「ごめんなさいね、メテオラ。忙しいところを呼び出してしまって」
「いいえ、姐様! 先日も申し上げましたが、新都市の建造はほぼ完了段階に入っていますので、今はもう結構暇なのです。なのでご用がありましたら、遠慮無くお呼び下さい!」
「ありがとう、メテオラ。ちょっとあなたに相談したいことがあってね」
ソナチネと話した内容をそのままメテオラにも話すと。少しだけ思案した後に、やがてメテオラは頷いてみせた。
「1000人の村を1つ作る程度でしたら、『桔梗』の総力を挙げれば3日も掛からないと思います。新都市の建造は明後日には終わる予定ですので、それからでも宜しければ取り掛かりますが」
「連続での仕事になってしまって、申し訳無いわね」
「いいえ! 姐様のお役に立つことこそ『桔梗』の本望ですので!」
朗らかな声で、そう言い切ってくれるメテオラの心意気が嬉しい。
ユリが頭を撫でると、メテオラは嬉しそうに目を細めてみせた。
「余った4000人についても、とりあえずは新都市地下に収監しておけば宜しいのではないかと思います」
「……待って。新都市の地下に収監施設があるという話は以前聞いているけれど、それは4000人も入る規模のものなの?」
「いえ、流石に厳しいです。ただ、新都市の地下には倉庫用の区画も沢山ありますので、それらを収監施設に転用すればギリギリ入ると思います。倉庫用の区画とは言っても、まだ何も備蓄していませんから転用は容易ですし」
「ふむ……」
「現在収監されている王国の密偵達は『黒百合』の調教により、とても従順になったと聞いています。輜重兵4000人についても、収監して『黒百合』に任せておけば、良い感じに調教しておいてくれると思いますが」
「そうね……。では用意が調い次第、4000人を収監しておいて頂戴。協力的で無い者は処分して貰っても構わないわ」
「はい、姐様。すぐに準備しておきます」
現状のまま『撫子』に管理を任せて、手間を掛けるよりは良いだろう。
そう思い、ユリはメテオラに4000人の収監を命じる。
所詮は一度『敵』であった相手なので、例えその全員が女性であろうと、情けを掛ける気にはならない。
……まあ、ユリは女性なら割と誰でも好きになってしまう性分なので。実際に顔を合わせたりでもしたら、たぶん一気に情が湧くことになるだろうけれど。
「ソナチネ。男性全員と女性600人については、『撫子』の方でもう暫くは管理して置いて頂戴。『桔梗』に集落を作って貰ったら移動させるから」
「承知致しました、ご主人様」
現在『撫子』の子達は、ニルデアの都市から東方1kmの位置に駐屯地を作り、そこで捕獲した輜重兵達を管理している。
管理と言っても、要は逃げられないように【障壁結界】を張り、その中に閉じ込めているだけではあるのだけれど。定期的に食事を与えたり、暴動などが起きないように監視するのは、なかなかの手間でもあるのだろう。
とりあえず管理対象を5000人から1000人に減らすだけでも、撫子の負担を少しは軽くすることができるだろうか。
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