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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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55/370

53. 王国軍迎撃戦(後)

 


     [3]



 ガーター・カストールは『将』である前にひとりの『武人』でもある。

 指揮を執るのも得意だが、直接剣を持って戦うのも同じぐらい得意としている。

 人を殺したことも、魔物を殺したことも数多く経験しているし、自分よりずっと格上の魔物である『トロール』を相手に1時間以上にも及ぶ激闘を続け、最終的に打ち倒した事もあった。


 戦いの最中に心が弱音を吐いたことなど、今までの人生で一度として無かった。

 どんな劣勢に追い込まれようとも、ガーターの精神は常に高揚するばかりで、精神が挫けることなど皆無だった。だから誰に自慢したことは無くとも、ガーターは内心で自身を『勇敢な人間』だと理解してさえいた。


 ―――だが、それが今はどうだ。

 空の遙か高みに浮かぶ、黒い衣装(ドレス)を纏ったひとりの少女がいる。

 こうして仰ぎ見ているだけでも犇々(ひしひし)と感じられる、少女が放つあまりの重圧に。ガーターの頬を、冷たい汗の雫が幾重にも伝わり落ちていく。

 今はまだ意志を強く保てているが。一度でも膝を突いてしまえば、そのまま屈してしまいそうな―――そんな予感さえあった。


「カストール卿! あれは一体……!?」

「……おそらくは『百合帝国』の『ユリ女帝』だろう」


 バッカスの言葉を受けて、忌々しげにガーターはそう回答する。

 人が空を飛ぶというのは、かなり高位の魔法や魔術でもなければ、実現不可能な所業だと聞いたことがあるが。ユリ女帝はさも当然のように、空の遙か高い場所にひとりで浮遊していた。

 まるで、飛ぶことぐらい出来て当然とでも言わんばかりに。


 ―――最初から、おかしいとは思っていたのだ。

 11年前に公国を相手に行った大規模戦争の折には、少しも反対などしなかった大聖堂所属の聖職者達が、今回のニルデア奪還に関してだけは、出兵の際に猛烈な反対の意を示してきていた。

 大聖堂の意見を無下にはできず、高司祭の1人が王城会議の場に招かれて発言を許されたが。会議の場で高司祭は、あろうことか敵国の女帝を『神の1柱であられる』と持ち上げ、更には『神に剣を向けるなど断じて許される所業ではない』と、堂々と王を批判する発言さえしてみせた。


 高司祭は気が触れた(・・・・・)ものとされ、その件は『無かった事』として扱われたが。

 こうして対峙してみると判る。否応なく、理解させられてしまう。


 ―――あれは人ではない。この重圧は、人が出せるものではない。

 少女の皮を被った、何か全く別のものだ。


(高司祭は真実を述べただけだったのかもしれない……)


 そんな風にさえ、ガーターには本気で思えた。

 彼の女帝が真実『神』であるなら―――空ぐらいは飛べて当たり前だろう。




『―――エルダード王国の者達よ』




「………!」


 突如として、ガーターの耳に『女帝』からの声が届く。

 いや―――耳からではない。少女のものとは思えぬ程の威厳が籠められたその声は、まるで直接頭の中へ響くかのような、不思議な聞こえ方で届いた。


「カストール卿……!!」


 不安げにバッカスが上げた声に、ガーターはただ頷くことで応える。

 とりあえず今は、相手の出方を窺う以外に無かった。


『まずは自己紹介をさせて貰うわね。私は『百合帝国』の女帝で、ユリと言うわ』


 若い少女らしい、朗らかで明るい声色。

 だというのに―――なぜ少女の言葉に、恐怖にも似た感情を覚えるのだろう。


(やはり、アレが女帝か……)


 空を強く睨め付けながら、ガーターは心の中で少なからず混乱する。

 まさか女帝が単身で、しかも空を飛びながら現れるとは思ってもいなかった。


『あなた方は『百合帝国』の国土を侵犯している。故に、私は主権国家の長として王国軍の全員を鏖殺(おうさつ)をもって歓迎するつもりでいるわ。

 ―――エルダート王国軍の大将、ガーター・カストールよ。総勢60816名の兵達の代表として、我が国に何か弁明したい言葉があるならば、今のうちに好きなだけ囀ると良いでしょう』


 空の遙か高みに浮かぶ少女が、真っ直ぐにガーターのほうを直視していた。

 まさか、この距離で私の居る場所を認識しているのか―――と、思わずガーターはある種の恐怖感を覚える。

 しかも彼女が告げた『60816名』という数は、出兵の直前にガーターが確認した兵の数と完全に一致していた。一体どうやって女帝がそれを調べたのか、まるで見当が付かず非常に気味が悪い。


 それでも―――何とか精神を立て直し、ガーターは声を張り上げる。


「百合帝国の女帝ユリよ! 何故王国の都市、ニルデアを攻め滅ぼした!」

『私は弁明を許しただけで、質問を許したわけではない』


 ガーターの言葉は、虚しく一蹴された。

 女帝は「はあ」とわざとらしい溜息を吐いてから、言葉を続ける。


『……まあ、付き合ってあげましょうか。ニルデアを侵攻した理由はとても単純。王国軍が先に『百合帝国』を攻撃してきたから、それに応戦した結果よ』

「王国には貴国を攻撃した記録など存在しない!」

『攻撃してきたニルデアの兵達は、その場で皆殺しにしたのだから当然でしょう? 死体が記録を残せる筈もないでしょうに、随分と奇妙なことを言う』

「………!! ニルデアの都市兵を殺したのか!」

『逆に問いましょう。私を殺そうと矢を射てきた者達を、なぜ生かす必要が?』


 少女の問いかけに、ガーターは何も言い返すことができなかった。

 もともと剣を振ったり指揮を取ることは得意でも、舌戦は苦手な方なのだ。


 そんなガーターの様子を見て、女帝がくすりと小さく嗤う。

 ―――ぞくりとするような恐怖が、ガーターの背筋を駆け巡った。


『こちらの問いに答えるつもりは無いようね。身勝手なこと……だったら話はこれで終わりよ。こちらから攻撃させて貰うわ』


 女帝はそう言葉を言い切った後に、右腕を挙げて何かの言葉を呟く。

 すると―――眩いばかりの金色(こんじき)の光が、少女の背後の天空に溢れた。


「な、なんだ、それは……!?」


 今までに見たことがある、どんな『魔法』や『魔術』とも異なるもの。

 異質な現象を目の当たりにして、思わずガーターはそう叫んでいた。


『こちらからの問いには答えない癖に、あなたからはまだ質問をするのね……。

 これは私が使える唯一にして最強の攻撃で―――【星堕とし(メテオ・ストライク)】と言うのよ』


 天空から溢れた光が集まり、少女の背後に巨大な光の球体が形成される。

 金色の光だけで満たされたそれは、眩しすぎて直視することさえできない。


「……それは……太陽、なのか……?」


 まるで夏場の太陽のような、凄まじい光と熱を放つ球体に。

 思わずそう零したガーターの言葉に、女帝は愉快そうに嗤ってみせた。


『可笑しなことを言うのね、まだ午前中よ? あなた達は東方より進軍してきたのだから、太陽なら後ろ側にあるじゃないの』


 女帝の言葉を受けて、ガーターは思わず背後を振り返る。

 確かに女帝の言葉通り、太陽は普段と変わらず南東の空に浮かんでいた。

 では―――いま自分達の目の前にある、この太陽より眩しいものは何なのか。


『近くにあるから、太陽よりもずっと大きくて眩しく見えるかもしれないけれど。これは太陽に較べれば遙かに小さな星。それでも―――あなた達の全員を衝撃で粉砕し、猛熱で灼き尽くすのには充分でしょう』


 女帝はそう告げると、上げていた右腕を王国軍の側に向けて振り下ろす。

 すると―――女帝の背後に浮かんでいた『作られた太陽』が、ゆっくりと地上の王国軍に向かって降下を始めたではないか。


(―――マズい!!)


 その脅威を、ガーターは一瞬で察知する。

 あの『作られた太陽』には、魔術師が行使する【火球】のそれよりも、圧倒的に高い破壊力が秘められている―――そのことが、理解できてしまった。


「全軍散開! あれ(・・)が当たれば一溜まりもない! 全力で逃げろ!」


 ガーターの判断は速かった。即座に全軍に向けてそう指示を飛ばす。

 一瞬遅れて、王国兵の全員が思い思いの方向へ、武器も投げ捨てて逃げ出した。

 太陽がどんどん速さを増しながら落ちてくる。熱波がガーターの頬を灼いた。


『せいぜい頑張って逃げて下さいね。それでは皆様ごきげんよう』


 女帝がスカートの裾を軽く摘んで、カーテシーのようなお辞儀をする。

 それから、底冷えするような酷薄な声で、女帝は最後に一言だけ告げた。




『―――死によし(・・・・)




 燃え盛る巨大な太陽が、もう目の前にまで迫っている。

 ガーターは数瞬の後に自身が死を迎えることを、いよいよ理解した。


 もっとも―――死した後に尚、自身や兵達の亡骸がユリによって利用されることまでは、流石に思い至らなかったようだが。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一撃で片付けられるのか。 あと、スカートの中が見えないか心配です。
[良い点] 更新乙い [一言] おうちに帰るまでが遠足やで
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