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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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52. 王国軍迎撃戦(前)

 


     [2]



 翌日、ユリは『黒百合(ノスティア)』のラケルを伴い、領主館の露台から空へと舞う。

 例によってユリは事前に『黒羽根の靴』を履いている。別にこれを使わなくとも空を飛ぶ手段は幾つかあるのだけれど、やっぱり靴だけで自由自在に飛べるというのは、なかなかお手軽なのだ。


 一方でラケルは種族が『吸血種(カルミラ)』なので、『黒羽根の靴』を使わずとも背中にある自前の黒翼だけで、自由に空を飛ぶことができる。

 と言っても翼を羽ばたかせて、揚力を得て飛ぶわけではない。飛行能力は『翼を持つ種族』が本質的に有している固有能力のようなものだ。


「ラケル。先に手を繋いでおきましょう?」

「はい、ユリ姉様」


 主人であるユリのことさえ、時には小馬鹿にすることがある『黒百合』の子達の中では大変珍しく、ラケルはとても礼儀正しい子だ。

 『アトロス・オンライン』ではNPCの性格に『個性』のようなものが無作為に芽生えるようになっていた。だからラケルがこういう性格になったのは、別にユリが企図したわけではない。

 『個性』はプレイヤー側の操作で削除することも可能なのだけれど、ユリはそうしなかった。愛する子達を完全な自分好みにしてしまうよりも、個性ごと全て愛して受け容れるほうがユリの嗜好に合っていたからだ。


 ラケルと手を繋いで、しっかり指まで絡めた後に。ユリは〈インベントリ〉から『透明符』というアイテムを取り出し、自分とラケルの分で2枚使用した。

 『符』は『紅梅』の子達が作り出せるアイテムで、使用すると一時的な魔法効果を得ることができる。『透明符』であれば精霊魔法の『透明化』と同じで、1人の身体を装備品ごと透明にして、他人から見えなくする効果がある。

 但し、何らかの魔法やスキルを行使すると、この『透明化』状態は強制的に解除されてしまう。なので姿を消したまま敵を一方的に攻撃する、という用途に使うのはちょっと難しい。


 『透明化』状態になると、敵からだけでなく味方からも見えなくなる。

 符を使用する前に、予めラケルと手を繋いでおいたのはそのためだ。

 と言っても、ユリの側からは『(リンク)』を結んでいる相手の位置は丸わかりなので、見えなくとも特に問題は無いのだけれど。


 夏場でも、空の高くへ舞い上がれば充分に涼しい。

 自分よりも少しだけ体温が高めの、ラケルの温度を感じながら。涼しい空を東に向かって飛ぶとすぐに、王国からわざわざやってきた敵の軍隊が見えてきた。


 ―――何しろ、全部で6万もの大軍勢だ。

 空から俯瞰すれば、蟻が群れているようにしか見えなくて気持ち悪い。


「まだギリギリ国土を侵犯していませんね」

「そうね。とりあえずもう少し待ちましょうか」


 どこまで『百合帝国』の国土なのかが一目で判るように、事前に『撫子(なでしこ)』が使役する精霊達が、ニルデアから20kmの円周上に目印を設置してくれている。

 高い斥候能力を持つ『撫子』は〈地図把握〉という、いわゆる『オートマッピング』のスキルを持っている。だから彼女達にならニルデアからの正確な距離を測ることもできるのだ。


「想像以上に遅いわね」

「のろまな亀さん達ですね」


 侮蔑を隠しもせずに、ラケルが冷たい声でそう言い放つ。

 確かつい先日、イグアスも似たようなことを言っていた気がする。


 敵軍は『百合帝国』の国土に、あと800mぐらいの距離にまで既に迫っているのだけれど。その残り800m距離がなかなか縮まらない。

 おそらく相手の進軍速度は時速3kmも出ていない。まさに亀の歩みとしか言いようのないスピードだった。


「ユリ姉様。ちょうど良いので、今のうちに『放送』を開始されては?」

「ん……。そうね、それもアリかしら。シルフを喚んだ時点で『透明化』は解除されちゃうけれど」

「別によろしいのでは無いですか? どうせユリ姉様の姿が見えても、相手が何か手出しできるわけでもありませんし」


 具体的な高度は判らないが、ユリ達は少なくとも地上1km以上の高々度を飛行している。

 確かにラケルの言う通り、この高さまで敵軍の弓が届くとも思えない。


「あ、ユリ姉様。私は隠れたままでも構いませんか?」

「それは構わないけれど……?」

「『放送』に映るのがユリ様だけのほうが、ニルデアの市民にもユリ様おひとりの力だけで敵軍を殲滅していることが、明瞭に伝わると思いますので」


 そう告げて、ラケルはユリと繋いでいた手を離す。

 あまり気にしなくても構わないのだけれど―――とはいえ、映りたくない子を無理に付き合わせるのは、ユリとしても本意ではない。


「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】シルフ!」


 召喚魔法を行使した瞬間に、ユリの『透明化』が解除される。

 とはいえ、高々度にある人影に、敵軍がすぐに気付くとも思えないが。


「シルフ。今日も撮影役をお願いね?」


 召喚した妖精の少女に、ユリはいつものように語りかける。

 ユリのすぐ目の前で、シルフの身体が嬉しそうに揺れた。


『―――こんにちは、要衝都市ニルデアにお住まいの皆様、及び聖都ファルラタにお住まいの皆様。『百合帝国』の女帝を務めております、ユリと申します』


 そしてユリは『念話』で2国の民に向けて語り始める。

 もちろんユリの正面に飛ぶ、シルフ視点の映像を『放送』には流している。


『昨晩の放送終了間際にも触れましたが、本日は夜にではなく、まだ明るい昼前に放送をさせて頂きます。理由も昨日既に言っておりますが―――私の眼下にいる、あの人達のせいですね』


 そう告げながら、ユリは『放送』に流す映像を自分視点に切り替える。

 そして地面に蠢く王国からの大軍を俯瞰した。


『ふふ……。王国はニルデアを取り戻すために、随分と沢山の兵を掻き集められたようですね。敵の兵力はおよそ6万、ニルデアの人口の3倍以上です。

 普通であれば、これほど大量の兵に攻められれば、落ちぬ都市などそうそう無いでしょうが―――。生憎と、私達『百合帝国』は普通ではありません』


 再び『映像』に流す視点を、シルフのものへと戻す。

 妖精の少女のほうへ向き直ってから、ユリはにこりと微笑んだ。


『既にニルデアでも同じことをしましたので、市民の皆様にも知られているかもしれませんが……。私は、自分の『敵』には容赦をしないと決めております。ですから当然、いま私の眼下におられる6万人の王国兵の方々には、1人残らず死んで頂くことになるでしょう』


 ユリがそう告げている間に、王国軍の先頭部隊が国境を踏み越えた。

 一部でも『百合帝国』の国土へ入って来た以上、もはや容赦はしない。


『ちょうど今、王国兵の一部が国境を越えて『百合帝国』の国土を侵犯しました。これであの6万の王国兵が『敵』であることが確定しましたね。

 ―――さて、ニルデアとファルラタの市民の皆様。いまから私は、ひとつの非常に強力なスキルを使用しまして、あの6万の兵を一撃で全滅させます。人が大量に死ぬわけですから、大変残酷で見るに堪えない映像が皆様の元に届けられます。

 ここから先の『放送』を視聴したくない方は、心の中で『視聴終了』と強く念じてみて下さいね。そうすると私からの声も映像も届かなくなりますので、見苦しい場面も見ずに済みます。これでお食事中の方でも安心ですね。

 ちなみに心の中で『視聴再開』と念じると、一度見るのをやめた『放送』をもう一度見ることもできます。今『視聴終了』と『視聴再開』を試しにやってみるのも良いでしょう。なお、これは今日以外の『放送』でも実行できます』


 グロ映像の視聴を市民に強要するほど、ユリはサディストではない。

 いやまあ……何だか最近は、好きな女の子に対してだけは割とサディスト気味に振る舞ってしまうこともあるけれど。それはまた別の話だろう。


 というわけで『(リンク)』を利用した『念話』にちょっと手を入れて、『放送』の受信を視聴者側で任意に切断できるようにしてみた。

 これなら見たくない人にまで、視聴を無理に迫ることにはならない筈だ。


『もう一度申し上げますが、これから大変に残酷で見るに堪えない映像が、皆様の元に届きます。見たくない人は今のうちに『視聴終了』して下さいね。後から文句を言われても私だって困りますので。

 ―――では、ここからの『放送』はあくまでも自己責任の視聴です。見た結果、今日の昼食や夕食が喉を通らなくなっても私は知りませんよ?』


 シルフに向かってそう告げて、ユリは再びにこりと微笑む。

 それから『放送』に流す視点を、再びユリ自身のものに切り替えた。


『……あら? 王国軍の一部に、変な動きが見えますね』


 地面を這う兵の群れを俯瞰しながら、ユリはそのことに気付く。

 ただでさえ遅い進軍速度が、更に輪を掛けて遅くなっているし。なんだか一部の兵達には、混乱しているような様子も散見された。

 よくよく見てみると、兵達はユリが居る方向を眺めたり指差したりもしている。


『ああ―――。どうやら敵兵が私の存在にようやく気付いたようですね。一体いつ気付いて貰えるかと、実は心配していたのですが。ふふ、これで王国軍の皆様とも色々とお話しができそうです。

 ニルデアとファルラタの市民の皆様。私はこれから、昨日の『放送』にも映っておりました敵軍の大将の……えっと、確か『ガーター・カストール』さんですね、その方と直接話してみようと思います。ですので、私が皆様に向けて語りかけるのは、ここまでとなりますことをご了承下さい』


 2国の民に向けて『念話』でそう述べた後に、ユリは眼下に展開する6万の兵とも『(リンク)』を接続する。

 ユリの視界に存在する相手とであれば、【空間把握】の魔法を利用しなくとも、直接『(リンク)』を結ぶことができる。

 地面を這って移動する約6万の敵兵の姿は、高々度を飛ぶユリからは全て丸見えなので、『(リンク)』を結ぶのに苦労はしない。


(―――あれが敵軍の大将ね)


 『(リンク)』を結んだ相手の情報は、ユリに対して筒抜けになる。

 なので、敵軍の中から『ガーター・カストール』という人物を発見するのにも、特に苦労する事は無かった。


 ユリは『ガーター・カストール』の念話発言を強制的に『オン』にする。

 これで敵大将のガーターが口にした言葉は、ユリが現在『(リンク)』を結んでいるほぼ全ての相手に―――つまり『百合帝国』の皆と、ニルデアとファルラタの民、それから発言者であるガーター自身を除く敵軍の全員にも聞こえる筈だ。


 更にユリは〈支配者の威厳〉のスキルもオンにする。

 相手はいい歳のおじさんのようだけれど、こちらは所詮小娘だ。

 スキルで『威厳』をマシマシにしておくぐらいで、多分ちょうど良いと思う。






『―――エルダード王国の者達よ』


 眼下の軍勢に向けて、『(リンク)』を通して明瞭な声でユリは語りかける。

 ユリが告げたその言葉には、人の身には有り得ないレベルの『威厳』が籠もり、一部の敵兵の意志を立ち所に挫いていった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[良い点] 更新乙い [一言] 弁当持って観戦するノーミンが洋の東西問わずに居たって言うし、へーきへーき
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