48. 湧水の剣
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宮殿に到着したユリ達は、馬車から降りる。
ユリと護衛のカプリス、それとエシュトアの3人は涼しい顔をしているけれど。それとは対照的に、レナード高司祭とロアン高司祭の2人は、暑さにかなり参っている様子だった。
灼き付ける太陽の下を走る馬車の中には、蒸し籠のような暑さがあるのだろう。風で幾らか暑さが和らぐ分、外を普通に歩くほうがまだ楽な筈だ。
「この指輪はとても快適ですが、これに慣れると身体が弱くなりそうですね……」
僅かに苦笑が入り交じった表情で、エシュトアがしみじみとそう漏らす。
実際、彼女の言う通り〈温冷耐性〉の付与が施された指輪に依存してしまえば、もう指輪を失えば砂漠で暮らしていくのは難しいかもしれない。
人を駄目にする指輪―――と言うと、語弊があるかもしれないが。
エシュトアに案内されるままに、ユリ達は大きな石造りの宮殿の中へと入る。
飾り気は無いが、頑丈な作りをした宮殿だ。ニルデアにある大聖堂の雰囲気ともよく似ているような気がする。
建物内の所々に、神々の姿が描かれた小さな天井画などがある辺りは、宗教色が強い国家の宮殿らしい光景かもしれない。
「ユリ様のお姿も、今に描かれることになるでしょうね」
「こんな小娘を描いても仕方ないと思うけれどね……」
エシュトアの言葉に、ユリは思わず苦笑する。
天井画に黒ずくめの小娘が描かれているのを見ても、誰もそれが神の末席にある者だとは想像できないだろう。
宮殿内を5分以上歩いた後、エシュトアはとある一室の前で立ち止まる。
飾り気に乏しい宮殿の中にあって、その扉にだけは丁寧な装飾が彫り込まれている。おそらくはこの部屋が、客を迎える『迎賓室』なのだろう。
エシュトアがドアをコンコンと二度ノックすると、すぐに中から「どうぞ」という優しげな声が返される。
エシュトアに続いて部屋の中へ入って―――ユリは思わず、息を呑んだ。
「……有田、さん?」
迎賓室の中に、まさか同僚の『有田』が居るとは思わなかったからだ。
いや―――よく見てみれば、違う。全然違う。
有田はもう少し背があったし、こんなに痩せてもいなかった。
ビールをこよなく愛する有田は『ビール腹』に普段から悩んでいたし、彼の頬はもっとふっくらしていたのを覚えている。
「……えっと。申し訳ありません、『アリタサン』とは一体何でしょうか?」
「ああ―――いえ。こちらこそ、変なことを口走ってごめんなさい」
問われて、ユリは慌てて頭を下げる。
明らかに別人ではあるのだけれど。目の前の男性が持つ雰囲気は、なるほど有田のそれとよく似ているようにも思えた。
「すみません、あなたが以前お世話になった知り合いによく似ていたもので」
「おや、そうなのですか?」
―――ユリと同じように、有田もまた異世界へ転移したのではないかと。
一瞬だけ、そんなことさえ頭の中で考えてしまった程だ。
「申し遅れましたが、私はユリと申します。『百合帝国』の国主です」
「教皇としてニムン聖国を治めております、アルトリウスと申します。主神の1柱であるユリ様と、こうして直にお会い出来ますこと、大変光栄に存じます」
「ありがとう、アルトリウス。貴国が『百合帝国』を国家として承認して下さり、友好を申し出て下さったことに、私からも心より感謝申し上げるわ」
アルトリウスが差し出してきた手を、ユリはすぐに握ることで応える。
どうやらこの異世界にも『握手』の風習は存在しているらしい。
握手を交わす傍らに、ユリはアルトリウスの顔や姿をまじまじと観察する。
アルトリウス教皇は『有田』と似ていると言うよりも、彼が『アトロス・オンライン』のゲーム内で操作していた『アルター』というキャラクターによく似ているような気がした。
彼のトレードマークであった丸眼鏡こそ無いけれど。雰囲気がなんとなく似ているし、喋り方や顔立ちもそっくりだ。
名前も『アルトリウス』と『アルター』で、ちょっと似ている気がするし。
「それから、贈って下さった馬についても、感謝を申し上げるわ」
「喜んで頂けたなら何よりです。正直何を贈ったら良いか悩みましたので……」
「残念ながら、私に伯楽の才能は無いけれど。部下の騎士が言うには、どれも精悍で大変良い馬とのこと。頂いた24頭の馬は早速、懇意の商人に預けさせて貰ったわ。きっと上手く使って、両国の交易に役立ててくれるでしょう」
「それは素晴らしいですね。ニムン聖国はご覧の通りの国土の半分が砂漠なので、物資の不足が何かと多い国なのです。交易が活発になればこちらとしても有難い。
―――さて、立ち話も何ですので、まずは座っておくつろぎ下さい。いま飲み物を用意させますので」
「ありがとう、アルトリウス」
促されて、ユリは幅の長いソファの真ん中に座る。続いてエシュトアとカプリスの2人がユリの両隣に腰を下ろした。
対面側にはアルトリウス教皇を挟んで、レナード高司祭とロアン高司祭の2人が腰掛ける。馬車での移動が随分堪えたのか、高司祭2人の顔はまだ汗ばんでいた。
部屋の隅に控えていた、薄手の白い衣装を身につけた2人の女性が、6人分のお茶を用意してくれた。
熱い飲み物かと思ってゆっくり口を付けてみると、常温に戻されたお茶だった。暑い国では適度に冷めたお茶の方が喜ばれるのかもしれない。
「聖騎士から受けた報告によりますと、ユリ様の『転移魔法』で我が国の使者全員を送って頂いたとか。お陰様で帰路の馬を購う必要が無く、また移動に掛かる時間を丸ごと短縮することができました。ありがとうございます」
「そんなことは気にしないで頂戴。空間魔法は私が最も得意とするもの。数十人を送るぐらいであれば、大した手間でもないのよ」
「余程優れた転移魔法の使い手でも、転移に同行させられるのは3名ぐらいまでが限度と聞いておりますが……。ユリ様の腕前は素晴らしいですね」
アルトリウスが頻りに頷きながら、感心を隠しもせず手放しに賞賛する。
評価して貰えるのは嬉しいけれど。ユリからすると、本当に大した魔法は使っていないだけに、正直返答に困ってしまった。
「―――ああ、そうそう。忘れない内に返礼をさせて貰おうかしら」
「返礼……ですか?」
「頂きっぱなしというのは性に合わないのよ」
ユリの言葉を受けて、カプリスが〈侍女の鞄〉から1本の剣を取りだす。
カプリスから受け取ったその剣を、ユリはテーブルの上に差し出した。
「何か……魔力のようなものを感じますね。もしかして『魔剣』でしょうか?」
「ええ、これは『湧水の剣』という名の魔剣ね。この場で鞘を抜いても?」
「どうぞ」
許しを得て、ユリは教皇の目の前で『湧水の剣』の鞘を抜き取る。
鞘の内から現れたのは、清水のように透明な剣身を持つ、美しい剣だ。水の魔力が付与されており、特に火属性の魔物に効果的な斬撃を加えることができる。
「湧水とは『湧き水』のこと。この剣を地面に突き刺すと、その名の通り、突き刺した場所から水が溢れ出てくるわ。この剣を持った者がいれば、砂漠で水の確保に困ることはまず無くなるでしょう」
「なんと。それはまた、便利な剣ですね……」
「それから剣を地面に深く突き刺すと、その程度に応じて沢山の水が勢いよく溢れ出てくるわ。剣身の半分を突き刺すだけでも、小さな泉ができる程の水量が出てくるし。剣身の全てが埋まるほど深く突き刺せば、ちょっとした小川ができるぐらいの水量が溢れ出てくる。しかも剣を抜くまでの間、水は永久に出続けるのよ」
「―――ユリ様、それは」
「アルトリウス教皇に差し上げるわ。この剣を用いれば、水源のない場所に新たな水源を作り出すことさえできる。砂漠では色々と使い出がある剣だと思わない?」
剣身を鞘に納め直してから、ユリはその剣をアルトリウス教皇に差し出す。
ニムン聖国でも商売をしている『ロスティネ商会』会頭のルベッタから聞いた話によると、砂漠にある都市や村落は必ずオアシスがある場所に作られるという。
理由は言うまでも無く、人が生きる為には『水』が必要不可欠だからだ。
オアシスがある場所にしか集落が作れないので、砂漠の都市は必ずしも望ましい場所にあるとは限らない。交易上、この場所に集落を作りたい―――と思っても、そこにオアシスが無ければ集落を作ることは叶わないのだ。
―――だけど、この『湧水の剣』があれば話は別だ。
この剣は『水源』自体を作り出すことができる。人さえ集められるのなら、この剣があれば砂漠のどこにでも新たな集落を建造することができるのだ。
「……実は、ここ10年程の間に水位がだいぶ下がってきたオアシスが数多く存在していまして。その土地に暮らしている人達は、水の枯渇に不安を感じています。いまユリ様が見せて下さったその剣があれば、オアシスの水位を回復させて民草の不安を除くことができますし、あるいは全く別の土地に新たな集落を作ることさえできるのでしょう。正直、喉から手が出るほど欲しい物ではありますが」
「そう、それは良かったわ」
「ですが―――残念ながら我が国では、その魔剣に見合う価値のある対価が用意できないと思われます。申し訳ありませんが、それはお持ち帰り頂きたく」
少し残念そうな顔をしながら、アルトリウスがそう告げる。
「……対価? アルトリウスは随分可笑しなことを言うのね。ちゃんと最初に、これは『返礼』だと言ったと思うのだけれど?
ところで―――カプリス。あなたの〈侍女の鞄〉の中に、『湧水の剣』はあと何本収納されているかしら?」
「はい、ご主人様。あと29本御座います」
「それなら、あと23本出して貰えるかしら」
「はい」
カプリスが追加で23本の『湧水の剣』を取り出し、テーブルの上に置く。
すぐにテーブルの上が、堆く積まれた『湧水の剣』で一杯になった。
「アルトリウス教皇。あなたは私に、全部で24頭の精悍な馬をくれたわね。その返礼として、私はここにある24本の『湧水の剣』をあなたに贈りましょう」
「いえ、しかし、それは―――」
「受け取れと無理強いするつもりはないけれど。断るのなら、それは真っ先に『百合帝国』の味方になってくれた貴国に報いたいと思った、私の気持ちを無下にする行為だと、ちゃんと理解しておいて欲しいものね」
「………」
ユリの言葉を受けて、アルトリウス教皇は言葉を失う。
それもそうだろう。彼からすれば『受け取らないと承知しないぞ』と、ユリから脅されているようなものなのだから。
「……本当に、頂いてしまっても宜しいのですか」
「くどい」
「わ、判りました。有難く頂戴致します」
そう告げて、アルトリウス教皇が深々と頭を下げた。
―――実際、嬉しかったのだ。
侮辱以外の何物でも無いシュレジア公国からの親書とは違い、アルトリウス教皇が送ってくれた親書は、配慮と心遣いに溢れたものだったから。
受けた恩義には、自分に出来得る限りの感謝で報いたいと。
率直にそう思うのは、ユリの心に残った日本人らしい部分かもしれなかった。
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