57. 骸骨兵さま
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新都市への先行移住が開始されてから、4日が経った。
今日は『夏月23日』。この世界では、夏は暦が半分を過ぎる頃から『暑さが本番』になるらしく、ちょうど今頃が1年の中で最も暑い時期になるらしい。
常に〈温冷耐性〉の付与が施された指輪を身に付けているユリからすると、何とも実感のない話なのだけれど。ここ数日届けられている報告書に『屋台街への客足が落ちている』旨が記載されていることからも、ニルデアの暑さがかなりのものになっている事実が窺えた。
ちなみに屋台街に関しては『夜の客足は逆に増加傾向』らしい。
暑い日中にはあまり食欲が湧かないので、涼しくなった夜間に屋台街で食を謳歌する人が多いようだ。それはそれで結構なことだと思う。
それと、以前屋台街からは『夜に酒の提供をさせて欲しい』旨の要望を受けたことがあるけれど。最近は逆に『酒の提供は今後も禁止のままにして欲しい』という真逆の要望を貰ったりもする。
どうやら最近は夜間に子供を連れて、家族で屋台街を利用する人も多いらしい。家族客からすれば、屋台街には『酔っぱらい』が居ないほうが望ましいのだろう。
何にせよ、夜に子供連れで屋台街まで出歩けるというのは、それだけニルデアの都市が夜間でも良好な治安状態を保てている証拠でもある。
都市の警邏役を務めてくれている『撫子』が召喚した従者の子達には、近いうちに何らかの形で報いた方が良いかもしれない。
ところで、言うまでも無く『暑さ』に関してはニルデアだけの話であって、新都市の側では無縁なものとなる。
あちらは【調温結界】が張られているので、常に一定の気温が保たれているからだ。この時期の暑さを熟知しているだけに、新都市へ先行移住している人達からは【調温結界】の恩恵についてかなりの好評が寄せられていた。
しかも意外なことに、職場の畑が結界の外にあるため【調温結界】の恩恵に与りにくそうな農民の人達から、特に好評なようだ。
彼らからすると、普段は結界外の畑で暑さを我慢しながら働いていても、都市の結界内へ戻ればいつでも涼しい中で休憩が取れる―――というのが嬉しいらしい。
ルベッタの話によると、お昼頃には都市南部の水路の縁に腰掛けながら、弁当を食べている農民の姿がよく見られるそうだ。
絶えず水が流れ続けている水路は見た目にも涼しげなので、休憩スポットとして人気があるらしい。
なお、現在では新都市へ先行移住して貰っている人数は『149名』まで増えている。中央区と南区の一部だけに限れば、既に多少のコミュニティも形成されつつある状態だ。
3日前の段階で、各住居には『竜胆』が生産してくれた『冷蔵庫』の魔導具も追加で配備された。もちろん転生前の『百合』からすればおなじみの、上側の半分が『冷凍庫』になっているタイプのものだ。
この魔導具のお陰で、常に飲み物を冷やしておくことができるようになり、しかも『氷』も自分の手で作ることができるようになった。
このことが特に商人達に受けて、まだまだ移住数こそ少ないながらも新都市では早くも『酒をキンキンに冷やして飲む』というブームが広まりつつあった。
その様子を昨晩『放送』してみた所、ニルデアの市民から『早く移住したい』という要望が領主館へ山のように寄せられる結果を招いた。
まだ内装が終わってない建物も多いので、これについては今少し待って貰うしかない。
「新都市の領主館には、今朝も野菜が届いていたらしいぜ?」
ユリにそう告げるのは、今日の『寵愛当番』である『睡蓮』のブラッドだ。
ブラッドは『睡蓮』の子達の中で珍しく口が悪く、豪放磊落な性格の持ち主だけれど。但しその本性は『睡蓮』らしく、とても優しくて面倒見が良い子でもある。
最近は新都市の領主館に、農民の人達から毎日のように野菜が届いていた。
どうやら農民の人達からすると『贅沢過ぎる住居に住まわせて貰っているのに、何も礼をしないのは居心地が悪い』という状況らしい。
しかもユリは今年一杯の『無税』を宣言しているため、待遇の礼を納税によって返すということもできない。―――その結果、どうやら彼らは『領主館へ野菜を届ける』という形で、せめてもの礼を尽くそうとしてくれているようだ。
貰った野菜は『竜胆』のユーロがきっちり料理に活用してくれるので、新鮮な野菜の差し入れはユリ達としても割と有難かったりもする。
「農民の人達もマメよねえ……。お礼はちゃんと言っておいて頂戴ね」
「おう、アタシの方でしっかり礼は言っといたからよ」
「それなら安心ね」
ブラッドは他人との間に垣根を作らない。
誰とでも気安く接し、仲良くなれるのは彼女の最大の長所でもある。たぶん野菜を届けに来た農民の人達とも、もう仲良くなっていることだろう。
「ところで姐御。客が来てるぜ? それも珍しく外からだ」
「外? 都市の外からってこと?」
「おう。確か……ノトク? みたいな所から来たんだってよ」
『ノトク』はニルデアから街道に沿って東へ30kmほど行ったところにある、王国領土の村落の名前だ。
草原地帯にあることを活かし、特に畜産に力を入れている村落だと聞いている。
人口は500人程度と村落にしてはやや多めで、畜産以外には農業にも少し手を出しているようだ。
ニルデアの都市内に出回る燻製肉やチーズなどは、その殆どがノトクで作られた物と考えて良い。その程度にはニルデアにとって存在感のある村落とも言えた。
「……先日の【星堕とし】について、苦情でも言いに来たのかしら?」
ユリが7日前に王国軍を殲滅した場所は、ニルデアから東に20kmの地点。
つまり、ノトクの村落からは10kmしか離れていない場所になる。
隕石が着弾した衝撃で生じた地震が、ニルデアの都市でも観測されている。
となれば、より現地に近いノトクの村落では、当然ニルデアよりも更に強い地震が感じられたことだろう。
……苦情のひとつぐらいは、言われても仕方ないような気がした。
「用件が何かまでは聞いてねえな。とりあえず会ってみたらどうよ?」
「ええ、そうするわ。ブラッド、客人を応接室まで案内してあげて頂戴」
「あいよ」
ブラッドに案内役を任せ、ユリは先に応接室の方へ移動する。
今日の執務仕事は未着手だけれど、客が来ているのであれば仕方ない。
移動中に『撫子』のワルツを見かけたので、彼女に応接室へお茶と菓子を運んでくれるようにお願いしておいた。
「お初にお目に掛かります、女帝ユリ様」
「堅苦しい挨拶は無用よ。とりあえず座って頂戴」
ブラッドに案内されてきた男性を、ユリは歓待する。
やや年嵩の男性で、日本人としての感覚で言うなら60歳ぐらいだろうか。若返る前のアドスと同程度か、それより多少老けている程度の容貌に見える。
ユリがソファの対面側に座るように促すと、男性は僅かに逡巡しながらも、やがて腰を下ろしてくれた。すぐにワルツがテーブル上にお茶と菓子を配列する。
「お名前と立場を聞いても良いかしら」
「はい。私はノトクの村で長を務めております、ランドと申します」
「わざわざ村長が直々に足を運んでくれたのね……ノトクからニルデアまでだと、歩いても結構な距離があって大変だったでしょうに」
「いえいえ、ノトク村の者達は健脚揃いです。この程度でしたら1日と掛からずに歩けますから、大した距離ではありません」
村長のランドは簡単にそう言ってみせるが、ユリとしては感心するばかりだ。
30kmという距離は健康な大人が1日掛けて歩く分には普通かもしれないが。ランドのような初老の男性が、しかも旅支度を携行して移動するとなれば、充分に大変な距離だと思うのだが。
「既にご存じのようだけれど、一応私からも名乗らせて頂くわね。
―――私はユリ。この『百合帝国』で女帝をしているわ」
「ありがとうございます。ユリ陛下に面会が叶いまして、大変光栄に存じます」
「社交辞令は結構よ。何か私に用があって来たのでしょう?」
「はい。ノトクの村は『百合帝国』への帰属を希望致します。是非ともユリ陛下におかれましては、寛大な心でこれをお許し頂きたく」
「あら」
そういう話だとは思っていなかったので、ユリは少なからず驚かされる。
いや―――彼らが先日の【星堕とし】を、最も近しい場所から観測してしまったことを思えば、ある意味当然の申し出かもしれないが。
「私はノトクを王国の村落だと認識していたのだけれど?」
「王国兵は先日、かなりの大軍で我々の村を通過していきましたが、ユリ陛下の魔法により瞬く間に壊滅させられたと聞きます。最早勝負は決したものと私は考えておりますが」
「なるほど。近いうちに我等の軍に村を攻め奪われるぐらいなら、進んで恭順を願い出ようということかしら」
「そのようにお考え頂いて、差し支えありません」
家畜が主要産業の村が戦禍に見舞われれば、ほぼ間違いなく取り返しの付かない被害になる。―――おそらく村長はそう考えたのだろう。
他国に鞍替えする、と言うと多少聞こえが悪いが。村を護る為の最善の行動と考えて『百合帝国』への帰属を望むのなら、それは馬鹿にして良いものでもない。
(……まあ、畜産中心の村が手に入れば、ユーロは喜ぶでしょうね)
家畜の肉に新鮮な乳、そして乳製品の数々。―――ユーロが喜ばない筈が無い。
そしてユーロの料理の幅が広がれば、それは『百合帝国』全員の喜びに繋がる。
あちらから恭順してくれるというのは、こちらとしても悪い話では無い。
「判ったわ、受け容れましょう。本日よりノトクは『百合帝国』の村落です」
「おお、ありがとうございます。これで村の皆に、朗報を持ち帰れます」
ユリがそう告げると、ランドは肩の荷が下りたように顔を綻ばせた。
恭順を受け容れるからには、庇護を与えなければならない。魔物や王国軍が来ても防げるように結界を張るか、もしくは戦力を常駐させる必要があるだろう。
「ところで、ユリ様。重ねてお願いがひとつ御座いまして」
「……何かしら?」
こういう何かの『ついで』のように切り出される要求は、往々にして遠慮のないものであったり、厄介なものであることが多い。
ユリは僅かに警戒を深めながら、ランドから話の続きを聞く。
「我が村におられます、『百合帝国』の骸骨兵様のことなのですが」
「……ああ。ノトクの村にも来ているのね」
「はい。現在ちょうど10名が村に滞在しておられます」
骸骨兵とは、言うまでも無くラケルの【死者の軍勢】で作られた兵のことだ。
ユリはラケルが生産した骸骨兵に『故郷の集落へ帰り、巡回してあなた達以外の武器を持った者達と魔物を殺して回りなさい』と命令を与えている。
つまり、どうやらユリが殲滅した王国兵の中に、『ノトク』が故郷の兵が10名存在していたらしい。それらの個体が村に居着いてしまっているのだろう。
しかし―――どうしてランドは骸骨兵を『様』付けで呼んでいるのだろうか。
「なるほど。私は骸骨兵を撤去すれば良いのかしら?」
「いえ、骸骨兵様は魔物を率先して倒して下さるので、むしろ村人からは歓迎されております。ユリ陛下さえ宜しければ、今後も滞在させて頂きたく」
「……え? そうなの?」
「はい。つい先日も、はぐれた牛がウリッゴの魔物に追われている所を、骸骨兵様が一撃で魔物を倒して助けて下さいました。何とも有難いことです」
「ええ……?」
言うまでも無いが、ユリがラケルに骸骨兵を大量生産させたのは、そういう意図があってのことではない。
あくまでも王国への嫌がらせが主目的だった筈なのだけれど……。まさか王国のいち集落で骸骨兵が生活に役立っているとは、完全に想定外の事実だった。
「ただ、お世話になっている手前、こんなことを申し上げるのも恐縮なのですが。骸骨兵様は村へやって来た掃討者の方々を攻撃してしまわれるので、それだけ少々困っております。できればユリ陛下から、掃討者の方を攻撃しないように説得して頂けないでしょうか」
「……ああ、なるほどね」
骸骨兵は『武器を持った者達』を率先して攻撃する。
魔物を狩ることを生業とする『掃討者』は、武器を持っている者が殆どなので、骸骨兵の攻撃対象になってしまうのは当然とも言えた。
「判ったわ、ノトク村の骸骨兵には掃討者を攻撃しないようにさせましょう。
……もう一度訊くけれど、骸骨兵の撤去自体はしなくて良いのね?」
「はい。末永く村に滞在させて頂けましたら、有難い限りで御座います」
完全に想定外だけれど。……まあ、先方の役に立っているなら良いだろうか。
その日のうちに、ユリは召喚した使役獣を向かわせて、ノトク村を『転移ポイント』の1つとして記録させる。
それから村長のランドと今日の護衛のブラッド、『紅梅』隊長のホタルを伴い、ユリは転移魔法を行使してノトク村まで瞬間移動した。
村の中心に居た10体の骸骨兵達へ、ユリは『ノトク村と周辺一帯を巡回して、魔物を発見した場合殲滅する』ように新しく命令を与える。
ホタルにはいつも通り【障壁結界】と【調温結界】の2つの結界を張って貰うわけだけれど、今回は村自体の規模よりかなり大きめに展開して貰うことにした。
これで村落から比較的近い場所に限れば、家畜を安全に放牧させることも可能になるだろう。
【障壁結界】は魔物だけでなく、王国兵も阻むように設定してある。
ホタルが張った結界は、覇竜ラドラグルフの攻撃にもある程度耐えられるほどの堅牢さを持つ。もし王国兵が今後ノトク村までやってきたとしても、村内へ入ることはまず不可能だろう。
ちなみにノトク村の骸骨兵達は、10体全員が頭に『花冠』を乗せられていた。
……どうやら骸骨兵が村民達に歓迎されているというランドの発言は、何ひとつ誇張のない事実であるらしい。
「あっはははは! 愛されてるねえ、お前さん達!」
ちょっと可愛くなっている骸骨兵達を見て、ブラッドがそう大爆笑していた。
うん。思わず笑っちゃう気持ちはよく判るよ。
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お読み下さりありがとうございました。




