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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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05. 異世界に於ける行動方針

 


     [3]



 『百合帝国』の皆がこの異世界へと転移してきてから、既に5日間が経過しているらしいけれど。現時点でギルドの皆がやったのは『周囲の偵察に斥候を出した』ということだけで、それ以外には何の施策も行われていなかった。

 特にユリが致命的だと思うのは『異世界へ転移した』という事実を把握しているにも拘わらず、今後の行動方針についてまだ何も決まっていないことだ。

 情報収集という最低限の行為だけを行ってはいるものの。これでは実質的に5日もあった時間を無為に過ごしていたようなものだ。


 とはいえ―――皆にそれを責めるのは酷というものだろう。

 『百合帝国』は360名のメンバーによって構成される組織であり、そして組織が機能するためには然るべき立場にある者が指揮を執る必要がある。

 『百合帝国』の『ギルドマスター』はもちろんユリだが、その権利を代行できる『サブマスター』の役職は空席になっている。これは『百合帝国』が蓬莱寺百合というプレイヤー1人によって運営されるソロギルドであったため、サブマスターを任命する必要が無かったからだ。

 そのため、ユリが眠っていたこの5日間の『百合帝国』は指導者を欠いた状態にあり、ギルド全体の意志を決定できる者が誰も居なかった。

 ―――これでは全体の行動方針ひとつさえ決められないのも当然だ。

 諜報活動はメイド部隊『撫子』の専売特許なので、周囲に斥候を出すことだけは撫子の部隊長であるパルティータの判断で行えているだけ幸いとも言えた。


 そんな状況下なので、ようやく目を覚ました私が最初にすべきことは、もちろんこの異世界に於ける『百合帝国』の行動方針を決定することだ。

 大抵のオンラインRPGに標準装備の『ギルドチャット』機能は、もちろん『アトロス・オンライン』にもある。そしてその機能は、異世界に転移した今でも問題無く利用することができた。

 なのでユリは早速、斥候に出ている『撫子』の子達の全員とギルドチャットで連絡を取り、その無事を確認する。

 メイド部隊である撫子は『百合帝国』の中で最も規模が大きく、全部で72名が所属している。もちろん全員がレベル200なので、この辺りの魔物は全くの脅威とならず、支障なく調査が行えている様子だった。

 なのでユリは撫子の全員を即座に呼び戻すことにした。


 『アトロス・オンライン』では、プレイヤーは誰でも『配下NPC召喚』というスキルを利用することができる。これは文字通り自分のアカウントに紐付けされている任意の配下NPCを自分の居る場所に呼び出すというものだ。

 呼び出された配下NPCはプレイヤーの元に強制転移させられる。既に充分な調査が出来ているにも拘わらず撫子の皆が野営地に戻ろうともしていないのは、おそらくユリが目を覚ましさえすれば復路が一瞬で済むと考えたからだろう。


「パルティータ、アリア、オペラ、コラール、ヴィルレー、カノン、メヌエット、ラメント、ソナチネ、ノヴレット、エレジー、ルール―――」


 撫子に所属する全員の名前を、ユリはひとりずつ(そら)んじていく。

 全部で72名の名前をユリが間違えることはない。彼女達は撫子という部隊の構成員である以前に、その全員がユリが心から愛する『嫁』なのだから。


「―――【配下NPC召喚】!」


 最後にスキル名を宣言した瞬間、ユリの目の前に72名の少女たちが姿を現す。ユリのテントはグランピング用のものを思わせるぐらいに手広い大きさのものだけれど、それでも一気に72人も増えると急に空間が手狭になった気がした。

 メイド部隊である撫子の皆が身に着けている衣装(ドレス)は、言うまでもなくメイド服。エプロンドレスと同じ純白のホワイトブリムの後ろで、彼女達の種族が『猫人種(ルチュス)』であることが判る猫耳が自己主張していた。


「みんな、お疲れさま」


 ユリが労いの言葉を掛けると。撫子の隊長を務めるパルティータを筆頭に、全員が即座にユリに向けて頭を下げてみせる。


「ご主人様、召喚にお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「そんなのは気にしないで。撫子の皆の足なら、自力で帰ってきてもそれほど時間は掛からないだろうけれど、私が召喚したほうが早いのは間違いないし。

 それに―――召喚による帰還を当てにしてたって事は、私が無事に目を覚ますと信じてくれてたってことでしょう?」

「はい、それは当然です」

「だったら責められないかな。皆に信頼して貰えるのは嬉しいことだから」


 そう告げてユリが微笑むと、つられるように撫子の部隊長であるパルティータもまた、柔和な笑みを浮かべてみせた。


「さて―――本当は撫子の皆と、色々とお喋りを楽しみたいところなんだけれど。私は『百合帝国』の主として全体の行動方針を決めなきゃいけない。そのためには撫子の皆が集めて来てくれた情報が必要になる」

「承知しております。いつユリ様が目覚められても良いよう、得られた情報は私の方で書類に逐一纏めておりました。どうぞこちらをご確認下さい」

「準備がいいね、助かる。撫子の皆の献身に感謝します」


 椅子に腰掛けて渡してくれた書類に早速目を通していると。いつの間に用意してくれたのか、ずっとユリの目の前に立っていた筈のパルティータが、ユリのためにポットからカップに紅茶を注いでくれていた。

 『侍女の鞄』のスキルを持つ撫子のみんなは、アイテムを『時間を停止させた』状態で大量に収納して持ち運ぶことができる。おそらくいつでも紅茶を用意できるように、予め淹れたての紅茶をポットごと収納していたのだろう。


「ありがとう」

「勿体ないお言葉です」


 淹れたての紅茶を味わいながら10分ほど掛けて書類に目を通す。

 書類に記されている内容は要約すると2つ。この付近一帯に生息する魔物についてと、周辺の地理についてだ。

 魔物については、ユリたちが今滞在している地点を中心に半径50kmの圏内に出現するものは、その殆どがレベルが20台の魔物ばかりであり、観測できた中で最もレベルが高い魔物でもレベルが『32』しか無かったそうだ。

 ―――たまたまこの近辺が、弱い魔物しか生息していない地域なのだろうか。

 何にしても魔物の脅威を考慮しないで済むのは嬉しいことだが。


 周辺の地理については書類の中に手書きの略式地図が用意されていたので、軽く眺めるだけで容易に理解することができた。

 現在地から北側に進むと広大な森があり、その中には『鹿』や『蛇』の姿をした魔物が多く生息しているそうだ。また『ゴブリン』や『オーク』の姿も散見されたとのことなので、彼らの生活圏でもあるのかもしれない。

 現在地から西側に進むと、幅が10m程度はある、そこそこ大きな河川が流れているそうだ。『アトロス・オンライン』では河川と言えば『魚』や『魚人』系の魔物が大量に生息している地域だったのだけれど、こちらの世界の河川では普通の魚は多数生息していても、水中に魔物の姿は一切確認できなかったらしい。

 現在地の南側から東側に掛けては、延々と草原が広がっている。このうち南側に関しては数kmほど進むと、明らかに『街道』として利用されている痕跡がある、土面が露出して沢山の馬車の轍もついている道路があるらしい。

 そして西側にある河川と南側にある街道が交わるところ。つまり現在地から見て丁度南西の方角には『城塞都市』の姿も確認できたそうだ。

 城塞都市と言うぐらいなので周囲全てを高い壁で覆っており、魔物に対する備えは万全であるらしい。また都市の規模自体も『アトロス・オンライン』のゲーム内にあった主要都市並みに大きいものだったそうだ。


「都市の中にはもう入ってみたの?」

「いえ。この地域に生息する魔物が弱いからといって、都市の警備兵まで弱いとは限らないように思いましたので、遠くから観察するのみに留めました」

「賢明ね」


 相手の強さも判らない状態で強気な偵察を行い、相手の警戒心を煽るような真似をするのは下策だろう。パルティータの判断は正しい。


(―――さて、どうしたものかな)


 書類の内容を頭に叩き込んだユリは、しばし沈思黙考する。

 いまの私達に最も必要なのは『拠点』だと思う。だからユリは、撫子の皆が持ち帰ってくれた地理情報の中に良さそうな場所があれば、そこに自分たちの拠点を建設しようと考えていた。

 ギルド『百合帝国』の中には『桔梗』という部隊があり、この部隊は〈建匠(ガルドア)〉という、文字通り建築に特化した職業の者達24名で構成されている。

 桔梗は『アトロス・オンライン』のメインコンテンツである『ギルド戦争』の中で活躍する建築部隊で、ちょっとした防壁や塹壕なら20~30秒程度で建設してしまうし、10分もあれば多少の防衛力を備えた砦ぐらいは建ててしまう。

 彼女達にお願いすれば『百合帝国』の皆が不足なく暮らせる拠点をいちから建てて貰うぐらいは、造作もないことだろうけれど―――。


(近くに異世界の人達が住む都市があるのなら……)


 いっそ―――その都市を『制圧』してしまうというのも、悪くは無い気がした。


 『アトロス・オンライン』のゲーム内で行われていたギルド戦争では、他のギルドとの争いに勝利して『空中城(アトロス)』という拠点を占領すると、洩れなくその城がある地域全域の都市や村落の支配権がセットでついてきた。

 ギルド『百合帝国』は『東部諸島』という地域にある空中城(アトロス)を10年以上もの長い間に渡って占拠し続けてきたので、この『東部諸島』地域内にある4つの都市と11の村落は、当然その間ずっとギルド『百合帝国』の支配下にあった。

 何が言いたいのかというと―――私達は都市や村落を『支配』することに慣れているし、何なら都市運営の経験(ノウハウ)さえ充分に持っているということだ。

 異世界に来たという事実を受け容れるのであれば。幾つかの都市を占領した上でその事実を対外的に明確にすることで、こちらの世界に於ける『自分たちの土地』を確立するというのも、良い手ではないだろうか。


 都市ともなれば、ある程度の軍隊を駐留させる施設は備えているだろう。『百合帝国』は所詮360人なので、都市を手に入れれば滞在場所に困ることもない。

 そして都市を制圧してそこに暮らす人を自らの民としてしまえば、ユリが求めている『この世界の情報』も効率的に収集することができるだろう。

 もちろん手に入るのは情報だけではない。この世界で使われている通貨、武器や防具、各種消費アイテム、素材なども間違いなく手に入れやすくなる。

 考えれば考えるほど、都市を『制圧』するメリットが多いように思えてくるが。


(……ダメね。思考が極端になり過ぎている気がする)


 自分の額を軽く押さえながら、ユリは軽率な思考を反省する。

 ユリは―――蓬莱寺百合という人間は、いかにも日本人らしい善良さと気の弱さを兼ね備えた、良くも悪くも小市民な個人であった筈だ。

 そんな自分の思考から、都市を『占領』するなんていう過激な思想が出るなど、本来であれば有り得ないことの筈。


(もしかしたら……思考がユリ(・・)の性向に寄ってしまっているのかも)


 ふと、ユリは頭の中でそんなことも思う。

 『アトロス・オンライン』ではキャラクターのステータスに『性向』というものがあるのだが、ユリはこれが『極悪』に設定されたキャラクターだった。

 というのも、ユリが装備したいと考えるアイテムに『性向が極悪でなければ装備できない』という条件があるものが多かったため、使用することで性向が『悪』に傾く課金アイテムを大量に消費して、そうなるように調整したからだ。


 『鳳来寺百合』という個人は『善良』な小市民だが、一方でゲーム内の『ユリ』は『極悪』のキャラクターなわけで。

 今の私は『ユリ』の中に転生した存在なのだから―――思考が『極悪』の性向に引っ張られるのは、ある意味で自然なことかもしれなかった。


(まあ、いいか。例え私が心底から『極悪』の人間だとしても―――)


 少なくとも『百合帝国』の皆は、性向が『極悪』であることを承知の上でユリを愛してくれている筈だ。

 それならば―――愛する皆から嫌われないのであれば。別に『極悪』である自分を拒否する必要なんて、最初から無いのかもしれなかった。





 

お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
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