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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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06. 覇竜ラドラグルフ

 


     [4]



 『アトロス・オンライン』には『クエストスキル』と呼ばれる、クエストを行うことで職業に関係無く修得できるスキルが多数存在している。

 最も有名なのはレベル180で受諾可能なクエストで修得できる『従者召喚』というスキルだろう。これは文字通り自分の手先として活動してくれる『従者』を召喚するもので、パーティに配下NPCとはまた別の追加戦力として参加させたり、あるいは買い出しなどの雑用を頼んだりと、とても便利に活用できるスキルだ。

 そして―――その次に有名なのがレベル150で修得できる『騎獣召喚』スキルになる。

 こちらのスキルも効果は文字通りで、自分を乗せてくれる『騎獣』を召喚して利用できるというものだ。騎獣の種類はおよそ60種類の中から自由に選択できるのだけれど、移動に便利という理由から『空を飛んで移動』できる騎獣を選択するプレイヤーが圧倒的に多かった。


 クエストスキルは配下NPCにも修得させることができるので、『百合帝国』に所属している皆にも、基本的には飛竜やワイバーン、天馬などといった空を飛べる騎獣を選択させている。

 但し、元々空を飛べる子達に関してはその限りでは無い。種族によっては背中に立派な『翼』が生えていることがあり、そういうキャラクターはレベルが高くなればなるほど、自力でも高速で空を飛ぶことができるようになる。

 これには『睡蓮』と『黒百合』の二つの部隊が該当する。前者は『有翼種(アンゼリオ)』、後者は『吸血種(カルミラ)』という種族の子だけで構成されており、有翼種は白い双翼を、吸血種は黒い双翼を背中から生やしている。


 ちなみにギルドマスターであるユリもまた、空を飛ぶことができる。

 と言っても背中に翼があるわけではない。ユリは〈絆鎖術師(エーテリンカー)〉という職業(クラス)のキャラクターなのだけれど、これは〈召喚術師(サモナー)〉系の派生上位職なので、自分で使役した魔物を『召喚』して利用する能力を元々備えているのだ。

 魔物を使役するには『1対1で魔物を討伐する』という、なかなか難しい課題をクリアしなければならないのだけれど。ユリは『アトロス・オンライン』を20年以上遊んでいただけのことはあり、強力な魔物を数多く使役していた。


「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】覇竜ラドラグルフ!」


 ユリが召喚魔法を行使すると、展開された魔法陣の中から1体の巨大な竜が姿を現す。

 覇竜ラドラグルフは『アトロス・オンライン』で竜系の魔物が大量に生息している『竜の谷』というエリアを支配しているレイドボスで、いわゆる『竜王』の立場にある魔物だ。

 もちろん竜王というだけはある強力な魔物で、そのレベルは『1850』と非常に高い。本来は最高レベルに達したプレイヤー達がレイドを組み、つまり24名が力を合わせて討伐するような相手だ。

 ユリはこの極めて強大な魔物をとある方法(・・・・・)を用いて単身で撃破したことがあり、自らの使役獣にしている。


『―――久しいのう、ユリ。我の力が必要な相手と闘うのか?』


 人の身からは想像も付かないほど長い時間を生きているラドラグルフは、人間の言葉をも解する。

 とはいえ竜の身体に備わっている発声器官では人間の言葉を話すことが難しい。なのでラドラグルフの言葉は魔法を利用した『念話』という形で、ユリの頭の中に直接聞こえてくる。


「残念ながらそうではないわ、ラドラグルフ。むしろ闘わずに済むならそのほうが良いと考えるからこそ、貴方のように見た目も立派な竜が必要なのよ。私に弱者をいたぶるような趣味は無いからね」

『よく言う。いつかの日には、我をまるで赤子のように玩んだ癖に』

「あら、そうだったかしら?」


 くつくつとユリが笑みを零すと、ラドラグルフもまたどこか愉快そうに目を細めてみせた。


『己より強き者を背に乗せるのは竜の誉れである。さあユリよ、我に乗るが良い。どこへなりとも我が双翼で連れて行ってやろう』

「ありがとうラドラグルフ。でもゆっくりとしか飛べない子達もいるから、あまり速度は出さないでくれると助かるわ」


 白百合の子達が騎獣にする『戦竜(ウォードラゴン)』や、桔梗の子達が騎獣にする『巌魔鳥(コカトリス)』は、ゆっくりとしか空を飛べない騎獣だ。

 ラドラグルフが本気で飛べば、彼女達は一瞬で置き去りにされてしまうだろう。


『あい判った。のんびり空を泳ぐのも、それはそれで楽しかろう』


 そう告げて全身を(かが)ませたラドラグルフの背に、ユリは【短転移】の魔法を行使して騎乗する。

 屈んでくれていてもラドラグルフの背はまだまだ高い位置にあるため、よじ登るよりも転移魔法を使って一発で乗る方が楽だからだ。


『姫様、いつでも出発のご下命を』


 ユリが覇竜ラドラグルフの背に跨ったのを見て、傍に控えていた白百合(エスティア)のヘラがそう声を掛けてきた。

 周囲には359名の配下NPCの姿があり、ユリの言葉を今やと待っている。

 数秒ほど掛けてその全員の姿をしっかりと確かめてから、ユリはギルドチャットを通して『百合帝国』の皆に声を掛ける。


「それじゃ出発するわよ! みんな、準備は良い?」

『はい、お姉さま。姫百合(パティア)はいつでも出発できます』

白百合(エスティア)24名、準備はできております!』

『大丈夫よぉ』

紅薔薇(エンクレーズ)、出発可能です』

黄薔薇(ニルクレーズ)も問題ありません』

『ええ、青薔薇(シュクレーズ)もいつでも飛べます』

桜花(おうか)24名、いつでも主君と共に!』

紅梅(こうばい)もあるじ様について参ります』

睡蓮(すいれん)も準備は完了しております』

撫子(なでしこ)はいついかなる時でも、ご主人様のお側に』

『姐様! 桔梗(ききょう)は行けます!』

竜胆(りんどう)も大丈夫です』


 ギルドチャットを利用してユリが問いかけると、すぐに各部隊の隊長からもギルドチャットを通して問題無い旨の応答が返されてきた。

 ちなみに1つだけ部隊名を名乗らなかったのは黒百合(ノスティア)隊長のカシアだろう。彼女は―――というか黒百合に所属する子達には、割とそういう所がある。


「全騎離陸! 南西に向けて飛ぶわよ!」


 ユリの声を契機に360名の少女達が―――少女を乗せた311の騎獣と、自前の翼を持つ48名の少女、それとユリを背に乗せた覇竜が空へと舞い上がる。


「先頭は白百合(エスティア)が務めなさい。但し、桔梗(ききょう)の子達を置いて行かないように、7割程度の速度で飛ぶようにね」

『承知しました! 白百合(エスティア)24名、先行します!』


 白百合(エスティア)が召喚する騎獣は『戦竜(ウォードラゴン)』で、この竜は戦闘能力が高くてとても堅牢なのだけれど、代わりに飛行速度は『百合帝国』の中で2番目に遅い。

 最も遅いのは桔梗(ききょう)が召喚する『巌魔鳥(コカトリス)』で、これは戦竜よりも更に1割ほど飛行が遅くなるが。白百合に7割程度の速度で飛んで貰えば、桔梗の子達が遅れることもないだろう。


『ここは―――リーンガルドとは別の世界か』


 空の遊覧飛行を楽しんでいると、ラドラグルフが念話で小さく言葉を零した。

 そのつぶやきを聞いたユリは思わず感心してしまう。目が覚ましてすぐパルフェの口から『異世界』へと転移した事実を聞かされたユリとは違い、ラドラグルフはまだ誰からもこの場所が『異世界』であると教わっていない筈なのに。この僅かな時間のうちに、自力でそれに気付くなんて。


「流石はラドラグルフね。どうしてそれが判ったの?」

『我々は常に世界を俯瞰して生きているからな。天からのみ眺めるならば、世界というものは常に1枚の絵画にすぎない。ある程度長く生きている竜なら、リーンガルドという絵画の全面を記憶していて当然だ』

「ふうん、なるほどねえ……」

『まさかこうして、新たな未知の絵画を俯瞰する機会に恵まれるとは……心が踊るものを感じる。ユリよ、今回の件が終わったなら―――暫く我を召喚したままにしておいては貰えないだろうか。我は世界中の様々な地域を自由に巡り、新たなこの絵画を隅々まで眺めてみたい』

「ええ、構わないわ。召喚の継続で生じる魔力消費も、私にとっては許容できないほどの負担ではないし。でも代わりに、この世界で何か面白そうなものを見かけることがあったら、是非私にも教えて頂戴ね」

『あい判った、約束しよう』


 この世界の情報が手に入るなら、ユリにとってもその恩恵は大きい。

 召喚継続中の魔力消費量は、使役獣のレベルが高いほど負担が大きくなる。ラドラグルフはレベルが『1850』もあるので、当然魔力消費量も馬鹿にはならないのだけれど。課金装備で補強されているユリの魔力自然回復量はそれを上回る。

 いちど使役した相手なら例え殺されても蘇らせることができるから、単独行動をさせても万が一の心配をする必要もないし。ラドラグルフが自由に行動したいというのなら、認めてあげるのが主人の度量というものだろう。


 それにラドラグルフに自由行動を許せば―――その姿を見たこの世界に住む人間の中に、覇竜を狩ろうと考える者も出てくるかもしれない。

 その結果、ラドラグルフが返り討ちにするならそれでいい。ユリが単身で勝てる相手も狩れないようなら、所詮この世界の者は『百合帝国』の敵では無い。

 もしラドラグルフを狩れる相手がいるようなら、その時には速やかに警戒レベルを1つ上げる判断ができるだろう。それはそれでユリにとっては悪くない。


『ユリよ、都市らしきものが見えてきたぞ』

「―――おっと。流石に早いわね」


 いくら戦竜(ウォードラゴン)巌魔鳥(コカトリス)の飛行が遅いと言っても、時速200km以上の速度ぐらいは軽く出せる。

 空を飛べば進路を遮るものもなく最短距離で向かうことができるので、たかだか数十km先の都市まで飛ぶのなんて、些細な時間しか掛からないのだ。


 撫子の皆から報告を受けていた通り、ユリの眼下には周囲全てを高い壁で囲った円形の城塞都市が視認できた。

 南北に渡る河川がちょうど中央を貫くように流れていて、都市に入る為の城門は東と西の二箇所にだけ設けられているようだ。


『空に対して完全に無防備ではないか』


 都市を見て、ラドラグルフが嘆息と共にそう感想を口にする。

 確かに、この都市はただ『周囲を壁で囲っている』だけの備えしかない。せめて侵入を防ぐ『結界』ぐらいは展開しておかなければ、空を飛ぶ魔物は都市の内部へ入り放題だと思うのだが。


「ああ―――でも、そういえば。ここまで飛んできた道中で、空を飛ぶ魔物の姿は一切確認できなかったわね」

『……ふむ。ここが偶々、空への備えが必要無い地域だということか』

「安全で結構なことじゃない」


 僅かに苦笑を交えた表情をしながら、ユリはラドラグルフにそう告げる。

 空を飛ぶ魔物は『アトロス・オンライン』に於いて『初心者殺し』として非常に有名な存在だった。VRゲームでは操作するキャラクターの視界内しかプレイヤーにも把握できないため、空から急襲を仕掛けてくる魔物というのはとにかく対処が難しいのだ。

 だというのに、空を飛ぶ魔物はゲームを始めたばかりのプレイヤーが初期配置される『レベント』の街がある地域から容赦無く配置されていて。ユリもまたゲームを遊び始めたばかりの頃には、何度も辛酸を舐めさせられた経験があった。


『それで、一体どうするのだ? この程度の都市ならばユリの手を煩わせるまでもなく、我だけで数分のうちに焼け野原にしてしまうこともできるが』

「焼け落ちた都市を眺めて悦に入るような趣味は、生憎持ち合わせが無くてね」

『フフ……。『罪業のドレス』を身に纏える程の極悪人がよく言う』

「あら? 私の着ている服について、よく知ってるわね?」

『当然であろう。そのドレスは奪われるまで、我の(ねぐら)にあったものぞ』

「……ああ。そういえば、そうだったわね。何だかごめんなさい」

『謝る必要はない。強き者が弱き者から奪うのは当然のことじゃ』


 ユリがいま着ている『罪業のドレス』は、『竜の谷』にあるダンジョンの最奥に待ち構えているレイドボス『覇竜ラドラグルフ』を討伐したあと、財宝部屋に置かれている宝箱の中から一定確率で手に入れられる防具だ。

 性向が『極悪』のキャラクターでなければ装備できないアイテムで、装備効果は『能力値の[魅力]と[加護]を3倍に増やす代わりに被ダメージも3倍になる』というもの。防御性能は皆無で、物理防御力と魔法防御力はどちらも『0』だ。

 お世辞にも性能が良いアイテムではないのだが、ユリの戦闘スタイルには非常に適した装備品なので愛用している。見た目も『女帝が着用する黒のドレス』という感じの、いかにも雰囲気のある衣装で気に入っているし。


「ひとつ教えてあげるわ、ラドラグルフ。本当の悪人というのはね、別に率先して悪事を成すわけでは無いのよ」

『ほう、そうなのか?』

「ええ。悪人とは畢竟、自らの『欲』に正直な者のことを言うのよ。自分がやりたいと思えば率先してやるし、やりたくないことはやらない。それだけのこと。

 そして私は老若を問わず『女性が好き』なの。好きな相手はなるべく傷つけたり殺したりはしたくない。だから都市を滅ぼすような真似は絶対にしないわ」

『なるほどのう。では、やるなら占領か』

「……まあ、それも選択肢のひとつとは思っているけれど」


 都市へ移動してきたユリの主目的は、この世界の現地住民から『情報を得たい』ということだ。

 撫子の皆が集めて来た情報は充分なものだったけれど、それでもこの世界の一般知識はおろか、常識さえ持ち合わせていない私達にはまだまだ情報が必要だ。

 情報を得るためだけなら都市を占領する必要は全くない。覇竜ラドラグルフの姿を示すことで少しだけ相手を怯えさせて、現地住民と平和的な関係が築けたら良いとユリは期待している。


 とはいえ、占領という選択肢も決して悪いものではない。

 占領してこの都市の『支配者』となれば、こちらの世界の情報をより効率的かつ大量に収集することが可能だろうことは、間違いの無い事実だからだ。


「向こうが攻撃してこないうちは、こちらからも手を出すつもりは無いわ」

『では、先方が攻撃してきた場合はどうするのじゃ?』

「私の嫁に一度でも剣を向けたなら、それは明確に『敵』よ。容赦はしない」

『くふふ、なるほどのう。ユリの嫁たちは愛されておるのう』

「―――都市の門前に着陸するわ! みんな、準備して!」


 号令を掛け、速やかにユリたちの一団は高度を落としていく。

 その眼下では『竜』を始めとして、伝説とも言われる魔物の姿を大量に見る羽目になった都市の守護兵たちが、大変な恐慌を来しているとも知らずに。





 

お読み下さりありがとうございました。

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